第一章‐4『加速し続ける恐怖』

  5


 結城ゆうき咲楽さくらは電車に揺られていた。景色が次々と流れていくが、そんなものは見慣れてしまった景色なだけあって、あらたまって見るものでもない。

 咲楽はイヤホンを外し、結城に話しかけた。


海実うみちゃん可愛かったね」


 今となっては当たり前となっている、空中投影ディスプレイを用いた携帯電話、エアリアルフォンをいじりながら答える。


「まぁ、可愛い顔をしていたのは確かだな」

「でしょでしょ!? 明日、一緒にお昼ご飯でも食べて親睦を深めたいなぁ。もちろん、ゆうくんも一緒にね」

「それは西條にしじょうが少しでもクラスから離れるための口実か?」

「たはは……。さすがにバレてたか」

「当たり前だ。だけど、いつまでも俺たちと一緒に居させるわけには行かない。それは一時的な避難であって、解決にはつながらない」

「分かってるよ。だからこうやってゆうくんも誘ったんじゃない」

「まぁ……仕方がないよな」


 毎回のことだが、結城は咲楽の提案に反対や反論を言うものの、最終的には結城が折れて咲楽の思惑通りになってしまう。それが結城の甘さなのか、やさしさなのか、彼自身はその感情を理解していない。いや、理解しようとしていない。

 すると、電車がいったん止まった。駅に着いたことで乗り降りする人々を、エアリアルフォンをいったん手放して結城は眺めていた。学生、サラリーマン、OL、買い物帰りの主婦、様々な人たちがこの電車を利用している。

 ネットワーク社会になった今では、この電車もネットワークによって管理されており、強固なセキュリティによって守られているコントロールシステムは、今の今まで何事もなく運営し続けている。


「気が付けば次だね」

「そうだな」


 結城たちが降りる駅は、二人が通っている中理なかり高校がある中理駅から二つ先、次の駅である羽土円はどまる駅だ。

 これが、いつも通りの日常。毎日使っている電車の風景。

 アナウンスが流れ、次の駅名を乗客に伝える。これがいつもの風景。

 そして結城と咲楽はドアの付近に立って次の駅を待つ。これもいつもの風景だ。

 しかし……いつも降りている駅を――通り過ぎて行った。


「は?」


 いきなり訪れる非日常。結城は思わず短い声を出す。

 見慣れない風景が流れていく。本当なら先ほどの駅に停まるはずなのに、先ほどアナウンスでも次の駅に停まると言っていたはずなのに、なぜか電車は停まらない。


「待って、何これ? さっきの駅……私たちが降りるはずの駅だったよね?」


 今の状況をまったく呑み込めていない咲楽は声を震わせながら言う。突如として日常から離れてしまった今の状況に混乱してしまうのは人間として当然だろう。無論、咲楽だけでなく結城も混乱していた。

 しかし、慌てふためいて口が動いてしまう咲楽に対して、結城は口を閉ざしたまま。冷静になろうと、今の状況を一つひとつ確認している最中なのである。


(この状況、電車のコントロールシステムが何らかの要因によって壊されないと起こりえない状況だよなコレ。なら、すぐに車掌によるアナウンスがあるはずだ)


 しかし、そのアナウンスは一向に流れなかった。

 さすがに今のこの状況がおかしいことを理解し始めてきた乗客がざわめく。


「ねぇ、ゆうくん……」

「なんだよ咲楽。大丈夫だ、心配すんなよ。このまま止まらないなんてことはないだろ」

「違うの……この電車、段々速くなってない?」


 咲楽が恐る恐る言ったその言葉で、結城の額から脂汗が一斉に吹き出し、気持ち悪い状態になった。

 結城は外を見る。七城市の街並みが次々と流れていく、そのスピードが……少しずつだが早くなっていないだろうか? 冷静になって、注意していないと分からないくらいに、少しずつだが着実にこの電車は緩やかに加速し続けている。


