第四章‐4『お見舞い』
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放課後。
それは生徒が一日の授業を乗り越えた者のみに与えられる幸福の時間。ある者は部活動で青春の汗を流し、ある者は友人と楽しい交流を行う。大自由時間。友情を深め合う幾つものグループ――それを、勝ち組と言った。
「言いません」
突然そんな一言を言い出した咲楽。まぁ、よくあることだから結城は気にしていない。だが反応だけはしてあげる。
「は?」
「なんでもないよ。独り言だから」
「その独り言しちゃう癖、直した方が良いんじゃ……」
「そ、そうだね。てか、校門の前に変な人たちがいるんだけど」
「話そらしやがったな、って外……?」
疑問に思った結城は窓から校門の方を見た。目を凝らして誰が学校に来ているのか確認してみると、確かにそこには不審な男が何人か校門の前で出待ちしているかのように立っていた。
「なんだか出待ち……みたいな?」
「え!?
「さぁ? でも、この学校に来るってことはありえる話だよな」
「そうだよね! そうだよね! これは話を聞いてみる価値はありますな」
そう言って鞄を持って一人で教室を出て行ってしまった。結城は急いで彼女のことを追いかける。
(てか、噂だけで学校に押しかけるってどうなのよ)
君島海崎のファンであることが確定したわけではないが、学校の前に集団で居座っていることに変わりはない。それはこの学校の生徒を不安にさせることしかさせないし、第一モラルとしてどうなのか、という問題になってくる。
そんな怪しい集団に話を聞こうとする咲楽の行動力には感服するしかない結城であった。
さて、玄関へと向かう道中、チラチラと結城のことを見る生徒が目立った。急に有名人になったかのような感覚に違和感を抱いた結城は、何だか嫌な予感がして体の中が冷たくなるような感覚に陥った。
咲楽と一緒に聞き込みをしていた時とは雰囲気がまるで違う。
(なんだよ、これ)
玄関で律儀に待っていてくれた咲楽と共に下校する。その時、咲楽も周りの雰囲気が変わっていることに気付いたのか、その話をしてきた。
「ねぇ、ゆうくん。なんだかみんなの視線が痛いのですが、これはなに?」
「さぁな……。なんだか芸能人になったみたいだな」
その声は震えていた。
このまま校門をくぐっていいのだろうか。今、あそこに行ってはいけないと、危険信号を受け取っていたが、その歩みは止まらなかった。この原因不明の不安が勘違いであることを確かめかったからかもしれない。杞憂で終わって欲しいと思っていたからかもしれない。自分が、自意識過剰の恥ずかしい野郎であって欲しいと思ったからかもしれない。
冷や汗をかきながら校門をまたぐ。
横には誰かを待っているかのような不審な点が多い気持ち悪い野郎ども。
その野郎どもが、結城の顔を見た瞬間にヒソヒソと話し始めた。
しかし、そんな不穏な雰囲気をものともせずに咲楽は男たちに話しかけだす。
「あの、もしかして君島海崎のウワサで来たんですか?」
メガネをかけたひょろい男がその質問に答えた。
「あ、あぁ。そうだよ。でさ、あ、あの男って、
少々どもりながら言う姿は、さながらガーディアンの藤坂美樹を思い出す。
「え? そうだけど……ゆうくんに何の用ですか?」
その質問には答えず、またヒソヒソと話し始めた男たち。その様子に結城は嫌悪感を抱いた。その話しぶりからして、まるで自分のことを話しているようだったからだ。
「いくぞ咲楽。お見舞い行くんだろ?」
「う、うん」
ともかく、この場に居たくなかった結城はここから離れることだけを考えていた。
目の前にいる男たちが気に食わなかったからだ。あらかに自分に用があるのに、誰一人として話しかけようとせず、周りとヒソヒソ話しをするだけ。その中から刺さる悪意のある視線。心地いいものではない。
咲楽と共に帰路に着こうとしたその時。突然道を塞いでくる男ら。いったい、何をしたいのだろうか。
「んだよ。俺が何したってんだよ」
決して声を荒げることもなく、ただ静かに、低い声で、威圧的に言葉を発した。
