第23話 お葬式

 見慣れない異国の町並みを横目に、俺は待ち合わせ場所に向かっていた。

 異国情緒溢れるといった感じなのだろうか、改めて町並みを見てみると、木造平屋が多く、2階建てはまれだった。屋根型は工場やコンビニ屋根ではなく、三角屋根で、瓦ではなく、赤茶けた木材のような物を使用しているみたいだった。道は馬車が通るためかそれなりに広めで、排水舗装らしきことはされているものの、その先がどうなっているのかわからない。まあ、土木管理者も土崩属性の魔法か、精霊魔法で定期的に整備しているのだろう。

 そういえば、電信柱がない。あるわけない。この町には電気がない。……じゃなくて、文明の利器とかがそれほど発展している風には見えないが、いったいどうやって生活できているんだろうか。煉瓦造りなら暖炉、かやぶき屋根なら囲炉裏、木造平屋まで発展しているのなら、ガスコンロくらいはあるのだろうか。

 考えれば考えるほどこの世界の謎は深まっていく。

 魔力のある世界。魔法が使える世界。死体が動き出す世界に、俺が今まで築き上げてきた既成観念など、もろく崩れ去ってしまいそうだ。

 この世界の常識を身につける。それならまず、自活――すなわち、家事が出来るところからだろうか。だいたいそれが出来るようになれば、この世界のあらましもおいおいわかってくるだろう。

 早々にカステーロさんからお金を、バルバ隊長から住居を提供してもらいたいものだ。

 そう考えると、いろいろ先が長そうだ。ため息をひとつ吐きながら異国の町をひた歩く。


 南門には兵士が集まってなにやら話し合っているようだった。ばらけていて編隊されていないところを見ると、出発式とやらはまだ行われていないらしい。


「おい、聞いたか? 村に飛ばした飛翔文から返事が返ってこないってよ」

「まずいな。ならもう、盗賊共が入り込んでいる可能性が高いってワケか……、年寄り連中しかいないんだろ、あの村は」


「王都からの援軍は明日の夕刻到着なんだと。対応がずいぶん早いな」

「ああ。しかも騎兵250、魔法使い20だとよ。村ごと焼き払うつもりなのかね」


「ジルキースさん、先遣隊にも配属されてないみたいだぜ。なんでも、負傷した兵士の治療に回っているとか」

「へぇ……あの人がか、どんな風の吹き回しなのやら」


 漏れ聞こえてくる兵士達の声を拾いながら、クレイやアドニスの姿を探すが、見当たらなかった。建物の中にでもいるんだろうか。

 待ち合わせに指定された場所はこの先を曲がった小さな公園だった。ただ、時間的には出発式が終わって、南門前がいてきた頃といっていたので、少し待たなくてはいけないのかもしれない。それとも、この際直接カステーロさんのところに会いに行った方が早いんじゃないだろうか。

 そんなことを思いながら歩いていると、急に腕を掴まれた。考える暇も与えず、その人物に物影に引っ張り込まれると、壁ドンされた。


「あんた、昨日のネクロマンサーだね! 私を覚えてるんだろ。忘れたとは言わせないよぉ。あんた私に何か謝らなきゃいけないことがあるんじゃないのぉ?!」


 迫力ある生意気なオッパイが尻餅をついている俺の眼前でたわわに揺れている。

 少し目線をあげると、目をつり上げたマーサが俺を睨んでいた。俺は思わずオッパイに目を反らせた。


「お、おはようございます。今日は朝からいい天気です――ぐぇ!」

「私は謝れって言ってンのさぁ! 女だからって甘く見てると、痛い目見るよぉ!」


 マーサはいきなり俺の顔面を両手で掴むと、渾身の力を込めて壁に押しつけてきた。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ――っ!」

「あんたのせいで、うちの店は滅茶苦茶よぉ! どうしてくれんのさぁ! 厨房のふたりはクレイとアドニスにのされるし、オルドはゲロっちまって檻のなかさぁ!」


 きぃぃぃ! とマーサは怒りを込めて俺の顔に爪を立てる。

 俺もマーサの腕を掴んで引き離そうと奮闘するも、「なにすんのさぁ、このスケベ!!」と振り払われて、気合いの入ったビンタを左右2発喰らって轟沈した。

 なんなのこのひと。俺はびりびりと痺れる頬を押さえながら嵐が静まるのをただひたすら待った。マーサはとにかく滅茶苦茶わめきまくって、人の顔を指でぐりぐり押したり耳を引っ張ったりしてくる。


