珍獣

『―――あら。

 お友達から?』


―――スマホに表示された悪友の名前に俺が気を取られていると、正面に座っていたゴモリーがさも興味深そうにその画面を覗き込んできた。


「えっ?

 え、ええ・・・。

 ・・・つーか、ずいぶんと連絡が遅かったな・・・」


身を乗り出してきた女魔神に対し、俺は反射的に身を引き、スマホを持ち直す。

・・・いや、別に見られても全然構わないんだが。


『通信規制で遅延してたんじゃない?』

「かも、知れませんけど・・・」


西宮先生や他の知人からのメールは届いていないから、あるいはそうなのかも知れない。

まあ、西宮先生は西宮先生で、こんな状況では俺たち個人にかまっているような余裕もないだろうけども。


「・・・あ、わたしの方もつーちゃんからメールきたよ」

「!

 ・・・新見からか?」


『つーちゃん』というのは、美佳が新見を呼ぶ時のアダ名だ。

新見にいみ 都花咲つかさだからつーちゃん。

というか、こいつが友達や同級生をアダ名で呼ぶ時は

だいたいが『○○ちゃん』呼ばわりになってしまうのだ。



・・・実に不本意だが。



『じゃあ、やっぱり遅延してたってことかしらね。

 ・・・で、なんて書いてあるの?』


今度は美佳の懐へと首を伸ばしながら、ゴモリーが促す。


「あ―――っ!

 ちょっ、なに当たり前のように人のメールを盗み見ようとしてるんですかっ!!」

「・・・・・・」


・・・今まで意識したことなかったんだけど。

なんか、この悪魔ひと自身も仕草が若干ラクダっぽいとこあるな・・・。


『盗み見とは人聞きが悪いわねぇ。

 いーわよ、高加君の方のメールを見せてもらうから』

「・・・いや、俺も見せるとは一言も言ってないんですけど・・・」


言いながらも、俺はこちらに向き直ってきたゴモリーの前で

渋々と着信画面の送信者名をタップした。




----------------------

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

From: 石山         21:22〆

件名: 狩猟報告

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

From: 美佳         12月10日

件名: Re:明日の方針

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

From: 西宮先生       12月10日

件名: Re:ゴモリーの件

----------------------




『・・・・・・』

「・・・・・・」

「・・・・・・」


・・・・・・。


『・・・なに?

 ・・・・・・狩猟?』

「・・・・・・」

「狩猟?・・・って、なんのことだろうね。

 ・・・ゲームかなんかの話かな?」


・・・この状況で安否連絡の第一声が狩猟ゲームの報告だったら

さすがに神経を疑うわ。


「そういや石山のヤツ、別れ際にハントがどうとか言ってたような・・・。

 ・・・何をハントするって言ってたか」


言いながら俺はその不審な件名をタップし、本文を開いた。




----------------------

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

From: 石山         

To:

件名: 狩猟報告

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

          2016年12月11日 21:22

おーす。生きてるかー?

地震のどさくさで美佳ちゃんとエロいことしてないだろうなー?

いやもー、こっちは大変だったぞ。

せっかく珍獣発見したってのにさあ、追いかけ回してるうちにガクンと地震がきて見失っちまうんだもんよ。

いやマジだぞマジ。マジで珍獣発見したんだよ。

あ、こっちは全員無事だから。

でも電車止まったまんまでさー、歩いてホテルに帰ろうかどうしようか今会議中だよ。

そっちはどうなってんだ?エロいこととかしてないだろうな?


          -END-

----------------------




「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・』


・・・・・・・・・。


「・・・さっちゃん・・・。

 石山君、何言ってるの?これ・・・」

「・・・・・・俺に聞かれても・・・・・・」

『・・・と言うか、あなたのお友達、もうちょっと文章にまとまりを持たせるよう意識した方がいいわねぇ・・・』

「・・・・・・俺に言われても・・・・・・」


つか、地震のどさくさでエロいことって何だよ。

どんなシチュエーションだよそれ。


「グループ全員無事なのは伝わったけど、結局なにやってたんだこいつら」

「・・・珍獣、って、なんのことなんだろうね?

 そういえば、別れ際にもそんなようなこと言ってたけど・・・」

『・・・・・・・・・・・・』


俺と美佳が画面を見つめたまま頭を捻っていると

目の前で身を乗り出してきていたゴモリーが、おもむろに上半身を起こし始めた。


『・・・高加君。

 その添付ファイル、ちょっと開いてもらっていい?』

「へっ?