「おいまさか、冗談だよな?」


 映画じゃあるまいし、こんなことが現実に起こっていいはずがない。

 これじゃ冷静になれるはずがない。

 このまま加速し続ければ、他の電車と衝突するか、カーブで限界を超えて横転するか。どちらにしろ、命が助かる確率は限りなく低い。


「ゆう……くん……」


 咲楽が、弱々しい声で話しかけてきた。その目には涙が浮かんでいる。


「明日……海実ちゃんと、一緒にご飯食べるれるんだよね? そうだよね……?」


 咲楽の泣き顔なんて見たくなかった。だから結城は思わず舌打ちをする。

 いつも明るい子でいて欲しい、それが結城の願い。『咲楽』という名前の通り、楽しさを咲かせてくれるような子だ。それが榊原結城の幼馴染であり、色川咲楽という女の子である。

 それが今、恐怖と悲しみで台無しになっている。それは、結城にとって許せないものであり、一刻も早く笑顔になるべきなのだ。

 だから、結城が取るべき行動は一つ。


「待ってろ咲楽。俺が何とかしてやるからさ」


 咲楽の有無を聞かず、そのまま結城は走り出した。周りには混乱し、慌てふためく乗客ばかり。もちろん、この人たちも助け出す。だけど、結城の一番の目的は咲楽の笑顔を取り戻すこと。それだけだ。

 結城が目指していたのは先頭車両、運転室。現社会の電車はすべてがネットワークによって管理されているので、電車は寸分の狂いもなく時間ピッタリに来る完璧な仕事が行われる。したがって、電車の運転士がほとんど必要なくなり、残った業務と言えば、正しく電車が作動しているかの監視だけ。それが今の電車の運転士の仕事である。

 しかし、この異常事態に何のアナウンスもないのは不自然だ。

 運転席の周りに集まる人たちを潜り抜け、何とかして前まで出た。ドアのガラス部分から見えたのは気絶している運転士だった。


「運転席のコンソールからならアクセスできるはずだ……」


 結城はそうつぶやきながら運転席に入るためのドアを開き、中へと入る。

 その瞬間、この電車が急激に加速した。そのせいで体は後ろへと倒れ、尻餅をつく。

 先ほどまで分かるか分からないかくらいの加速だったが、今度は身を持って確かに感じられるほどの加速だった。後ろから乗客の叫び声が聞こえてくる。

 今この現状が、どれだけ危険なものなのか。この変化によってようやく理解しだしたのだろう。


「くそっ……」


 一刻も早く、この電車を止めなくてはならない。そうしないと、咲楽の笑顔が失われたままになってしまう。それは絶対に防がなくてはならない。

 運転席には、運転士と思われる男性が椅子に座っていた。しかし、その男は気を失っている。ただ、その男はただ単に意識を失っているわけではない。電脳世界に自分を送り込んだ状態のままになっているのだ。


『誰か応答しろ! 誰でもいい、この通信に出てくれ!!』


 運転席のコンソールのスピーカーから、男の声が聞こえてきた。結城はすかさずその通信に出る。


「乗客の榊原結城だ。そっちは?」

『おお!! 管制塔の小林だ。いったいそちらはどうなっている? こちらの管理下から急に離れたかと思えば段々加速し出すわ、今度は急激な加速になるわ』

「おそらく、誰かがこの電車に細工した可能性がある。この運転士の人が電脳世界に入ったままの状態になってる。おそらくこの管理システムの電脳世界に犯人らしき人がいるんだ」


 それが結城が出した結論。今回のこの事件、ただのシステムの不具合ではないことはドアのロックが確認された時点で分かった。これは明らかな妨害行為であり、運転席のコンソールに触れさせないための工作に他ならない。