「ベンはどこだって言ってンのよぉ!! とっとと答えなさいよぉ! すっトロいわねぇ!!」

「きょふはまだふぇんとはあってまひぇん」

「ああ~ん?」


 甘い息を吐きながら、マーサがようやく俺の鼻に指を突っ込むのをやめた。

 まだ年若い娘さんなはずなのに、深い苦労皺を見せながらマーサは凄んできた。


「ベンとまだ会ってないんだってぇ? あの人はあんたを捜しに町中駆け回っていたんだよ。夜明け前から!」

「今日はまだベンとは会ってません。会いたくもありません」


 もう二度と会えません、とは教えてあげません。


「……チッ。ったく、どこに行ったんだか、あの人は」


 舌打ちをしながら、マーサはようやく俺から離れると、悔しさ紛れか俺の足を蹴ってきた。


「あんた、だいたいなんで昨日、あんなありもしないコト言い出したのさ。私らをアンナ殺しの犯人扱いして、あんた何様のつもりなんだい!」

「そんなの決まっているじゃないですか。女が男に泣かされていたら、誰だって助けたいって思うでしょう」

「はぁ……? あんたなに言ってのさ? 誰が誰に泣かされていたってぇ?」


 マーサは顔を醜く歪めながら、見下したように言ってくる。


「アンナさんですよ。ベンに暴行を受けて殺されて、その死体すら利用されて、あまつさえ自分を殺した男が、嘘八百を騙り、町に貢献した悲劇のヒーローに祭り上げられようとしている。そんなアンナさんの尊厳を守ろうとしたまでです!」

「うるっせぇ!!!」


 思わず顔と頭をガードしたものの、マーサの蹴りは思いっきりがよく、俺も座り込んでいるせいか踏ん張りが利かないこともあって、地べたに転がされた。


「どいつもこいつも、アンナアンナ、一体アンナのどこがいいって言うんだい! アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ、あんな性悪ババァのどこがいいって言うんだよぉ!」


 マーサは容赦なくげしげしと足で踏んでくる。

 高尚なご趣味の玄人ならご褒美だったかもしれないが、いくら若い娘さんだからといって、やられっぱなしと言うのは気に入らない。

 マーサといい、ベンといい、どうして人をここまで傷つけることが出来るのか。


「はぁ……はぁ……はぁ……、どうだい、思い知ったかい……」


 荒い息を吐きながら、マーサは俺をまるで敵のように睨む。

 俺はガードしていた腕の隙間からマーサを見ながら言った。


「あなたがベンのことを好きだって言うことはわかりますけど、それならベンが周囲に及ぼしている危害にもちゃんと向き合って、ベンをこれ以上孤立させないようにしたらどうなんですか?」

「何知った風な口聞いてンのさ! 私たちの関係にあんたが口を挟まないでもらいたいね。ったく、ベンはどこに行ったんだい」

「ベンが人を――妻を殺していても、あなたは一向に構わないというわけなんですか?」

「……なにが言いたいんだい、あんた? あの人はねぇ、私には優しいんだ。誰よりも私を優先してくれたんだよ。あの人は、アンナよりあたしを選んだんだよ」


 答えになっていないのが答えなんだろう。

 まるで反省のない瞳が、ただ俺を射すくめようとして眼光を強めるが、俺にはもう届かない。『悪女』というレッテルを貼り、今後は色眼鏡で彼女を見るだろう。

 マーサがどんな人間で、どんな風にして今までの人生を歩んできたか、俺には見当も付かない。でも、知りたいことはわかったし、この女はもうどうでもいい。


「ベンはカーゼス町長の恩赦で、無罪放免となったと聞きましたから、これ以上彼を責めることはしないと約束します。……ベンが俺を捜していると言ってましたよね。俺も今日からこの町の住民となることが決まりました。逃げも隠れもしませんので、住居が決まり次第、連絡を差し上げても構いません」


