第2話

移動をする前に自分の状態はどうなっているのかとふと疑問に思った。


さっき食べた妙に黄色いヤシの実モドキはなんとか俺が抱きかかえるぐらいの大きさだった。


人間だったころの知識を当てにするなら大体自分はラグビボールぐらいになるだろうか。


つまり、ヤシガニほどの大きさになる。

我ってばなかなかでかいヤドカリじゃないの。


しかし比較対象が無いし杓子定規なんて便利なもので確信を持って測れないのであんまりアテにはしない。


いつか行うであろう狩りは基本的には自分以下の大きさのしか狙わないだろう。

絶対的に獲物の大きさに依存してしまう問題なのでこれはとりあえず置いとくしかない。




次に自分の手、つまり鋏を見る。

閉じたり開いたり、さっきの実を食べながら形状やら動作やらを観察確認していた。


切れ味は文具のハサミ以上、突こうとするなら包丁以下、といった感じだった。

ヤシの実モドキがまだ柔らかい方で本当に助かった。

ものを掴むには万全とは言いがたいが余程強く挟まなければいけるだろう。



脚は計6本でやや頼りない長さと太さである。

鋏と同じく色合いは深い群青色なのと問題無く思った通りに動くが、なにせ未体験の6つ脚だ。


たとえ今の肉体に刻まれた遺伝子が動きを示してくれるたとしても、いきなり人間にそんな動きを受け入れるのはかなり戸惑う。

まあしばらく動いていれば慣れるだろう。


そして口。これが違和感がえらく迸る。

なんせ舌が筆っぽくなるわ唇は歯になってるわで人間とは大違いである。


しかしちゃんとした味覚はあるし新しい歯は二重の層になったおかげなのか、ヤシの実モドキの表皮も噛んですり潰して食べることができた。

これは大きい利点だろう。

なんせ栄養はともかく硬い植物を食べられるのなら、ある程度の飢えからは逃れられるのだ。

表皮の味?聞こえんなぁ。


しかしどこまで食べても大丈夫なんだこの身体は。

フグは自分自身で毒を作らず摂取することで蓄えてるが、俺のような甲殻類がそんな管理ができそうな仕組みをしているとは思えない。

なので可能であれば同類を発見、食事事情など観察したいところである。



それと甲殻類は変温動物のイメージがあるので体温に気を配りたいところだ。

水棲生物のはずだから水分補給はより神経質に行っておくべきだろう。



よし。他にも色々あるだろうが考えるのはここら辺で中断していい加減に動くとしよう。

正直早くさっきのアレをもう一度食べたいというのは内緒だ。



えっほ、えっほ、えっほ




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓




浜とジャングルの境界線を数分ほど歩いたところでイベントが発生した。



おお見よ!あのスゴイフカイブルーな身体とハウスじみた殻を背負ったヤツを!


まあつまりは同類なんだよなぁ。もう見つかるとは幸運ですね間違いない。たまげたなぁ…。


そしてくだんのヤドカリ二号くんはどうやら岩の小山の前が何かをしているようだ。もうちょい近づかないと何をしてるのかわからんな。


刺激しないようにソロソロと一歩づつ六本足を進めていくと何かの音が聞こえた。




ポリンコリゴリコリコリコリ、ボリンポリン




ほほう食事でござったか。ドゥフフフュどれどれ拙僧にもひとつその献立の内容を見せちゃあくれませんかねぇ?


ん?何も無い?いや、黒い石のような何かの欠片が転がってる。

そしてさっきの効果音から導き出される結論は!






石食えたんかワレェ?!






いやいやいや、もしかしかしたら俺とは違う種族の可能性が微粒子レベル以上に残っている(ハズだ)。

が、近づいていくたびに見覚えのある青いディテールの鋏と甲殻ボディだとわかり、嫌にでも同類であると認識させられる。



石を食うヤドカリなんて地球にいたか?

いやそもそもこいつと俺は大きすぎる。

それにあんなに異様に黄色いヤシの実がブドウ味なんておかしくないか?

ただのヤドカリではないのでは?



いくつかの疑問は、ここが俺のいた世界とはかけ離れた場所である可能性をつまびらかに示唆していた。



ああ、また嫌な気分になってきた。

まだ家族や友人がいた世界への郷愁が心身をよじらせる。

もうあれを取り戻せないのかと考えるだけで胸の奥が沈み込む。


こんなことをしても今の己にはどうしようもないのは頭で理解してるがやっぱり考えてしまうのだ。


いつもは側にあった、当たり前のモノを失ってしまったことを。



感情と情報の整理でしばし動きを停止させていたが、そのうち硬い咀嚼音が止み音の主がいつの間にかこちらを見ていた。


俺はやや出遅れて二号くんと目を合わせた。

すると彼はその場をちょっと譲るかのように移動したのだ。


気を利かせてくたのか二号くん?いやまあ、なんだ。なんだか悪いね。

多分美味そうな所はあらかた食べ終わったから他に移っただけなんだろうけどさ。


正直まだこれを食べるにはちょっと勇気いるけどまあ、やってみるよ。

そういや俺はことある度に何か食べてるような男だった。

おかげでBMIさんは俺のややブルーな体内事情と反比例してアゲ↑アゲ↑なのだったがそれはさておき。


まずは食ってから考える。何事もそうやってきたんだ。

よし!うだうだ悩むのは止めていっちょ食ってみようか!

いただきます!



ボリボリ、ポリポリポリゴクン



なるほど。よくわからん。

いや、表現が難しいのか?食感は硬めのせんべいといった感じだが、味がよくわからん。


土や砂の味を覚悟してたがそれとも違う。

無味なクッキーに少し塩気と苦味を加えたかのようだが、それ以上にえぐみが感じられないのが予想外だった。


今食べている黒い石が特別なのか俺がヤドカリになったことで人間の頃とは違う味覚が使われるようになったのか?


まあいくら考えても実証できなきゃ意味はない。

そんなことよりもだ。これはいいかも知れない。


人間から甲殻類になって何一つ良いことが無いと思っていた。

しかし鉱石の類を味わえるというのは人間では不可能であっただろう。


なるほど。これはガイアが俺にもっと世界を味わえと囁いているに違いない。

そういうことにしろよ言わせんな恥ずかしい。

とにかくちょっとした未知のお楽しみが増えたのは喜ぶべきことだ。


よしもっと食おう。

あんまり美味とは言えんが、この感動を食欲にすり替えてもっと食べてしまえ。



ボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリ



以外と食えたもんだ。腹6割未満といったところかな。

ちょっと小休憩しよう。二号くんは…キノコ?のようなよくわからんものを少し離れたやや開けた場所で食べていた。


あのキノコみたいのも食えるのか。

よし。お、覚えたんだな。つ、次に食べるものが増えて、た、楽しみができて嬉しいんだな。

二号くんはマジで便利な女( 仮 )やで!(略してはいけない )


さーて俺もそっちの方に…ってなんか放水ホースみたいな音が上から聞こえるんだがっておほおおぉぉぉおぉ!!?




音を認識した数瞬後、背中にある殻が茶色の爪と翼によって拐われた。

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