第一章‐2『ネクスト発症者』
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ガーディアン。
それは、年々増加し続ける電脳世界に置いてのサイバー犯罪を取り締まるスペシャルチームの事である。
メンバーは誰も彼も曰く付きと言われるほどの天才ばかり。ネットの世界では有名なハッカーなども参加しているという話だ。
つまりは、実力さえ認められればどんな人だろうとガーディアンになる事ができるのだ。話によれば最年少は中学生だとか。
結城は七城市の中心、IT企業のビルが建ち並んでいる中理町にあるガーディアン事務所で取り調べを受ける事になっている。
電車に乗り、中理駅で降りて徒歩一〇分のところに事務所はあった。
立派なオフィスビルの三階が電脳世界の七城エリアを守っているガーディアンの事務所。結城は過去に何度もここを訪れているため、慣れた様子で事務所まで足を進める。
指定されていた三階へエレベーターで上り事務所の中へ入ると、まず目に入ってきたのは何だか根暗そうな気持ち悪い女の子だった。
せっかくの金髪がボサボサになっていて台無し。それでもって不潔感マックスな彼女はパソコンを凝視し、フヒヒ、と気持ち悪い笑い方をしながらニヤけていた。
以前から何度かガーディアンの人たちと会ったことのある結城だが、この女の子は初めて見た。あまり話しかけたくはないが、とにかく話しかけないと物事が進まないので仕方がなく金髪の彼女に話しかけた。
「なぁアンタ、俺は
「……ッチ。マンドクセ」
「あ?」
彼女は今何と言ったのだろうか。なんだか舌打ちの後に一昔前に使われていたネットスラングみたいな言葉が飛び出してきたような気がするが、本当にそう言ったのだろうか。不安になる結城はもう一度尋ねてみた。
「俺ここに呼ばれてんだけど、案内してくれねぇの?」
「な、なぜわたしには、話しかける、んだ。マジマンドクセから、か、勝手にあがって、どうぞ。フヒヒ、私はノンケですから勘違いしないでよね!」
なんだコイツ。
もうそうとしか思えなかった。何となくだが、咲楽と同じ波長を感じる。しかし咲楽は目の前の女の子より清潔感は断然あるし、女の子としての努力はしているようだから、嫌悪感は抱かない。
(だが目の前のコイツはダメだ。もうどうしたらいいのよ俺……)
玄関で立ち尽くしていたとき、奥の方から新たな人が出てきた。
「あら? 榊原さんじゃないですか。お久しぶりです。兄さんから聞いてますよ」
その女性は線の細い人だった。見ていて不安になるほど弱々しい雰囲気を醸し出しているし、声も少し弱々しい。でもやさしさにあふれる声だ。そんな彼女は阿波乃渉の妹、
「お、おう、久しぶり。なんかこのガキがマトモに相手してくれなくてよ」
「あら
「わ、わたしは別に……これで生きてい、行けるから問題ないんだぜ!」
「そう……。まぁ、少しずつ馴れていきましょう」
その美樹という女の子はどうやらいわゆるコミュ障というものらしい。
人と関わり合うことを普段していないせいで会話の仕方が分からなかったり、自分の声のトーンが分からないから声の大きさやスピードが安定していなかったり、どもったり。良い事はまるでない。
「あ、玄関で待たせてしまって申し訳ありません。どうぞ、中へいらしゃってください」
中へ入ると、ソファに腰かけて待っているよう言われた。その間、この美樹と言う女と二人っきりになってしまうので気が気でない。パソコンを見て不気味な笑みをうかべているし、フヒヒ、ドゥフ、という気持ち悪い笑い声を上げているし。
「っしゃー!! 落札してやったぜ。フヒヒ、マジ周りの奴らザコ過ぎんだろ。これを手に入れようとするなら最低一〇万は用意するだろ常識的に考えて」
仕事中のはずなのにネットオークションにうつつを抜かしているし。興奮しすぎて声のデカさがとんでもない事になっているし。最悪の気分だ。
気分を悪くしながら待っていると、すぐに部屋の奥から彼が現れた。
阿波乃渉。先ほど電脳世界でお世話になった爽やかイケメン野郎だ。身長も羨ましくなるほど高い。
高身長、イケメン、電脳世界を守るガーディアンという、女にモテる要素をたくさん持っている彼は一見、完璧超人に見えるだろう。
「お待たせしたな榊原。
それに、とても気が利く。結城にはマネできない要素を詰め込んだような人物、それが
榊原結城は言葉使いは少々荒いし、身長も一六八センチメートルという男としては中途半端な高さでしかないし、藤坂美樹という奴まではいかなくとも、コミュニケーション能力もそこまで高くない。
ただ、数は少ないが自慢できる部分が残っているだけマシか。
「さっそくだが、状況を詳しく話してもらおうか。いつもの会議室でな。そうそう、藤坂も同席してくれ」
いつもの、と言っている辺り、結城がどれだけガーディアンに顔を出しているのかがうかがえる。
最近は落ち着いているものの、少し前までは勝手に犯罪者を捕まえたり、チンピラをのしたりと、ガーディアンでもないのにやりたい放題だったからだ。
そんな事は結城に関係なく、彼が最後に言った「藤坂も同席してくれ」という言葉を聞いた瞬間、口の中が苦くなった。
第一印象が最悪で、関わり合いを持ちたくない奴と一緒の小部屋で話をするなんて事はあまりしたくはないのが正直なところ。
しかし、ガーディアンにお呼ばれして話を聞かせてくれ、というお願いをされた以上、それに従う必要がある。
三人で個室に入り、それぞれ椅子に腰かける。しかし藤坂美樹はパソコンを広げたまま話し出そうとしない。それを見る限り、記録係のようなものなのだろうか。
