Track-7 黒蟲の生き様

 「ただいまー。あれ?お客さん?」


 ボクが家に帰ると玄関に見慣れないスニーカーが置いてあった。汚れた安物のナイキシューズをつま先でよけるとボクは靴を脱ぎ居間に向かった。


 「あれ?あにきじゃん。久しぶり。金でも借りに来たの?」


 居間の戸を開けると親戚の兄貴、八橋ツトムがおかんとテーブルに向かい合って座っていた。


 「おかえり洋一」「よう...あの時以来だな」「あ、うん。」


 ボクは兄貴に頭を下げた。「オェイシスのエレアコ、使わせてもらってるよ」


 抱えていたギターケースを見せると白髪混じりの10こ上のアニキがフフっと静かに笑った。


 「おばさんから聞いたよ。病院でライブ演った事。俺の曲演ったんだろ?」

 「あ、うん。そう。コード進行とかは適当に誤魔化したけど。すんげーウケ良かったよ」

 「はは!まじで?」


 久しぶりのアニキとの会話はなんだか気恥ずかしい。でもアニキの暖かい心に触れる度、空回っていた会話がどんどん温まっていく。まるで冬の朝に入れた車のエンジンのように。


 テーブルに座りアニキとの会話が盛り上がりはじめるとおかんが話を切り出した。


 「ツトムちゃんねぇ、大学辞めて家に居づらいんですって。アンタのとなりの部屋空いてるでしょ?」

 「え?アニキ、大学辞めちゃったのかよ!?」

 「はは...年明けに向陽町に帰ってきたけどさ、親父とはもう口も聞いてない状態」

 「そりゃ、卒業直前で大学辞められちゃ親御さんとしても微妙よねぇ」


 腕組をするおかんにアニキが頭を下げた。


 「お願いします!おばさん!家賃と食費も入れますから!」

 「ツトム君、仕事してないでしょ?」

 「う、く、出世払いという事でお願いします」


 アニキがテーブルを立ち、膝をついた。年上の人のマジ土下座を見るのは辛すぎる。ボクからも母に提案した。


 「別に家賃はいいじゃん。空いてる部屋を貸すだけなんだし」

 「それも、そうねぇ...わかったわ!でも待ってあげられるのは一月だけよ?ウチも大変なんだからね」

 「ハイ!ちゃんとバイトも見つけます!コミュ症ですが!」

 「わかったわ。それで手を打ちましょう」

 「ありがとう、おばさん!洋一!」


 アニキが立ち上がりボクの手を握った。


 「いやー、俺ぼっちだし、行くところなくて困ってたんだよ。ギター、教えてやるからな、洋一!」

 「はは、よかったじゃん」


 ボクはその後、アニキの引越しを掃除を手伝うと一緒に晩御飯を食べ、アニキの部屋で色々な話をした。


 中学生時代のアニキのスーファミをボクが蹴飛ばしてデータを消してしまい、ボコボコに殴られたこと。アニキが東京に旅立つ日のこと。アニキが出会い系でだまされて茨城の田舎駅のホームで丸一日待ちぼうけをくらったこと。


 そしてこれからのこと。本題を振るとアニキは缶チューハイを握ってこう答えた。


 「俺、今年の公務員試験、受けてみるよ。それで安定した生活を手に入れたら親や世話になった人、もちろん洋一にも、恩返ししようと思ってさ。

東京で無駄にした8年。取り戻せるかわからんけど俺なりに頑張ってみるよ」


 「そうか!がんばれ!」


 ボクは少し酔っ払っていたけどアニキの目標や本心が聞けて嬉しかった。そのまま眠ってしまうとボクは朝、自分の部屋で目を覚ました。


 アニキがベットまで運んでくれたのだろう。枕元を見るとボクの愛用の赤いストラトキャスターが壁に立ててあった。


 あれ?ボクが異変に気づき、ネックを掴むと廊下を歩いていたアニキが戸の隙間からボクに声をかけた。


 「ネック、メープルに替えといたぞ。てか、おまえ良くそんなビビリまくりのギター弾いてたな。光陽ライオット、優勝目指して頑張れよ!」


 そう言うとアニキは自分の部屋に戻った。「おーし、公務員試験まで後3ヶ月!勉強すっかー!」アニキの声を聞くとボクは向いの戸に頭を下げアニキの手によって真新しい黒いネックに付け替わったギターをライブに向けかき鳴らし始めた。


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