Track-4 あの日にリベンジ -後編ー

 「俺、この曲、演りたくない」


 放課後の部室での演奏でマッスがマイク越しに言った。マッスがボクの作った曲をやりたくないと言うことは以前からあった。


 ボクはとなりでベースのペグをいじっているマッスをなだめるように言った。


 「おいおいマッス、ライブまで日にちがないんだぜ」

 「そうだよ。別に下ネタ系の曲じゃないじゃん」


 後ろからあつし君がボクの意見に賛同する。「何が嫌なんだよ?」マッスが下を向き、鼻の下に指を置いてつぶやいた。


 「いや、何が嫌って歌詞だよ。この歌詞は俺の青春時代を全否定してる。表現者として自分の嫌なことはやりたくない」


 おいおい。ボクはオーバーリアクション気味に両手を広げてマッスにこう提言した。


 「マッスー。考えすぎだぜー。歌詞がアレっていってもこれは表現のひとつだぜー。これは歌の歌詞であって現実のことじゃないんだ。

それに王道に歯向かっていくのがロックンロールだろ?」


 「自分に都合良くロックンロールを使うなよ」「まあまあ、一度ライブで演ってみてダメだったらもうなしってことで。それでいいだろ?」


 あつし君がボクとマッスの間を仲裁した。マッスが納得いかないように元のベースポジションに戻った。


 「まぁ、一応演ってみるけど...本番まで時間がないんだぞ。これがウケなかったらどうするんだよ?」

 「大丈夫、そしたら本番までにスーパーラブソング書いとくから」

 「OK。じゃあ今度のライブでこの曲がスベったらラーメン一杯おごれよ」

 「わかった。じゃ、始めようぜ」


 ボクらはその後、その曲を練習し今日のライブを迎えた。ズンチ、ズンチ、ズンチ。あつし君のドラミングが響く中、ボクは演奏中の曲の最後のフレーズを叫んだ。


 「だからだからだからボクの精液をキミにそそぐぅー!!」


 間奏中、ボクは目を細めてお客さんのリアクションを見た。みんな鳩が肛門に鉄柱をブチこまれたような顔をしてやがる。この「つなぎ」はナシだな。


 最後にマッスとジャンプして音をキメると観客からパラパラとまばらに拍手が鳴った。着地するとボクらはそのまま次の曲のイントロを弾き始めた。


 マッスが「大丈夫なんだろうな?」という顔でボクを睨む。ボクらの間で物議を醸している曲の名は「少年ジャンク」。


 静電気が走るマイクに下くちびるをくっつけるとボクはその曲を歌った。


「俺は昨日、眠ったふりをしていった 種まきが俺の日課さ

テレビをつけたらおんなじアイドルが 昨日とおんなじ歌を歌ってる」


(しーらねぇよ)


 コーラスを終えるとマッスはうつむいて立ち位置を確認した。構わずにボクは歌を歌った。


「退屈な俺は漫画を広げった 海賊漫画が表紙を飾ってる

終わりの無い彼らの航海は 終われない旅への後悔だった


しーらねぇよ 知らねぇよ そんなのお前の都合だろ

つまんねぇよ つまんねぇよ 『これ先週とやってる事、同じじゃねぇ?』 oi oi oi oi つまんねぇよ」


 1番が終わると観客からフー、という歓声が聞こえた。マッスがかなり不機嫌そうにベースを揺らす。


 それもそのはず、この曲はマッスの愛読誌「少年ジャンプ」に喧嘩を売った曲だからだ。しかし、歓声が起こったってことはボクと同じ気持ちの人間が何人かいたってこと。それが100人に1人でも10000人いたら100人いるってことになる。そういう人たちにウケたら商業として成功する。人気作品を生み出した大物作者が新人漫画の審査かなんかで似たようなことを言ってたきがする。