 俺の慇懃な言葉に、一瞬あっけにとられていたマーサだったが、突然笑い出したかと思うと、


「ああ、そうねぇ! ふたりで身ぐるみ剥ぎに行ってやるよぉ!」


 長いスカートから伸びた足を巧みに動かし、マーサは鋭い踏み込みと同時に回し蹴りを放ってきた。だが、俺はそれを左腕でしっかりとブロックして防ぐと、言ってやった。


「来るときは“必ず2人で”お願いしますよ……」


 ガードした腕の隙間から、マーサの歪む唇が見えた。



 アンナは「疲れたわぁ」と宣い、唾を吐くとどこかに行ってしまった。

 俺はその後もしばらくぼんやりと座り込んでいると、「マーサ、店は何時からだ」とか「今度からマーサがあのお店の女主人になるのか」などと次々に兵士に声をかけられ、マーサは「ええぇ~そんな~」とか「いつもの時間よぉ」などと猫なで声で応対していた。


「ふぅ。せっかくクレイの奥さんが綺麗にしてくれたのに、また砂まみれだ。どこも破れてないだろうな……」


 マーサ達の声が全く聞こえなくなるのを待って俺は立ち上がると、服の汚れを払って公園に向かうことにした。

 平常心平常心。やはりこの感情スキルは便利だ。――マーサとの会話中、何度喜悦が零れそうになっただろうか。

 マーサは帰ってこないベンを探して、今日一日はこの町を歩き続けるのだ。

 それを思えば、こんな服の汚れやあんなキャットファイトなど、プレイの一環でしかない。

 俺は髪に付いた砂を落とすため手を動かした。ぱらぱらと乾いた砂が地面にこぼれ落ちる。


「見てたぞ、トーダ。しっかりやられてたな」

「恥ずかしい奴だ。女に足蹴にされて無抵抗とはな。おまえはそれでも男か」


 聞き覚えのある声に振り返る。

 にやにやと含み笑いのクレイと仏頂面のアドニスの2人だった。


「俺はフェミニストですからね。女性はすべからく大切にする主義なんです。アフターケアもばっちりですよ」


 などと照れ隠し風にさらっと嘘をつく俺だったが、本気にしたアドニスが眉をしかめてそっぽを向き、だいたいの事情を理解しているクレイが大爆笑した。


「それよりどうしたんです? 出発式がまだみたいなようですけど、なにかあったんですか?」

「ああ、魔物使いの放った飛翔文がアルバの村から戻ってこないっていうんでな、少し上がもめている」


 飛翔文というのは、伝書鳩のような物だと昨夜教えてもらった。どんな魔物かまだ見たことはないが、たぶん鳥だろうと思う。


「アルバの村というと、南門からずっと行った先にあるという、盗賊が向かったかもしれない村のことですよね」

「ああ、そのアルバの村だ。通常なら村の村長が飛翔文から手紙を受け取って、返事を書いて寄越すんだが、今回は返事どころか、放った飛翔文すら戻ってこない状態なんだ」


 さっき南門近くで兵士達が話していた内容そのものだった。

 事態はよりいっそう深刻度を増しているようだ。つまり、盗賊が進路を変えず、そのまま村に押し入り村人を虐殺してしまったと言うことなのだろう。


「……それで上が対応を決めかねている。村の一大事だと言って、兵士を退役したアルバの村出身の年寄り連中が志願してきたそうだ」


 苦虫を噛み潰したような顔でアドニスが言った。


「まあ、そういうことさ。先遣隊――つまり、様子見なら年寄りでも出来るだろうって、じいさま方が兵士長に詰め寄ってわあわあやってるって状態なんだ。いても立ってもいられないんだろうぜ。けれど、それは年寄りの冷や水ってやつだ」


 やれやれといった感じで肩をすくめてみせるクレイ。

 だけど、自分の故郷が蹂躙されて怒らない人なんていないだろう。偏見だが、年寄りなんてその典型じゃないだろうか。


「でも、もしも村がそんな状態だったとしたら、そのおじいさん達はとても冷静じゃいられないと思うんですけど」

「そこだよ。だから落ち着けってなだめている状態なんだ。……でも、じいさんたちは村の出身者ってのもあるんで無下に出来ないだろ? それで、近づかなくてもだいたいのコトがわかるって言い張るし、村に入るための隠し通路ってのが実はあるって言い出して聞かないわけだ。それに加えて、じいさんたち退役兵士だってこともあるから、『元部下』の兵士長は……バルバ隊長もそうだけど、ほとほと困った様子で協議が難航しているというわけさ」

