第21話 暗殺反省会

「ふむ。よもや君が私を助ける日が来ようとはな。喜ぶべきことではあるが、ジルキース、ベン殺害の現行犯でおまえを逮捕する」


 隊長の声が埋まっている俺にも聞こえてきた。


 ああ、これでようやく終わったのだと俺は安堵の息を吐いた。

 それと同時に、あれほど硬くて俺を締め付けていた土が弛緩した感じがあって、俺は墓穴から這い出してくるゾンビの気分を味わうことが出来たわけだ。ちなみに、口と鼻の周りだけ土が軟らかく、呼吸をするための穴が空けられていた。じゃなきゃ強制埋葬されたのと変わりないし。

 そのあと砂だらけの格好で隊長に声をかけて、ジルキースの後ろでごそごそベンの浄化葬をしていたわけだ。


 以上、回想終わり。ついでに後片付けも終わり。さて、教会に戻ろうかな。

 俺はついたての角を曲がり、墓場の敷地内から一歩踏み出したところで、その一歩目がなぜか踝まで地面に沈み、俺は手荷物をぶちまけながらハデに転んでしまった。

 顔面こそ打たなかったものの、再び全身砂まみれだ。

 口に入った砂を吐きながら立ち上がると、ケタケタと笑い声が聞こえ、俺はそちらを向いた。そこには、墓場から出て行ったはずのケイトがなぜかいて、意地悪そうにニヤリと嗤うと、墓場の奧へと去っていった。

 そこで俺がなぜ転んだかの理由がわかり、ふつふつと怒りがわいてくるのを感じた。

 ぐぬぬ。人生の先輩に向かってなんたる不遜の態度。ケイト許すまじ。

 とりあえず、神父様にケイトの悪行をちくりに行こうと思う。


 俺はばらまいてしまった衣服やらスコップやらをかき集めると、改めて教会に向かうことにした。

 朝日がまぶしい。眼を細めていると、道でお年寄り夫婦がやってくるのに気付き、挨拶してすれ違った。ふと、立ち止まって振り返ってみる。お年寄り夫婦は墓場へと向かっていくようだった。

 そこでようやく俺は、長かった一夜が終わったのだと気がついた。

 人の声が聞こえる。もう町は動き始めていた。


 俺は教会まで戻ると、倉庫の中に借りてきたものを戻した。スコップは洗ってから戻せとのことだったので、洗い場を探した。ようやく倉庫の裏で見つけたのが、手こぎ式のポンプだった。

 ギッコギッコと取っ手を動かして水をくみ出すと、スコップを洗い、倉庫に戻した。

 さて、戻って一眠りしようかなと思っていると、クレイがやってきた。


「おまえの荷物と着替えを持ってきたぞ。昨日部下に頼んで家まで運ばせといたんだ。うちの奥さんに洗濯してもらったんだ、感謝しろよ」


 俺は礼を言って受け取ると、早速着替えることにした。……が、服を脱ごうとして大量の砂が髪の間からこぼれ落ちるのに気付いてやめた。

 俺は着替える前にさっきスコップを洗ったところで、水浴びをすることにした。

 洗い場にはブリキのバケツがあったので、パンツ一丁になると、ポンプで揚げた水をかぶった。


「そういえば、ミイサが――うちの奥さんが変わった服だって言ってたな。いや、何かすごくしっかりした生地と裁縫だって言ってた。あれか、おまえの住んでた所って服とかもみんなそういうの着ているのか?」


