Track-2 全国ライブやるの?やらないの?どっち!?
「...と、いう事なんだ」
放課後、ボクらが練習場所としている第二音楽室で、ボクは昨日あにきが提案したT-Mass全国ツアーの概要をメンバーに話した。
T-Massのベーシストでリーダーであるマッスこと鱒浦将也は話を聞き終わると組んでいた腕を解いてボク達に言った。
「メチャクチャだな。おまえのアニキさん」
「うん、本番前にそれはないと思う」ドラム担当の山崎あつし君もマッスの言葉に賛同した。
「類は友を呼ぶっていうか、カエルの子はカエルっていうか...ほんっとあんたの周りってKY人間しかいないんだね」
幼馴染の坂田三月さんまであにきの提案にいちゃもんをつけた。どうして?ボクが訊ねると連中は口々にこう言った。
「わざわざ全国のライブハウス周りに行くよりここでずっと練習してた方がいいだろ。それに俺達は本番で演る演奏曲すらまだ決まっていないんだ。この時期に向陽町を離れるなんてリスクがでか過ぎる」
「そりゃ春休みだし羽を伸ばしに遊びにいきたいってのはあるけどさ。大会で優勝するって決めたんだろ?だったら缶詰めになってでも練習しなきゃ」
「どーせ各地で可愛い女の子見つけて隙あらばエッチな事でもしようと考えてるんでしょ?どうして男子ってこうなんだろ」
三月さんが大げさに両手を広げるとボクは連中に言い放った。
「お ま え ら そ れ で も 男 か よ ! ?」
「は?」「ええ~」「いや女だけど」
呆れる面々を見てボクは続けて声を張り上げた。
「せっかくウチのあにきがライブをブッキングしてくれたんだぜ!?せっかくライブが出来る場所が見つかったのにどうして簡単に諦めるんだ!!
おまえらもっと、熱くなれよぉぉおおおお!!!」
「落ち着けって」あつし君がボクの肩を揉み始めた。
「何熱くなってんだよ」
「それは...ボクにもわからない」
「わからないって...」
三月さんが嘲笑の眼差しをボクに向け始めた。ボクはここ数日から続いているこの部屋のピリピリムードにうんざりしていた。
大きな大会前特有の緊張感。自分の演奏技術のなさから起こる他のメンバーに対する猜疑心。絶対に結果を残さなければならないというプレッシャー。
ボクらT-Massの関係は知らず知らずの内に崩壊寸前まで陥っていた。なんとかこの空気感を打破しなければ。その気持ちがメチャクチャに思えるあにきの提案をボクが受けいれた要因だった。
「全国ツアーに出たら何かが変わるのか?」腕組をしてマッスがボクに訊ねた。
「全国ツアーはすべてのロックバンドの夢だからね」
あつし君が逆にした椅子に座り背もたれに手をかけて呟いた。
「でも、時期が悪すぎるよね」三月さんがボクを指さした。「あんたも曲、かけてないみたいだし」
「だ、だから!!」弁解するようにボクは言葉を吐いた。
「全国にライブに行ったら環境が変わってすんばらしい曲が書けるようになるかもしれないでしょ!?
それに練習はバンの中ですればいいし、発表の場は整っている。ここでシコシコ練習してたって始まらねぇだろ!?
もうこの辛辣な空気にはさよならバイバイさ!!イッツオーライ!本番前にデリバリーライブ、派手に一発決めてやろうぜ!ベイベ!!」
「べいべったって...」
テーブルの上で指を突き出すボクを見て誰かが呟いた。「その、全国ツアーに行ったら曲が書けるって確証はあるのか?」
マッスの冷たい眼差しが眼鏡越しにボクに突き刺さる。「ああ」ボクは顔から脂汗を垂らしながらみんなに宣言した。
「ライブ期間中の1週間!ボクは!いまからオナニーを封印する!!」
「!?」
「...な!?」
「え...?」
ゆっくりとテーブルから降りるボクを見てマッスが声をかけた。
「やめろ、おまえ!そんな事したら...!」
「いいんだ。自分で決めたことだから」ボクの決意を聞いてマッスとあつし君が息をのんだ。
「どうやら本気みたいだな」マッスが窓枠に手をかけてシニカルな笑みを浮かべた。
「そんな...ティラノからオナニーを取ったら何が残るってんだよ...」
あつし君が小刻みに震え始めた。「バカじゃないの」三月さんが呆れて窓の外を眺め始めた。
「とにかく、決まりだかんな」
ボクは拳を握り締めた。ボクのキンタマがどこまで耐えられるか、いや、向陽ライオットで全市民を涙させられる新曲が書けるかどうか。
ボク達T-Massの新たな闘いが始まろうとしていた。
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