「なるほど。お疲れ様です」


 だいたい出発式が遅れている理由がわかった。


「それでおまえの方はなんか楽しいことやってたな」


 クレイがにやりと笑う。


「そうでもないですよ。プレイ料金が掛からない、大人の遊びってのを体験していただけです。こちらの女性は思いっきりがいいですね。スカートはいているのに顔面蹴ってくる人なんて初めて見ました」


 もっともロングスカートであったため中身を拝見することは出来なかったが、あんな気合いの入った蹴りは女子プロかキックボクシングか、Youtubeでしかお目に掛かったことはない。

 ただまあ、頭に血が上っていたせいか、マーサの攻撃は単調でスタンピングはともかくとして、右足での回し蹴りは対処しやすかった。


「王都では女も護身術を習うからなー、一応。強盗とか痴漢とか、夫婦喧嘩とか。町の外に出なくてもこの世は危険がいっぱいなのさ」


 クレイは大げさに手を広げながら言った。

 王都で習うってコトは、学校に通っていたって言うことなんだろうか。


「つまり、マーサもファーストジョブ持ちだってことですか」

「さあな。俺が知る限り、右手に指輪付けてたことはなかったと思うぜ。それよりも、ひどい剣幕だったな。マーサにベンの居場所でも聞かれてたのか?」


 ジッと俺を見つめてくるクレイ。

 それに軽くアイコンタクトで応えながら、俺は服の埃を払う仕草をする。


「そういうことです。『どこに行ったか知らない』って言っても諦めてくれなくて、たこ殴りにされました。いや、蹴られた方が多かったし、とにかくボコボコですよ。せっかく奥さんに服を洗濯してもらったのに申し訳ないですね」

「いいさ。……それよりトーダはどこに行こうとしてたんだ? あっちには公園しかないぞ」


 クレイは公園の方を指さして言った。その先には、いつもは賑わっていそうな広場があり、切り株や大木を縦半分に切ったようなベンチが置かれていて、簡単な遊具さえ設置されていた。

 ただ、今は人気がなく、俺がひとりで散策していると不審者にしか見えない感じだ。


「カステーロさんと待ち合わせの場所なんです。ちょっと『浄化葬』を頼まれてまして」

「……誰か死んだのか?」


 今まで黙っていたアドニスが、怪訝そうな声で聞いてきた。


「先日、カステーロさんが転落事故にあったことは話しましたよね。その時、馬車の御者をしていたジャンバリンさんという人の『浄化葬』です。でも、ジャンバリンさんはグールになっていないので安心して下さい」

「ジャンバリン・バンサー氏か。……そういえば通したっけな、南門。ジルキースさんを呼んでくるってすごい剣幕で。そうか、亡くなっていたのか」

「ええ。一応その葬儀の準備が出来たんですが、カステーロさんとの待ち合わせ時間が、出発式が終わってからってことになっているので、それまで公園で時間潰そうかなと思いまして」


 俺は公園のベンチを指さして言う。奧のベンチなら寝っ転がっていても大丈夫だろう。今更ながら少し眠いので、横になりたい。


「カステーロ氏待ちか。なら、今から墓場の方に向かったらどうだ?」

「どうしてです?」


 俺が聞き返すと、クレイとアドニスの2人は顔を見合わせ、


「俺たちも用事があってそっちから来たんだが、途中カステーロ氏とジルキース氏が墓場の方に向かって歩いているのが見えたぞ」



 俺はクレイとアドニスに礼を言って、墓場まで猛ダッシュした。

 どういうわけか、墓場から来た俺とカステーロさんはタイミングが合わなかったらしい。それだけならまだいいが、ジルキースも一緒とは話がまたややこしくなりそうだ。

 ひょっとすると、カステーロさんはケイトに『葬儀』の予約をしに言ったのかもしれない。ぶっちゃけ遺体を埋める穴掘り係のことだ。俺がジャンバリン氏の遺体を見つけ出せばすぐにでも葬儀を行えるようにとの配慮だろうか。さすが商人手回しがいい。

 だがしかし、墓場ではすでにケイトがジャンバリン氏の遺体をデコレートしているはずだ。衣服も靴も渡したし、それに合わせて墓場の土を詰めて膨らましたりと、ケイトならではのこだわりの遺体になっていることだろう。


