休息

『・・・・・・はぁ。

 おいしかったわねぇ、京料理』

「・・・ええ、まあ・・・」

「・・・・・・」

『あの、あれ・・・ハモのユビキ?って言うんだっけ?

 わたし、あれ食べたの、なにげに初めてなのよねぇ』

「はぁ・・・」

「・・・・・・」

『日本人は昔っからあの魚を食べてたみたいだけれど、ああやってオシャレな感じに調理するようになったのは、ほんの数世紀前かららしいから。

 ・・・面白いわよねぇ、人間の食文化って。

 あれも聖下が蒔いた種の、結実の一つ・・・うん?』

「・・・」

「・・・・・・」


隣で満足げにまくし立てるゴモリーへの相槌もそぞろに

俺と美佳は口数も少なく、それぞれ手にしたスマホの画面へと没頭していた。


『どうしたの?

 なんか暗いけど・・・。

 おいしくなかったの?』

「いや、もちろん美味かったですよ、すごく。

 ・・・神様が直々に用意してくれた晩メシだけあって。

 でも・・・」

「・・・うん。

 わたしたちだけ、こんなにおいしい晩ごはん食べてていいのかな、って・・・」

『・・・・・・』


――12月11日、午後20時55分。

俺と美佳とゴモリーの三人は、ここ京都における天津神々の拠点にて

武葉槌タケハヅチが用意してくれた客室で夕飯に預かり、一時の休息に浸っていた。


『・・・おかしなこと言うのねえ。

 あなたたちがそんな辛気臭い顔してたって、公園や学校に避難している人たちのお腹がふくれるわけじゃないでしょうに』

「いやっ、そうですけど・・・」


・・・まあ、正論か。

そもそも普段、テレビとかで遠方の災害のニュースが流れていたとしても、それでその日の晩メシを食うことに引け目を感じたりはしないわけで

それと今俺たちが置かれている状況とは、本質的に変わりはしないのだろう。


『いいのよ。

 ・・・今は、安らぎなさい。

 今日を不安に過ごした人たちが、あした笑顔で帰るために

 今日あなたたちは英気を養い・・・そして、あした命を賭けるのだから』

「・・・・・・」

『それでいいじゃない。

 ・・・他人の命運を背負い込むってことは、きっとそういうことよ』

「そう・・・いうもの、ですかね・・・」


ゴモリーの方へは振り返らぬまま、俺はただ俯きがちにそうつぶやく。


『・・・だいたい美佳さん。

 あなたさっき、神様相手にあんな大音量でごはんの催促したクセに

 今さらそんなしおらしいこと言ったって、なんかしらじらしーわよ』

「さっ!?

 あっ、あああれはべつにっ、ただの生理現象であって、そのっ、ささ催促とかじゃないですからっ!」


ゴモリーにそう言われた途端、美佳はまたしても顔を真っ赤に茹で上がらせてしまった。


・・・年頃の女としては、まあ順当なリアクションなんだろうけれど。

でも腐れ縁の俺からすると、こいつが素直に恥じらってるさまはちょっと新鮮だ。


「・・・まあ、お前に人並みの羞恥心があると分かっただけでも安心したけどな、俺は」

「さっちゃんひどいっ!!」


アホっぽく口を開けながら、美佳はさも心外そうに俺の方へと顔を向ける。


その、・・・なんと言うか、漫画の擬音でいうところの『がーん』みたいなコミカルな表情を見ながら、

俺は今朝のホテルのロビーでの爛れた(?)やり取りを思い出していた。


『ねー。

 さすがのわたしも、美佳さんの奔放すぎるお腹の虫までは予知できなかったし』

「・・・・・・・・・・・・。

 ・・・またぶちますよ?」


カラカラと笑うゴモリーに対し、美佳は頬を染めたまま、だが目元だけは冷たい光を湛えながら

またも平手を振り上げる。


『あっ、ちょっ、暴力反対!

 ・・・ていうか、なんであなたってそうわたしに対してだけ

 そんな暴力を振るう沸点が低いのよ!?』

「あなたがいちいちケンカ売ってくるからでしょっ!!」

「・・・・・・」


振り上げられた手に対し、ゴモリーはおどけたような素振りで頭を抱える。


・・・当然っちゃ当然だが、どっからどう見ても本気でビビってるようには見えなかった。


「・・・・・・そうだ。

 予知っていえば、やっぱり先輩でも俺たちのこれからの戦いに関することは予知できないんですか?」

『えっ?