 俺は曖昧に笑ってごまかすと、布とか糸とか、服とかも特産だと大嘘をついておいた。 俺が着替え終わるのを待って、クレイは口を開いた。


「カーゼス町長は、今日付で町長職を辞めるらしい。数日中には町長選が行われるみたいだが、まあ……そういうことだ」

「そうなんですか。やっぱりショックが大きかったんでしょうね」

「だろうな。立て続けに家族を2人も亡くしたとなれば、そりゃそうなるわな」


 というよりも、娘をその夫に殺されたって言うのがきいたんじゃないかと思うが。しかもベンの本音まで聞かされたうえに、殺しの現場で失禁とか、考えただけで発狂レベルだ。


「…………」

「…………」


 二人して黙り込んでしまう。

 クレイはもう少し暗殺に関してはドライだと思っていたが、しょげているような横顔を見る限り、結構心を傷めているのかもしれない。

 ちなみに俺の方は『平常心スキル』に加え、狂ってきた感がすごいから、直接手を下すのでなければ、あとひとりぐらいウエルカム状態だ


「……今朝あれから家に帰って娘に会ってきたんだが、まともに目を見られなかったなー……」


 ぽそりと呟くクレイ。


「暗殺仕事の後って、いつもどうやってるんですか?」

「どうって……? 終わったら隊長に報告して、うち帰って寝るだけだ」

「でしたら、毎回こうやって【暗殺反省会】をしましょう。あーだ、こーだ言って、次はもっとうまくやれるように話し合うんです」


 俺の提案に、クレイはぽかんとした顔を向けた。


「トーダ……。ずいぶん落ち着いてるんだな。最初はあんなに嫌がっていたのに、これじゃどっちが初仕事だかわからない」

「やってることは、昨晩の【浄化葬】と同じですからね。ベンに至近距離から追いかけられ始めたときは、生きた心地がしませんでしたけどね」


 ははは、とクレイ。いやアンタ笑い事じゃなくて真摯に反省しろ。


「で、どうした。――急にやる気になって。ベンが死んでいい気味か?」

「厄介事が片付いたと思っています。出来れば穏便に、ベンとも互いに挨拶する間柄に落ち着いてくれないかな、と内心望んでいました。でも、今回のベンの記憶をのぞき見て、気が変わりました。ベンは、俺はもちろんクレイもカーゼス町長も、ひょっとしたら偶然現れたかもしれない目撃者まで、全員殺す気でいました」

「…………」

「後のことは知らない。こいつらが全部悪い。とにかく今この苛立ちを発散したい、その一心だったことは間違いなかったです。ベンは、アンナを殺したことで、心の制御が出来なくなっている感じでした。ただ、全部片付いたらマーサの所に行って、何事もなかったように日常を過ごすつもりだったんだと思います」

「俺たちの死体を放置してか?」


 俺は口元に手をやると、ベンならあの後どう考えるかを検証してみた。


「かなり乱暴なやり方ですが、一番最初に墓参りにきた住民を犯人に仕立てあげ、全ての罪をなすりつけたあげく、文句言う人間を片っ端から殴りつけて黙らせていたと思います」


 ベンならやりかねないだろうと思う。


「だから、ベンを死に追いやったことを気に病むことはないと思いますよ」

「……ん。まあ、ベンに関してはそうだな」


 なんか歯切れが悪いな。


「というと?」

「カーゼス町長を木に縛り付けてまで、アレを見せる必要ってあったのかなって思ってな」


 木に荒縄でぐるぐる巻きにして放置し、ベンとジルキースとの会話を全部聞かせた。

 アレは俺のアイデアで、あんなにうまくベンが自白するとは思っていなかったけど、それをカーゼス町長に聞かせたのだ。そして失禁させるほどのショックを与えた。


「確かにそこまでする必要なんてなかったかもしれないですね。ですが、ベンの遺体は俺が溶かしてしまったでしょう? 今日になってベンの姿がどこにもいないじゃ、マーサが騒ぎ出すと思うんです。そして脱獄させた……もとい、釈放させたカーゼス町長がそれを知れば、何らかのアクションを起こすと思われました。遺体がでない、町から出て行っていない、これじゃ捜索願みたいなものが町長権限で出されるかもと思ったんです。……まあ、後々ややこしいことにならないように、直接本人の耳で聞いてもらうのがいいんじゃないかと思いまして」


 つらつらと思ったことを語ってみる。

 本音のところは、荒療治的なものをしてはどうだろうと思ったわけで。……でも、失禁までしてしまっていたカーゼス町長を見たときは、猛省した。

 よく考えたら、娘に甘いだけの人の親なんだもんなぁ。しかしまあ、完全にベンの言いなりになっていたっぽいし、あんな危険な生き物を野に放ったのは無責任きわまりない。

 そういえばと、クレイが顔を上げた。


「マーサがベンを探して町中駆け回っていたな」

「……この町にいる限り俺もマーサと会う可能性が高いんですけど、ベンの所在について聞かれても『知らない』の一点張りじゃ通用しない気がするんですよね。酷く恨まれるか、それこそ闇討ちされる気がする。どうしたらいいかな……」