 ・・・ああ、添付付きか。気づかなかった」


・・・てか、この状況でよく画像とか添付する余裕があるなこいつ。

もしかして、これの容量のせいで着信が遅れたんじゃ・・・。


「・・・」


俺は呆れがちに小さく嘆息しながら、本文の下にあったクリップのアイコンをタップし、画像を開く。


と、そこには・・・


「・・・!」

『!!』

「!

 ・・・え!?」


・・・そこには。


「さっちゃん・・・。

 ゴモリーさん・・・。

 ・・・これって・・・」

『・・・・・・』



―――画像は、スマホで撮ったと思しきとある風景の写真だった。

・・・いや、果たして風景写真と呼んでいいものか、ちょっと微妙なとこだったが。


というのも、画像は・・・


・・・・・・。


「下水道・・・・・・か?

 これは・・・」


そう。

写真手前から奥へと抜ける、特徴的な円筒状のトンネル。

コールタールのように、黒くぎらついた壁の質感。

・・・その底辺中央を流れる、暗緑色の、人工の小河。


画像は、地下下水道で撮影したと思しき風景を写していたのだ。


・・・が。


「あ、うん、それもそうだけど。

 ・・・ていうか、これ、この奥に写ってるのって」

『・・・・・・』


そう。

この状況で級友から地下下水道の風景が写メされてくるというのもなかなか異様だったが、俺たちが驚いたのはそこではなかった。


「・・・・・・ワニ・・・・・・

 ・・・だよな、この尻尾は・・・」


写真は地下下水道のトンネルをやや右側手前のアングルから奥に向かって撮影しており、

左右両側の壁にはそれぞれ二つづつほど、脇道へと続くのであろう漆黒の穴がぽっかりと口を開けている。


そして向かって左側、手前から二番目の脇穴。

その下側。


・・・いる。


暗く陰湿な、無機の地下世界の中に。

ぽつりと浮いた、有機の『それ。』


『・・・ワニね。

 どう見ても・・・』


・・・下水道の脇穴からはみ出ている『それ』はその生物の下肢と思しき部位のみで、写真から全身を窺い知ることはできなかった。


が、爬虫類と思しき外皮の質感と、のっぺりと地べたに這いつくばった姿勢。ベビーコーンのような形状の尻尾。


下肢だけでも一目で分かる。

ワニだ。どう見ても。


ただ・・・。


「でも、この色って・・・」

「・・・先輩・・・」

『・・・・・・』


そう。

ただ唯一、俺が知るワニの特徴と決定的に違うのは、その体色だった。


なんというか・・・・・・

・・・・・・白い。


全身・・・というか、少なくとも見えてる下肢部分に関しては、体皮がすごく白いのだ。


地下下水道の写真にワニが写っているという時点でもたいがいなのに、そのワニはよりによって体色が白いのである。

陰鬱な地下風景の中にあって、浮いてるなんてもんじゃない。


普通のワニの尻尾をアスパラガスやブロッコリーだとしたら、この写真に写っているワニの尻尾はホワイトアスパラやカリフラワーといったところだろうか。


・・・我ながら下手くそな例え方だが、要するにそんくらい白い。


「・・・どういうことです?

 『これ』ってつまり、くだんの『あれ』ですよね?」

『・・・・・・・・・・・・』


ゴモリーは黙している。

・・・が、このタイミングでこの動物が飛び出してくるなんて、連想する事柄は一つしかない。


「これが石山君が言ってた珍獣?

 ・・・でも、アガレスの使い魔もワニだって・・・」

『ええ。

 ・・・というか、そこに写っちゃってるのがまさしくアガレス老の使い魔よ。それそのもの』

「!」


俺は目を見張ってゴモリーを二度見する。


「・・・そういうのって、先輩には写真を見ただけで判別できるものなんですか?」

『まーね。

 ・・・72柱わたしたちは長い付き合いだから、それくらいなら見れば分かるわ』

「・・・そうですか」


・・・ていうか、そりゃまあ、白いワニなんてそうそういないだろうけれど。


「でも・・・つまり、どういうことなんです?

