第8話 秘密の鍛冶場

「ぎっ、ぎぃ!」


 あからさまに怪しいフード姿に、ギィがぐいぐいぐいとアレフの服の裾を引っ張る。


「あんたは鉱精ドワーフか?」

「……うむ」


 その背の低さからアレフが尋ねと、ややあってフード姿は頷く。


「剣を直してくれるのか?」

「ああ」


 問い直せば、それにはすぐに首肯した。


「そうか、じゃあ頼もう」

「ぎぃっ、ぎぃ!」


 引きとめようとするギィの手など気にした風もなく、アレフは剣をフード姿の鉱精ドワーフに手渡した。アレフの太い腕に引きずられて、ギィの身体はずるずると床を滑る。


「ぎ……ぎぃ! ぎぃぎぃ!」


 すると彼女は目を見開いて、何事かをアレフに訴えながらぴょんぴょんと跳ねた。


「礼はこんなもんでしか出来ないが大丈夫か?」

「礼など要らぬ」


 跳ねるギィの頭を押さえつけながらアレフは大水蛇サーペントの鱗を差し出すが、鉱精ドワーフはそう言って首を横に振る。

 そして鞘に収まった剣を大事そうに抱えると、アレフに背を向けた。


「直した剣は明朝、ここで渡す」

「ちょっと待った」


 その背を、アレフは引き止めた。


「こっちにも一つ条件があるんだが、いいか?」






「適当に腰をかけとくれ」


 剣を直す所を見たい。

 そう頼んだアレフを連れて鉱精ドワーフが向かったのは、小さな小さな工房だった。

 言われなければそれとは気付けなかったかもしれない。

 入り組んだ迷宮の奥の奥、ヒビ割れた壁の隙間を通って言ったその先に、小さな炉と鉄床、幾つかの道具を置いた木のテーブル、そして端材があるだけの場所だった。


 鉱精ドワーフの国の工房のような、立派な屋根や壁など全く無い。地下迷宮の一角に作られた、ゴミ置き場のようにも見えた。


「よく手入れされているな」


 だがよくよく見れば、鍛冶道具は手垢で汚れてはいるが錆のたぐいは一切なく、鈍い輝きをしっかりと湛えていた。

 鉱精ドワーフはアレフの言葉に答えず、黙々と炉に炭を並べて火を起こす。


「ぎぃー……」


 ギィが、フードは取らないのかと言いたげに指をさして低く鳴く。


「悪いがこれは……」

「いいさ。剣を直してくれるなら、何の不満もない」


 フードを押さえる鉱精ドワーフに、アレフは首を振った。


 鉱精ドワーフは黙々とふいごを押して炉に風を送る。パチパチと火が爆ぜるのを、アレフとギィは無言で見守った。


 やがて炉の底に溜まって固まった鉄を取ると、鉱精ドワーフはそれを熱しながら小さなハンマーで薄く伸ばし、そして水に入れて冷やすという作業を繰り返す。アレフにはそれが何のための作業なのかはわからなかったが、問うことは躊躇われた。


