祭りの朝

「―――では、今より要領を説明する」


軍隊の教官さながらのたたずまいで口を開いた警備員姿の軍神に、俺と美佳は思わず背筋を伸ばした。


―――8月16日土曜日、午前10時44分。

天気は晴れ。



・・・の、はずだった。

少なくとも、つい10分ほど前までは。


前日、あのまま社務所の客間を借りて床に就いた俺たち三人は、起床後揃って朝食を済ませると

各々のやるべき確認作業を終えてから『ここ』へと集合した。


・・・正確には、集合したというよりも『いつの間にか連れてこられた』と表現すべきだったが。


「・・・ちょっと待て。こっちは何も聞いてないぞ。

 つーか、まずこの状況を説明してくれよ」


何となく察しはついていたものの、俺はある種の懐かしさすら覚えるこのシチュエーションに

うんざりした思いで空を見上げる。




・・・見渡す限り、真っ暗闇。




もちろん、夜空というわけではない。時間帯的にありえない。


・・・まあ、ある意味そっちの方がまだ正常だったが・・・。


「見ての通りだ。そなたらには今さら説明するまでもあるまい」

「そういうことを言ってるんじゃねえよ。

 『ここ』に引きずり込むなら事前に言えよな」


しれっと答えたタケミカヅチに、俺は無気力に抗議の声を上げた。


そう。ここは異次元結界内。

巨大な天蓋でも被せられたかのような暗黒の空と、それとは不釣り合いに妙に明るくはっきりと見える、境内の木々や各社殿。


タケミカヅチから召集の連絡があった後、社務所を出て境内の指定された場所へと向かっていたんだが・・・・・・気が付いたらこれだ。

結界術に引き込むには不意打ちじゃなければいけないというルールでもあるんだろうか。


「すまぬが、あまり段取りに時間を割いてるいとまがない。

 状況が少しだけ、こちらに不利になりかけておってな・・・」

「はあ?」


・・・悪魔を無理矢理人間に倒させようとする以上の不利要素もないと思うんだが。


「・・・アインとアンドラスが合流しつつある」

「!」


刹那、美佳の肩がぴくりと震えたように見えた。


「ちょ、待て待て待て。

 そもそもどういう状況だ?

 あんたら、悪魔どもの同行をそんな正確に把握してるのか?」

「むろん、しているとも。

 ・・・なにしろ、先ほどそのアイン自身と交渉してきたのだからな」

「は・・・」


タケミカヅチから無下もなく漏れた一言に、俺は思わず言葉を詰まらせた。


「・・・・・・。

 ・・・分かるように説明してくれ」

「ふむ・・・」


タケミカヅチは俺と美佳と勝史さんとをゆっくり見渡すと、再び口を開く。


「まず、これは昨日・・・高加 索、そなたが指摘したように、

 政治的な取り決めの元に行われる『決闘』だ。

 もっと言い換えれば、国家間の条約下で行われる戦争とも言える」

「戦争・・・」

いくさには規定が要る。殺し合いなれど・・・いや、殺し合いなればこそ、厳格な規定が要る。

 踏み越えてはならぬ境界線の先にはもう一重ひとえ、さらに踏み越えてはならぬ境界線というものが存在する」

「・・・」


それだと、これから俺達に課そうとしている戦いが『踏み越えてはならないラインを越えている』と自ら認めていることになるが・・・。


・・・神様のくせに。


「それがその、アインとの交渉なのか?」

「然り。

 ・・・昨夜そなたらを獲り逃がしてからというもの、アインめはこの大甕神社の周辺と、異次元世界にある偽りの大甕神社境内との間をうろうろと彷徨っておる」

「私達を、すぐ外で待ち伏せしている・・・ということですか?」


勝史さんの問いに、タケミカヅチが無言で頷く。


「・・・だが、あやつめもそろそろしびれを切らしておってな。

 アンドラスを呼び寄せ、二柱掛かりでこちらに圧力を掛けようとしておるのだ」

「・・・うん?

 なんか、違和感があるなそれ」


俺が漏らした一言に、タケミカヅチがこちらを振り向いた。


「むしろ、なんで今まで合流しなかったんだ?