『ならば、君がそのコンソールにアクセスして様子を見てきてくれないか? こちらからはその電車の管理システムにアクセスできないんだ。だから、頼れるのは君しかいない』

「任せろ。元よりそのつもりだ」

『頼む、乗客の命は君にかかっているんだ』

「分かってる」


 ふぅ、とスピーカーの向こうから溜息を吐いたような声が聞こえてきた。

 そして、実際に顔を合わせていないにも関わらず、気まずい雰囲気が感じ取れるその間が、結城は気になってしょうがなかった。


『榊原さんだったか? 乗客の命を君に背負わせてしまうわたしたちの無能さを……許さないでくれ』

「あぁ、絶対に許すものか」


 こんな事件に発展させてしまったことを結城は許す気はさらさらない。なぜなら、それによって咲楽の笑顔が失ってしまったから。だけど、もっと許せない存在がいる。それを今からぶん殴りに行くのだ。


「ゆうくん!」


 電脳世界へとパルスインしようとしたその時、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。結城は振り向くと、そこには不安そうにした咲楽の顔があった。その表情は、結城にとって一番見たくないもの。だからこそ、結城は軽く、余裕がある感じで言った。


「安心しろ。お前は笑顔でいてくれればそれでいいんだよ」


 少し微笑みながら言ったその言葉。そもそも微笑みなんて似合わない顔をしているのだが、そんなことは今は気にしない。

 結城はコンソールを見つめ直し、パルスイン用のパネルに手を当てて宣言した。


「パルスイン」


  6


 この電車をコントロールするシステムの電脳世界は、鋼の壁と上下に開く扉によって構成されていた。まるでSF映画に出てくる近未来的な基地のようだ。

 その電車のコントロールシステムの電脳世界に入り込んだ結城は、思わず膝をついた。


「なんだこれ、立っていられねぇ……」


 あまりのノイズの多さに、体のバランスが保てなくなってしまったのである。頭は痛くなるし、気怠さを感じたりするし、もう散々な状況。だが、ここで立ち止まることは許されない結城は、気合いだけで立ち上がる。膝がガクガク震えるが、一歩一歩、確実にその歩みを進めた。

 妙に作りこまれているコントロールシステムの電脳世界。一見、一体どこへ向かえばいいのかも分からないその入り組んだ構造は、おそらく何らかの方法でこの電脳世界にアクセスし、システムのクラッキングを起こされないようにするための対策の一つだろう。

 しかし、便利なことにネクスト発症者の榊原結城。電脳世界にある違法な存在は、どんなものであろうとノイズとして結城へと伝わる。そして今回、歩くのも困難にさせるような強力なノイズの出所が結城には何となくだが分かるのだ。それを手がかりにして、迷路のようなこの電脳世界を歩く。

 いや、実際のところは走りたいのが山々。この電車は急激な加速をしている。もし、急なカーブに差し掛かったら? おそらくは横転必須だろう。

 だから、結城は走って原因を早く突き止めたい。だが、このノイズが邪魔をする。

 それがこの事件の犯人の狙いだろう。歩くことすら困難になるほどの強力なノイズを発生させて足止めする。なんともまぁ、単純明快、それでもって効果的なのだろうか。

 右へ、左へ、また右へ、そしてまた右へ、と思えば今度は左へと、クネクネと幾度となく何度も何度も角を曲がる。

 本当にこのコントロールシステムの中枢に向かっているのかも怪しいが、頭に響く煩わしいノイズは段々と大きくなっているから、おそらくはコントロールシステムの中枢に近づいてはいるのだろう。


(おかしい。なんでなんのセキュリティも効いていないんだ?)


 結城はここまで、何の障害にも遭遇していないのだ。本来なら、侵入者を撃退するドローンの一〇や二〇いてもおかしくない。だって、ここをやられてしまえば乗客が乗っている電車が危険に晒されてしまうのだから。

 つまり、考えられることは侵入者が侵入者を撃退するドローンを破壊し、この電車のコントロールを乗っ取ったということ。


(その犯人はまだこの電脳世界にいる)


 結城は確信を持ってそう思った。なぜなら、この電車は継続的に加速を続けている。そして、このコントロールシステムの電脳世界に入る直前に急加速した。それは、人為的ににする他ないのだから。

 そいつをぶん殴らなければこの電車は止まらない。

 ただ、やはりノイズが邪魔をする。


(待てよ、違法なプログラムがあるからつっても、立つことすらも困難になるようなモノにはならないはずだ。これは別の何かが動いていると言っても過言じゃない)