「いっそマーサも殺すか?」


 軽い口調のクレイの一言で、思考が一瞬停止してしまった。


「クレイ」

「俺とおまえがいれば、簡単にマーサをこの町からいなくすることができる。あとでちょいちょいと町の出入帳簿をいじくっとけばベンとマーサ――」

「やめろ! クレイ!!」


 俺は声を荒げて立ち上がった。

 『平常心スキル』はチェック済みだ。怒っているわけではない。ただクレイを叱る必要があったから大きな声を出しただけだ。


「冗談だ……。悪い。考えが単調だ。帰って寝るかな……、ああ、出発式に出なきゃな。トーダ、またあとでな」


 クレイはあくびをしながら立ち上がると、ひらひらと手を振って俺に背を向けた。


「『暗殺反省会』って面白いな。話し合えるっていいもんだ。……また今度やろうぜ」

「クレイ。アドニスはこのこと知っているんですか?」

「言えるかよ。言ったらあいつバルバ隊長殴っちまう。……あー、秘密な、【暗殺任務】のこと。誰にも言うなよ」

「わかりました」


 クレイはボリボリと頭を掻いた。


「俺さ、トーダ。この町で兵士の【ジョブ】に就いてから長いんだ。ついでに【暗殺任務】も長いんだぜ」

「そうですか」

「もう殺した魔物の数より、人の方が多いくらいなんだ」

「クレイは今何が心の負担になってたりしますか? 暗殺が仕事であること、人を殺すことそのもの、殺した責任を負うこと、あと、殺した人間を慕う人たちへ嘘をつくこと」


 クレイは深呼吸して、さて何を言うかなと思ったけど、


「さあな。……むしろ、トーダこそどうしたんだ? えらく積極的で、俺はてっきり今回のことで根を上げて沈み込んでしまうと思ったんだけどな。次も誘って欲しそうな感じだよな」

「バルバ隊長に『おまえを生かすも殺すも我々次第だ』みたいなことを宣言されましたからね。町の葬式だけじゃなく、町の外で発見された遺骸の『浄化』とか、口を割らないで拷問で死んだ密偵の『浄化』とか外町で不審死した死体の『浄化』とか、まあ今後いろいろ忙しいみたいなんですよ、俺」

「トーダ」


 クレイが振り返る。心持ち心配そうな顔だった。


「数年以内に王都で起こるだろう後継者争いの被害者の『浄化』も頼まれています。俺はもう、そういうシステムに組み込まれた存在としてこの町で暮らすことになったみたいです。あと、左手に高感度の【通信士の指輪】を頂けることになりまして、今発注しているところみたいです。【兵士の指輪】より連信距離が長くて、所在地がどこにいても解るみたいなんです」


 首輪みたいですねよねー、と笑おうとしたら頬が引きつった。 

 いかん、俺も寝不足かもしれない。クレイが無理に起こすからこういうことになるんだ。


「なんか、そういう話だって聞いてた。うん。あー、まぁそのなんだ、トーダ、知ってるか? ……って言うか知るわけないか。えっとだな、俺たちが依頼を受けて王都や外町で『仕事』をするとな、この町にもそれなりの額の謝礼金が『防衛設備費』とかで降りてくるらしいんだわ。この町はもともと、王都と町の北にあるダンジョン跡と、それにアルドの村の鉱山の中継地として造られた町なんだよ。歴史も比較的新しい町だ。だが、北のダンジョンは80年前にすでに廃れて農業用に改良されちまってるし、アルド村の鉱山もすでに廃坑になって久しい。……つまりな、この町をこのまま維持し続ける意味が無くなってきているんだ」

