霞まないものをこの手に

有動 荅

1年、春

第1話 入学

 さわやかな風に桜が舞う。今日俺は、県立宗麟高校の入学式を迎えた。

 県立宗麟高校、部活動が盛んで、勉学の面でも優れた教師を集めていると評判の、文武両道を掲げている高校だ。

 バスケ、サッカー、陸上……。多くの運動部が県でも上位に食い込んでいる中、この三つは全国常連の部活である。

 そんな高校に、俺ほど不純な目的で入った者はごくわずかだろう……。


 俺はこの学校に、青春をしに来た!


  ◇


 教室への廊下を歩く。

 なぜかほとんどがコンクリートで作られているこの校舎は、絶対だれか迷うだろ、というほどのへんてこな設計をしており、教室の向きや大きさも、てんでばらばらである。誰だ作ったの。

 それでもクラスとして充てられる教室は大体同じ大きさだ。しかし唯一1年1組のみが、ほかの教室より少しだけ大きい。

 つくづく、A型には苦しい校舎である。


 そんなことを思いながら1年2組の教室に入る。出席番号は34番、だから窓際の方の……。6列目、後ろから3番目が俺の席だ。目立たなそうでとても良い。

 

「よ、おはよう」


 片手をあげて挨拶してきたのは、前の席に座る中学校からの同級生、樋口だ。

 小学校からバスケを続けており、足がとてつもなく速い。妬ましい奴だ。


「おう、おはよ」


 挨拶を返し席に座る。


「お前、迷わなかった? この学校、広いしぐにゃぐにゃしてるしでさあ、俺、同じ道何回も通ってんの!」

「はは、廊下に地図あっただろうに。俺は迷わなかった」

「あー、地図か。あったのか……」

「気づかなかったのか……」


 笑いあう。こいつとは波長が合うんだ。一緒にいても苦じゃないやつっていうのは、とても貴重だ。きっとそういう奴は男女問わずモテモテだろう。しかもこいつはイケメンで、抜けてるところも女子的にうけるんだろうなあ。

 そこまで考えて、10時10分を告げるチャイムが鳴り、担任であろう先生が入ってくる。


「みなさん、おはようございます。担任の高橋です。一年間よろしく」


 ちらほらとよろしくおねがいしまーす、という声が響く。


「はい、これから入学式なんですが、体育館に入ってからの並びを黒板に貼っておくので確認しておいてください。えー、それでは、記念すべき最初の出欠確認をとっていきます。入学式の予行練習だと思って、はっきりと返事をしてください。では、一番から……飯塚さん」

「はいっ」

「いい返事ですね。五十嵐くん」

「はい」


 ……同じようなやり取りが続く。

 しかし、高校生になったということが身をもって実感できている。


「藤沢晶くん」

「はい」


 俺はこの学校で、三年間を過ごすんだ。


  ・

  ・

  ・


 入学式が終わった。

 吹奏楽部の入場の演奏に始まり、校長先生のお話し、代表挨拶などが終わった。1学年約240人が一つの体育館に集まるというのはなかなかに密度が高かく、中学とは違う規模に、圧倒されてしまった。


「それでは、HRを始めます。まず、自己紹介と、そのあとにクラス委員をきめて、放課となります。ではまず自己紹介、名前、出身中学、好きなこと、その他、みたいな感じで行こうかな。じゃあ、飯塚さんから」

「はい」


 廊下側一番前、小柄な女子が立ち上がり、教卓の横に行く。


「飯塚綾子です。出身中学は赤川中です。えーと、体を動かすのが好きで、陸上部に入る予定です。よろしくお願いします!」


 ぱちぱちぱち……。スタンダードなあいさつだ。

 飯塚はショートカットで少し焼けた肌が目を引く、まあ、美少女だ。きっと漫画とかだとヒロインなんだろう。

 飯塚が席に戻り、その後ろの席のやつが今度は前に出る。


「五十嵐駿です。大峯第二中出身です。漫画とか、そういうのが好きです。一年間よろしくお願いします」


 ぱちぱちぱち……。うん、普通だ。

 そうして自己紹介が進んでいく中、同時に顔と名前を一致させていく。暗記は得意だ。


「大峯第一中出身、樋口大です! バスケ部に入ります! どうぞよろしく」


 ぱちぱちぱち……。やっぱり存在感が違う。

 背も高い、足も速い、ハキハキ堂々としている。絶対いろんな奴から恨まれる、というか妬まれる奴だ。

 次は俺。こういうのは最初が大事だ。そして、敬語じゃなくフランクに。


「大峯第一中出身、藤沢晶です。好きことは寝ることです。友達をいっぱい作ります。一年間よろしく!」


 そして最後に、青春のために必要なスキル(以下青春スキル)その1【爽やかな作り笑顔】!

 ぱちぱちぱち……。

 これで絡みやすい奴だと思われたはず。なかなかいいスタートではなかろうか。


 そんなこんなで自己紹介が終わり、次にクラス委員を決めるのだが、ここは俺に関係ない。何かの役職についたら自由に動けなくなってくる。

 

 委員長は立候補で出席番号8番、岸川友久が、副委員長も立候補、出席番号20番高木侑子がそれぞれなった。


 記念すべき高校生活1日目はこうして幕を閉じた。

 何の変哲もない平凡な日々、それを彩る部活、友人関係、恋愛。


 すべて、ここからだ。


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