第10話 鉱精の剣

「さて。俺が勝ったんだから、これ以上ここには手出ししない。そういうことでいいか?」

「ふん。そんな約定を交わした覚えはない」


 そう吐き捨てるミョズヴィトニルの態度を、アレフは咎めなかった。


「そうか」

「待て! 話は最後まで聞け!」


 ただ頷き剣を閃かせる彼に、ミョズヴィトニルは慌てて叫ぶ。

 振りかぶるような予備動作もなくただ家畜を屠るかのように放たれた一撃は、彼の兜を真っ二つに割って額の皮を一枚切り裂いたところで止まった。


「そもそもここは我らの土地。勝手に居座っておるのは、お前とその森の下賤な森精エルフの方」

「つまらん辞世の言葉だったな」

「だから待てと言っておるだろう!」


 今度はゆっくりと振り上げられる剣に、脅しと知りつつもミョズヴィトニルは慌てて止める。


「良かろう、許す。この地に住まい、水場を使うことも許してやる。だがその対価として、水と木を寄越せ」


 鉱精ドワーフの王の言葉に、アレフはふむと顎を撫でた。


「何も全部寄越せと言っているわけではない。我々にも使わせろと言っているだけだ。さすれば貴様らを追い出すことはせぬし、むしろ守ってやる。どうだ、破格の条件であろうが」


 ミョズヴィトニルの言葉にアレフは黙考する。


「言っておくが、当然我らが軍はここにいるもので全てではない。貴様がいかに強かろうが、対処の仕様は幾らでもある。ここでわしを殺そうが無駄なことだ」


 確かに、彼の言うことはもっともだった。例えば鉱精ドワーフたちは好んで使わないが、弓を多数用意されれば今回のように勝つことは出来ないだろう。不得手とは言え生まれつきの名工たる鉱精ドワーフたちに作れないはずがない。アレフの力を知った今、戦うとなれば必ず用意するはずだ。


 それに、水も木もアレフたちだけでは使い切れないほどの量がある。地底湖は底で何処か別の流れに繋がっているらしくどれほど汲んでも枯れようもないし、木だってナイの魔法で幾らでも育てられる。分け与えたところで困るわけではなかった。


「わかった。いいぜ、その条件で。そっちはこっちをもう攻撃しない。こっちはそっちに水と木を分けてやる。それでいいんだな」

「ああ。我が名にかけて誓おう」


 頑迷な彼らではあるが、それゆえに規律や約束は重んじる。それも王が名にかけて誓ったものとなればその重みは絶対と言って良い。破れば彼らの誇りそのものに泥を塗る事になるからだ。


「では、具体的な量については後日改めて取り決めを行おう」

「ああ。次は笑顔で会いたいものだな」


 アレフがそういうと、ミョズヴィトニルは答えずただ鼻を鳴らした。


「アレフ!」


 形ばかりの握手をして鉱精ドワーフたちがその場を後にすると、ナイとギィが森の中から飛び出してきて、勢いそのままアレフに抱きつく。


「良かった! 死んじゃうかと思った!」

「ぎっ、ぎぎぃ!」

「ああ、今回は俺もちょっとヒヤっとしたな」


 ミョズヴィトニルは思っていた以上の強敵だった。鉱精ドワーフの戦士が精強であるという事は聞いてはいたが、まさかこれほどまでに強いとは。


「勝てたのはあんたのおかげだ。……そういやまだ、名前も聞いてなかったな」


 アレフは闘いのさなかに飛んできた剣に視線を向けて、ついでそれを投げ渡してくれた相手の方を見た。昨日剣を預けたフード姿の鉱精ドワーフが、通路の影に隠れるようにして立っている。


鉱精ドワーフ? なんで、鉱精ドワーフが助けてくれたの?」


 ナイが警戒するように、アレフの影に隠れる。


半森精ハーフエルフに、アルビノの小鬼ゴブリン……?」


 それを見てうわ言のように、鉱精ドワーフは呟いた。

 昨日聞いたしわがれた声ではなく、剣を渡された時に聞いた、鈴の音のような声だ。


「こんな一団だからさ。そのフードの下がどんなでも驚きゃしないし……」


 ぽんと二人の頭に手をおいて、アレフは言う。


「そっちの声の方が聞いてて耳障りがいいと思うぜ」


 ニっと笑ってみせるアレフ。

 その笑顔につられるようにして。鉱精ドワーフは躊躇いがちに、ゆっくりとフードを下ろした。


 その下から出てきたのは、豊かな髭を備えたいかつい顔の老人でもなく。

 人目を憚られる程醜い面でもなく。


 赤い髪を三つ編みにした、愛らしい少女の顔だった。

 鉱精ドワーフといえば団子鼻に長い髭というのがお決まりだが、彼女の顔は全く鉱精ドワーフらしさがない。先の尖った耳だけがかろうじて妖精族の特徴を示しているだけで、他は殆ど人間のような顔立ちをしていた。


