幸福の死神

久世 空気

ウサギ

 街灯に馬鹿な蛾が集っている。なぜ自分たちがそうしているのかもわからず、ひたすら光の周りをうろうろと飛び回っている。そういう習性だと言ってしまえばそれまでで、そんなのは人間だから簡単に言えることだ。

 茉麻まあさは蛾から視線を逸らせた。車道を挟んでこちら側の歩道にも反対側の歩道にも人が集まって同じ方向を見上げている。その顔は全部赤色に染められていた。酔っぱらっているみたいだ。

 彼らが見上げている先には炎を上げるほどの火事があった。マンションの一室から火が出て、いまだそれは消し止められていない。消防車や救急車が狭い路地を遮っている。近くに行けばもう少し熱いのだろうか。もうあの部屋に近づくことはできないだろう。人ごみをかき分けてもたどり着くかどうか。

 茉麻は再び街灯を見上げた。一匹の蛾が街灯にぶつかりふらふらと光の外へ消えていった。誰も気づかない。その蛾だって自分が何故死んだのかわからないだろう。いや、死んだことにすら気づいていないのかもしれない。

「誰か死んだ?」

 人ごみから声がする。いやに明るい声で。

 茉麻は振り返り、声の主を探した。

 その時茉麻は見つけてしまった。

 人ごみより頭一つ飛び出たところに伸びる長い耳を。

 白ウサギのキャラクターの被り物、それ以外は他の野次馬と同じような部屋着、スエットのようなものを着ている。そんな異様な姿をしているのにも関わらず誰もその男を見る者はいなかった。

 男は首だけひねって茉麻を見た。そして小さく肩を揺らし始めた。

 それが笑っている仕草ということに茉麻はしばらく気づかず、呆然とその姿を眺めていた。

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