『遠い親戚』
『―――さて。
次は加賀瀬 美佳だが・・・』
「・・・」
ルシファーは美佳へと歩み寄りながら、その顔をまじまじと見上げる。
『・・・見る限り、おまえは随分と魔力を絞られているようだな。
大方、甕星の暴走を恐れた天つ神々が、宿魂石に魔力を吸わせているのだろうが・・・』
「・・・魔力・・・っていうか、霊力のことですよね?それって」
『別に、呼び方は魔力でも霊力でも神通力でも、なんでもよい。
・・・半端なことをするものだ。
甕星の力の所有権に固執する一方で、暴走を危うんで有効活用していないとは』
『・・・』
『右手を出せ。
・・・宿魂石からの魔力の流れを、もっとスムーズにしてやろう』
『ルシファーっ!!』
途端に、タケミカヅチが気色を変えてルシファーの名を叫んだ。
『・・・なんだ?
なにか問題でも?』
『大有りだ!
・・・と言うか、それを危惧しておったからこそ接触を避けさせようとしたのだッ!!』
『・・・・・・』
「あの~・・・大魔王さん?
その、宿魂石とわたしの霊力をスムーズにすると、なにがどうなっちゃうんですか?」
両者の剣幕の間で、美佳がおずおずと申し訳なさそうにルシファーに問いかける。
『そのままだ。
おまえの魔力が強くなる』
「・・・」
『・・・とはいえ、これは強化というよりも
おまえに本来備わっているべき力を、少しだけ取り戻させてやるというだけだ。
おまえと宿魂石は生来見えない臍の緒のようなもので繋がっており、本来ならおまえは宿魂石よりもっと自由に魔力を引き出すことができる「はずだった」』
「・・・そうなんですか?」
『うむ。
ただ、天つ神々はそれを逆手に取り、宿魂石をおまえの魔力を搾り取る貯蔵庫に改造してしまった。
・・・悪い言い方をすればな。
まあ、お前だけではなく、歴代の甕星の依り代はみな、同じ扱いを受けてきたようだが・・・』
『それはその人間にとっての人生を慮ってのことでもある!
我らが一方的に搾取してきたかのような言い草はよせ!』
『・・・何がその人間にとっての幸福かなど、おまえたちが決めつけるようなことか?
・・・・・・建御雷。
少なくともこの女は、己の異能を生まれの不幸と嘆いているようには見受けられないが?』
『・・・ぬぅ・・・!』
「いえ、迷惑ですよ?すっごく」
『・・・・・・』
『・・・・・・』
『・・・・・・』
・・・ルシファーとタケミカヅチとゴモリーが、心外そうな面持ちで
一斉に美佳の方へと顔を向けた。
「わたしが戦うことをそんなに否定してるように見えないのなら、それはたんにサクと一緒に戦えるから、ってだけです。
不幸・・・とまでは思わないけれど、迷惑は迷惑ですから」
『・・・・・・。
・・・そうか』
「・・・まあ、迷惑加減でいうと
そこのゴモリーさんがサクにちょっかいかけてくることの方が、よっぽど迷惑ですけれどっ!」
『・・・・・・・・・・・・』
美佳はじっとりとした目つきで、ゴモリーの方をきっと見返す。
『・・・わかった。
ならばその迷惑な戦いが少しでもこなしやすくなるよう、私が細工しよう。
・・・右手を出せ』
『ならぬ!加賀瀬美佳!!』
タケミカヅチはその場で仁王立ちになりながら、叱り飛ばすような声色で美佳の名を呼んだ。
『ならぬというなら、ならぬ理由を言ったらどうだ?
・・・私はただ、この女にあるべき力を取り戻させるまで。
なにがならぬというのだ』
『貴公は黙っておれ!
・・・加賀瀬美佳よ!そなたの力を我らが抑えていた、そもそもの理由を思い出せ!
ルシファーの甘言に乗ってはならぬ!』
「そもそもの理由・・・
・・・・・・」
美佳はルシファーから身を引いたまま、考え込むように空を仰ぐ。
「・・・って、なんだったっけ・・・。
さっちゃん?」
『・・・・・・』
『・・・・・・』
「・・・・・・」
そこで俺に振るんかい。
「・・・前に説明しただろ。
アンドラスたちは宿魂石からお前へと天津甕星の力を逆流させることで、その力を持ち帰ってルシファーに献上しようとしたんだよ。
宿魂石から直接奪取するのが不可能だったから」
『左様!
ならば、そのルシファーが今そなたにやろうとしていることの意味も分かろう!』
「・・・・・・」
『そなたの肉体に甕星の神気が貯まれば、それだけ
そのルシファーは単に、いずれそなたから甕星の神気を抜き取りやすくなるよう、細工しようとしているに過ぎん!』
『ふん。
私が、この女に手を貸すふりをして甕星の力を騙し取ろうとしていると?