「それってどういう意味なんです?」

「この国で『町』って言うのは基本『ダンジョン』の周辺に造られる1000人以上の集落のことなんだ。探索者が『ダンジョン』から採ってくる【魔晶石】やら【魔光石】さらには【魔生石】やらを主な収入源にしているんだ。指輪の石もそこから造られる。『ダンジョン』はある意味生き物だからな、動力となっている【オーブ】を持ち帰ることが出来れば、そのダンジョンは『死ぬ』。この町のダンジョンも80年前にそうやって死んだ。そしてオーブは『国宝』になる。手に入れれば晴れて成り上がり貴族の仲間入りだ。

 つまりだ。この国はこの町に見切りを付けて、新しい町へ投資と移住を促してきている。この町に住む住民は現在2091人。半分に分けても町としては存続できる」

「……クレイ、途中から何の話しか解らなくなってきたんですけど」


 暗殺がどうとか、罪の意識がなんたらから、町の発展がうんたらに変わってきた気がする。


「まあ、もう少し聞いてくれ。移住先のダンジョンの候補地も2年前には発見されていて、王都からの運用道路のインフラ計画も決まっていたんだ。探索者や冒険者を雇って、ダンジョンモンスターや魔石の調査も始まっている。町建設の具体的な計画はあと数年内で発表だろうってことになっている。そこでうちの町の幹部連中が『連日』論争中だ。この町を2つに分ける、いやいやこのままこの土地を治めるべきだ、馬鹿を言うな全員で移住すべきだ等々……。ダンジョンから得られた魔石は、その町が発展していくための収入源になるため、町の発展は新しい町長の手腕で決まってくるわけだ。わかるかこの忙しさ。先日までカーゼス町長がその町の町長に選出される流れだったのに、このグール騒ぎにカーゼス町長の辞職だろ。新しい町の指導者どころか、この町の存続すら怪しくなってきたんだぜ」


 もうめちゃくちゃだ、と頭を抱えて見せた。

 …………。えと。んん? んー?


「えーと。クレイ……? 今回の【暗殺】について何か反省点などがありましたらどうぞ?」

「おまえとはもう『パス』を繋がない。それに尽きるぜ。なんなんだあの脱力感。……見ろ、トーダ。特注のミスリルのチェインメイルが斬られてんだぞ、これ。修理にいくら掛かるんだろ。隊長に経費で落ちるかって聞いても、「どこかに引っかけて破いたんだろう?」ってとぼけられるに決まってるんだぜ。ミスリル合金が破れるかっつーの」


 クレイは脇腹辺りの切り裂かれて穴の空いた部位を、指でくぱくぱ開きながら言った。

 おかしい。俺の予想していた答えと違うぞ。


「……まあ、パスを繋いでいても、『連信』もなにもなかったですしね」


 ひょっとしてあったのかもしれないが、死にものぐるいだったため、気付かなかっただけかもしれない。


「本来はあんなチョロい奴、簡単に捌けるんだけどな、おまえと『パス』繋いでいたせいで疲れるわ動けないわ気分悪いわ、斬られて死にかけるわ魔力尽きて気絶するわ、最悪の状態だったんだ。……ベンの一撃はコイツがかろうじて防いでくれたからよかったものの、トドメ刺しに来てたら死んでたぞ。それに『連信』もなにも、トーダが逃げるのを少しでも邪魔してたら完全に追いつかれていたみたいだったしな。そっちの方が血の気引いたぜ。墓場までヒイヒイ言いながらたどり着いてみたら、うまいことベンがジルキース氏に絡んでいて安心したぜ。あの短い時間でよほどうまく隠れたんだな、おまえ」

「まあ、隠れたというか、埋まったというか」


 ケイトのことは言わない方がいいかもしれない。

 いや、そうじゃなくて。


「クレイ、さっきから浮かない顔してたから罪の意識がどうたらなのかなって思っていたんですけど、実は俺の勘違いでした?」

「あー、やっぱりそう思っていたのか。悪い。別のこと考えてたからだ。すまん」


 顔の前でパンと手のひらを合わせるクレイ。……こういう仕草って世界共通の文化なんだろうか。


「トーダが言ってるのは【暗殺任務】のことだろ? 俺も初めの頃はあまり乗り気じゃなかったけどな、だけどバルバ隊長からの【暗殺命令】ってのは、少なくとも『町のため』が根本にあるんだよ。今回もベンの死がジルキースとの交渉に繋がって、重傷だった住民と兵士達が助かる流れになった。だいたい今までと同じだ。バルバ隊長は、少なくとも私情では【命令】を出さない人なんだよ」