「問題はそこじゃないんだよなぁ……」


 ケイトとカステーロさんだけなら場はうまく回るだろう。

 ケイトにはカステーロさんが依頼した『葬儀』であることを事前に伝えてあるし、それ自体間違ってもいない。あとはその遺体が首ナシ状態であることをカステーロさんに気付かせなければいいだけだ。

 でも、イレギュラーはジルキースだ。コイツが絡むとうまく回るはずのものも破綻しかねない。

 早朝からあんな事があったって言うのに、よく墓場に行く気になると思う。

 それとも、墓場に向かうカステーロさんに気付いて、同行を決めたのかもしれない。どちらにしろ言えることはひとつ、「今朝のことばらされたくなけりゃ、治療に戻れ」だ。

 まったく嫌な予感しかしない。急ごう。


 休まず走り抜いて、墓場のついたての角を曲がると、中央の方で3人が何か話しているのが見えた。

 ……何か様子がおかしい。俺は急いで息を整えると、カステーロさんに向かって手を振った。


「カステーロさん、ここにいたんですか。探しましたよ」


 俺は手を振りながら駆け寄った。

 ジルキースと目が合い「おはようございます」とさりげに挨拶しておく。返事はない、ただの偏屈物のようだ。

 続いて、ケイトと目が合う。「遅いわよ、馬鹿」と目が訴えていた。だが、俺が来たことで安心した感じもあったのでよしとする。


「おお、おお。トーダ氏、ジャンバリンを見つけてくれたんじゃな。ありがとう。わしらも今ここに来たところなんじゃ」

「そうでしたか。それでどうしましょうか、今から教会まで行ってパーソン神父を呼んでくることも出来ますけど」


 2人の後ろで佇んでいたケイトの目がギロリとこちらを睨むのがわかった。独りにするなということか。

 ならどうしようかなと思ってたところ、カステーロさんは俺の申し出をやんわりと止めた。


「ああ、それなんじゃが、聞いてくれるか。わしもここに来る前にパーソン神父に会ってきたんじゃが、どうも忙しそうで今日一日は教会から外に出られんようじゃった。それならと、ケイト氏に前もって葬儀の準備だけでもとお願いに来たわけなのじゃが」


 カステーロさんはそこまで言うと、ひょいとジルキースを見上げた。


「ジルキースとはその途中で会ってな。パーソン神父の都合で葬儀は明日に延期じゃといっても、付いてくるときかんでな。じゃがまさか、もう葬儀の準備が整っておるとは思わんかった」


 そう言ってカステーロさんは、墓穴で満ち足りた姿で眠るジャンバリン氏を見下ろした。


「あ――はい、実はあのあと割と早くに見つかりまして。『彼ら』と共にここに運び込んで、ケイトさんに葬儀の準備をお願いしてもらっていたんです。彼女は快く引き受けてくれて――それで、カステーロさんを呼びにあちこち回っていたというわけなんです」


 よもや死体を見て感嘆の息を吐くことになるとは思わなかった。

 ジャンバリン氏の顔こそは死体のソレだったが、首の周りには土で造られた本物そっくりの花が彩られていて、継ぎ目がわからなくなっていた。着ている服もしっかりと土が詰められているのか、中身がリアルに感じ取れ、しかも胸の前で組まれた指は手袋のオプション付きで、言うことナシだった。

 ケイトを見ると、「どんなものだ」とでも言いたげなドヤ顔をしていた。

 まあいい、あとで頭を撫でてやるか。


「じゃが、パーソン神父が来られないのに、ジャンバリンをこのままにしておいてよいものかと思ってな。今日もまた暑くなりそうな天気じゃし、このまま明日まで日に炙ぶられるのも可哀想じゃろう。ちょうどジルキースもおることだし、一度墓穴から出して、わしの家まで運んでもらおうかと思っておったところだったんじゃ」

「それをこの亜人が、おまえの許可がないと動かせないと邪魔をする。おい、こいつが来たのだからもういいだろう。もう邪魔をするな、亜人めが」


 亜人――。

 ジルキースの心ない一言にケイトがフードを掴み、かぶり直すのが見えた。


「いいえ。ジャンバリンさんの遺体を墓穴から出すことは許可できません」


 ジルキースが腰をかがめ、墓穴に入ろうとするのを俺は止めた。


「……なんだと?」


 ジルキースが低く唸るように言った。向けられた鋭い目つきはベンのそれとはレベルが違う。俺はぐっと腹に力を入れて耐えた。平常心スキルでは感情はコントロールできても、この手の圧迫感は自分で抗うしかない。

