雪の日の出来事
それはある雪の日の出来事であった。
あの日、私は買い物を終え、雪の積もった石畳みの道を歩いていた。街は静寂に包まれ、まるで異世界になってしまったようだった。
こんな寒い日には、人通りもほとんど無い。街にはすっかり活気が無く、私以外の人間が世界から消えてしまったとさえ感じてしまう。
私の前には、誰かが通ったとみられる何の変哲もない足跡が続いていた。私は、その足跡の横を沿うように進んでいく。
何の変哲も無い足跡。
それは、この世界が平凡でありふれたものに過ぎないことを主張しているようで、私は少し面白くない気持ちだった。私はごく普通の人間で、平凡な日常の世界に生きるしかない。そう耳元で囁かれているように感じられたのだ。そして、そのことに安心してもいた。
しかし、時として日常の世界が、ここではないどこか別の世界と繋がってしまうことがあるのだ。
あの瞬間が、まさにその時だった。
私は、思わず立ち止まった。それは、注意していなければ、見落としてしまうようなほんの些細なことだった。
それまで続いていた足跡が、道の途中で、突然消えたのだ。
この足跡の持ち主は、いったい何処に消えてしまったのだろうか?
この人物は果たして無事なのだろうか?
突如として消えたこの人物の友人・家族・恋人は、どうすればよいのだろうか?
私の中に、不安と恐怖が沸き起こった。しかし、その感情はすぐに消えることとなった。
確かに、消えてしまった足跡の持ち主のことは心配だ。だが、私に何が出来るというのだろうか。そう考えると、この足跡の謎についてあれこれ心配する必要などない気がしてきたのだ。
これは、確かに大いなる疑問だ。だが、どんな人間も解くことのできない謎なのだ。ならばいっそのこと、この謎に出会えたことを楽しもう。
今となっては自分でも奇妙なことに、私はそんな風に考えたのだった。
私は、道の真ん中に立ち尽くし、雪の上の足跡をじっと見つめていた。
この謎に満ちた光景は、降り続ける雪に埋もれて、いずれ消えてしまうだろう。そうすれば、足跡のことを知るのは、広い世界で私ただ1人になるのだ。気がつくと、私は一人、何とも言えない背徳的な満足感を感じていた。
雪がこの足跡が消してしまえば、私は再び日常の世界に戻らざるを得ない。しかし、今はこの不思議な世界に身を委ねていたい。
そんな私の想いを知ってか知らずが、雪は冬の街に降り続ける。
雪の日の不思議な出来事であった。
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