 ぶっちゃけ、アンドラスと言わずあいつらの仲間全員で大甕神社に包囲網を仕掛けていてもおかしくない状況だろうに」


・・・正直、絶望的すぎてあまり口に出したいことではなかったけれど・・・。

かと言って、想定しないわけにもいかないシチュエーションだった。

確実に目的を遂げるためなら、どう考えたってそうするべきだろうし。


「・・・・・・。

 ・・・独り占めしたいのだ。手柄を・・・」

「・・・・・・」


そう発したタケミカヅチの言葉には、かすかに呆れのようなものが込められているように聞こえた。


「・・・希伯来へぶらいの七十二柱どもが、いかな集団かは存じておるか?」

「悪魔の貴族だろ?地獄だか魔界だかに、軍勢と爵位とを持っているっていう・・・。

 それが72体集まったのが、ソロモン72柱の悪魔だって」


・・・重ね重ね思うけど。

改めて口に出してみると、『実在するもの』と自然体で認めるにはあまりに荒唐無稽な設定だ。


「然り。

 ・・・言い換えれば、彼奴きゃつらはそのそれぞれが独立した権勢と領分とを有しておるのだ。すなわち・・・」

「・・・スキあらば、お互いを出し抜こうとしてる・・・か?」


タケミカヅチは再び無言で頷く。


「人間と変わらぬ。

 領分があり、領主がおれば、そこには打算と利害とが生まれ、いずれはかりごとが横行する。

 ・・・王とか、貴族とか、政治家とか、官僚とか・・・時代によって呼び方と在り方はある程度変わっていくが、本質は変わらぬ」

「・・・俺らから見れば、あんたらだってそう変わったもんじゃないぞ。

 俺らを試すためにさんざん回りくどいことしてきたし、

 現に今だって政治背景を口実に俺らを利用しようとしてるじゃないか」

「・・・そうだな」


否定するでもなく、タケミカヅチは色のない声で俺の言葉を受け流す。


「昨日、武葉槌たけはづち殿が言っておったように、あやつらの足並みが揃っておらぬのも恐らくはそれが一因だ。

 希伯来へぶらいの者どもは便宜的に諸侯として一まとめにされておるだけで、利権という点ではむしろ鞘当てが絶えないような間柄なのだろう。

 ・・・だが、そこに付け入る隙がある」


タケミカヅチは軽く咳払いすると、改めて俺達三人を順番に見渡した。


「アインと交わした取り引きは至って簡潔だ。

 アンドラスを呼び寄せずに単身のままでいるならば、この結界内でそなたらと引き合わせてやってもよい・・・と、我らから持ち掛けた」

「・・・俺らの了解を取らずにか」

「そなたらは戦うこと自体は既に了承しておったであろう。

 地の利があるこの結界内で敵を孤立させつつ戦えるならば、これ以上の条件はあるまい」

「それは・・・そうだけど」


にしてもワンマンなことだ。

まあ、悪い意味で神様らしいと言うべきか。


「・・・では、本題だ。

 今から一刻後、アインをこの今我らがいる結界内に引き込む。

 アインが一旦侵入してきて後は、わしや・・・経津主ふつぬし武葉槌たけはづち殿は、この結界内での出来事に一切干渉せぬ。

 ・・・声も掛けぬ」

「・・・・・・」

「・・・だが、置き土産は残していく」

「置き土産・・・?」


タケミカヅチは警備員服のネクタイを軽く正しながら、言葉を続ける。


「危ういと感じたら、どこでもよい。

 『門』をくぐれ」

「門?」

「うむ。

 社殿の扉でも、社務所の入り口や窓でも、何でもよいが・・・。

 とにかく、門・・・と言うか、なにかしら『出入り口の形状をしたもの』をくぐるという行為だけでよい。

 それだけで、別の結界・・・すなわち、異なる次元へと逃避できる」

「・・・えっ、と・・・。

 その『門』ってのは、例えば鳥居とかでもいいのか?」

「そうだな。

 とにかく、『くぐる』ことができる形状のものだ。

 くぐった瞬間にそなたと加賀瀬美佳がまとめて転移するよう、術を設定してある。

 ・・・でなければ、もう片方が孤立してしまうからな」


・・・そんなことまで出来るのか。

聞いた感じ、利便性が高すぎて逆になんかピンと来ないけど・・・。


「転移先でもう一度どこかしらの門をくぐれば、またアインのいる元の次元に戻ってこられる」

「・・・山海高校の裏門に平行次元への入り口を設けたのと、似たような原理か」


俺と美佳にとっては忌まわしい体験だったが、まさかこんな形であの現象を味方につけることになるとは・・・。


「まあ、そう理解してもらえば問題ない。

 ・・・これから一刻のうちに、そのカラクリの周知を含めた最終確認を行う。

 その後は、そなたら次第だ。

 ・・・武運を祈る」

「・・・・・・」


・・・あんたは武運を祈る側じゃなくて、与える側だろうに。

とんだ職務放棄もあったもんだ。

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