 もちろんケイトが侮辱されたことへの意趣返しではない。ベンの時と違って、今は浄化直後の精神状態ではないので、そこはわきまえているつもりだ。

 俺はただ、もっとシンプルな問題――つまり、首から下全部が完全にないものを、まるであるかのように見せているだけのこの遺体が、お持ち帰りできるわけないだろうって言いたいわけだ。

 今ここでこの凶行を止めなければ、それこそ大惨事になりかねないというか、絶対になる。

 ったくだれだ、この場にジルキースなんて呼んだのは。


「墓穴に寝かせた遺体を一体どこに運ぶつもりですか。死者は死者の。生者は生者の住まう場所があることはわかってるはずです。一度墓穴に寝かせた遺体を自宅に持ち帰ろうという行動は、倫理的にも許されることではないと思います」

「くだらんな。御館様、こんな奴の言うことなど気にせず、運び出しましょう」

「駄目です。ジルキースさん、あなたのその軽率な行動は、墓荒らしと一体何が違うというのですか」


 俺も後がないので必死だ。ジルキースさんの腕に組み付いて引き離そうとするが、びくともしねぇ。アンチェインかコイツ。


「邪魔をするな。御館様の前だからと言って、あまり調子に乗ると――」

「もういいジルキース。トーダ氏、すまんかった。ジャンバリンの奴も、今日一日ぐらいは我慢してくれるじゃろう。ほうじゃ、わしはハンカチを持っておった。これで顔を覆っておけば暑くもないじゃろう」


 そう言って取り出したハンカチを、ジルキースは手のひらを立てて拒絶した。


「御館様。数分彼と話させて下さい。必ずや首を縦に振らせて見せます」


 ジルキースは、ずそりと立ち上がると、真上から俺を見下ろした。

 威圧的な目で、世界の全てを暴力でねじ伏せることが出来ると確信しきっている者だけがもつ怪しい光が灯っていた。


「来い。話がある」


 有無を言わせぬ圧力で、ジルキースが俺を木陰に引きずり込もうと歩き出す。

 カステーロさんを見るが、カステーロさんは悲しそうな目でただジャンバリン氏を見つめているばかりだ。


「勘違いしないで下さい。この葬儀は『俺』がつとめます。ジルキースさんはカステーロさんの後ろで指を組み、目を伏せていて下さい」

「なんだと! おまえごときがパーソン神父のまねごとをするだと!!」


 ジルキースは怒りで身を振るわせると、俺の胸ぐらを掴んだ。体重70kgの俺の身体が、左腕一本で持ち上がる。

 俺は抵抗もせず、じっとジルキースをにらみ返した。


「俺も『浄洗師』のはしくれ、死者の弔いの仕方なら学んでいます。……『この場』にいていいのは、弔われるべき迷える魂と、その遺族、聖職者とその助手を務めてくれるケイトさんだけです。『この場』での暴力行為は、控えるべきではありませんか?」


 昨夜、ベンと一騒動あったとき、クレイとアドニスに『この場』で暴れるなと怒られたことを思いだして、俺は言い放った。この町において、墓場は争いのない聖域のはずだ。

 予想通りジルキースの俺を締め上げる力が倍増して呼吸困難に陥りかける。

 それにしても、自らを聖職者とは俺もほら吹きになったものだと思いつつ、カステーロさんの助け船を待った。

 …………。

 ……。

 早くしてね!