・・・まあ、騙し取るもなにも、元々私の力だが』
「・・・・・・そうなんですか?」
『・・・』
今度はルシファーの方が身を引き、小さく嘆息してから改めて口を開く。
『そもそも、短絡的におまえから力を奪う・・・いや、返してもらうつもりならば、とっくにやっている。
また、アンドラス・・・下僕どもがおまえから甕星の力を強奪しようとしたのは、私個人の思惑とは少しだけ「ずれ」がある』
『よくとぬけぬけと!』
タケミカヅチは鼻を鳴らしてルシファーの言葉を遮ったが、ルシファーは構わず言葉を続けた。
『先ほども言ったが、要らぬわけではない。
・・・が、今はその時でもない』
「・・・・・・」
『むろん、どちらを信じるかはおまえの自由だ。
私がアンドラスらを止めなかったのは事実だしな。
・・・しかし、なぜ天つ神々がおまえの力を抑えていたか、その本当の意味を考えるがいい』
「本当の、意味・・・」
『天つ神々はおまえたちに嘘はついていないだろうが、真実もいくつか隠している。
おまえの中に在る「
だからおまえを無知なまま、ほどほどに利用している』
「・・・」
『おまえが真実を知れば知るほど、おまえは「啓発」を受けたことになり、その目覚めは進む。
・・・やがて、彼らも抑えきれなくなるだろう』
「・・・それって、わたしが甕星様に乗っ取られちゃう・・・って、ことですか?」
「・・・・・・」
『それは、その時になってみなければ分からぬ。
それが恐ろしいというのであれば、本当に私がおまえから甕星を抜き取ってしまうこともできるが・・・。
政治的には、あまり賢いやり方ではない』
「・・・」
『天つ神々がおまえたちをアガレスにぶつけようとしなかったのは、そういうことだ。
今までのおまえたちではアガレスと対峙させるには力不足だが、おまえの力を引き出しすぎると甕星の目覚めが近くなる。
だからおまえたちを蚊帳の外に置き、天津の内の戦力だけでアガレスらを掃討しようとしている。
・・・ま、私が台無しにしたがな』
『・・・・・・』
ルシファーはタケミカヅチの方をちらと横目に見る。
『建御雷よ。
私がこの人間たちに偽りや
『・・・・・・ぬ』
『できぬだろう。
・・・おまえたちは、あくまで己らの都合ありきでこの女に宿る神霊を制御しようとしている。
広い意味では秩序や平和のためなのかも知れぬが、我らに比して絶対的な大義があるわけでもない。
・・・おまえも、内心では思うところがあるのではないのか?』
『・・・く・・・』
・・・立ち尽くすタケミカヅチからは、先ほどまでのような覇気は感じられなかった。
「そんな危険なものを、なぜ天津神は手元に置こうとするんだ?」
『甕星の眠れる神霊は、それ自体が莫大なエネルギーだからな。
・・・なにしろ、元は私の一部だったものだ。
制御下に置けている限りは、さまざまな利を生む』
「・・・」
『が、よその制御下に置かれたり、暴走されたりすると、一気に損失が生じる恐れがある。
・・・人間の社会においても、似たような性質のエネルギーはいくつかあるだろう。
今まではなあなあで済んでいたが、私が力を取り戻せる時節が訪れてしまったため、風向きが変わった』
ルシファーは俺の右手からすっと鉛玉を取り上げると、ふたたびケープの内にしまい込む。
・・・どう見ても、こいつのケープの中に忍ばせられるようなサイズじゃなかったんだが・・・。
まあ、悪魔のやることだし、今さらか。
『既に中東のメレクタウスは、我が手の内に戻った。
我が下僕どもは、今世紀中に残りの分霊も回収しつくしてしまおうという腹だ』
「メレクタウス?」
『我が化身の一柱だ。
孔雀天使と呼ばれ、救済の力を司る。
ここ鞍馬弘教における魔王尊のようにな』
「・・・仮にそれが全部戻ったとして、あんたはどうするつもりなんだ?」
『別に、どうもしない。
他の神々の中には邪推する者もいるが、そもそもの前提として
私は今の世の状態に革命が必要とは考えていない。
栄えるにせよ滅びるにせよ、それは人間の手で進めるべきだ』
「・・・」
『・・・ただし、私自身以上に私の力を渇望する者たちの中には、そうは考えていない者もいる。
そこのゴモリーなどは私の力を取り戻すこと自体が目的で動いているが、そういう考えの者はむしろ少ない』
「・・・?