「次のページをひらいたっら 『ぎ』で始まるギャグ漫画がやってる

彼らが言う少年誌の限界 そんなの俺らの方が上だって


しーらねぇよ 知らねぇよ そんなのお前の都合だろ

つまんねぇよ つまんねぇよ 『コマにセリフだけ書いてツッコむのってズルくねぇ?』


才能枯れたら とっとと辞めろ! 才能枯れたら とっとと辞めろ! 才能枯れたら とっとと辞めろ! oi oi oi oi !!!! 」


 少数の観客が控えめに拳を突き上げる。それを見てマッスが演奏を止めた。おいおい、お前は辞めなくていいって。まったく、この駄々っ子め。


 ボクはあつし君と合図し、この曲を途中で打ち切った。


 「わかった!ナシ、ナシ!!」マイクから離れてマッスをなだめると気持ちを切り替えるように指示をだし、次の曲のアタマをあつし君に演るよう、促した。ドン、タンドンタ、ドッドタン、ドンタ。バンドとしてきりもみ状態の中、深く歪ませたギター弾き下ろすとボクは本日最後となるこの曲の出だしを歌い始めた。


「きっとキミはボクのことなんか知らないんだろう クラスのスミの気持ち悪いヤツ、そんなボクは主役になれない」


 一転してネガティブな歌詞に客が目を丸くする。この曲は意外や意外、あつし君が作詞した曲だ。正確に言うと部室でふざけてあつし君のカバンを開けたら彼が青木田達やクラスメイトにイジメられていた時の日記が出てきたのでそれをインスパイアしてボクとマッスが書き直した。


「だからそう、みんなそう。」


 三月さんが息を呑んで次に放たれる言葉を待つ。ボクは強い力で日記に書きなぐられてた言葉を思い出し英単語を振り絞った。


「ヘイトミー、ヘイトミー、叫んでるよ 心んなかで ヘイトミー、ヘイトミー、ボクの名前は覚えてくれた?


ヘイトミー、いっそキルミー、胸んなかの風船は爆発寸前さ」


 「イジメ」をバックグラウンドにした楽曲。その中でも無視される、ということは一番つらいことだ。存在感が薄い、と茶化されていたあつし君にこんな心の闇があったとは。恐るべし。向陽高の伊藤淳史。静かに盛り上がる客を横目にボクらは最後のフレーズを観客にぶちまけた。


「ヘイトミー、ヘイトミー、叫んでるよ 頭んなかで ヘイトミー、ヘイトミー、ボクがいなくて問題ある?


ヘイトミー、いっそキルミー、腹んなかの欲望は爆発寸前さ」


 吐き捨てるようなボクのボーカル。マッスの飛び跳ねるようなとんがったベース。あつし君の日常の苛立ちをぶちまけるような怒涛のシンバルラッシュが鳴り響く中、ボクとマッスは飛び上がって最後の音をキメた。観客が驚いたように歓声をあげる。「持ち時間一杯です!」後ろの暗幕から叫ぶスタッフさんの声がかき消されたがなんとなく口の動きでわかった。


 ボクは汗を拭うことなくマイクを握ってライブを締めくくった。


「T-Massでした!光陽ライオット、優勝してきます!ドンドンズさん、オーディエンスのみなさん、ありがとうございました!!」


 ボクとマッスがスタンドに楽器を置こうとするとスタッフさんにそのまま舞台裏に引っ込むよう促された。最後にドンドンズがアンコールをやるから、という風に通路で説明された。


 楽屋に戻って汗を拭うためタオルを取ると開口一番、マッスが椅子に座るなりこう言った。


 「よし、ティラノ、とんこつらーめん全部載せ、おまえのおごりな!!」


 ボクはタオルを顔に載せて毛立った真っ白い天井を仰いだ。はぁ...本番までにもう一曲書かなきゃな。ドンドンズの浜田さんの笑いをさそうMCが耳鳴りのする渦の奥でずっと響いていた。


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