生体装甲『神白狼』 第一章 姫君逃走(プリンセス・エスケイプ)

阿井上夫

序章

喰人襲来(クラウド・アタツク)

 生体装甲バイオ・アアマ神白狼ヂンパイロウ』左肩部分の神経結合ナアヴ・コネクトを支援する個蟲ゾイドが、根こそぎがれて感覚が消えた。

 さっきの一撃で、装甲の外部角質アウタア・ケラチンが相当削られたらしい。安全装置が働いて、痛覚の伝達経路を切断したのだ。

 即座に結合再開リ・コネクトを図るべく、内部群体インナア・コロニイの個蟲たちが一揃いで、増呂利ぞろり蠕動ぜんどうする。

 同時に、外部角質も装甲再生リ・ビルドを開始していることだろう。しかし、今はそんなことを考えている余裕はない。

 僕は剣を、右下段から全力で振り上げた。

 彼の剣は、左上段から全力で振り下ろされる。

 身幅の広い豪剣同士が噛み合わさり、僕の下腹部に”ぢん”という重い快感が走った。背筋にも快楽のうずきが走るが、それに気を取られている場合でもない。続けざまに数回、剣をあわせる。


 ぢんぢんぢん


 その度に下腹部に走る快感。僕がたまらずに間合いを開ける。彼もその頃合いだったらしく同時に剣を引いた。

 退いて踏みしめた『神白狼』の右足裏の感触が柔らかい。

 武装妖精アアマド・ピクシイ使役獣エンプロイメント・ビイストしかばねでも踏んでいるのだろうが、今は彼から視線を外すことができなかった。

 僕と彼の周囲は、火炎フレイム系と雷撃ライトニング系の魔術攻撃マヂカ・アタツクで焦土と化している。とても数刻前までは「緑豊かで風光明媚な湖水地方の一角だった」と思えない有様だ。

 受信系神経節レシイヴ・ガングリオンからは先程からライナの、

不非非ふひひ不非非ふひひぃ――)

 という甲高い叫び声が垂れ流されている。向こうは快調らしい。

 五月蝿うるさいので、受発信系神経結合レシイヴアンドパツシヴ・ナアブコネクトを切り離してしまいたいところだが、戦場での敵味方識別判定フレンド・オア・フオウに支障をきたすので、それも出来ない。

 ――まったく、僕のほうは義理義理ぎりぎりだっていうのに。

 彼はそれを察しているのだろう。面頬マスクが下がり、奥の口が大きく開くのが見えた。

 笑ったのだ。

 口元から、肉食の海棲獣シイ・ビイストに見られる、重なるように並んだ鋭い牙が覗く。そして、ところどころに武装妖精のものと思われる、極彩色の布と細かい肉片がこびりついていた。

 ――やはり!

 僕は吐き気と哀しみと怒りを抑えきれない。彼はやはり飢餓欲求デザイア制御コントロオルしきれずに、完全変態フル・メタモルしたのだ。

 もう、誰も彼を昔の名で呼ぶことはない。これからは侮蔑ぶべつの意味を込めて、こう呼ぶことになる。

喰人クラウド!」

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