どういう意味だ?」
『・・・わたしは・・・高加君。
ただ、聖下にふさわしいものを取り戻して頂きたいだけなのよ。
その力によって何かをして頂きたいとか、そういう不遜なことは考えない』
「・・・」
『でもね、他のデーモンたちはそうとも限らない。
それが今までも何度かあなたたちに語った、やり方の違いに表れてしまっている』
「・・・でも、あんたはあんたでそういう手下の独断を利用してるんだろ?」
俺はふたたび、ゴモリーからルシファーへと視線を戻す。
『そうだな。
・・・だから、私はおまえたちに強要や強制はしない。
アガレスと戦うも逃げるも、また私の「口車」に乗って甕星の力を解放するのも、おまえたちの決断一つだ』
「・・・・・・。
美佳はともかく、俺の方はもうあんたの助力を受けちまったんだけど」
『そんなものは挨拶代わりだ。
別に、そのまま持ち逃げしても構わん。
・・・そもそも、おまえに力の行使を委任しているのはあくまで蛭子だ』
「・・・・・・。
・・・美佳」
「・・・・・う~ん・・・・・・」
美佳は先ほどから口元に手を当てて、しきりに考え込んでいる。
・・・いや、こいつの場合は考え込む「フリ」か。
「・・・手」
『・・・うん?』
「どうしても、繋がなきゃダメですか?」
『・・・・・・』
・・・・・・・・・・・・。
『・・・索よ。
この女は何を言っているのだ』
「・・・あんたと手を繋ぎたくない、ってこったろ」
『・・・・・・・・・・・・』
ルシファーは、呆れたような顔でゴモリーへと振り返る。
・・・そのゴモリーもまた、困り果てた顔で立ち尽くしてしまっていた。
「あ、いえ、大魔王さんのことが嫌いとか、決してそういうことじゃなくてですね。
・・・その、さっちゃん以外の男の人と手を繋ぐのって、私、あんまり・・・」
『・・・・・・』
「・・・お前な~・・・。
社会に出て握手求められた時とかどうする気だ!?」
「あ、握手は握手じゃないっ。
でも、これはなんかちょっと違う気が・・・」
「めんどくさいこと言ってんじゃねーよ!」
・・・とは言え、正直に言えば
俺は俺でもう、二度とルシファーに腕を掴まれたくはない。
もちろん、美佳とは全く違う理由で、だったが。
「・・・って言うか、男の子でいいんですよね?
大魔王さんって。
黙ってると、どちらかというと女の子に見えちゃうんですけど・・・」
「っ!」
『!!』
『・・・』
・・・・・・・・・・・・こいつ、とうとう言いやがった。
『・・・ゴモリー』
『・・・申し訳ございませぬ・・・。
なにぶん、転生体というのは変わり者が多い傾向にありますので・・・』
『・・・おまえ、内心では面白がっているのではないのか?』
『!!
・・・め、滅相もございません!』
ゴモリーは身じろぎしながら、慌ててルシファーの言葉を否定する。
・・・なんかその身じろぎのしかたが『ギクリ』としたような感じに見えたんだが、まあ考えすぎだと思っておこう。
『なら、よい。
・・・
少し時間はかかるが、剣を介してでもやれぬことはない』
「・・・なんか、すみません・・・」
ルシファーは今一度、タケミカヅチの方を振り返った。
『いいな?建御雷。
布都御魂は本来、おまえの得物だろう。
私が「わるさ」をしたかどうか、おまえにはこの剣を通して判るはず。
それならば文句はあるまい』
『ぬぅ・・・』
『私がこの女の力を引き出すことそのものが気に食わないというのであれば、おまえたちの方で勝手にセーブするがいい。
・・・この人間たちの反発を招かない範囲でだがな』
『・・・・・・。
無用な気遣いだ』
「建御雷様・・・」
『言う通りにしてやるがよかろう。
・・・加賀瀬美佳』
「・・・」
タケミカヅチは手にした直刀を鞘に収めながら、言葉を続ける。
『癪だが、そのルシファーの言うことも一理ある。
・・・確かに、京の地やそこに住まう人々に全く被害を出さずに残党どもを殲滅するというのは、少し現実的とは言い難い。
そなたらが起てば、兵を募りやすくもなろう』
「・・・いいのか?」
『お上は納得すまい。
・・・が、わしが責を取るゆえ、そなたらは気にせずともよい』
「・・・」
『だが、これだけは肝に命じよ。
事の元凶は、あくまでそのルシファーだ。
今は利害が一致しておるゆえ看過するが、いずれは大和から排除せねばならぬ「敵」だ。
・・・目先の施しに目が眩んで、本質的な「敵」を見失ってはならぬ』
『・・・・・・』
・・・しかし言葉とは裏腹に、その手が直刀の柄から離れた途端
タケミカヅチを覆っていた険も消えたように感じられた。
『・・・では、剣を構えよ。
おまえの中にある我が分霊を、少しだけ解放しよう』
―――ルシファーが差し伸べてきた右手に対し、美佳はやや緊張した面持ちで神剣の切っ先を伸ばした。
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