閑話 怒りに燃えていた
観覧車が一周して、そのまま特に話も弾まず帰宅することになった。
晴翔はオレのことを家まで送ってくれた。
……いや、今日一日楽しかったけどさ。このもやもやはどうしろっていうんだよ。
星子のやつ、母さんと出かけてて家にいないし……。
くそっ。
帰ってきたら問い詰めてやるからな!
もう、ふて寝するしかない!
◆
「うぁっ……!」
ルーナとなった僕を稲妻の奔流が襲う。
……町はずれの廃工場に魔獣が出現した。
そう聖獣が言い出して、駆けつけたのが少し前のこと。
でも、そこにいたのは魔獣なんかじゃなかった。
強引に反転世界へと引きずり込まれた僕を、一人の男が迎え撃つ。どうやら待ち伏せをしていたらしい。
――そもそも、人間の感情を狙う彼らが、人けの少ない廃工場に狙いをつけるはずがなかった。
その時点でおかしいと気付くべきだったのだ。
「俺の名は、アムルタート。
黒装束に身を包んだ男。まるで忍者のように口元をマスクで覆っていて、その表情はうかがい知れない。
――長身だけど、まだ体躯には幼さが残ってる。少年だ。多分、僕と同じ年ぐらい。
それでも威圧感は異常。
ただ立っているだけなのに、全身にビリビリと伝わってくるものがある。
気を張っていなければ、一瞬で跪いてしまいそうなほど。
「アムルタート……! レオーニャってやつが言っていた、『雷帝』!」
「……変な名前で俺を呼ぶな。俺はただの、アムルタートだ」
三幹部の内二人――レオーニャと、ディアマンテとはすでに打ち破っている。
だから彼が最後の一人。
――実力がわからない。
なら!
「『ムーンライト・ストライク』!」
僕はかつての必殺魔法を放つ。
余波がガラスをびりびりと揺らし、砕けるような音が何度かする。
以前より数段強化されたものだけど、激戦を潜り抜け成長した今となっては小手調べでしかない。
無造作に一撃を打ち込んだ。
これで倒せるなんて期待はしていないけど――力量は測れるはず。
「……いきなりの大技。学習が見られないな」
アムルタートは片手を翳し、僕の光線を掻き消した。
……歯牙にもかけないなんて。
やっぱり、幹部を名乗るだけあって、強い。
「『第二形態(アクセルモード)』!」
様子を見ている時間はなさそう。
そう考えた僕は、能力を解放した。
ふんわりとしたシルエットだった僕のコスチュームが、鋭角的なフォルムへと変化する。
戦いの中で習得した新たな姿。聖獣との同調力を高め、高速戦闘に特化したもの。
今までの幹部の二人は、これで撤退にまで追い込んだ。
『提言』
頭の中に無機質な声が響く。
この姿の間、戦闘中でも僕は聖獣と会話が可能になる。
彼らは戦況の分析や、サポートを行ってくれる頼りになる存在。
『力量差、極大。拠(ヨ)ッテ撤退ヲ提言』
「……え?」
信じられない。
その呟きが漏れるのと、アムルタートの膝が僕のお腹にめり込むのは、殆ど同時だった。
◆
「げほっ、げほっ!」
「――弱いな」
文字通り、あっという間だった。
僕はそのままアムルタートに押し倒され、首を締められるような形で地面に転がされていた。
「『捕縛(バインド)』」
彼がそう唱えると、四肢に鎖のようなものが巻き付き、僕を拘束する。
だけど首は押さえつけたまま。
……気道を圧迫され、息が苦しい。
『撤退ヲ提言。撤退ヲ提言』
壊れたコンピュータのように聖獣が同じ言葉を繰り返し続ける。
それだけ、ヤバい相手ってことなんだろうけど……。
この状況では無茶な話だ。
「本当にそれが本気なのか?」
身動き取れない僕を、嗜虐的な瞳が睨み付けた。
その瞬間、背筋にゾクリとしたものが走る。
射すくめられた僕が叫ぶのと、