阿波乃渉から聞かれた内容は、ソフトマップで起こった事件の事実確認がほとんどだった。結城は事細かに、起こった内容を話していく。
カタカタというキーボードを叩く音を部屋に響かせながら話し合いは続いた。
「それで、榊原は違和感を感じ、柊悟志を取り押さえたと?」
そして、話し合いは本題に入る。
今回の事件を起こした男の名前は柊悟志。年齢は二九歳らしい。
「あぁ。だけどそいつは冷静じゃなかった。恐らく違法な電子ドラッグか何かをやっていたみたいにトチ狂ってたよ。言葉もマトモに話せないくらいにな」
「確かに、柊悟志は違法な電子ドラッグを前から使用していたそうだ。だから、榊原は実力行使に出たと?」
「あぁ、話し合いが通じるような奴じゃなかったからな」
「なるほどね……」
右手をアゴに添え、何かを考える仕草を取った渉。そして一旦キーボードを叩くのを辞め、何やら考え込む美樹。しばしの間の後、二人は目を合わせ、頷いた。
「さすがはネクストだな。一般市民じゃできないことを平然とやってのける」
渉は少し呆れたように、しかし少し心配しているかのようなトーンで言った。
「まぁ、気が付けばできるようになってんだから、それを使わないとな」
「ネクスト……か」
渉が意味深に呟く。
電脳世界が第二の生活空間として確立しておよそ二五年。その過程で人間の身体に様々な変化が起こるようになった。
現実世界での生活に悪影響のある自我境界線損失症――別名、電脳病もそうだ。
言葉を上手く話せなくなったりするので、社会に適合できなくなる恐ろしい病である。今のところ、根本的な治療法は見つかっていない。
では、ネクストとはいったい何なのか――それは電脳世界に適応した人の事を言うらしい。
その適応した人は普通の人では見えないものが見えたり、感じ取れたり、通常ではありえない現象を起こす事もできる。
また、やっかいなことにその能力の中には人を傷つける事ができるものもあり、それを利用した犯罪も少なからずあるのだ。
そんな中、結城は電脳世界に発生したバグや不正なプログラムを感知することが気が付けばできるようになっていた。そして、硬化の能力もいつの間にかできるようになっていた。
だがこれは、自我境界線損失症の前触れなのではないか、という説もあり、あまり良いものではない可能性がある。
しかし、その存在は人の役に立つことも事実であり、ガーディアンの中には、結城と同じようにネクストになった人も存在している。
「お前は電脳世界のバグや不正なプログラムを察知する事ができるが、その理由は不明」
「そうだ。加えて、自分の体を硬く変化させる……まったく持って意味不明だよ。どういう原理になってんだよコレ」
「知らん。それは榊原の方がその力を知っているだろう」
普通なら、禁止指定プログラム検出システム『EXUSIA』によって、人を傷つけるようなプログラムを見つけ出し、所持している人物を強制的に電脳世界からログアウトさせ、警察の専門の課へと、その人物のデータが送られるようになっている。
しかし、そのエクスシアに検知されないように潜り抜けるプログラムが作り出されているのも事実。
セキュリティー側も次々と現れる違法なプログラムの対策をしているものの、対策されればまた違った違法プログラムが出現するというイタチごっこになっているのが現状だ。
また、ネクストによる能力は未だ解明されず、対策が不可能な状態。
だからサイバー犯罪はなくならないし、秩序を守るガーディアンが存在している。
「本来なら、エクスシアが俺の存在を異物として排除しようとするはずだ。だけど、そんな事はなかった。でもそれじゃ秩序も何もかもなくなっちまうだろ。俺のようなネクストは善人だけじゃなく、悪の心を持った奴だって発症してるはずだ」
「おそらくな。だが、お前のような存在があるからこそ凶悪な事件が未遂で済む事だってあるんだ」
事実、結城がいなければ今回の事件は手遅れになっていた可能性が高かった。
洗脳系のプログラムは本人に自覚なく意識を浸食するのだから。
もしかすると、今回の事件は人知れず起こり、誰にも気づかれぬまま君島海崎が被害を受けていたかもしれない。
「ネクスト発症者……」
先ほどとは打って変わって流暢な言葉で驚く美樹。
当たり前だろう、彼自身が禁止指定プログラム検出システムに検知されるかもしれないムチャクチャな存在なのだから。使い方を間違えばいかようにも犯罪行為に手を染められるような――いや、いつもの結城の行為はグレーゾーンだったりするのだが……。
「まぁ、ネクスト発症者なんて数は少ないからな。珍しいだろう、俺の事が。世の中には俺のようなネクストはイカレてる奴だって考えてる人もいる。お前はどうなんだ、俺のような奴は気持ち悪いか?」
極マジメな表情で結城は美樹に聞く。これは彼にとってとても重要な事だ。
「べ、別にキモイとか、お、思って、ねーし。つか、中二臭くてカッコ良すぎだろ!!」
「お、おぅ。そう思ってくれるなら嬉しい……ぜ?」
先ほどとは打って変わってハイテンションな喋りになる藤坂美樹という女の子。一応、カッコいいと言ってくれたので嬉しい限りだ。引かれなかったのは結城にとって何よりも嬉しい。ネクスト発症者は疎まれることも少なくないから。
「ところで榊原」
「なんだよ?」
一呼吸置いて、渉は言い出した。
「いい加減、そろそろガーディアンにならないか?」
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