 これって・・・」

『聞きたいのはこっちの方よ。

 ・・・どういう状況なのかよく分からないけれど、とにかくあなたのお友達は「珍獣」と称してアガレス老の使い魔を追いかけ回して、

 しかも写真に収めることに成功してしまったみたいね』

「はあ・・・・・・」


分かったような、ますます分からなくなったような気分で

俺は再びスマホ画面の衝撃映像へと視線を戻す。


「なんて言うか・・・。

 そんなこと、可能なんですか?」


口にしてから、我ながらマヌケな質問だと思った。

可能不可能を問う以前に、そもそも石山のアホはどこでこの『珍獣』の情報を得たのかという話だ。

本日の昼、俺たちが鞍馬山に向かおうという時点で既に珍獣ハントとやらに繰り出す気満々だったのだから、少なくとも午前中のレクリエーション時点では何らかの情報を得ていたということになる。


『・・・・・・・・・・・・』


と、ゴモリーは制服の胸ポケットからスマホを取り出すと

画面を何度かタップしてから俺と美佳に向けて差し出してきた。


「!」

「・・・新聞?

 ですか?これ・・・

 ・・・!」


―――画面に表示されていたのは、新聞記事の一角を撮影したと思しき画像。

そして見出し文は・・・。


「『半世紀ぶり?市内に白いワニ出没?』・・・」

『・・・これ、この京都のある地方紙なのだけれど』


口に出してから、俺は思わずはっとして口を覆った。

そうだ。

この青地に黄文字のハデな見出し文に、俺は見覚えがある。



・・・今日の午前、ホテルのロビーで西宮先生と話していた時

その手に握られていた、あの地方紙だ。



『・・・実を言うとね、アガレス老の使い魔・・・白ワニは、以前から一般の人間にもちょくちょくと目撃されてしまっているのよ。

 ・・・・・・で、その結果が「これ」』


ゴモリーはスマホ画面の新聞記事を指さしながら、くたびれたように一つため息を漏らす。


「・・・えっ、と・・・。

 つまり、京都の人たちにはけっこー見られちゃってた・・・ってコト?」

『・・・』

「・・・・・・まさかとは思いますけど、神様と悪魔同士での隠匿合戦にムキになりすぎて

 人間の目から隠すのを忘れてた、とかじゃないですよね?」


理屈を言えば、ありえない話じゃない。

そもそもこの京都市において天津神と悪魔残党がお互いに仕掛けていた幻惑攻撃は、一般の人間には影響を及ぼさないものであったはずだ。

かつて、タケミカヅチの施した異次元結界に俺と美佳と西宮先生が陥れられた時、他の人間を一切巻き込まなかったように。

当たり前だが、そうでもなければ京都が大混乱に陥ってしまう。


・・・まあ、悪魔残党側は京都における人間社会の秩序なんぞ知ったこっちゃないだろうが、とにかくなんらかの都合があって一般人は幻術だか結界だかに巻き込まなかったのだろう。


『それが、わたしたちの方でもよく整理できていないのよ』

「整理?・・・って?」

『残党にしてみれば、本命の地震攻撃を仕掛けるまでは

 人間社会にあれこれと騒ぎ立てられるのを避けたかったはずなのよね。

 だからワニの存在も、何かしらの手段で人間には知覚できないようにしているものとばかり思っていたのだけれど・・・』

「でも、人間に対しては目くらましを施してなかった・・・?」

『・・・最初は、残党・・・アガレス老たちもワニの所在を突き止められていなかったから、野放し状態のワニがたまたま人間にも目撃されてしまっただけだと思っていた。

 でも・・・』

「幻惑合戦は、残党側の自作自演だった・・・」

『そう。

 つまり、ワニは最初から残党の制御下にあったはず。

 ・・・なら、なぜわざわざ人間の目にも触れるような状況に置いておいたのか、意図がよく分からない』

「うーん・・・」


・・・石山たちは、どこでこのワニを発見したんだろう。

追いかけてる最中に地震に見舞われたということは、もしかしたら残党たちにものすごく近い場所で被災したんじゃなかろうか。


・・・・・・よく無事でいられたもんだ。




―――と。

俺が腕組みしたまま、スマホの画面とにらめっこしていたその時。

突然、部屋のドアをノックする音が耳に届いてきた。


『――加賀瀬様。

 おくつろぎの最中、失礼致します』

「へっ?

 ・・・あ、ああ、はい?はいはい?」


ドア越しのくぐもった女性の声に応じて、美佳が少し気後れしたような返事を返す。


建御雷たけみかづち様より、皆々様に対してお呼び出しが入っております。

 ・・・至急、管制室にお越し下さいませ』

「!

 ・・・タケミカヅチから?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る