「やめっ……」
最後まで言葉にならなかった。
ばちり。
そんな音が断続的に響いて、僕の目の前が、白に染め上げられる。
声にならない悲鳴。
体中が焼けるような感覚。
変身して守りが強化されているとはいえ、殆どその役目を果たしてない。
全身をめったざしにされたような鋭い痛みと、遅れてくる身を焼かれるような鈍痛。
――痛みなんて生易しいものじゃない、これは激痛。
でも、身体が固定されていて身じろぎひとつ取れない。
「……つまらん。てんで期待外れだ」
侮蔑の声が聞こえて、僕は電流を流されたんだってようやく気付いた。
僕だって男の子だ。
取っ組み合いの喧嘩ぐらいしたことはあるし、ルーナになってからは何度もそれと比べ物にならない修羅場をくぐっている。
でも、今度ばかりはヤバい。
本能でわかる。
多分このアムルタートって男は、いつでも僕の首を――少女だからほっそりとしているのも相まって――手折ることが出来る。
恐らく、その瞬間にも表情一つ変えないのだろう。
殺してくれたらいい方だ。何をされるかもわからない。
彼の顔に浮かぶのは失望の色。
僕の価値なんて一切認めていない。
まるで、失敗した実験動物を処分するような。
そんな眼差し。
怖い。
恐怖に震え、僕の歯が、かちかちと音を立てる。
「……お前は弱い」
僕の様子を観察し終わったのか、アムルタートが結論を語り始める。
「このまま戦えば、確実に死ぬ。――それでも戦うのか?」
それは僕の予想していたものと違い、どこか諌めるような響きを含んでいた。
だけど腕の力が弱められることはない。
「……ぁ」
反論しようと必死に声を荒げるものの、漏れ出るのはひゅーひゅーとした薄い呼吸だけだった。
「お前が戦うのを諦めれば、聖獣たちは別の憑代を探すだけだ。お前にも心当たりはあるだろう?」
僕の頭に、一人の少女の姿が思い浮かぶ。
僕より少しだけ背の低い女の子。
くりくりとした目は、守ってあげなきゃって気にさせる。
「――赤石南。確か、アレも
――!
聖獣から聞いていた。
本来なら男である僕が選ばれたのはイレギュラーだって。
実は、本当は条件に合致した南ちゃんが選ばれるはずだった。
でも、偶然僕がルーナになってしまった。
だから、彼女はこんな苦しい戦いから逃れることが出来たんだ。
僕は、それを後悔していない。
そんな南ちゃんを巻き込むっていうなら……!
僕は戦う!
僕は恐怖を抑えるため、歯を食いしばった。
そして
「うぁぁぁっ!」
僕の心が戦意で満ちる。
魔力が炎で煮えたぎり、そのまま全身から溢れ出た。
一瞬で拘束具は解けおち、僕は解放される。
「『フレイム・ストーム』!」
「ほう……?」
練り上げるなんてしない。
ただ、勢いのまま熱情を彼へと浴びせかける。呼応するかのように爆炎が舞い上がった。
――多分、大したダメージは与えられていない。
見た目こそ派手だけど、目くらまし程度の働きでしかないだろう。
でも、それを期待しての一撃じゃないのは百も承知。
『撤退可能。早期ノ行動ヲ提言』
「……わかってるよ!」
『第二形態(アクセルモード)』の全速力での、敗走。
廃工場の外壁を光弾で打ち砕き、開いた隙間から駆け抜ける。
「……戦うというなら、次からは容赦はしないぞ?」
逃げる僕を射抜くような殺気が襲った。
やっぱり全然効いてない!
見逃してもらえるみたいだけど、このままじゃ……!
強く、ならなきゃ。
僕は決意を新たに、脱兎のごとく逃げまどうしかなかった。
◆
――でも、僕は一度たりともアムルタートには勝てなかったんだ。
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