童貞だって恋がしたい

半名はんな

序章

 いつも通りの朝。

 いつも通りの通学路。

 いつも通りの校門、廊下、そして教室。

 けれど全てがいつもと違って見えた。いつもと違っていたのは、自分の心だった。

 楽しみなようでいて、しかし不安な、そんな複雑な心境故に今にでも窓を突き破って飛び出してしまいそうなテンションだった。

 大声で叫び出したい衝動を抑えてランドセルから教科書を取り出しているとクラスの 前方からぼくの机の方へと女子が一人歩いてくる。

 クラスで一番人気の女子。

 ぼくは心臓が強く鼓動するのを感じた。彼女の一歩一歩がものすごくゆっくりに感じた。なぜなら彼女こそがぼくのこの何とも言えない気分の原因となっている女子だからだろう。

 昨日、ぼくは手紙を書いた。人生で初めて書くラブレターだった。

 ひと目ぼれをしたこと、

 どんどんときみを好きになっていること、

 きみがイジメられてもぼくが守るということ。

 お世辞にもキレイとは言えないけれども一文字一文字出来る限り丁寧に書き連ねた。

 そうして完成した手紙をぼくは昨日、放課後誰もいない教室でその子の机にその子以外が間違えて見つけないように奥の方へ入れておいた。

 その手紙の返事をいつかは聞けるだろうと思っていた。

だがしかし聞きたいわけではなかった。

 好きな相手に自分の気持ちを知って欲しかったのだ。いや、むしろ、ぼくという存在を知ってほしかったのかもしれない。

 一歩一歩近づいてくる彼女にぼくはランドセルから教科書を取り出していたのすら忘れ、その場に硬直する。立つでもなく座るでもない姿勢、中腰状態でどうしようかと考えていると教室中にパシーンという乾いた音が響く。

 右頬を平手打ちされるのと同時に全身がビクっとなり、現実に引き戻される。

「きもい……か」

 俺は天井を見つめたまましばしボーっとしていた。

 小学生の頃、初恋の相手にした告白時を夢に見るなんて……。

 まだ“純粋”だった頃。

 あの頃は「女の子は男の子が守るもの」という母親の言いつけ通りに休み時間の度に追い掛け回される女の子を守っていた。なぜ男の子が女の子を追いかけるのかを知らずにちょっかいを出す男の子達に「止めろ」と言ったり、通せんぼしてちょっかいを出すのを妨害したりして自分がその子を守っているつもりになっていたのだ。

 その挙句、自分の思いを抑えられずに『きみはぼくが守ってあげるからね』と書いたラブレターまで出してしまった。

 純粋といえば聞こえはいいが、今同じことをやったら単なるストーカーでしかない。 当時は、頬を平手打ちされた上に「きもい」と吐き捨てられ絶望した。

 二度と恋などしないとさえ思った。

 しかし、高校生になった今、冷静に振り返ってみるとその子が100%正しいと思う。

「でも今さら何で小学生の頃の夢なんか……」

 夏はまだ先だというのにぐっしょりと濡れた額を手の甲で拭う。

 黒歴史とも言うべき忘れたはずの過去のこと、完全に忘れさったはずの過去を夢で見て、占いは信じないと決めているはずの俺ではあるが、何か悪い事が起きる予兆ではないかなどというくだらない考えが過った。

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