「女の鉱精ドワーフなんてのもいるんだなあ」


 思わず漏らすアレフのつぶやきに、彼女は首を横にふる。


鉱精ドワーフというのがどうやって増えるか、お主は知っておるか……?」

「人間と同じじゃないのか?」


 アレフが首を傾げると、鉱精ドワーフはもう一度首を振った。


鉱精ドワーフが石を掘っていると、その中から鉱精ドワーフが生まれ出る。だから鉱精ドワーフは、生まれた時から人間の老人のような姿をしとるし、女はいない」

「へぇ。そうなのか、面白いな。ん? じゃああんたは鉱精ドワーフじゃないってことか?」


 素朴なその問いに、三度首が振られる。


「わしを掘り当てたのは間違いなく鉱精ドワーフじゃし、わしが鉱精ドワーフなのは間違いない。……じゃが、鉱精ドワーフ鉱精ドワーフでも、わしはなりそこない。欠陥品ということじゃ。じゃから、鉱精ドワーフたちはわしのことをクズ鉄ルスルと呼ぶ」

「それで、あんなところで工房を構えてたのか」


 納得したように頷くアレフに、彼女は自虐的に笑んだ。


「そうじゃ。街の中に工房を構えることも出来ず、それどころか満足に鉄を手に入れることも出来ん。クズ鉄を拾い集めて、剣を打ってはまたクズ鉄に戻す日々じゃ。昨日はお前さんのおかげで久々に……いや。初めてたっぷりと鉄を使って剣を打てた。ありがとうな」


 深々と頭を下げる彼女に、アレフはしげしげと剣を見つめる。


「……ヘレヴだな」


 そしてポツリと、そう言った。


「何のことじゃ?」

「あんたの事さ。あんたはクズ鉄を鍛えてヘレヴにしてくれた。だから俺は俺の故郷の言葉であんたを剣と呼ぶ。駄目か?」


 みるみるうちに、彼女の……ヘレヴの瞳に、涙が浮かぶ。


「駄目じゃ、ない。そう呼んでくれ」


 ふるふると首を振る彼女にナイは小さくため息をついで笑みを浮かべ、ギィは跳び跳ねて喜んだ。


「なあ、ナイ、ギィ。それにヘレヴも。俺はこの迷宮に来てずっと、何となく思ってたことがあるんだけどさ」


 出し抜けに言うアレフに、彼に名をつけられた三人の女は目を向けた。


「今日鉱精ドワーフの王に会って、はっきりした。俺は、自分の家を作りたい」

「家? ……まあ、木材ならあるけど」

「すまん。剣なら打てるが、建築は専門外じゃ」

「ぎーぃ」


 ナイとヘレヴに、ギィが「わかってないな」と言わんばかりに首を振る。


「家というか、住処というか……」


 うまい言葉を探すように、彼はぐるりと視線を巡らせる。


「弱いからって虐められなくてすむような」


 うんうん、とギィは頷く。


「どんな生まれでも隠れ住まずに堂々といられるような」


 ナイははっとしてアレフの顔を見て。


「どんな見た目でも不当に迫害されることがないような」


 ヘレヴはぎゅっと拳を握って、ただ彼の言葉を待った。


「そんな家を……居場所を、この石造りの迷宮の中に、作り上げたいんだ」


 それは、その場の全員が渇望し、そして諦めてきたもの。


「三人とも。俺の家族になってくれないか?」

「なっ……」


 途端、ナイの褐色の肌が真っ赤に染まり上がった。


「ぎぃっ!」


 ギィが飛び跳ね、アレフの首根っこに腕を回してぶら下がる。


「いいのか? わしはこんな……髭もないし、腕だって短いし、胸もぐにょぐにょで気持ち悪いし……」

「いや、それはむしろ大歓迎だ」


 ローブに隠れて目立たなかったが、身長と顔立ちに似合わぬ豊かな双丘を持ち上げて言うヘレヴにアレフは頷き、ナイは無言でその脛に蹴りを入れた。


「痛いな、何すんだよ」

「もっとこう、考えなさいよ! こ、こんないきなり、それも三人いっぺんにだなんて」

「いや、待て、別に嫁に来いって言ってるわけじゃないぞ。単に家族にならないかって話だ」


 これ以上ないと思われるほど赤く染まっていたナイの顔が、その限界を超えた。


「わかってたわよ! 勘違いなんかしてないんだから、勘違いしないでよね!」

「駄目なのか?」


 真っ直ぐ目を見つめ問うアレフに、ナイはぐっと口元を引き結んで俯き、


「……駄目じゃないけど……」


 か細い声を絞りだすように呟いた。


「ぎっぎぃ!」

「まあ鉱精ドワーフなんぞを嫁にしたいわけもなかろうしな……」


 すると己の存在を主張するかのようにギィが声を上げ、ヘレヴが己の身体を見下ろし眉根を寄せる。


「いや、好いてくれるんならそれはそれで大歓迎だけどな」

「結局三人まとめてなんじゃないの!」


 ナイの絶叫が、高らかに響いた。

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