 ここまでやってきて、結城はそう結論を出した。今までに経験したことのないこの強いノイズは、電脳世界に蔓延る違法プログラムだけではありえないものだった。だとすれば、考えられることは一つ。

 この電車の暴走を止めるべく、コントロールシステムの電脳世界に入ってくる人物の足止め。

 それしか考えられない。


「ふざけんな。こんなノイズごときで俺を止めようだなんて甘いんだよッ!!」


 結城はその気合いだけで、ガクガク震える足を進める。

 そして歩くこと数分後、ようやくコントロールシステムの中枢らしき部屋の扉の前までやって来た。その扉に手をかざすと、すんなりと扉が上下に開いた。その結果に結城は呆気を取られ、犯人の考えのおかしさには笑わずにはいられない。


「なんだよコレ、何で俺こんなに歓迎されてんだ?」


 すると、コントロールシステムらしき装置の物陰から誰かが姿を現した。


「待っていたよ」


 聞こえたのは少し高めの男の声だった。

 その男は顔を隠すために不気味な仮面を付け、パーカーのフードを深々とかぶっていた。身長はそこまで高くなく、結城と同じ程度。しかし線が細く、力強さは感じられない。ただ、底知れない不気味さだけはあった。


「なんだよ待ってたって」

「言葉の通りさ。自分の乗っている電車が暴走したとなれば、キミが動かないわけがないからね」

「んだと? 俺はまんまとお前の誘導に引っかかったということか?」

「その通り。とりあえず……君の力、試させてもうらうよ!」


 そのとき、その男の腕から電撃が飛び出した。その攻撃は予測できず、思いっきり電撃を浴びてしまう。ただでさえノイズで足がガクガク震え、立つことさえ困難だというのに、その状態で電撃を浴びたとなれば、転倒は必須だった。


「お、お前……ネクスト発症者か、よ……?」

「その通り。電脳世界で攻撃性のある電撃を出すことができるだなんてネクストしかいないだろ?」


 ネクスト発症者がこんな事件を起こしたことに結城は憤りを感じていた。

 電脳世界に適応した規格外の存在、それがネクスト。使い方を間違えれば、今回のような人を傷つける――いや、人を簡単に殺すような事件を起こすことも可能なのだ。

 その存在はなぜか電脳世界を守護するセキュリティプログラムからはどんなことをしても見逃され、どんなにセキュリティ側が対策をしたとしてもいともたやすくそのセキュリティを潜り抜けてしまう。

 本当に困った存在。

 ネットワーク社会は、このネクスト発症者をどうにかしようとするも、いったい誰が発症しているのかも分からない。だから、対策のしようがないのだ。中には、その能力を使って電脳世界の秩序を守ってくれる存在もいるので、一概に悪とは断定できないでいるのが現状だ。

 だから、ネクスト発症者は社会から見逃されている。

 ただ、事件を起こせば話は別だ。法を持って裁かねばならない。


「お前、こんな、こと、して、ただで済むと……思ってんのかよッ!!」


 地面にへばりつく身体を無理やり起こし、パーカーの男に拳を一発入れてやりたかったが、彼は笑いながらさらりと、涼しい顔で避けた。


「ハハハ!! ただで済むと思っているかって? 思っているわけないじゃん。だって、ボクは捕まらないから。捕まえられるもんなら捕まえてみろってんの!」


 今度は腹に蹴りを入れる。無論、蹴りを入れたのはパーカーの男。殴るのを避けられて、よろめいたところの一撃だった。結城は言葉にならない声を出し、痛みでその場にうずくまるしかなかった。