「……ジルキース。トーダ氏の手を離し、わしの後ろに来て膝をつくんじゃ」

「御館様!」


 ジルキースは俺をぶらぶらさせながら抗議の声を上げる。

 だが、カステーロさんの感情を押し殺したような声がそれを鎮めた。


「できんなら、今後わしの後ろを歩くことは叶わんと知れ……」

「……っ」


 今のはジルキースが俺の胸ぐらをさらに強く締め上げたことによる、俺のうめき声だ。

 すみません。そろそろ息が出来ないんですけど。というか、初めから息が出来ないんですけど。やめて下さい警察呼びますよ。助けてーポパーイ。


「…………」


 耳の奧で頭の中で、ゴウゴウと体内音が聞こえ始め、人生ギブアップ3秒前になって、ジルキースはようやく俺を解放した。

 うまく着地が出来ず、糸の切れたマリオネットのように崩れてしまう。

 ゲホゲホと咳が出て、止まらなくて苦しくなり、肺の中全部出して、そこでようやく俺は息を吸うことができた。

 鼻水や咳を飛ばしながら咳をする俺を尻目に、能面のような顔になったジルキースは、カステーロさんの後ろにまで歩くと、膝を立てて傅いたまま動かなくなった。


「すまんの。トーダ氏。すまんの。すまんの」


 カステーロさんは泣き出しそうな顔のまま、咳き込んでいる俺に何度も何度も謝っていた。



「仰ぎ願わくば私達の涙と祈りによって、亡き人のとこしえに安らかなる眠りにつかれんことを」


 便利な『記憶』スキルによって、パーソン神父の祈りの言葉を一言一句間違わずに言えたと思うのだが、これはもう『なんちゃって聖職者』を名乗っても差し支えないのではないだろうか。

 さて、後は遺体のそばに座って【魄】をずびびっと頂くだけだ。あと少しで【魄】は200%を超え、新たなる『ボーナススキル』を会得できるはずだ。

 墓穴に降りようと腰をかがめたところで、カステーロさんが遠慮がちに口を開いた。


「トーダ氏。無理を承知ですまんが、その、わしのわがままをひとつ聞いてもらってもかまわんじゃろうか」

「はい。かまいませんけど」


 どうせたいしたことではないだろうと高をくくり、俺は簡単にOKを出した。


「ジャンバリンの指にはまっている指輪を形見として、わしに渡してはくれまいかの」

「…………ぇ?」


 一瞬にして俺は血の気が引くのを感じた。ぎこちなく振り返り、ケイトに目で合図するも、ふるふると首を振られた。指輪の行方は知らないらしい。 

 そりゃまあそうか、ケイトには首と服と靴しか素材を渡してないのに、指輪はどこだと聞く方が間違っている。こういうことは、首から下全部お腹に入っているダダジムさんに直接問い質した方が早そうだ。


 指輪を食べたのだーれだ。確率は5分の1だよ。

 …………。

 ええい、ダダジムはどこだ。どこにいるあんちくしょう。


 俺の真摯な願いが聞き入れられたのか、視界の端――墓場を囲っている塀の上からダダジムさんご一行様が雁首を並べていた。

 ケイトも気付いたのか、そちらに目をやりビクッとした。面白い。ビクッとしたよこの子、今。


「え、ええ――そうですね。指輪……指輪! ジャンバリンさんの指にはめられていた、ゆ・び・わを探すことにしましょう。どこにあるかな~」

「?? トーダ氏、ジャンバリンの奴はいつも左手の薬指に指輪をはめておった。そこを調べてもらえればあるじゃろう」

「はい。この人の指輪を! 探している! どこにやったか! 教えて! くれてありがとうございます」

「???」


 俺はダダジムさんにも捜し物が伝わるようにと、自分の指輪を指さしたり、言葉を強調したりしてどこにあるか尋ねた。

 ケイトは俺たちのやりとりを見て、うすうす何か感じ取ったのか、それ以上のリアクションはなく、フードの隙間からちらちらダダジムを見ているだけだった。

 ダダジムさん達も俺の言いたいことがわかったのか、全員が塀の上にあがると、一斉に自分の腰の部分を指さした。――ポケットか!!

 ジルキースの奴がカステーロさんの後ろで傅いていなければ、必ずばれている感じのやりとりだったが、奴は今謹慎中だ。ひゃっはー、やりたいほうだいだぜ!


 カステーロさんが俺とケイトの視線の先に気付き振り返るが、ダダジムさん達はうまく引っ込んでいた。

 その隙に、俺はケイトとアイコンタクトを交わす。俺は上着のポケットの部分を指さし、続いてその指を左手の甲の部分に移動させた。ケイトが頷く。

 カステーロさんが首をかしげながらこちらに向き直った。俺はあさっての方を向きながら咳払いをひとつ。


「ごほん。えー、ケイトさん。すみませんが、墓穴に降りるのに“階段”を用意して頂けませんか? 左手の手袋から指輪を外します」


 ケイトは両手を挙げると、地面に付けた。すると墓穴が少しだけ大きく広がり、遺体に通じる階段がエスカレーターのように現れた。俺はゆっくりとその階段を下りると、遺体の横に跪き、カステーロさんからは見えないようにして、遺体の左手の手袋の中の『土』を指を使ってまさぐる――あった!!

