第25話

(盗賊たちは今にも動き出そうとしているというのに――警備部からの返信はまだ来ない)

 後方に控えるマーシャたちのほうを一瞥しつつ、パメラが歯噛みする。

 パメラ、マーシャ、アイ、ミネルヴァ、そしてギネス・バイロン。これだけの面々が揃っていても、十七人全員を捕縛するのは困難だとパメラは見る。

 立ち向かってくるならば、全員斬って捨てることは可能であろう。しかし、完全に逃げの態勢に入った相手が厄介だというのは、幾度も触れられてきたとおりだ。相手が密偵の訓練を修めているのならなおさらだ。

 個人の能力でどうにもならぬのなら、数に頼るのが正道というものだ。そのために、アークランドやコーネリアスとは事前に綿密な打ち合わせを行い、怪盗たちが動き出すと同時に包囲網を敷けるよう準備をしてきたのだが――このままでは、その作戦を実行することはできない。

(もう限界か。いったんお嬢様たちのところへ戻り、作戦を練り直さねば)

 パメラの感覚では、盗賊たちの出発はもはや秒読み状態である。警備部が到着しないのなら、しないなりに最善手を打たねばならぬ。

 素早くマーシャたちのもとに駆け戻ったパメラが口を開こうとしたその時、道の向こうから複数の人間の走る足音が響いてきた。

 ゴードン、トマス、アーノルドの三人は素早く目くばせすると、足音の方向に走り出す。それぞれ手近な物陰に身を潜め、足音の主を警戒していたが――ほどなくして、その警戒は解かれた。駆けてきたのは、警備部の隊員三名であった。

「申し訳ございませぬ! 想定外の事態が発生しまして――」

 荒い息を吐きつつ、隊員のひとりが言った。

「まずは落ち着いてください。それから、お気を付けください。ここと敵陣とは目と鼻の先ゆえ」

 マーシャが、立てた人差し指を唇に当てる。

「こ、これは重ね重ね……面目ない」

「それはともかく――まずは、現状の確認をしたいのですが」

「はい。実は――」

 隊員が、なぜ返事が遅れたか、そして非常招集がどうなったかの顛末を、簡単に説明した。

「それで、現在カーター分隊長とコーネリアス分隊長率いる二十余名が、新市街に向かっているところです。私どもは騎馬にて先行し、この地区に入る手前で馬を置き、こちらへ馳せ参じたしだいです」

「なるほど、事情はわかりました。パメラ、どう考える」

「予定の半分にも満たない人数――計画を大きく変更しなければならないのは当然にございますが――」

 すぐに結論が出せるほど簡単な話ではない。パメラも、思わず考え込んでしまう。

 怪盗の獲物が市内のどこになるか正確に予想することは難しい。彼らががどこを目指しても対応できるよう、七十名ほどを三つの隊に分け、分散して配置。互いに情報を共有しつつ、盗賊を追い詰めるるというのが当初の予定であった。しかし、実際に集まった人員は、予定の三分の一より少し多い程度だ。包囲網を形成するのは不可能である。

「仕方ありません。盗賊がどこを狙いとしているのか、ある程度絞って動くしかないでしょう」

「おお、コーネリアス分隊長も、まさに同じことを申しておりました」

 新市街のどこかが盗賊たちの目的地であるという予想は、すでに立てられている。しかし、そこからさらに狙いを絞り込むのが難しいからこそ、人海戦術に頼ろうとしていたわけだが――

「まず、新市街はその特性上、下町のように『人目につかない裏通り』というものがあまり存在しません。それから、いま新市街では怪盗を警戒し、不寝番をつけているところも少なくありません」

「なるほど、連中が取れる経路はおのずと限られてくるということか」

「おっしゃる通りです、グレンヴィル様。アーノルド、地図を」

 広げた地図を指し示し、パメラが話を続ける。

「新市街を走る主な大通りは、環状道路三本と、放射道路八本。このうち、放射道路を頻繁に渡るのは盗賊たちにとって危険が大きいでしょう」

 王城を中心に八方に走るのがパメラの言う放射道路であるが、この道路には一定距離ごとに兵士の詰め所が存在し、常時警戒を行っている。なぜなら、この道路を登っていけば王城へ一直線だからだ。敵に攻め込まれた場合、格好の進軍路となるため、放射道路は常に封鎖できるようになっている。いかに太平の世といえど、武人の国シーラントは有事への備えを怠らぬ。

「ということは、この放射道路に区切られた部分――そこが怪しいということか」

 マーシャの言葉に、パメラが頷く。円環状の構造をしている新市街、それを中心から放射道路によって八つに区切ったとき、現在マーシャたちがいる場所を含む扇形の区域。地図のその箇所を、パメラが丸で囲った。

「むろん、隙を見て放射道路を渡り、ほかの区画を目指す可能性は捨てきれません。もし予想が外れた場合、盗賊たちに大きく後れを取ることになってしましますが」

 隊員たちは、互いに顔を見合わせたのち、頷いた。

「いえ、いまはその予想に従って動くしかないと思います」

「では、そうですね――このあたりにて部隊を待機させるよう、伝令願います」

 パメラが地図の一点を示す。丸を付けた扇形から、少し外れた場所である。盗賊たちが目的地に到着する前に警備部とかち合ってしまうと、その時点で逃走を図られる可能性がある。

