第14話 王様と石英
こんな夢を見た。
私は大理石の柱が立ち並ぶ、正確な長方形の中庭を歩いている。私の左手を1人の幼い少年が握り締めていた。小さい体にこれでもかと金の装飾を背負わされている彼が、国の中でも特に高貴な存在であることは見た目にも明らかだ。それと同等に明らかなのは、その少年が望んで手を握る存在である私を、周囲の大人たちがあまり快く思っていないこと。彼に贔屓されているということは、国の中での地位を確固たるものにするからだろう、しかし、私と少年の間には権力とか利害とかそういうものは一切なく、ただ、邪な周囲の大人たちの気配に敏感に反応する彼がそれを怖がって、そういうものを意に介していない私に助けを求めているだけなのだった。
私は若い。
若い、痩せた男で、褐色の肌にターバンを巻いているのがわかる。少年の散歩は、この中庭を黙って一周するだけのものだった。その短い間だけ、少年は私の手を握って、黙って歩く。本当は私と話をしたいのだけど、そうすれば、周囲の大人たちが私に嫉妬して、私に何をするかわからない。それを感じ取って、私のために黙っている。
中庭の大理石は真っ白のものではない、クリーム色に、ぼんやりとしたオレンジの線が練りこまれた優雅なもので、土も緑もなかった。美しいが、目に寂しく温かみは色合いだけか。
散歩は終わり頃に向かうにつれ、足取りが重くなる。私と少年が一緒にいられるのは、この時間しかなかった。中庭を一周してしまえば、すぐに室内の、厳重な守りが施された部屋へ彼は帰る。別れる前、彼は必ず私の顔をじっと見上げた後に、無言のまま立ち去った。褐色の肌だから、白い眼の部分がとてれキレイに目立っている。目の色は黒い。大きな瞳の少年だ。
時は突然過ぎ去り、彼が私のひょろ長い背に追いついた頃。彼の父が倒れ、彼が王座を引き継いだ。赤い絨毯と、細微に施された金の刺繍に、エメラルドの色が輝いている広間の中、着飾ったたくさんの者たちが、彼の気を引こうと彼の即位を祝っていた。私は彼の近くにいたものの、特別に着飾ることはなく、いつも通りに隅のほうでジッとしていた。
自ら発言できる立場を確立した彼は、すぐさま私を自らの側近に指名した。それは政治的な補佐ではなく、完全にプライベートな指名であった。周囲の大人たちがどう思っているか走らないが、私たちは親友同士だったから。
周囲の大人たち、つまりは国の幹部やらなんやらが、私のことを疎んでいる理由は、変わり者だから。私の趣味は、城壁の外に広がっている砂漠から、砂を一掬い持って来て、その粒子の中にある、白いか透明な石英だけをより分け、ガラスの小瓶に入れていくことだった。残りの粒子はまた砂漠へ還す。
ランプの光の中で、砂漠の砂をよりわけているのだから、誰がどうみてもおかしい人間だっただろう。現実世界の私は、砂の中から石英ではなく、六角形がパイ生地みたいに重なった「雲母」を採取して、小瓶につめていた。完全にどうかしている人に見えるが、この雲母を乳鉢で細かくして、絵の具に混ぜると、自作の綺羅入りの絵の具になる。だから、1人夢中で集めては絵の材料に使っていた。
夢の中で、その延長線上なのか、私は砂漠の砂から石英をよりわけている。あの殺風景な中庭を少しでもキレイなものにしたかった。気づけば、中庭の隅に、大人が両手1杯に掬っても有り余る程度には、石英の粒が集まっている。
その僅かな石英の砂に、緑色の不思議な苗を植えた。
我が国の砂漠には、他にくらべて多くの石英の粒が含有している。陽射しを受けては、キラキラと輝き美しいが、よく目を傷めた。そんな眩しい砂漠には、石英が特に多いところにしか生えない植物があり、それは幹も葉も全てがエメラルドの結晶で出来ているような、素晴らしいものだった。