 指輪の堅い感触に、俺は胸中歓喜の声を上げた。

 ケイトは俺の意図を汲み、遺体の服の内ポケットの『内側』から穴を空け、指輪を服内の土の中を移動させ、左手の手袋の甲の部分に移動させたのだ。

 俺は手袋の中から指輪をつまみ出すと、砂を払い、カステーロさんに見せた。


「ありました。この指輪で間違いありませんか?」

「おお。おお。この指輪じゃ。これは、ジャンバリンの奴にわしが買ってやった指輪じゃ……」


 カステーロさんは指輪を受け取るやいなや、その場で泣き崩れてしまった。

 後ろのジルキースはその間もぴくりとも動かず、ただじっと目の前の地面を見つめている。


 俺は体をケイトに向け、胸の前で音を立てないよう小さく拍手して見せた。

 ケイトはジルキースを気にしつつも胸を張り、ドヤ顔を見せた。そして、二人してにやりと笑い合う。

 カステーロさんが落ち着くのを待って、改めて葬儀に戻ることにした。

 俺はジャンバリン氏の頭に手を置いた。


 今回の『瀕死体験』は割愛します。ご了承下さい。

 というのは冗談だけど、前半が結構長くて、しかも特に思うことがなかったので、今回は初めからこういう形でいこうかなと。

 内容は、町が盗賊に襲撃された事に気付いたジャンバリン氏が南門からジルキースを探しに早馬を走らせたところから。

 南門のところでクレイと話していたシーンがあったりした。

 早馬を急がせてカステーロさん達と合流し、ジルキースに町の惨状を話す。ジルキースはカステーロさんの命令を受けて、俺の乗ってきた馬に飛び乗って町まで駆けていった。

 そこからは御者になった俺がジルキースの代わりにカステーロさんを町まで送ろうとする。馬車での会話は町の惨状を語ったものだった。

 そして次なのだが。これがよくわからなかった。


 馬車を走らせて10分程度経った頃か、突然馬が暴れ出した。

 何事かと慌てる俺だったが、周りに何も異常はない。魔物の気配もなかった。だが、馬はよりいっそう暴れ、嘶いた。

 そこで俺ははたと気付いた。馬の腹辺りに、黒い、何かべっとりとした手のようなものが張り付いていた。それが影へと引っ張り込もうとしているのだ。小さな手は次々と影から手を伸ばし、馬にしがみついてくる。

 俺は荷台で眠っているカステーロさんを呼び起こすのも忘れ、必死に手綱を動かした。

 目の前で起こっている事を、俺は夢かと疑いたくなった。


 馬が自分の影の中に沈み込んでいるのだ。

 いや――そうではない。無数の小さな手によって影のなかに引きずり込まれようとしているのだ。

 俺はあんなに悲しそうに嘶く馬の声を聞いたことがなかった。


 俺はパニックに陥りながらも馬を落ち着かせようとした。制御が利かなかった。まるで泥沼にはまり込んでしまったかのように、馬は影の中へと沈み込んでいく。

 馬と繋がっている荷台が、それに合わせて傾きだした。

 俺は手綱を放すと剣を抜こうとして腰を浮かした。それがいけなかった。

 馬は最後の力を振り絞り、激しく暴れたのだ。あっという間だった。車輪の片輪が道を外れたのがわかった。俺は何かに掴まろうとした。

 だけど、もう遅かった。俺の身体は投げ出され、宙を舞った。



 パンパンと肩を叩かれ俺は我に返った。

 振り返ると、ケイトの顔が近くにあって少し驚いた。


「トーダ氏、大丈夫かの……?」


 心配そうにカステーロさんも声をかけてくる。

 俺は曖昧に返事をしながら墓穴の階段を上がった。

 その時、頭の中でファンファーレが鳴り響いた。『瀕死体験』直後だったので、何事かと思ったが、その内容に思わず頬が緩んだ。


 ――魄回収率:200%達成しました。

 ボーナススキル【 転用Lv2 】を取得しました。


 新たなるボーナススキルは取得できなかったが、【転用】スキルのレベルが2に上がっていた。

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