「て、テメェ……絶対にぶん殴ってやる。その不気味な仮面をカチ割って、お前のその面を拝ませてもらうからな」

「口だけは良く動くね。だけど、そんなに寝っ転がって言われちゃ、説得力ゼロだよ」

「ふん、立ち上がればいんだろ? 立ち上がればなぁ!!」


 結城は勢いよく立ち上がる。ただ、その体はふらふらと揺れており、見ているだけで危なっかしい印象を抱かせるものだった。その様子を見て、仮面の男は嘲笑する。


「お前、本当にボクに勝つ気でいるの?」

「この勝負に勝ち負けなんかあるのかよ。俺はただ、テメェを殴り飛ばして、この電車を止めるだけだ。勝つとか負けるとか、そんなくだらねぇことはどうでもいいんだよ」


 結城は右手の指を小指から順番に折りたたんで拳を作っていく。それも、手から軋む音が聞こえるくらい強く。

 狙いは仮面。そいつをカチ割ってやらないと気が済まない。


「だーかーらー、このボクに拳を当てることすら愚かなことなんだよ」


 仮面の男はいかにも余裕だということを見せびらかすように軽々その拳を避け、逆に結城の鳩尾へ、ひざで思いっきり突いてやった。それ自体は彼の力があまり強くないせいか痛みはあまりない。しかし、そこから発せられる電撃によって結城は呼吸が困難になるくらいの痛みが襲い、口からは唾液が零れ落ちる。

 痛みが体中に広がっている最中、結城はこのノイズの正体を必死に考えていた。結局のところこの戦い、このノイズさえどうにかなれば勝機はあるのだから。


(奴は電撃使いのネクスト、おそらくクラッキングを得意としているはずだ。そして、このノイズを発しているのも奴と考えてもいい)


 だが――そのノイズを発しているのが仮面の男と考えるのはおかしい。電撃が使えるからと言って、運動能力を著しく低下させるようなノイズをずっと発せられるものだろうか?


(それだけは絶対にない。どこかに、このノイズを発生させている装置みたいなものがあるはずだ)


 結城は必死に立ち上がり、辺りを見回す。しかし、それらしき装置は見当たらなかった。それに、ノイズが酷すぎてそのノイズ発生装置のようなものの正確な位置までは把握できない。

 目の前には仮面の男、そしてその後ろにはこの電車のコントロールシステム。

 さて、この戦いの要とも言えるノイズ発生装置を簡単に見つけられるところに置くだろうか。答えは否だろう。見つけやすいところに置いて破壊されてしまえば、絶対的なアドバンテージが失われてしまう。


(考えろ、俺が奴なら、そういったものをどこに置く?)


 仮面の男を睨み付けながら必死な想いで思考を巡らせる。


「どうしたの、そんなに怖い顔して。あ、もしかしてこのノイズをどうにかしたいと思ってんの? そりゃそうか、このノイズさえなくなれば、お前は軽々と動げて自慢の拳をボクに当てられるんだからね」


 結城が考えていることは奴に筒抜けだった。だが、関係ない。バレていようが、バレていなかろうが、やることは変わらないのだから。


(一体ドコにある!? この状況で、どこが一番安全だ?)


 とりあえず結城は再び立ち上がり、ノロノロとこのコントロールシステムがある部屋を歩き回る。その様子を黙って見守る仮面の男。その様子からして、仮面の下の表情はさぞニヤついているだろう。


「さがせさがせ。お前には見つけられないがなッ!!」


 助走をつけて蹴りを入れてくる仮面の男。その足にはバチバチとスパークが散っていた。電気を帯びたその蹴りを貰えば、今度こそ立ち上がることはできなくなるだろう。


「タダでくらうのも飽きたな」


 だから、ここで僅かながらの悪あがきをしてみようじゃないか。

 飛んでくる脚を寸前で小さな動きでかわし、パーカーの帽子を掴む。

 その瞬間――仮面の男は焦りを見せたかのような行動を取った。


「なぁっ!?」


 全身から電気を放出させ、結城のことを振り払ったのだ。

 掴んだ右手から電流が流れ、危うく死にかけたが、結城のネクスト能力である『硬化』を使って右手を硬質化させた。それによって絶縁となり、体全身に電流が流れることを阻止したのだ。