水は必要ない、日陰でも育っているらしい。だから、石英だけあればいいのだろうと思う。寂しい中庭でも、陛下と私の大切な思い出がつまっている場所だったから、寂しいままにしておきたくなかった。
手の平サイズだった苗は、石英ばかりの場所が気に入ったのか、自然で観察されているよりも、ずっと速く育っている。石英の砂丘から根っこが出てしまわないように、私は暇さえあれば、せっせと砂漠の砂の中から、石英をつまみあげ続ける。
周辺諸国と緊張状態だったので、陛下は熱心に部下たちと会議を続けている。私はその間ずっと暇をしているので、砂漠の砂をより分ける。侍女や家来たちに陰口を言われながらも、石英を中庭に運び続けた。1度、私に協力してくれた侍女が、大きな石英の塊を持って来て、それを細かく砕いてはどうかと提案してきた。名案だと思ったので、砕いて細かくして、苗を植えてみる。どういう原理かわからないが、苗は育たなかった。侍女と一緒にがっかりし、それをどこかから見ていた陛下は、その侍女を自分のハーレムに入れて一番可愛がっている。
あの子は気立てが一番良い子だったから、きっと陛下の心の拠り所になれるはず。彼女は、ハーレムに入っても、一人でいる間は、砂から石英をよりわけて、僅かばかり私に加勢し続けていてくれた。
やがて、陛下自身も熱心に砂から石英をより分け始めていた。夜も昼も。妃になったあの子が、彼を心配して、休むように言っても、心配してくれた礼を述べるだけで、ずっと砂と向き合っている。私が休むことを促しても、やはり無駄だった。
中庭には、石英の粒だけの植え込みが出来上がっていた。大きな器いっぱいの石英の粒を、陛下が蒔いている。エメラルドの木は、私が植えた一本がとても大きく成長し、種を落としてそこからもう二本立派な木になっていた。
夕暮れにも負けない、深い緑色の木々の上に、やがて満点の星空が広がる。陛下と妃は寄り添って、ずっと星空を見上げている。遠くから、美しい笛の音が聞こえたかと思うと、信じられないほど美しい一羽の鳥が、一番大きなエメラルドの木のこずえにとまった。
クジャクのような鳥だが、体の透けていて、まるですべてが水晶のように輝いている。その鳥はしばらく木の上で羽をつくろったあと、石英の砂の上に降りて、優雅に歩き始めた。それを見ていた陛下の目から大粒の涙が落ちて、やがて彼は大理石の回廊に屈みこんでしまった。その背中を、妃が優しく撫でている。
最初に植えられたエメラルドの木が、初めて花を咲かせ、種子を落とし、そこから芽が出た頃。私は、中庭へ石英の粒を運ぶ最中に、背中に短剣を突きたてられて死んだ。真っ直ぐで、針のように細く尖った短剣だった。
陛下の怒りは凄まじく、すぐさま犯人は捕縛され、関係者は1人残らず処刑された。私は、中庭にいる。あの日からずっと居て、陛下が私の死の原因が自分の不用意な行動にあると攻め続け、眠ることも忘れて、私が目指していた中庭を造ろうと、砂漠の砂と向き合い続けていたその横に私はいた。
中庭の半分の石英の粒は私が、もう半分は陛下が蒔いた。その中庭に、国の神話に語られる伝説の鳥が住み着いた。エメラルドの林にいるという、水晶の鳥。幸福と繁栄を呼ぶ神の鳥。鳥も石英の庭をいたく気に入っているらしく、夜になるとやってきて、機嫌が良さそうな顔で歩き回る。
鳥は泣き崩れる陛下を一瞥すると、その背後に佇む私をじっと見つめる。
そろそろ、天へお帰りなさい。
そういわれているのはわかっていた。
わかっているんだよ、でも、彼を1人に出来ない。せめて、彼が天寿を全うするまで地に張りついていたい。中庭から動けなくても。私の姿が見えなくても。もう随分経つのに、彼はまだ立ち直れていないから。
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