「了解しました」

「お願いします。こちらからは逐一連絡を送りますので」

 三人の隊員が走り出そうとするが、マーシャがそれを呼び止めた。

「ひとりは我々とともに行動したほうがいい」

「わかりました。ドイル、お前は残れ」

「はっ」

 二人が足早にその場を立ち去り、残ったのは、三人のなかで一番年少の隊員であった。

「よろしくお願いしま――」

 ドイルというその隊員が挨拶を交わそうとしたその時であった。パメラが突如、身振りでその言葉を制した。

 怪盗の隠れ家から、一人の男が出てきたのである。

 男は用心深く周囲を見回したのち、廃屋に向かってなにやら手信号を送った。続いて、総勢十七名の男たちが、廃屋から滑るように姿を現した。

 マーシャたちの間に緊張が走った。呼吸を止めんばかりに息を潜め、身じろぎ一つせずに身を隠す。互いの鼓動の音すら聞こえて来そうなほどの静寂があたりを包む。

 盗賊たちが動き出す。ほとんど足音も立てず走る黒装束のその姿は、まるで夜の闇に溶け込んでいるかのようだ。

 盗賊たちが半区画ほどを進んだとき、パメラも動き出した。

「先行します。あとは手筈通りお願いします」

 パメラが、盗賊たちを追って走り出した。パメラから距離をあけてゴードン、トマス、アーノルドの三人。さらに距離をとってマーシャ、アイ、ミネルヴァ、バイロン、そしてドイル隊員があとを追う。




 盗賊たちは、新市街の道を幾度となく曲がりながら進んでいく。前述のとおり、新市街の豪邸では雇い入れた用心棒などを使い、自宅周りを一晩中警戒させている場合が多い。また、管轄の警備部も巡回を増やしているため、まっすぐ目的地を目指すのは難しいのだ。ときには、それまでの進行方向とは逆に進むことすらあった。

 しかし、パメラの予想どおり、盗賊たちは放射道路には近づこうとしない。そして、しばらく追跡しているうち、彼らが新市街を上へ上へ――街の中心に向かって登っていっていることにマーシャたちは気づく。

 ここで、パメラがゴードンを警備部への伝令に出した。街の中心に向かっているらしいということだけでも、重要な情報となる。

 第三層を通過し、第二層に入った。

 盗賊たちは、依然上を目指している。

(このまま第一層に入るつもりか――?)

 パメラが訝しむ。

 第一層といえば、王城と接する区域であり、レンにおいては一等地も一等地だ。街の三分の一ほどは、王城内に入りきらなかった官公庁や公共施設が占める。残りの三分の二が住宅地となっており、そこに邸宅を構えることができるのは国の中でも有数の大貴族、大富豪のみである。

 王城が近いこともあり、ただ金を積めばここに家を買えるというわけではない。国に認められた、伝統ある家柄の人間のみが第一層に住むことを許される。

 本来ならば、フォーサイス家もこの第一層に住むべき家柄である。しかし、いざ有事あらば先頭に立って民と王城を護らねばならぬ、という考えのもと、フォーサイス家は新市街の一番外側に邸宅を構えている。このことは、過去にも書き述べられている。

 第一層の邸宅に忍び込めば、膨大な金子や貴金属を盗み出すことが可能であろう。しかし、それに比例して家主の警戒も厳しいものとなる。きわめて慎重に犯行を重ねてきた『影法師』が、危険性の高い第一層の邸宅に手を出すだろうか。それが、パメラの頭に浮かんだ疑念であった。

 しかし、あえて危険を冒してでも狙わねばならない理由があるとしたら――

(盗賊たちに隠された、真の狙い――それが、第一層にあるのだろうか)

 パメラが考える間にも、盗賊たちは街を登っていく。とうとう第一層に入った盗賊たちだが、その足はまだ止まらない。

(この先には、官公庁街しかないはずだが。連中の狙いはなんだ)

 そこで盗賊が狙うものといえば、役所に保管されている機密文書くらいしか考えつかぬパメラである。フォーサイス派との政争に、有利に働く文書なども存在するかもしれぬ。

 しかし、エヴァンスほどの地位の人間ならば、それを手に入れる方法はほかにいくらでもあるはずだ。怪盗騒ぎを起こし、大々的な陽動を行ってまで狙うものと考えると、いまひとつ弱いように思える。

 パメラは、盗賊を追いつつも、事件のあらましをもう一度頭の中で整理してみる。

(まず、根底にフォーサイス派、反フォーサイス派の権力闘争というものが存在する。この争いに絡み、エヴァンスは怪盗を操ってなにごとかを成そうとしている――)

 次に、事件を時系列に沿ってなぞってみる。怪盗は、レン市内で立て続けに犯行を行い、警備部をてんてこ舞いに翻弄し、疲弊させた。次に、フォーサイス派が怪しいという噂を流布させた。ここで、ふたたびパメラに疑問が沸き上がる。

(噂を流したのはなぜだ? フォーサイス派が事件に関わっているなどという荒唐無稽な話、本気で信じる者は多くないはず)

 フォーサイス派の信用を損なうことで、自らの派閥の勢力を多少伸ばすことには成功したかもしれないが、かけた手間と費用に釣り合う効果があったとは思えない。エヴァンスは捜査情報を自由に入手できる立場にあるのだから、自分の関与を偽装する必要もない。

(噂が広まった結果起きたのは、フォーサイス派の幹部たちを苛立たせ、警備部の臨時増員が強引に決定されたということだけ――)

 ここでパメラの脳裏に電撃が走った。

(警備部の増員に充てられたのは、王城警護団の兵士たち。まさか――これが噂を流した目的か!? だとすれば連中の狙いは――!)

 パメラはすぐさまトマスを呼び寄せると、その耳に唇を寄せ囁く。

「警備部に伝令。敵の狙いは――王城です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る