 ・・・ああ。

 はっきり言って、アガレス老師の方がわたしより格上だからね・・・。

 老師が直接干渉するような戦いは、少なくとも現時点では何も視えないわ』

「そう・・・ですか」


俺は軽く嘆息すると、手にしていたスマホの画面へとふたたび視線を戻した。


『アイン程度だったら、まだなんとか見通すこともできていたのだけれど。

 ・・・ごめんなさいね、役立たずで』

「それは・・・いいんですけれど」

『・・・・・・。

 ・・・それはそうと、さっきからなにをそんなに熱心に見てるの?』


ゴモリーはすっと美佳の正面に膝をつくと、食い入るようにスマホの画面を覗き込む。


「あーもうっ、勝手に覗き込まないでくださいっ!」

『いーじゃない、減るもんじゃなし。

 ・・・んん?災害情報?』

「この状況で熱心にチェックするものっつったら、これしかないでしょ。

 別に面白いもんじゃないですから」




―――各ニュースサイトの災害情報を鑑みるに

最初の震度5弱の地震以降、余震のたぐいはほとんど発生していないようだ。

実際あれから、少なくとも体感できるような地震は俺たちも感じてはいない。


しかし・・・。


『災害情報なら、それこそ天津神々ここのひとたちに聞いた方が正確な状況とか分かると思うけど。

 人間のマスコミが発するものなんて、しょせん「たんなる自然災害」として捉えたものでしかないんだし』

「だからこそですよ。

 俺たちはアガレスや残党の動きじゃなくて、あくまで『人間社会の』情勢が知りたいんですから」

『そんなに学校のご機嫌が気になるの?

 わたしに任せてくれればいくらでも誤魔化せる、って言ってるのに』

「それもありますけれど、ちょっと京都市全般の避難状況に違和感があって」

『違和感?』

「ええ。

 ・・・なんか、震度の割には避難統制や交通規制が長すぎるような・・・」


災害情報を見る限り、地震発生から三時間経った今なお交通機関は再開の目処が立っておらず

公園や学校には未だに多くの避難者が滞在しているようだ。


・・・しかし、最大震度が5弱で余震もほとんどないにしては

インフラやライフラインの規制が少し厳しすぎる気もする。


今まで大きな地震を体験したことがなかった俺には、具体的にどの程度のマグニチュードや震度だと

どれくらいの規模の警戒態勢が敷かれるのか・・・とかは、あまりピンと来るものではなかった。

しかしネットで軽く調べたところによると、震度5弱というのはおおよそにおいて

本格的な避難態勢が敷かれる最低ラインと見なされることが多いようだ。

ただほとんどの場合、死者や家屋倒壊が発生するほどの震度ではないらしい。


「ここ数日冷え込んでるから、出先で公園に避難せざるを得なくなった人とかは寒いだろうね・・・」


実際、ゴモリーのラクダに乗って京都市内を闊歩していた時も

家屋が潰れてたとか、道路が割れてたとか、そういう大きな破壊跡のようなものは見受けられなかった。

せいぜい、庭先の鉢植えが落下していたり、元々壊れてたんじゃないかってくらいボロボロの塀にヒビのようなものが入っていたりと、確認できたのはその程度のものだ。


「だな・・・」


・・・もちろん、最初の地震がそこまで致命的じゃなかったとしても

それで気を抜いていいという理屈にはならない。

その後しばらく余震がないからといって、最初の地震が本震である保証などどこにもないからだ。

しかし・・・。


『たぶん、天津神が市政や府政に口出ししてるのよ。

 予測を厳しめに見積もれ、って』

「・・・アガレスの再攻撃を警戒して・・・ですか?」


そう。

しかしそれは、あくまで地震が純粋な自然災害だった場合の話だ。


『そうね。

 アガレス老がいつ魔力の再装填を完了するのかにもよるけど

 このまま手を打たなければ、確実に第二波がやってくる』

「・・・あれが本震で終わるか、予震になってしまうかは

 天津神としても予断できない、ってことですか」

『あまり、上手いやり方とは思えないけれどね。

 ・・・一般の人間の視点では地震はもう終わったものという認識が大方でしょうから、この程度の被害でいつまでも市民を拘束してはおけないでしょうし。

 なにより京都市の各機関をマヒさせたままにしておくと、経済的にもダメージが出てくる』

「でも、わたしたちがアガレスを止められなければ

 みんなが日常生活に戻ったとたん、最悪の被害が出ちゃうかも知れない・・・」

『ええ。

 ・・・天津神も悩みどころでしょうね』

「・・・・・・」


・・・今さらながら。

手に余るものを背負い込んじまったという実感が、じんわりと肩にのしかかってくるのを感じていた。


「・・・タケミカヅチはどうしてるんでしょうね」

『まあ、死ぬほど忙しいのは確かでしょうね。

 襲撃を許した直後で中枢部は厳戒態勢を敷いてるはずだから、当分は面会できないと思うし』

「その上いつまた地震攻撃がくるか分からないんじゃなあ・・・・・・ん?」


と、そこで。

不意に伝わってきた振動に、俺はふと己の右手へ視線を戻す。


「・・・なんだ?

 また災害速報か?」


言うまでもなく、振動は手に持ったスマホから発せられているものだった。

なんとなしに、そのまま画面へ目を向けると――


「!

 ・・・石山?」

「えっ?石山くん?」




そう。

画面は、あのニヤけ面からのメールの着信を通知していた。

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