 そこで、ようやく、結城はハッとした。

 仮面の男の焦り様が尋常ではなかったのである。

 それはまるで、パーカーをいじられたら困るように見えた。つまり、パーカー、もしくはそのパーカーの中に見られては困るものがあるのではないか。


「そうか、そういうことかよ……」

「なんだ!? なんなんだよッ!!」

「平常心って知ってるか? ウソをつくのがヘタなんだな」

「ッ……!?」

「図星かよ。もう少しその豆腐みたいに柔らかいメンタルを強くした方がいいんじゃねーの? このノイズを出している正体は、そのパーカーだろ」


 それを言った瞬間、仮面の男は少しだけ後ずさった。本当に、ウソをつくのがヘタなのだろう。これほどまでに分かりやすい反応をしてくれると、逆にそれが罠なのではないかと疑ってしまうほど。もしこれが演技だとしたら、それは最高の役者だ。こんな犯罪を起こすより、舞台に立った方が人生を有意義に使えるだろう。


「種が割れたところでお前に何ができる!? マトモに動けないのに、このパーカーをどうにかできるのかよ!?」

「ハァ……哀れだなぁ。テメェ、自分で種を明かしてどうすんだよ。俺の発現はあくまで予想だろうに。まぁ、このアホな行動すべてが演技だとしても、とにかく俺はその可能性を潰すだけだ。覚悟しろよ電撃野郎」


 硬質化した黒い右手を前に突き出し、威嚇するような、怖い表情を作り出す。

 ノイズが体の自由を邪魔する中、結城は力を込めて吼える。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 突然の大声にビクッと体を震わせる仮面の男。そのとき、明確に体の動きを止めた瞬間でもあった。そのビッグなチャンスを無駄にできるわけもなく、これ以上戦いを長引かせる訳にもいかない。

 これが最後のチャンスと言ってもいいだろう。


(ここで無理しないで、どこで無理するってんだ……!!)


 自分の足にムチをいれるかのごとく、必死に、強く、思いっきり、地面を蹴った。

 敵との距離が縮まっていく。

 そして、手を伸ばした。

 仮面の男の襟首を掴み、全力で力を込めた。硬質化によって強化された拳によって握力も上昇し、パーカーのような衣類も軽々と引きちぎれるような力を出すことができる。

 パーカーは襟首から肩、そして腕にかけて引きちぎられた。データが壊れ、それはもうパーカーとして機能しないくらいに壊れてしまった。

 するとどうだろうか、体の自由を奪っていたノイズがピタッと止まったのだ。


「驚いた。本当にノイズを発していた装置がパーカーだったとはな。一見して分からないようにわざわざパーカー型にプログラムを作ったとか、ご苦労なこった」

「くっ……」

「おい、出せよ。次のを。もしかしてこれで終わりか? なら、今度はこっちのターンだぜ。さっきまで電撃やら蹴りやら散々やってくれたな?」


 コツ、コツ、コツ、とわざと足音が聞こえるように仮面の男に歩み寄る。すると、それに合わせるように仮面の男は一歩、また一歩と後ずさった。もう相手に対抗手段がないことは明らかだ。

 戦闘を圧倒的有利に進めることができたノイズはもうない。

 そして――。


「来るなッ!!」


 電撃を放つ――しかし彼のネクスト能力である『電撃』は結城の変質した拳によって絶縁されてしまう。

 勝敗は決したも同然。

 結城はその拳を思いっきり後ろに引き――全力全開でその拳を放った。


「テメェのその面、拝ませてもうらうぞ!」


 拳は仮面に直撃。男は大きく吹き飛び、その仮面にはヒビが入っていた。

 地面に激突する謎の男。仮面の一部が割れ、素顔が少しだけ見えたが、全貌が分からずいったい誰なのか判断が付かなかった。恐ろしく頑丈な仮面だ。犯罪を起こす以上、素顔を見られれば不都合なことが多く、それゆえの強度なのか。