人間、本気で怒った時は逆に冷静になって声を荒げないものなのだと知った。結城自身もここまでドスの利いた低い声を、ただ静かに出すだなんて思わなかったからだ。
迫力があったのだろうか、男たちは静かに道を開けた。
なんて度胸のない男たちなのだろうか。明らかに人数的にも多いはずなのに、ただ一人、結城の怒りの一言で簡単に身を引いてしまったのだ。
(これから
体調不良で弱っている人間を励まさないといけないのに、最悪のコンディションだ。
だけど、それは咲楽も同じ。彼女は黙っているが、きっと結城と同じく嫌な気持ちになっているだろう。それは表情からもうかがえる。
咲楽から笑顔を奪ったさっきの奴らを全力で叩きのめしたい。そんな衝動に駆られるが、今はその淀んだ気持ちを晴らして、切り替えていかなければならないときだ。
「よし。じゃ、西條を励ましに行きますか!」
「そう、だね! ぬっふっふ、海実ちゃん驚くだろうなー」
「あぁ、きっとな」
無理にでもテンションを上げて気持ちを切り替えていく。
海実は、ここ中理町に住んでいるらしい。だからバスで移動した二人は、海実の家の近くにあるコンビニでスポーツドリンクなどお見舞いの品を買って、そして彼女が住んでいるというマンションまでやって来た。
しかしそのマンション、高級なおかつ高層なもので、お金に余裕があるような人が住む物件だった。家賃だけで二〇万は飛んでいきそうな雰囲気がある。安易にロビーに入れない様になってるし、そのロビーだけでもとても広い空間が広がっている。
インターフォンから海実の部屋を呼び出す。
『どちら様ですか?』
その声は海実の母親のものだった。聞き覚えのある声にどことない安心感を抱きながら咲楽は話す。
「色川咲楽です。海実ちゃん、今日学校を休んだそうなのでお見舞いに来ました。あの、都合が悪かったでしょうか?」
『いえいえ、海実のためにわざわざありがとうございます。どうぞ入ってきてください』
そうしてようやくマンションの中に入れる。こういう高級なマンションには警備員が二四時間監視していると聞くが本当なのだろうか。
エレベーターの前まで行くと、ボタンも押さずに勝手に開いた。
「すごいね。最近のマンションは」
「いや、別に最近のマンションがこういう仕様なわけじゃないと思うぞ。昔ながらのシステムだと思う」
「マジで!? こうきゅうマンションってすげー!」
エレベーターに乗り、丁度二〇階で降りる。随分と上の方に住んでいる海実はどれだけ金持ちの家庭で育っているのだろうか。
すると、海実の部屋の前に彼女の母親が外に出て待っていてくれた。
「色川さん、榊原さん、今日はわざわざありがとうございます。きっと、あの子も喜ぶと思いますよ。どうぞあがってください」
母親はドアを開けて案内してくれた。こんなにも丁寧に対応されて戸惑ってしまう結城と咲楽。そこは自分の知らない世界のようにも感じた。なんだか気品があって、一般家庭とは違う何かがある。
海実の母はドアの前に立ってノックした。
「海実? 色川さんと榊原さんが来てくださったわよ?」
「は、い。ど、どう、ぞ」
中から小さな声が聞こえてきた。耳を澄まさないと聞こえないような、弱々しい声。だけど、それが彼女が持っている声だ。とても可愛らしいその声は、間違いなく西條海実のものだ。
ドアを開けて中へと入る。
そこにはぬいぐるみなどがあって、とてもファンシーな雰囲気があった。小柄で、とても可愛らしい彼女らしさがある。
「こんにちは海実ちゃん。体調不良で休んだって聞いてビックリしちゃった」
「は、は、い。すみま、せん」
「なんで謝るのさ。まぁいいや、これお見舞いの品。って言っても、わたしたちの所持金じゃこんなものが精一杯だけどね」
「え、あ、あの、ありがとう、ござい、ます」
嬉しそうに、だけど恥ずかしそうにはにかむ彼女を見れただけでお腹いっぱいになるというもの。
お見舞いの品はスポーツドリンクと、フルーツメインのコンビニスイーツ。果物系だけあって値は張ったが、せっかくの後輩のお見舞いなのだ。先輩として背伸びしたいと思っうのは当然のこと。多少財布にダメージがあったくらいで何ら問題はない。むしろ、海実の笑顔を見ればおつりが来るくらいだ。
