第24話 毒怪鳥の包み卵

包み卵オムレットが食べたい」


 大猪カリュドーンの肉を齧りながら、アレフは出し抜けにそう言い出した。


「なにそれ?」

「平たく言えば鶏の卵を焼いたものなんだけどな」


 キョトンとして尋ねるナイに、アレフはその味を思い出しながら答える。


「師匠の得意料理だったんだ。炒めた芋や玉ねぎ、ベーコンなんかを溶いたたっぷりの卵と混ぜて塩で味付けして、オリーブオイルを引いたフライパンで丸く焼く。ある程度火が通ったらひっくり返して裏面を焼いて、その後弱火で少し蒸すんだ。まるで焼きたてのパンみたいにふわふわしてて、それでいて芋と肉の油が絡んだ濃厚な味が卵の風味の中にぎゅっと濃縮されててなあ……」


 滔々と語るアレフの描写に、一同はごくりと喉を鳴らした。


「でも、流石にダンジョンの中に鶏はいないよな」


 そして続く言葉に、互いに顔を見合わせる。


「どうした?」

「……いるぞ」


 その反応を怪訝そうに見るアレフに、ベートは答える。


「ダンジョンに、鶏は、いる」

「本当か? だったら是非捕まえたいところだな」


 鶏は毎朝卵を生む。狩りをしなくても手に入れられる貴重なタンパク源だ。蜥蜴人リザードマンたちから間断なく襲撃されていた時は、疲労以上に狩りに行けず食料が手に入らないことに悩まされていた。


 無論卵だけで食料を賄うわけにはいかないが、あるとないとでは大違いだし、いざとなれば鶏自体を食べることだって出来る。雌雄の番を捕らえることができれば、増やすことだって出来るかもしれない。


「……いや」

「それは……」

「ちょっと、ねえ」

「ぎぃー……」


 期待に胸を膨らませるアレフに、ダンジョンの住人たちは再び顔を見合わせ、表情を曇らせるのであった。






「……なるほど。なんでお前たちがあんな顔をしたのか、よくわかった」


 早速ベートと共にダンジョンに住む鶏というものを捕らえに向かい、そこにいた生き物を見てアレフは納得した。


 鶏冠トサカの生えた頭に鋭いくちばし。羽毛に覆われた身体と鋭い爪を持つ鱗の生えた二本の脚は、なるほど確かに鶏のそれだ。


 しかし翼は羽毛ではなく皮膜の張ったコウモリのようなそれであり、尾からは蛇が伸びて舌をチロチロと出し入れしており、極めつけにその体躯はどう見てもアレフよりも巨大であった。


毒怪鳥コカトリス……実際には初めてみたが、ありゃあ鳥って言うより竜に近いな。お前さんの仲間だ」


 生い茂る草むらに隠れて様子を伺いながら、アレフはそう軽口を叩く。


「仲間じゃない」


 それに対して、ベートはニコリともせずに答えた。


「実は叔父なんだ。優しくしてやってくれ」

「そうしたいのは山々だが、ちょっと難しいかもしれんな。あいつ、毒があるだろう」

「ああ。口先には気をつけろ。噛みつかれるのにもな」


 まるで無礼なことを言えば毒舌が返ってくるかのようなベートの言い方であったが、もちろん毒怪鳥コカトリスが言語を解するというわけではない。くちばしと尾の蛇に毒を持っているのだ──それも、とびきりの。


「毒を喰らえば石になるのだそうだ。流石のワタシも一人では相手したいとは思わん難物だな。さて、どうするアレフ?」

「そうだな……挟み込んで前後から攻めるか」

「ふうむ。だが相手はまさにその前後に頭がついてるぞ」


 鶏に似た頭部と、尾の代わりのように生えた蛇の頭。それらはそれぞれ視界を有しているようだった。前後からかかっても、不意を打つことは難しいだろう。


「少し、俺に考えがあるんだ」

「わかった。ではそれでいこう。ワタシは蛇側でいいか?」


 あまりの話の早さに、アレフは一瞬呆気にとられた。


「蛇と鶏なら、蛇の方が間合いは長い。槍を持つワタシの方が適任だと思うが」

「いや、そうじゃなくてよ。どんな作戦かとか、聞かないのか?」


 それを不満と捉えたのか、説明するベートにアレフは頭をかきながら尋ねる。


「はっきり口にしないということは、そこまで確証のあるものでもないのだろう。であれば特に聞く必要もない」

「……なるほどな」


 しかしその言葉に、アレフは納得した。ベートは別に、話を聞かなくても良いと言うほどアレフの事を信頼しているわけではない。むしろその逆だ。


 ベートは、そもそもアレフの事を当てになどしていない。無論一人きりで狩るというつもりではないだろうが、それは仲間というよりもむしろ──


「まあいい。じゃあ先に俺がかかるから、一拍遅らせて攻撃してくれ」

「心得た」


 言っても仕方ないことだとアレフは考え、そう告げる。ベートは素直に頷くと、アレフとは逆の方向へと進んでいく。毒怪鳥コカトリスは彼らに気づいた様子もなく、地面に咲いた野草をついばんでいた。


 深い茂みの中、チカリと光が瞬く。配置についたというベートの合図だ。槍の穂先に受けた光を反射させて、アレフの方へと飛ばしたんだろう。見た目によらず器用な奴だ、と思いつつも、アレフは鉄鎚を構え直した。


「うおおおおおっ!」


 アレフは雄叫びを上げながら、茂みから飛び出して毒怪鳥コカトリスへと襲いかかる。


「クケーッ!」


 毒怪鳥コカトリスは驚きの声を上げながらも、翼を大きく広げて威嚇し、そのくちばしをアレフに向かって突き出した。


「ふんっ!」


 アレフは両手で鉄鎚を短く持って、毒怪鳥コカトリスの顎を跳ね上げるように殴りつける。


「クエッ……!」


 流石に効いたのかたたらを踏む毒怪鳥コカトリスに向かって、その背後からベートが風のような早さで突っ込んだ。反射的に噛みつきにかかる尾の蛇を、翼を広げて急停止してかわし、槍の一閃で迎え撃つ。


 しかしその穂先は蛇の鱗を僅かに切り裂くのみで、するりとかわされた。


「思ったよりもだいぶ素早いな」


 くるりと槍を回し、ベート。


「だがなるほど。毒蛇一匹を相手にするだけであれば、さほどの強敵というわけでもない」


 ベート自身が槍と爪とのコンビネーションでアレフを追い詰めたように、別々の角度から繰り出される二種類の攻撃というのはやられる側からすれば非常に厄介なものだ。


 ましてや毒怪鳥コカトリスはそのどちらにも致死性の毒を備えている。かすり傷でも喰らえば致命傷となる攻撃を二つ捌くというのは、熟練の戦士にとっても高い集中力を必要とされる。とても攻撃に移る余裕はないだろう。


 しかしそれを二人で分担し一対一となれば、毒を持っていようとただの蛇と大鶏である。


「油断はするなよ。一発喰らえば終わりなのには変わりないんだからな」

「わかっていると……もっ!」


 ベートは槍のように伸びてくる蛇の牙を、後ろに飛んで避ける。ベートが大きく飛び退った距離の半分も届かずに、蛇の牙は虚空を噛み締めた。蛇がいかに素早く柔軟に動こうと、鶏の身体から届く距離はどうしようもないのだ。


「……こいつら。動きが──」

「ああ、思った通り別々だ。毒怪鳥コカトリスは二つの頭を持つ生き物じゃない。二つの生き物が繋がった存在だ」


 この世に二つの頭を持つ生き物はいても、四つの目を頭の前後につけている生き物はいない。前と後ろが同時に見えればさぞかし便利だろうに、生き物は必ず死角を持っているのだ。


 それはつまり、生物の頭にとって全方位の視界はあまりに情報量が大きすぎる事を意味している。故に、四つの目を持つには頭も二ついる。つまり毒怪鳥コカトリスの鶏と蛇は、視界を共有していないし、おそらく思考も別々なのだ。


 互いに敵を見つければ知らせあうくらいの事はするが、こうして前後を挟まれ互いの視界が共有できない状態で連携が取れる程には賢くはない。移動の主導権は脚を持つ鶏にあるから、アレフがそちらを釘付けにしていれば蛇の行動は大幅に制限される。


「引くぞ、ベート!」


 アレフは鉄鎚に力を込め、小さく引く。それを殴打の予備動作と見た毒怪鳥コカトリスは、先程痛い目を見たこともあって警戒に身体をこわばらせた。全身の筋肉を張り詰めさせ、アレフのどんな動きにも対応できる姿勢だ。


 その瞬間、アレフは大きく後ろに飛んだ。それにつられ、毒怪鳥コカトリスは前に飛び出す。警戒し張り詰めた以上、張られた弓は放たれなければならないからだ。


 その動きに合わせてベートもまた一歩踏み込む。間合いに入った敵を迎撃すべく、いっぱいに身体を伸ばした蛇の牙が、ベートの鼻先でガチンと鳴った。本体が飛び出した分の距離を、測りそこねたのだ。


「フッ!」


 鋭く息を吐きながらベートの振るった槍の一撃が、蛇を根本から切り落とす。地面に落ちてのたうつ毒蛇の頭を、ベートはすかさず槍で突き刺して地面に張り付けにした。


「折角自由になった所悪いが、噛まれるわけにはいかんのでな」


 鶏と蛇が別々の生き物であるなら、切り落としたくらいで油断はできない。そのままただの蛇として襲いかかってくる可能性があったからだ。


 その一方で、突然尾を切られたことによりバランスを崩した毒怪鳥コカトリスは、つんのめるように上体から地面に倒れ込む。


 その頭目掛けて、アレフは思い切り鉄鎚を振り抜いた。






「帰ったぞー」

「おかえりなさい……って」


 ナイは無事戻ってきたアレフとベートにほっと胸を撫で下ろしながら振り向き、そして目を大きく見開いた。


「卵を取ってくるんじゃなかったの!?」

「いやまあ、折角だからな」


 アレフが、巨大な鶏を担いでいたからだ。


「まあ……毒抜きすれば食べられる、の、かしら……?」


 毒怪鳥コカトリスの調理法など聞いたこともない。食べた途端に石になる、なんて死に方だけはしたくないんだけど……とナイが思っていると、アレフはおもむろに毒怪鳥コカトリスの身体を地面に置いて、両手で首の辺りをぐっと押した。


「コケーッッ!」


 途端、毒怪鳥コカトリスはけたたましく鳴き声を上げ、暴れだす。


「ちょっ、まだ生きてるじゃない!?」

「おう。気絶してただけだ」


 毒怪鳥コカトリスは素早く頭を振り、その毒を帯びたくちばしでアレフの首筋を突こうとして──不思議そうに、首を傾げた。


「安心しな。害はないようにしといたからさ」


 全てを石化させるはずのくちばしが、なくなっていたからだ。


「ナイ。これを増やしてくれ」

「なに、これ……」


 ベートが差し出したのは、まだ土がついたままの草であった。


毒怪鳥コカトリスが食べていた草だ。そこに生やして、畑を作ろうと思う」

「ま、まさか……」


 その意味するところを察して、ナイの顔がさっと青ざめた。


「旦那様、おかえりなさい。頼まれた柵、作っておいたぞ」

「おう、悪いな。あとついでに、木でくちばしを作ってくんねえかな。あの口じゃ餌を食うのも苦労するだろうし」

「ぎっぎぃ!」

「おっ、何だ、ギィ。作っておいてくれたのか。気が利く奴だな」


 ヘレヴとギィがアレフを出迎え、その作品を誇らしげに見せる。


「待って!? まさか……毒怪鳥コカトリスを飼う気なの!?」


 悲鳴のような声をあげるナイに、アレフは生真面目な表情で、言った。


「名前はベアトリクスだ。よろしくな」

「な、何で……」


 ナイは唇をわななかせ、絶叫する。


「何で私達よりちょっと凝った感じの名前なのよー!」

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