「オイ」


 地面に倒れている男の腹を踏みつける。見下したような表情で、結城は言った。


「もう一度その面を殴らせろや。テメェの素顔を見るまで何度でもお前の顔面を殴り続けてやるからよ」


 それはもう、怒りしかなかった。

 幼馴染の咲楽を悲しませ、危険な目に合わせた目の前の男が許せなかった。

 だから、自分の気が済むまで目の前の男を殴らなければ気が済まない。


「ふふふ……いいのかな? 電車を早く止めなくて。現在の電車の時速は約一七〇キロ。これが何を意味するのか、分かるよね?」


 結城は心臓が飛び出しそうなくらいにドキリとした。

 その瞬間、踏みつけている右足からいきなり力が抜けるのを感じ、よろめく。

 犯人の男はログアウトし、この場から逃げ出したのだ。


「クソッ!! やっちまった……」


 だが、愚痴を垂れている暇はない。

 結城はコントロールシステムに駆け寄り、コンソールをいじる。

 専門的な知識は何もないため、操作の仕方は直感でやるしかない。

 だが、焦りによって何度も項目の選択ミスをしてしまう。

 ヤバい。

 落ち着こうと思うが、自分の感情が上手く制御できない。

 焦りが更なる焦りを生む。

 目は泳ぐように画面を右へ左へ、上へ下へと巡り巡らせる。

 やがて――。


「あった、緊急停止プログラム……!!」


 ついに見つけたこの状況を打破する最後の賭け。


「間に合えええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 結城は信じてもいない神に祈りながら、そのプログラムを起動させた。


  7


 結果として、電車は無事に止まった。

 けが人も少なく、最悪な事件は終わりを告げた。

 結城たちは無事に電車から降り、駅の中で待機している。

 現在は警察とガーディアン、二つの組織がこの場に居合わせ、事件の解明を行っていた。

 時はすでに夕方。だから涼しさを感じるかと思えば、今年は暑い年で、七月に入ったばかりの今でも結構な暑さを感じている。現に、結城の首元は少しばかり汗ばんでいた。

 事件に関与してるとして、警察とガーディアンと共に結城は咲楽は駅のホームに立っている。


「ゆうくん、大丈夫?」


 隣に立つ咲楽が話しかけてくる。


「なんだよ、あらたまって? まぁ、大丈夫だけどよ、咲楽こそ大丈夫かよ?」

「うん、大丈夫。でもね、怖かった。いつもの日常が壊れて、死ぬんじゃないかと思った。楽しい日々を失うかと思った」

「…………」


 少しばかり涙目になりながらそう言う咲楽に、結城は不機嫌な顔をした。

 それは、咲楽が泣いていることに対しての不満であった。自分がこんな感情になってもどうしようもないことは分かっている。だけど、自分の中で許せないものがあるのも確かだ。二度と彼女のこんな顔は見たくない。


「ゆうくん?」

「咲楽、お前のことは、俺が守ってやっから。だからさ、咲楽はいつも笑顔でいてくれ。周りを楽しい気持ちにさせてくれる、いつものお前でいてくれ」


 それが、結城が彼女に求めること。一方的な願いでしかないが、生まれたときから一緒にいる彼女の、その素敵な笑顔こそが結城にとってなりよりも大事なものだった。その笑顔が、色川咲楽という女の子の象徴なのだから。


「ゆうくん……うん、分かった。ありがとうね」

「感謝されるようなことは何もしてないがな」


 しれっとそんなことを言う結城に、咲楽は微笑む。

 小さいころから一緒に居て、変なところで素直じゃない彼を今まで何回も見てきた。今回もそれとまったく一緒の反応。口は悪いし、ちょっと暴力的だけど、根の部分はとてもやさしい。でも、その『やさしさ』という感情を表に出すのが不器用な人が彼。


「結城、カノジョさんと話し中悪いんだが、話を聞かせてもらってもいいか?」


 目の前から話しかけてきたのは七城市を守るガーディアンの一人、そのリーダーである阿波乃渉あわのわたるであった。


 恥ずかしそうにモジモジする咲楽を気にすることなく、結城は渉の言葉に応じた。

 頬をぷくーと膨らませて怒りを表しているようだが、ちっとも怖さを感じなかった。逆に可愛らしさがアップしているような気がする。


「結城が出会ったその犯人、どんな人物だった?」

「性別はおそらく男。少し高い声だったが、あれは完全な男の声だった。それにネクスト発症者でもある。彼は『電撃』を使っていた。おそらく電車のコントロールシステムも、その能力を使ってクラッキングしたんだろう」

