第4話
風紀委員の調査リストは本当に細かく書かれている。
雀部安佐子とその顧客である方波見喜和のページには、方波見のバイトのシフトまで記されてあった。
それで、それによればそろそろ方波見はバイトを終えるらしい。
方波見が厨房の方へ消えた。時間的にもバイトは終わり。おそらく彼女の今日の業務は終了だ。
俺たちもそれを見て席を立つ。
「割り勘でいいよな」
言って、俺は自分の分のお金を出した。
「女性にお金を出させるなんて、男として恥ずかしくないの?」
「恋人でも何でもない奴に出す金なんてあるか」
「友達でもないと言うの?」
「生徒会長に頼まれたから俺と行動を共にしているだけだろ。友達じゃない」
「あなたはそう思っているのかもしれないけど、わたしはあなたのこと、嫌いじゃないわよ」
「好きとは言わないのか?」
「好きって言ったら、あなたは勘違いするんじゃない」
「しねーよ」
「じゃあ、好きだよ。友達として」
「そりゃ、どうも。いいから、金出せよ。店員さん困ってるだろ」
「あなたは出してくれないの?」
「ああ、もう! わかったよ、出すよ」
まったくうるさい女である。俺は天之原の分のお金も出した。
「ごちそうさま」
にこりと笑みを浮かべて、彼女はそう言った。
俺たちはファミレスを出る。そして、しばし待てば方波見もファミレスから出てきた。
どこへいくのか、彼女は寮のある方向とは違う方向へと歩き出す。
俺たちは彼女を尾行する。
尾行して行きついた場所は初等部の旧校舎――風俗店が軒を連ねている歓楽街的な区画。
「あなたとまたここに来ることになるとはね」
「ああ、まったくだ」
寮に帰ることができなかった先日、俺と天之原はここのラブホテルで一夜を過ごした。一夜を過ごしただけでいやらしいことがあったわけではないが、俺はここで彼女に《デウス》を盗まれて、それがきっかけで俺はこんな目になった。
「あ、方波見さん、ホテルに入ってくよ」
「はあ?」
見ると、方波見はラブホテルに入店する。一人で。まだ、陽が落ちているわけでもないのに。
とりあえず、見失わないために、俺たちもそのラブホテルに入る。
方波見が選んだ部屋の隣の部屋を確保し、俺と天之原はそこへ入った。
俺は壁に耳を当て、隣の部屋の音を拾おうとしたけど、何も聞こえない。
「壁が厚いんじゃないの?」と天之原は言う。
「そうかもしれない」
ラブホテルだからな。防音設備があってもおかしくない。値段的にも、おそらくそうだろう。格安ホテルだったら話は別だったのに。
「穴でも開けるか」
「ばれずにどうやって?」
さて、どうしよう。
方波見は一人でラブホテルに来た。つまり、ラブホテルで誰かと落ち合うつもりなのだ。誰か、なんて言わずもがなで、雀部安佐子であろう。方波見はここで密売人と密会して《デウス》の取引をするのだ。
で、問題はその雀部が方波見より先にラブホテルに来ているのか、それともこの後ラブホテルへ来るのか、だ。
いや、待てよ。
もし、方波見より先に雀部がホテルに来ているのなら、方波見が部屋を選ぶのはおかしい。雀部が先に来ているのなら、方波見は部屋を選ぶことなく指定された部屋へ向かうだろう。
ということは、まだ雀部は来ていない。これから来るのだ。
「お前、部屋を出ろ」
「何言ってんの。あなたから目を離せるわけないでしょ」
「逃げないから。とにかく、雀部がこれから現れると推測される。だから、お前はとりあえず部屋を出て、ホテルの出入り口を張ってろ。で、雀部がここに来たのを見たら、俺に連絡。理解したか?」
天之原は信用ならないとでも言いたげな目で俺を見る。
「逃げないよ、俺は。逃げたって、どうにもならないんだし。だから、俺の言うことを聞いてくれ」
「逃げない? 本当に?」
「本当に逃げない」
「信じていいのね?」
「ああ。俺が逃げたそのときは、お前の好きにしてくれて構わない」
「わかった。言うとおりにする」
天之原は部屋を出た。
俺は自分の武器である刀を用意する。