 鉱精ドワーフが振るう鎚の音が、あまりに美しかったからだ。


 キン、キン、と鳴り響く金属の音と、じゅわっと広がる水の音。それはまるで精霊の歌のようで、触れることを許さぬ神秘的な雰囲気に包まれていた。


「この後は、明日じゃ」


 そこからしばらく幾つかの作業を終えて、鉱精ドワーフは徐ろにそういった。

 その手元を見れば、剣は殆ど完成しているように見える。


「疲れたのか?」


 アレフの問いに、鉱精ドワーフは「いんや」と首をふる。


「迷宮の温度はそう変わらんが、それでも朝と昼と夜じゃあ違う。焼き入れは、朝にならんと出来ん」

「なるほどな」


 納得し、アレフは立ち上がってぐっと背を伸ばす。狭いところにじっとしていたせいで、彼の巨体はところどころが凝り固まっていた。


「そら、帰るぞ、ギィ」


 小さな頭をぽんと叩けば、すっかり鉱精ドワーフの作業に見入っていた小鬼ゴブリンはハッと我に返る。


「明日も見に来ていいか?」

「……」


 問いに鉱精ドワーフは答えなかったが、その頭が僅かにこくりと頷くのを、アレフは見逃さなかった。


「ありがとう。それじゃあ、また明日な」






「……で」

「ぎ? ぎぃ? ぎぃー?」

「なんだ、こりゃあ」


 アレフとギィが揃って首を傾げる。

 その目の前には太い木の幹が立ち並び、通路を完全に塞いでしまっていた。記憶が確かならば、この木のすぐ向こうにナイの住む森があったはずなのである。


「うーむ。これじゃあ通れそうに……って程でもないか」


 アレフが指を木と木の間に差し入れて掻き分けると、木々はメキメキと音を立てながら折れ曲がる。


「よう、ただいま」

「あんたどういう力してんのよ!?」


 飛んできた矢を受け止めながら挨拶をすれば、早くも恒例になりつつあるナイの叫び声が聞こえた。


「思ったほど硬くなかったぞ、あれ」

「そりゃあ生えたばかりの子だから……そうはいっても、素手で折り曲げられるような硬さじゃないはずなのよ普通は」


 ひょいとギィを担ぎながら入ってくるアレフに、ナイは弓を下ろす。一体どんな化物が襲いかかってきたのだろうかと思えば顔見知りの男だったのだから、脱力もしようというものだ。


「俺が出るときにはあんな木なかったよな。迷宮の木ってあんなに成長が早いのか?」

「そんなわけないでしょ。生やしたのよ、私が」


 ナイが言うと、アレフは驚いた顔をした。


森精エルフはそういう魔法が使えるの。植物を自在に操る魔法」


 内心ニヤリと笑いつつ、平静を装ってナイは説明をする。


「へえ、凄いな」

「やめてやめて引っこ抜かないで」


 そして無造作に木を引き抜こうとするアレフを、慌てて止めた。


「なんで生やしたんだ?」

鉱精ドワーフが来たのよ」


 ナイが言うと、流石にアレフの表情も引き締まる。


「私を追い払って、水源を独り占めする気みたい」

「俺があの蛇を倒したからか……」


 ガシガシと、アレフは髪をかく。


「なんとか撃退したけど」

「また来るんだろうな」


 いつになく硬いアレフの言葉に、ナイは頷いた。

 強欲な鉱精ドワーフたちが、あれで諦めるはずがない。


「新しい水場を探さないとね」

「なんでだ?」


 深くため息をつくナイに、アレフは首を傾げた。


「次はきっと、大勢で来るわ。追い返しきれない」

「話せばわかったりは……しないか」


 ナイは力なく、首をふる。


鉱精ドワーフ森精エルフは仲が悪いの。私の言うことなんて聞いてくれるわけないわ」

「……なら、仕方ないな」

「ええ。残念だけど……」

「力づくでぶっ飛ばすしかないか」

「なんでそうなるのよ!」


 しかもさほど仕方なさそうでもないアレフに、ナイは思わず叫んだ。


「言っただろ」


 残念どころかやる気満々と言った感じで、彼は笑う。


「邪魔する奴がいるならぶっ倒せばいいって」

「無茶よ」


 だがそれでも、ナイの表情は曇ったままだった。


「あなたが強いのは知ってる。けど、鉱精ドワーフだって強いのよ! 武器もなしに勝てる相手じゃないわ」


 大蛇を殺せたのは相手が大きくても一匹で、牙以外に武器を持っていなかったからだ。集団で鎧に身を固め、武器を振るう鉱精ドワーフの軍団に勝てるものなどそうはいない。『避けられぬ死』を避けていたからといって、彼らがそれより弱いということにはならないのだ。


「まあ、大丈夫だろ」


 しかしアレフはどこまでわかっているのか。


「武器ならちゃんとあるしな」


 気楽な口調で、そういった。

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