「目的は?」

「分からん。その状況を楽しんでいたようにも見えるし、楽しむ以外にも何らかの目的があったようにも感じる」

「では、何を話したんだ?」

「あ、そういえば……奴は俺のことを待っていた。犯人と出会ったとき、俺のことを見て奴は、待っていたよ、とそう言ったんだ」

「……他には?」

「君の力を試させてもらうよ、とも」


 渉は顎手をそえながら何やらを考える。その結城の言葉を頼りに、犯人の目的が何なのかを把握する必要がある。事件はこれで終わったわけじゃない。犯人は捕まっていないし、また事件が起こるかもしれないのだ。


義嗣よしつぐさん!」


 渉は後ろを見ながらある人を呼んだ。その人を見て、結城は驚いた顔をする。まさかここにこの人がいるとは思わなかったからだ。


「悪いな結城、こちらにも仕事があるんでね。息子のことを二の次にしてしまった。とりあえず無事で安心したよ」


 白髪混じりの頭髪をオールバックにしてまとめ、顔にはシワがある渋い風格。

 彼の名前は榊原義嗣さかきばらよしつぐ。七城市の刑事であり、結城の父親でもある。


「咲楽ちゃんも無事かい? ケガは?」

「あ、はい。ケガもありませんし、元気ですよおじさま」

「そうかい。うん、なによりだ」


 今まで息子には向けたこともないような笑顔をする。家も隣同士で、赤ん坊の頃からこの二人を見てきた義嗣にとって、咲楽も自分の娘のような存在なのだ。無論、色川家の両親にとっても、結城は自分たちの息子の様に接してくれていた。


「で、阿波乃、何の用だ?」

「はい、実は――」


 耳打ちし、こちらには聞こえないように話す渉。義嗣の表情は、話を聞くたびにどんどん歪んでいった。そして、自分の息子を鋭い目で睨み付ける。

 結城は子供の頃から、尊敬している父親のこの目だけは苦手だった。仕事中の、この鋭い目は何だか怖いから。


「結城、今の時代とても難しいことだとは思うが……電脳世界にアクセスするのを控えるんだ」

「どういうことだ?」

「考えてみろ、今回のこの事件の犯人に顔を知られていたんだぞ? それにその犯人は未だ逃走中。この状況で電脳世界をのうのうと歩くのはあまりにも危険すぎる」

「分かった……と言いたいところだがな。自分のことは自分で決める。まぁ、親父の言う通り控えようとは思うが、絶対はない」


 ふっ……、と鼻で笑う義嗣。まるで、息子が言おうとしていることが分かっているかのようだった。息子に向けていた目線を今度は咲楽の方へ向け、微笑みかける。

 どういう意味なのか分からず、オロオロする咲楽。

 そして、結城の肩を力強く叩き、言った。


「お前もやっぱり男なんだな。それに、さすがは俺の息子だ。いいか、自分の決めたことには責任を持てよ。絶対に途中で投げ出すな。いいな?」

「分かってるよ、そんなこと。それに――」

「いい、皆まで言うなよ。分かってるから。それじゃ、俺は仕事に戻る。阿波乃、あとは任せた」

「了解しました」


 手を軽く振りながら自分の仕事場に戻っていく義嗣。

 そして、結城は隣に立つ咲楽のことを見た。そして強く拳を握る。

 今回の事件、犯人の特定は結局できなかった。コントロールシステムのアクセスログは運転士の二人と、榊原結城だけだった。しかし、ログに不自然な空白があったのは確認できたのである。どうやら、犯人自身か、または犯人が所属している犯罪組織が手を回している可能性がある。

 警察、及びガーディアンは今回の事件の解明を続けると共に、共犯者、及び組織的な犯行の可能性を含めて捜査を続けることとなった。

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