ギターケースを模したケースを開ければ、そこにあるのは俺の刀だ。俺はそれを取り出して、いつでも抜ける準備をした。
――電話が鳴る。
電話に出れば、天之原がこう言った。
『雀部安佐子がラブホテルに入店したのを確認』
「了解」
通話を切って、スマホをポケットに入れて、それから俺は鞘から刀を抜いた。
雀部が部屋に入ったであろう時間を見計らい、俺は行動に移す。
刀に魔力を込めて、一振り。壁を打ち破る。
轟音が炸裂し、壁は壊れて隣の部屋と一続きとなる。
そうしてできた穴から俺は隣の部屋へお邪魔して、そして見つける。
「女の子二人で何をしているのかな?」
部屋には方波見喜和と雀部安佐子がしっかりといた。
「誰?」と、雀部が言う。
「俺のことを知らない奴がいるとは驚きだ」
雀部も方波見も俺を睨む。しかし気にせず俺は言う。
「雀部よ、岩浦五十海がどこにいるか知らないか?」
雀部の瞳孔が開く。動揺の様子。
「誰よ、それ」と雀部は言う。
「しらばっくれるな。俺はすべて知っている。お前らは危険ドラッグ《デウス》の取引を今やっていて、雀部は《デウス》の密売人。密売人なら知っているよな。元締めの五十海の居場所」
「はあ」と諦観の風情を見せる方波見の溜息。「それなら、私もすべて知っている。あなたの名前は戌井涼梧。《デウス》に溺れた醜い最強。そして、《デウス》使用がばれて、最強は地に落ちた」
それではすべてとは言えない。地に落ちた最強は今、生徒会長の犬としてこき使われている。これが言えてこそ、すべてだ。
まあ、そんなことはどうでもいいのだ。
「五十海はどこだ?」
「私みたいな末端が知っているわけないでしょ」
「嘘か?」
「いいや」
しかし、俺は信じられなかった。
彼女は密売人で、嘘をついている可能性が大。そうである以上、彼女の言っていることが嘘か本当かはっきりさせる必要がある。
俺は刀を雀部に向ける。
「ちょっと待って、私は元締めの居場所なんて知らない。これは本当よ。なのに、どうして、刀を私に向けるのよ?」
「お前の言うことは信用できない」
「いや、私は末端の密売人よ。私はただお小遣い稼ぎで密売人をやっているだけで、元締めとか本当に知らないの!」
どっちにしろ何にしろ、リストにある密売人を潰せと言う生徒会長の命令もあるので、俺は雀部を見逃すことはしない。
「したければ命乞いをすればいい。だけど、俺はお前を潰す」
俺は瞬間的に雀部と距離を詰める。
いくら身体が怠いとはいえ、俺は最強の冠を被った男だ。雀部よりも速く動き、雀部が防御の姿勢を取るよりも速く刀を振った。
下段から上段へ斬り上げた。
血が飛ぶ。
真白なベッドのシーツは赤に染まり、豪奢な壁にも霧のように赤が散る。
倒れるのは雀部。床に伏した雀部は切口から血をドクドク出して、床に赤い水たまりを作った。
まずは一人と言ったところか。
倒れている雀部の傍らでわなわな震えているのは方波見だ。何が起こったかわからないとでも言いたげに。
「なん、なの……? 何が、起こっているのよ」
「何って、そんなの見れば分かるだろ」と俺は言う。俺は自分の声が冷たいことを自覚した。「俺が雀部を斬ったんだ」
「なんで……?」
「なんでって、そうしないといけないから」
「……」
方波見は何も言わず、俯いた。
で、こいつはどうすればいいのかな。潰すのは密売人だけで、使用者はいいんだよね。
「とりあえず、《デウス》を使うのはもうやめな。ほんと、ろくな目に遭わないよ」
今の俺がそうだから。
「戌井くん」と後ろから声がした。振り返れば天之原だ。「風紀委員には連絡しておいたよ」
「そりゃ、どうも」
俺はその場を去る。雀部は五十海の居場所を知らないようだし、潰すことにも成功した。ならば、もう用はない。
「それじゃあ、二人目に会いに行こう」
俺たちはラブホテルを出た。
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