あらびとがみ

「・・・・・・・・・・・・」


―――轟音と、砂煙とが鎮まった時、そこに立っていたのはただ一人だけだった。


「・・・美佳・・・」


ぶざまに尻もちをついてへたり込んでいる俺とは対照的に、美佳は依然としてその場に立ち尽くし、身じろぎすらしない。


「・・・」


俺は無意識に視線を投げ掛けるべき先を求め、ようやく粉塵が晴れた周りの景色をふいっと流し見る。


周囲はやはり、岩。岩。岩。

宿魂石の山頂に散在していた大小さまざまな岩々が、俺と美佳を取り囲むかのように、辺り一帯に集中して落とされたのだ。


下敷きになったアインは・・・おそらく、人の形すら留めてないだろう。


「・・・・・・っ」


物理的な意味では、今まで体験した超常現象の中でも最も強烈だったが・・・しかし、それすらも今の俺にとっては、最も優先すべき確認事項の前では棚上げしておかねばならないことだった。


「・・・・・・・・・・・・美佳」

「・・・・・・」

「・・・って、呼んでいい・・・のか?

 お前のこと・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


そう。

この美佳は、果たして俺が知っている加賀瀬美佳・・・なのか?


「それとも・・・お前は」


―――『天津甕星アマツミカボシなのか?』


「・・・」


・・・口を突いて出そうになったその言葉を、思わず呑み込む。

この期に及んで実に意気地なしなことだったが、肯定されてしまうのがたまらなく嫌だった。


「・・・」


その呼びかけには応えず、美佳は無言でこちらを振り向く。

その表情は・・・


「!」


・・・苦笑していた。


「それがね・・・。

 わたしにも、よくわからないの」

「・・・は・・・」


苦笑して、そして困っていた。

実に人間的な、人間臭い困り顔だった。


「・・・わたし、さっきから、ふだんのわたしじゃぜったいに言えないようなことをペラペラとしゃべってるでしょ?

 いつもみたいにしゃべろうとすると、なぜか知らないはずのことばかりすらすらと出てきちゃうのよ」

「・・・」

「わたしのなかの『神様』が、そうさせているみたいだけれど。

 だから、よくわかんないの。

 そもそも、こんなことできちゃってる時点で・・・ね」


ふいっと、美佳は今一度、己が作り上げた岩の列柱を振り返る。


「・・・わたしがこの岩を操ったのか、それともこの岩にわたしが操られているのか・・・。

 そんな、奇妙な感覚がある。

 ・・・あなたのこと、好きって気持ちは、変わってないつもりだけれど」

「っ!」


・・・思わず、唇を噛んで身構えてしまった。

何気に、正面きって言葉で直接好意を伝えられたのは初めてだった。


「・・・・・・。

 ・・・あーもう、バカバカしい。

 だったら、お前は確実に俺の知ってる美佳じゃねーかよ」

「・・・え?」

「そんな恥ずかしいこと、神様が・・・つーか、お前以外に正面きって俺に言ってくるヤツなんて、いるわけないだろ。

 ・・・ああっ、悩んで損したよ」


俺のその言葉を聞いて、美佳の表情がふっと緩む。

どう見ても、俺の知ってる美佳の顔だった。


「ちょっと自惚れてない?今の言い方って」

「そうじゃねーよ。

 俺みたいなのに執着する物好きは、お前くらいのもんだっつってんの」

「そうかしら。ゴモリーとかいるじゃない」

「あの悪魔ひとは恋愛感情とかで俺にちょっかい出してくるわけじゃねーだろ。

 つーか、そもそも本来の目的はお前なわけだし」

『・・・そう・・・とも・・・』

「っ!?」


と。

突如、俺と美佳の緩い痴話を、か細い男の声が遮ってきた。


「・・・!」

「・・・・・・まさか」


声は、地中・・・と言うか、立ち並ぶ岩のうちの一つの、さらにその下から響いてきたように聞こえた。


『・・・・・・・・・・・・がぁァあアッ!!』


次の瞬間。

その岩の下半分が、爆炎を伴って弾けた。


「・・・うぉおっ!!」

「・・・・・・」


続いて、その炎の中に浮かび上がる、一つの人影。


・・・いや、人影と呼んでいいのだろうか。

そう呼ぶには、それは・・・あまりにいびつで、あまりにひしゃげ果てていた。


「アイン!!」

「・・・・・・。

 しつっ・・・こいわね」


ふらふら、よたよたと、ひしゃげた人影が歩み寄ってくる。

ヒル人間などよりも、よっぽどのろのろしく、たどたどしい足取りで。


『・・・こッ・・・

 ・・・・・・く』

「・・・」

『・・・ク カ カ カ カッ・・・

 こ・・・の、

 よ・・・・・・く、も・・・ぉお、ぉ・・・・・・っ!』

「・・・」


ただでさえ、ヒル人間の攻撃により無惨に爛れていた体表を

どす黒い体液のようなものが流れ落ちていく。

左腕の肘より先と、右脚の足首より先がなくなっていた。

両肩の猫頭と蛇頭は見る影もなく潰れ、特に左側は抉り取られたかのように肩ごとこそげ落ちている。


悪魔の具体的な生命力の程度など、俺には知る由もなかったが・・・。

それにしたって、とても戦いを続行できるような状態には見えなかった。


『ゴモ・・・リ――――・・・!

 よくもっ・・・ゴモリー・・・っ!!

 キサマさえ、肩入れっ・・・せね・・・ばぁあぁっ!』

「・・・ちょっと。

 あなたをそんなザマにしたのは、ゴモリーじゃなくてわたしなんだけど?」

『聞こえておろうッ!ゴモリー!

 なぜっ・・・かように人間の肩を持つのだ!?』

「・・・・・・」


アインは半狂乱のざまで、虚空めがけてわめき散らしている。

『聞こえておろう』と訴えかけているアイン自身、美佳の言葉が聞こえていないようだった。


『キサマも!

 ・・・ルシファーもッ!』

「!」


・・・『ルシファー』・・・?


「・・・おい。

 ルシファー、って・・・」


俺はその聞き覚えのある単語について、思わずアインに聞き返そうとしたが・・・


『あるべき力を、なぜ素直に求めようとしない!?』


・・・相変わらず、アインには俺たちの声は届いていないようだった。


『大和の神々など、凌駕する力があるはずなのに!』

『―――ソれはナァ、あノ御方のオ考えガ、汝の如キ下俗にハ及びモツかヌ領域にアルかラダ』

「っ!?」

「・・・!!」


・・・唐突だった。

半狂乱のアインの言葉に冷たく差し込むかのように、

背後から、いきなり、予想だにしない声が届いてきたのだ。


予想外の・・・だけれど、ひどく聞き覚えがある、ひどく不愉快な、無機の声が。


『・・・!

 キサマ・・・は!』

「・・・ア・・・」


背後へ振り向くと、そこには。


「アンドラスッ!!」




―――そう。

猛禽の頭部を頂く、黒い天使の姿の魔神が、俺たちの背後上空に佇んでいた。

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