 クレイは【暗殺任務】自体を肯定する言い方で、バルバ隊長を擁護した。

 それでも殺人を人に強いる人間であることには違いない。

 これを善と呼ぶか悪と呼ぶかは生き残った人間の解釈次第なんだろうか。

 それともただ単に俺の頭が固いんだろうか。

 死体には慣れたのに。

 殺人に慣れないなんて。


「いやだって、クレイが『家に帰って娘に会ってきたんだが、まともに目を見られなかったなー』って言ってたから、今回のことでショックを受けたんじゃないかなって思ったんですよ」


 娘の顔をまともに見られないってんだから、後ろ暗いところがあるって言う意味だと思うじゃん。


「ん。……昨夜、トーダが『浄化』したグールの中に学校の教室で襲われた女の子がいただろ、ほら、ベンに途中で引きはがされて葬式自体が中断したやつだ」

「もちろん覚えてます。教室の入り口近くにいて最初にグールに襲われて亡くなった女の子ですよね」


 ベンに『瀕死体験』を強制中断されて、少し混乱したやつだったか。【魄】自体は少量ながら吸い取れたんだっけか。


「その女の子の隣の席が俺の娘の席だったんだ。おまえは“視て”たんだろ。その女の子の視界から。それにその教室の担任の先生の視点からも。……それをまとめて9歳の娘が間近で見てたとしたら、どう思う?」

「……ショックでしょうね。トラウマになるのは間違いないと思います」


 噛み付かれて死んだ俺が言うんだから間違いない。だってすごい悲鳴と大混乱だったし。


「幸いかどうか、学校での犠牲者はその女の子と教育士だけだったんだが、そのどちらともうちの娘が仲が良くてな。まあ、なんだ……。かける言葉が見つからないというか、すっかりふさぎ込んでしまっている状態なんだよ」

「そうだったんですか」

「さらにミイサには『娘と仕事とどっちが大事? 家族を置いて怪我人がどこへ行こうというの?! わたしの友達も殺されたのよ!』って半狂乱で、な。いろいろあるんだよ」

「お疲れ様です……」

「お互いにな」


 はぁ、とクレイに釣られて俺もため息を吐く。


「まあ、怪我だけは治してもらったから、心配事のひとつが消えたんで良かったんだけどな」


 クレイは自分の左腕をぺちぺちと叩いて見せた。


「ジルキースさんの『治癒魔法』ですね。俺もそれで治してもらいました。それにしても、考えてみたらクレイが怪我をするなんて、盗賊が攻めてきたとき幻術魔法を使っていなかったんですか?」

「トーダと『パス』を繋いでいなかったのになんでやられたってか?」


 クレイがおかしそうに笑った。


「そうです。昨夜、俺がアンナのことを暴露しかけたとき、大暴れしたじゃないですか。思えばあのときおかしいなって思っていたんですよ。ベンはむちゃくちゃスコップ振り回していたにもかかわらず、視点は何かを追いかけて常に動いてましたから」

「よくみてるな。まあ、あれが幻術魔法だな。俺のは【大気流動型】だから空間制限があるし、あまり広く範囲を広げすぎると【魔気】の密度が薄くなって効果が無くなるんだ」

「【大気流動型】っていうとなんですか?」

「大気に溶かした自分の魔力を【魔気】。その密度をコントロールして吸入させることで幻覚を見せてるってわけだ。半径数メートル以内ならいろいろ制御できるんだが、それ以上に広がると魔力消費もコントロールもむずかしくなる。今朝のベンには俺が弟者に化けて、直接魔力を吸入させておいたから、今日一日はジルキース氏がトーダに見えていたんだろうな」

「それって吸った他の人たちも同じ状態になるって事なんですか? 危なくないんですか?」


 ガス化して吸入で混乱とか、無差別テロが出来そうな感じなんだが。


「そういうのを上手にコントロール出来ないようじゃ、【幻術士の指輪】を着ける資格はないんだぜ。国家試験だってあるしよ。トーダだって死者の記憶を読み取ることが出来なきゃ指輪をもらえなかったんだろ?」

