Track-3 あの日にリベンジ ー前編ー

 「T-Massの方々、出番です!」


 ライブハウス『ザ・ロックス』の楽屋、スタッフが次に出演するボク達を呼びに来た。あつし君がトイレから出て、マッスがゆっくりと立ち上がるといつものようにボクらは掛け声を入れた。


 「 T-Mass、一本入ります!」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」


 スタッフが苦笑いを浮かべ以前通った細道へ誘導する。ボクらの前に演奏していた『となりの壁ドンドンズ』のボーカル、ドンキホーテ浜田さんのMCが防音用に作られた凸凹の壁を伝って響く。舞台袖で待たされるとマッスがボクに耳打ちをした。


 「なぁ、本当にあの曲演るのかよ」「だいじょぶだって。その後にアレ演るんだろ?」「そうだけどさ...」


 「ドンキさん、次の演者、準備できました!」スタッフが小声でマイクを掴んでいるドンキさんに合図を出した。スタッフにうなづくと滋賀県出身の関西かぶれのコミックバンドの歌い手は話を締めくくった。


 「えー、ホンマ、俺らも結成して結構経つんやけどね...お、今日はここでニューフェイス、期待の新人を紹介したいと思います!」


 会場がえー、という微妙な雰囲気に包まれる。それもそのはず、『ドンドンズ』は本日のライブのトリであり、多くのお客さんは結成15周年を迎えた長寿バンドの演奏を観に来たのだ。「本当に大丈夫かな」あつし君がボクの後ろで声を震わせた。ドンキさんがスタッフから渡されたボクらのバンドの概要を書いたメモを見ながら話を続ける。


 「えー、バンド名は『 T-Mass 』!「Mass」って「Math」やないんか?数学の?へ?そんなこと言われてもわからんて?...メンバーは向陽高校に通う高校生3人組。

おい、おまえら高校生やぞ。しくじってもあんまりひどいこと言わんといてや!」


 ドンキさんがオーディエンスをイジるとフロアから笑い声が響いた。それを聞いてあつし君がほっと、息を吐き出した。


 こういった優しさは助かる。後でお礼を言っておこう。スタッフが再びドンキさんに合図を出した。


 「さぁ!鬼が出るか、蛇が出るか!それでは登場してもらいましょう!!

『 T-Mass 』の3人です!はりきってどうぞ!!」


 前回同様、入場のSE、T-Rexの「20th century boy」がフロアに鳴り響く。ボクらは決意を固めて見つめった後、強くうなづくと暗幕の影からステージにあがった。


 後ろの壁一杯まで入ったお客さんから拍手が鳴る。その数はいままでボクらのライブでは経験したことがない人数だった。「よういちー!」


 女の人の声がする方を向くと赤いセーターを着たあつこさんが空港でアイドルを出迎えるみたいに大きく両手を振っていた。


 「カノジョが見に来てくれて良かったじゃねぇか」ベースを抱えたマッスが意地悪くボクを茶化した。足元のエフェクターをチェックし終えるとボクは額に手をやった。


 絶対に上手くいく。ステージ下に降りたドンキさんが腕を組んで見守る中、ボクはクリーン系のエフェクターを踏んでギターのアルペジオを奏で始めた。T-Mass のリベンジマッチが始まった。


 「朝目覚めると 昨日のキミの抜け殻がいて、僕はそれを抱きしめる~」


 観客が少しずつどよめき始める。ボクらが一曲目に選んだのはおなじみの「ボクの童貞をキミに捧ぐ」ではなく「Moning Stand」。


 普通ライブの1曲目にバラード曲を持ってくるなんてことはまずない。不意打ちに面食らうオーディエンスを横目にサビの手前、ガガガ、ガガガとディストーション系のエフェクターを踏み込む。これはレディオヘッドの「クリープ」という曲からイメージを得た。


 「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」


 予定調和を少し崩したサビの歌詞がマイクから放たれると曲の途中だというのにお客さんから拍手が鳴った。練習の成果もあり客観的に見てもボクらの演奏技術は格段に上達していた。


 最後のフレーズを歌い、アウトロのアルペジオを弾き終えるとたくさんの観客から暖かい拍手が鳴った。


 「予想外だ」「こんなに期待されると次の曲がやりづらいな...」あつし君とマッスがマイクから顔を離してつぶやく。マイクを握るとボクはMCを始めた。


 「えー、浜田さんから紹介預かりました、『 T-Mass 』です!どうぞよろしく!」観客から拍手が鳴る。


 「ボクらは学校の放課後に毎日音楽室で練習をしています。あ!でもボクはとらぶる起こして今年度は留年する予定です。ハハッ!」


 ボクのキャラを掴みきれていないオーディエンスが中途半端なリアクションをする。「余計なこというなや。次の曲いくぞ」マッスが急かすのでボクはMCを締めくくった。


 「もしかしてボクらの事、マジメな文学系ロックバンドだと思った?残念!偏差値42の底辺校のカースト最底辺の低俗パンクバンドです!

全国の女子高生のミナサン、焦らしてごめんね!『ボクの童貞をキミに捧ぐぅ~~!!!!!』」


 前の方にいた三月さんがあちゃー、という顔をするのが見えたが関係ねぇ。この曲こそがボクの純情なんだ。三分の一も伝わんないし、5分の1も煉獄戦艦につぎ込んでいない。でも言葉にはできない思いがここにはあるんじゃ!しゃぶるようにマイクに口をくっつけるとボクらは性欲を具現化したモンスターチューンをフロアにぶちまけていった。後半へ続く。


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