十二話 体が鈍っていたので、訓練に挑むことにする
第二段階決行の日。
俺が陽太の家まで行くと、あいつは前回の様に玄関に座り込んで待ち構えていた。
「……遅かったな」
時計を見れば予定時刻と同じぐらい。だというのに、何故か開口恨み言を吐かれてしまう。
その旨を告げると
「家に居づらいんだよ」
と陽太。
しかし、いつもとは大分様子が違う。
どこか彼女自身もそわそわ気味。
すると、リビングの方から星子が現れた。
「晴翔さん、お姉ちゃんのこと、お願いしますね。お姉ちゃんも、頑張って!」
「うるさい、星子はあっち行け!」
それに対し、けんもほろろに陽太は叫ぶ。
だが、どこかじゃれあいに近い、親しみを感じさせるもの。
……陽太の頬が少し赤く見える。
この症状は――
「風邪か? なら、別の日でもいいが」
「……違うから。ほら、行くぞ」
「あ、ああ」
陽太に促され、彼女に押し出されるような形で俺は飛高家を出た。
◆
流石にまたタクシーを使うわけにもいかないので、今日はバスでシラサギパークへと向かう。
観光地というわけでもないので本数は多くないが、市内バスを使えば極めて低価格で観光が出来るのだ。
それでも車内は土日ということで混みあっていた。空席は一つだけ。あたりを見渡してもそれは変わらない。
残念なことに二人ともは座れなさそうだ。
「陽太、座るか?」
先ほど体調が悪そうだったので俺は彼女に席を譲る。
もしかしたら自覚がないだけかもしれない。
「お、おう。ありがと」
陽太は俺の言葉に従い、ちょこんと座りこむ。
そのまま窓の向こうに目をやる――と思いきや、何故か、見上げるようにして俺の顔を覗き込んでくる。
「どうした?」
「い、いや。なんでもない」
そう言って彼女は、水色のパーカーからフードを目深に被り、顔を覆い隠した。
下は白いミニスカート。
合わせたのかニーソックスも同じ色だった。
……褐色とのコントラストについ目を引かれてしまう。
しかし、夏に差し掛かり始めた季節とはいえ、肌寒くないのだろうか。
あまりに薄着だと体調に悪影響が出ないか心配になる。
この世界に来て、一度だけ風邪を引いたことがあるのだが、あれは辛かった。
陽太には看病してくれる家族がいるだけマシなのかもしれないが……。
それにしても。
「そんな服、着てきたことあったか?」
「……三日前、星子に無理やり買い物に連れていかれたんだよ」
ああ。
陽太の母に行き先の相談をしたときのことか。
なるほど。
星子はそう言って陽太を連れだしたのか。合点がいき膝を打つ。
「似合ってるんじゃないか?」
先日、玲緒奈に電話したとき、まず服装を褒めろと忠告を受けた。
それに従った結果だ。
ただし、これは本心からの言葉。
黙っていると無愛想な印象を与える陽太だが、実際に話しかけてみれば――不機嫌な時を除いて――表情豊かな人間である。
どちらかといえば活動的な格好の方が、彼女には相応しいように思える。
「あ、当たり前だろ。ちゃんと合わせて選んだんだから。でも、変に張り切ったわけじゃない。星子のやつが、うるさいから着てきただけだし……」
「そうか」
後に続く言葉は、むにゃむにゃとしか聞き取れず、俺は軽く相槌を打つだけに済ませた。
さて、普段ならここで一度会話が途切れるところなのだが、陽太は再び俺を仰ぎ見る。
「あのな。晴翔……」
「ん?」
「買い物に行ったとき、星子がオレのことを『陽兄ちゃん』って一度だけ呼んだんだ」
――なんだって?
俺は驚きを受け、耳を疑った。
どういうことだ?