「……そうですね。でもウチのは家系なので、出来て当たり前で、指輪をはめるまで一度もそういうのに関係したこと無かったんです」


 まさか、ただ【ジョブ】を選んだだけで、なんの知識もないまま『なんちゃってネクロマンサー』になれましたとは言えないよな。


「そうか、トーダのところもそういうのがあるんだな。王都で学生やってたときも、そういう家系の奴がいっぱいいたぜ。魔物使いとか、シーフとか。さすがにネクロマンサーはいなかったけどな」

「やっぱり【幻術士】っていうジョブはレアなんですか? クレイの両親がその血筋を引いているとか」

「俺のは“先祖返り”だな。うちの家系が何代も前に幻術士のジョブを持ったやつの子供を産んだんだろうけど、さて、そんな記録は残ってないしな。同じ幻術士の講義受けてた連中のうち2人は他国からの留学生だったし、俺以外は西部の町の出身だったからな。ひょっとすると直系の血筋じゃなくて、養子かなにかだったんじゃないかって思っている」

「養子って、クレイがですか?」

「違うって。俺はこの町の戸籍があるし、この町でお袋から産まれたのは間違いないみたいだ。俺の祖祖父までは家系図をたどれるし、それ以前は戦争やなんやで荒れた時代もあったみたいだし、今回の盗賊騒ぎでミゲルみたいな孤児もできちまう」


 そこでクレイは大きなあくびをする。そろそろお開きかなと思う。

 クレイと別れて、そこから俺は……あ、ダダジムのこと忘れてた。アンジェリカの所に行かないといけない。


「昔、学校で習ったんだが、『鳶が鷹を産むことはない』ってな。剣士と女剣士との子供は高確率で剣士のジョブにつける。なんか遺伝的なものが絡んでいるんだろうな、俺みたいな【幻術士】も産まれるし」

「クレイ、そろそろ出発式に行かなくていいんですか? 結構話し込んじゃってますけど」

「お、そうだな。そろそろ行くか。じゃあな、トーダ。……っと、昼飯はウチで食おうぜ。俺の奥さんと娘紹介するからよ」


 クレイが手を振って行こうとする。

 俺はふと気になることを思い出して、クレイを引き留めた。


「クレイ、最後にちょっと聞いていいですか?」

「いいぜ。なんだ?」

「さっきは『幻術魔法』の方に話が流れてしまったんですけれど、クレイが盗賊から受けた攻撃って何だったんですか? 幻術魔法の利かない状態だったんですか?」


 今後、幻術士を倒す知識として知っておいた方がいいかもしれない。

 別にクレイを倒すとかいう意味じゃないけど。

 クレイはちょっと考えた後、左腕の袖をまくって見せた。

 その腕には銃創がふたつあった。


「遠距離から銃で腕を撃たれて、幻術魔法の構成が途切れた。頭部を狙った2発目をどうにか反らさせるのが精一杯で、すぐにヤツらの馬にはねられて気絶してた。――なさけねぇ」


 そういうと、クレイは左手でくしゃりと前髪を握った。


 クレイと別れてひとりきりになると、俺はダダジムと連絡を取ろうと名前を呼んだ。

 だが、一向に集まって来る気配がない。声が小さかったかなと、大きめに呼んでみても駄目だった。てっきり屋根の上にでも待機していてストーカーやっているのかと思っていたが、そういうものでもなさそうだ。

 ダダジムの件は、そもそも流れ解散になるところを、ダダジムが土下座して頼んできたので、道徳心からアンジェリカのところに連れて行く約束をしたのだ。決して要求に屈したわけではない。

 でも、ダダジムがいないのであれば俺一人が盗賊共の向かった村にのこのこ歩いて行く意味がない。

 はてさて、諦めてくれたのだろうかと思っていると、逆に俺を呼ぶ声がしてきた。


「トーダ氏! トーダ氏はおらんかの~!」


 ふむ。あの声は我がパトロン、カステーロさん。さぁ、論功行賞のお時間です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る