「それで、体調は大丈夫なの?」
「は、はい、色川せん、ぱい。もう、体調は大丈夫、です」
「そーなんだ。はぁ、安心したよ~」
「あ、あの……」
安心して顔を緩ませる咲楽を傍らに、海実は何やら不安そうに尋ねてきた。
「ん? なぁに?」
「学校で、変な噂とか……ありませんでしたか?」
「変な噂? うーん……あ! 噂じゃないけどね、さっきね、学校に出るときに変な男の集団が学校の前でたむろっててね、ゆうくんがゆうくんかどうか聞いてきたんだ。そしたらひそひそと話始めるし、意味分かんなかったよ」
咲楽がぷんすか怒るその一方、変わらず不安げな表情を続ける海実は結城のことを恐る恐る見る。
「あ、あの、さかき、ばら、せ、せんぱ、い」
「なんだ?」
「あ、あぅ……なんでも、な、ないで、す」
彼女は何も語ってはくれなかった。だけど、何か言いたそうなのは結城にも分かった。悲しげな表情をする海実は、今にも壊れてしまいそうだった。
このままでは帰れない。
何も聞かずに帰れば、きっと後悔する。
何事も、やらないで後悔するより、やって後悔した方が良いはずだ。
「なんだよ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。俺たちは先輩だぜ? 先輩が後輩の悩み聞かないでどうするんだよ」
「そうだよ! 言いたいことがあるなら遠慮なく言いなよ!」
「あ、あぅ……。あ、あの、大丈夫、でしたか? その男の人たちに、ケガ、させられません、でした、か?」
「そんなことかよ。あんなナヨナヨした奴ら、俺にかかればどうってことねぇよ。まぁ、これと言って暴力を振るわれたわけじゃないんだけど」
あはは、と軽く笑って見せる結城であったが、それでも海実は笑顔を向けることはなかった。その様子を見て、結城は感じた。
彼女には何か秘めごとがある。
誰にも言えないようなことが、彼女にはあるのだと。
もしそうならば、自分たちはそれについて詮索することはできない。ズカズカと土足で踏み入れていいような領域ではないのだから。
「咲楽、そろそろお暇しないか?」
「え、でも――」
咲楽は一度反対しようとした。大した話もしてないし、もっと話したいことがあったから。でも、結城の表情と、海実の表情を見て悟った。
だから彼女は結城に従う。
「そうだね。うん、帰ろっか。じゃあ、海実ちゃん、また学校で会おうね」
「あ、はい。ま、た、です」
その時の海実の表情は笑顔だったが、そこには今までにあった太陽のような温かさがなかった。無理やり作ったかのようなその笑顔は、結城たちの心にチクリと痛ませる。とても放っておけないような、でも、これ以上一緒に居てもダメなような、どうしようもない状況が出来上がっていた。
しかし、結城と咲楽はここから立ち去るしかない。まだ彼女のことを良く知らない二人ができることは何もないのだから。
「あら、もうお帰りになるの?」
ちょうど海実の部屋から出ると母親と出くわした。お盆で飲み物を持ってきてくれたところだった。
「はい。申し訳ないのですが、お暇させていただきます」
結城は軽く礼をする。続いて咲楽も軽く礼をした。
「今日はありがとうございました。また、いつでもいらっしゃってください。お待ちしていますよ」
「はい、ではお邪魔しました」
「お邪魔しましたー」
結城と咲楽の二人はマンションから立ち去った。
その帰り道。夕焼けで赤く染まった道を二人並んで歩きながら、結城と咲楽は話し合う。
「どうしたんだろうね、海実ちゃん」
「知らん。でも、あれ以上一緒にいちゃいけないような気がした」
「それはわたしも同じだよ。ゆうくんに帰ろうって言われたとき、海実ちゃんの顔を良く見て思ったの。悲しみであふれていて、今にも決壊しそうだな、って」
「それは西條の口から説明してもらうのを待つしかないよな」
「わたしたちにできることは待つだけ……何だか悲しい」
俯く咲楽を横目に、結城は一呼吸置いて言った。
「しょうがないさ、それが人ってもんだから」
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