いや、これは喜ばしいことである。
間違いない。
先ほどの陽太と星子のやりとりは、それが一端にあるのだろう。第三者の俺が見てわかるほど、二人の距離が縮まっていた。
先日確認した浸食率の大幅減の原因も恐らくは同様。
しかし、因果関係が分からない。
ここ数日で起きた大きな変化とは、浸食率が下がったこと。
だが、聖獣の行った記憶改変と『暗黒の種子』に一体何の関係があるというのか。
本来なら、種子を取り出しかつての姿に戻った際に起きるべきことが前倒しで発生している。
……快方に向かっている。
その前兆ととるべきなのだろうか。
今の俺には判断がつかない。
だが――
「オレ、期待してもいいのかな……?」
――縋るような陽太の瞳を見れば、答えは決まり切っていた。
「……ああ。お前のことも、家族も、絶対元通りにする」
「? それってどういう?」
「いや。なんでもない」
俺は固くへの字のようにして口を噤む。
すると、陽太も追及をあきらめたようだった。
「……バス、着いたみたいだ。降りるぞ」
会話しているうちに、どうやらシラサギパーク前まで来ていたらしい。
俺はそれだけ言って、彼女の手を取った。
◆
土日の朝だからか、シラサギパークはそこそこ混んでいた。
家族連れや男女のペアなどが多い。
そんな中、俺たちは少し浮いているのかもしれない。
「意外と人いるな。さっさと並ばないと……。晴翔がゆっくりしてるからだぞ!」
「いや、大丈夫だ」
不満げに俺を一瞥し、列に並ぼうとする陽太を静止し、俺はチケットを財布から取り出す。
「フリーパスは事前に買っておいた」
「準備良いな、お前……」
嘘だ。
少し前、従業員が手招きしているから行ってみれば、二人分のそれを手渡された。
確か、彼女は玲緒奈の元部下のはず。
「サービスです♪」
なんて言っていたが……どうやら気をまわしてくれたらしい。
「見ている分には面白いので。頑張ってください」
お世辞にも元上官にかける言葉とは思えないが、協力してくれることに間違いはないようだ。
勿論、ただで受け取るわけにもいかずちゃんと値段分の金は渡しておいたが。
「とりあえず、楽しむか」
「おう!」
心躍るといわんばかりの陽太の姿に、自然と俺も顔が綻ぶ。
そして俺たちは園内へと足を踏み入れた。
◆
最初に向かったのはジェットコースター。
池の上にコースがあり、水面に激突するかのような錯覚を与える仕掛けがしてあるらしい。
陽太の母曰く、幼いころの陽太はこれが好きで、両親がグロッキーになってもせがんだのだとか。
どうやら、遊具の中でも最も人気がある一つのようだ。
順番待ち――それでも数分というのが経営状態を表している――の列が出来ていて、今は俺たちもその一部。
たった今、一つ前の客たちが出発したところだった。
赤いドラゴンを模したコースターが、ゆっくりと時間をかけて坂を上っていく。
モーターの駆動音がカウントダウンを刻みつつ乗客を運んでいく。
そして、ピークに達したところで急降下。
「「ぎゃぁぁあーっ!」」
水しぶきが上がり、それと同時に誰とも知れない絶叫が辺りに残響する。
……傍から見ている分には、拷問器具にしか見えない。
並んででも乗るのだから、なんらかの楽しみを見出しているのだろうが……。
俺の理解の範疇を越えていた。
程なくして俺たちの番が来た。
案内された席に座ると、安全確認のためベルトをつけるよう指示があり、大人しく従う。
「晴翔、喋るなよ。舌を噛むからな」
「了解した」
まあ、耐ショックの訓練と思えば何の問題もないはずだ。
俺は忠告通り待機。
そして俺たちのコースターも発進する。
まるで恐怖を煽るようにごうんごうんと駆動音が唸り――。
◆
「うっぷ……」
俺は池のそばにある手すりに手をつきながら俯く。
水鏡を見れば、若干青い。
情けないことに、陽太の心配をしている状況ではないのは明白だった。
――ジェットコースターという乗り物。
中々食わせ物だった。
まさかヘアピンカーブで多彩に重圧をかけてくるとは思いもせず――一言でいえば、俺は酔ってしまった。
事前調査が足りなかったか……。
「……晴翔にこんな弱点があったなんてな」
陽太はにやり。
先ほどからすっかりご機嫌である。
乱れてしまった髪の毛をてぐしで整えながら含み笑いを漏らしていた。
それほどまでにジェットコースターが好きなのだろう。
深読みのしすぎかもしれないが、
「俺自身も驚いている。まさかこの程度で前後不覚に陥るとは」
「あのさ。オレ、もう一度乗りたいんだけどいいかな? 晴翔は待っててくれていいから」
陽太は少しだけ申し訳なさげ。
だが興奮の色がちらりと見え隠れしているのが微笑ましい。
ならば、俺の答えは決まっている。
「いや」
俺は陽太の言葉を否定。
別に何度も乗りたがるのは想定していたから問題ない。
それに
「俺も乗る。必ず克服して見せる」
「克服って……遊園地ってそういうもんじゃないだろ」
陽太の言うことは正しいのだろうが、身体が鈍っているのは事実だ。
この程度で音をあげるわけにはいかない。
戦場を退いた身とはいえ、戦士の意地があるのだ。
「気にするな」
俺たちはもう一度列の最後尾に並ぶと、二週目の訓練(・・)に挑戦した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます