第11話 鋼鉄の金鎚

 鉱精ドワーフ王、ミョズヴィトニルが鳴り響く轟音に目を覚ましたのは、朝方の事だった。


「何事だ!?」

「陛下、お目覚め下さい! 敵襲です!」


 跳ね起きればそれに応えるように、伝令が飛んでくる。


「敵襲だと? 蜥蜴どもの集団か、それとも半人半馬ケンタウロスか?」

「そ、それが……」


 そう言う間にも断続的に続く破砕音。


「先日矛を交えた、人間です」


 伝令がそういうのと同時、寝室の壁が粉々に砕け散った。


「よう。邪魔するよ」


 まるで知己の家を訪ねるような気安さでひょっこりと顔を出したのは、巨大なハンマーを肩に担いだ大男。アレフであった。


「貴様。どういうつもりだ」


 対するミョズヴィトニルは丸腰だ。枕元に護身用の短刀くらいはあるが、彼の身の丈ほどもある巨大な鉄鎚を相手にするには分が悪いどころの話ではない。それがかえって彼の肚を括らせた。


「約定を結んだばかりでそれをそちらから反故にするとは、いかなる了見か」

「何言ってんだ、反故にする気なんてさらさらないさ」


 斬りかかった伝令兵をあっさりと伸して、軽い口調でアレフは言う。


「アンタと約束したのは、そっちはこれ以上うちに手出ししない。こっちは水と木材を提供する。それだけだろ?」


 その言葉にミョズヴィトニルは呆気にとられた後、大いに笑い声を上げた。


「そうだな。確かに、その通りだ。停戦するとは言っておらぬし、ましてやお前がこちらを攻めぬなどとは言ってはおらんな」


 だがまさか、たった一人で乗り込んでくるとは思わなかった。

 狭く入り組んだ迷宮の街の中では弓も使いづらいし、特別強固に作られた王の部屋壁さえ簡単に打ち砕くような鎚があっては精強な鉱精ドワーフの軍でも捕らえることなど出来はしなかっただろう。

 だがそれにしたって、豪胆極まりない所業だ。


「要求は簡単だ。もう一つ、約束をしに来た」

「攻め込まぬ対価として、鉄と石とを、か」

「よくわかったな?」


 驚きの表情を浮かべるアレフに、ミョズヴィトニルはフンと鼻を鳴らす。要するに、彼は意趣返しをしに来たのだ。先日約束を結んだ時は案外あっさり引いたものだと思ったが、あの時からこれを狙っていたのだろう。


「貴様、名はなんと言ったか」

「そういや、あんたの名前は聞いたのに俺は名乗ってなかったな。アレフっていうんだ」


 アレフが名乗ると、ミョズヴィトニルは大きく目を見開いた。


「アレフ! アレフだと? なるほど、道理で強いわけだ」

「なんだ? 俺のこと知ってるのか?」

「いいや。だが……わしは、ギメルだった」


 その言葉に、アレフは全てを得心する。


「なるほど、先輩だったか……」

「だが、お前がアレフならば何故ここにおる?」


 訝しげな鉱精ドワーフの問いにアレフは少し考えて、答えた。


「地上よりこっちの方が案外住みやすいんじゃないかと思ってさ」


 アレフの答えに一瞬置いて、ミョズヴィトニルは呵々大笑した。

 王としての鷹揚さを示すものではなく、侮りを含んだものでもなく、純粋な笑い声が部屋を揺るがす。


「そうだな。住んでみればこの地の獄も案外悪いものではないかも知れぬ。良かろう。先ほどの約定に加え、必要ならば我が国から職人も貸し付けてやる。炭や油などもだ」

「そりゃあ有り難いが……いいのか?」

「うむ。ここに居を構えるというのなら、何かと入用であろう。わしはお主が気に入った」

「そっか。あんた案外、良い人なんだな!」


 バンと背中を叩かれて、ミョズヴィトニル王はげほげほと咳き込む。


「ええい、この馬鹿力め。もう少しこう、疑ったりはせんのか」

「いやあ、騙してたらそれはそれで叩き潰すだけだしさ」


 さらりと言ってのけるアレフに、ミョズヴィトニルは引きつった笑みを浮かべた。


「お主には確かにそれをするだけの力はある。……だがな、ただ強いだけではこの迷宮の中で生きていくことは出来んぞ」


 それは脅しではなく、忠告だった。王の視線をしかと受け止め、アレフは頷く。


「ありがとな。肝に銘じるよ、ギメルのおっさん」

「誰がおっさんだ。ミョズヴィトニル陛下と呼べ」

「いや、長すぎて覚えらんねえよ」


 じゃあな、と手を振って、アレフは破壊した壁から外へと飛び出す。それを見送った後、ミョズヴィトニルは長く息を吐いてベッドに身を預けた。


 アレフが首尾よく生き延びあの森に住み着くなら、それは鉱精ドワーフたちの国にとっての盾となる。彼を気に入ったという言葉に二心はないが、打算が無いわけでもなかった。少なくとも他の勢力にあの水場を奪われるよりは、支援した方が得をする。


「あ、そうそう」


 壁の亀裂からひょこりと顔を覗かせて、アレフは先程手にしていたハンマーをかざしてみせる。そういえば、彼はあんなものをどこから用意したのだろうか。ミョズヴィトニルとの戦いで持っていればもっと簡単に鉱精ドワーフに勝つことが出来たはずだ。


 ということは、あれを手に入れたのは鉱精ドワーフとの戦いの後。

 そこまで思い至ったミョズヴィトニルの脳裏に、嫌な予感が過ぎる。


「このハンマー、おっさんの斧を鋳潰して作ったんだ。悪いな」

「こ……国宝になんてことを!」


 ミョズヴィトニルの怒鳴り声は、鉱精ドワーフたちの国中に響き渡った。

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