神域にて

「・・・うむ。

 無事に辿り着いてくれたな」


―――大甕神社・入り口前。

そこに構える白鳥居横の駐車スペースで車から降ると、例の警備員たちは既に駐車して俺たちを待ち構えていた。


「・・・随分早いですね」


勝史さんが車にロックをかけながら、警備員に声を掛ける。


・・・雇った側だけが丁寧語を使うというのも、なんか妙な感じだが・・・。


まあ、今はそんなことを言っている場合じゃないか。


「我らはそなたらとは違い、アインの標的にはされなんだからな。

 まあ、当然ではあるが」


・・・何が当然なんだ。


「約束通り、我らが知ることを話そう。

 まずは社務所に着いてからだが・・・」

「・・・あの」

「うちに『通達』を送ってきていた方も、社務所に今いらっしゃるんですか?」

「ちょっと」

「うむ。

 今もそなたらのことを待ち侘びておるであろう」

「ねえ」

「それを知るということは、やはりあなた方はこの大甕神社とも通じて・・・」

「・・・ぅおいっ!!うおおーいっ!!」


淡々と話を進める勝史さんと警備員に、俺は必死に声をかける。


「・・・ん、どうした高加君」

「どうしたじゃねーよ!!

 ・・・『これ』!!『これ』どうすんのさ!!

 ・・・・・・『これ』っ!!」


・・・俺は己の頭から、まるで巨大なワカメのようにのしかかっている黒い物体へと目を向けながら必死の大声を上げた。


「どう、って・・・。

 ・・・もちろん連れていくつもりだが」

「じゃあ運ぶの手伝ってくださいよ!

 重い!・・・潰される!!」


その黒い物体は、俺のすぐ耳元で健やかな寝息を立てている。




・・・言うまでもなく、昏睡してしまった美佳だ。




「・・・いやほら、美佳ちゃんの性格的に、君がおぶっていった方が目を覚ました時に喜びそうだろう」

「そんなことどうでもいいでしょ!

 ここの神社の構造とか知らないけど、社務所までまだけっこう歩くんじゃないんですか!?」

「・・・と言うかな、君がいるのに俺がおぶったりしたら、美佳ちゃんが目を覚ました時に半ギレされそうだし・・・。

 高加君、小柄な割には力持ちだからイケるだろ?」

「はああっ!?」


・・・この人は何を言っているんだ・・・。


「・・・ほう。

 そなた、小兵な割に力持ちなのか?

 それは良いことだ。近年はこの国も、貧相なばかりが幅を利かせてしまってなあ」

「・・・」


・・・この警備員も何を言っているんだ・・・。


「・・・うむ。ならばそなた一人で社務所まで加賀瀬美佳を運んでみせよ。

 さすれば後ほど、施しをくれてやろう」

「・・・・・・」


・・・・・・この人たちは一体、何を言っているんだ・・・・・・。


て言うか、重い。潰される・・・。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・なんだ、これ・・・」


白鳥居を抜けて参道へと入った俺たちは、そこですぐさま足を止めて絶句してしまった。


燃えがらと化した木々。

叩き壊された橋。

崩れ落ちた燈籠・・・。


入り口の外側からではよく見えなかったが、神社の境内は無残に破壊し尽くされてしまっていた。


・・・まるで、大火事にでも遭ったかのように。


「ふむ・・・。

 アインめ、随分と派手に当たり散らしてくれたようだな」


しかし愕然とする俺や勝史さんとは対照的に、二人の警備員は平然としている。


「ちょっ、あんたら何落ち着いてるんだよ?

 どう見てもこれ、大惨事―――」


と。

そこまで言いかけて、俺ははたと我に返る。


・・・なんでここまでの惨事の報せが、加賀瀬家にまで届いていないんだ?

と言うか、こんなの絶対テレビや新聞でニュースになってるはずだし。


「・・・・・・」


百歩譲って、俺たちが加賀瀬家を発った後で火事かなんかが起こったにしても、あまりに静かすぎる。

もっと煙とか匂いとか出ているはずだし、警察車両や消防車両のたぐいも見当たらない。

つまり・・・。


「・・・建部さん・・・でしたっけ?」

「・・・」

「・・・つまり、これ・・・。

 ・・・・・・そういうことですよね?」


三回目の左折からここに辿り着くまで、ついぞ明かりが灯った民家も、すれ違う対抗車両とも、道行く歩行者とも遭遇しなかった。

つまり、ここは。


「うむ。

 蛭子ひるこ殿の言葉通り、察しが良いようだな・・・

 ・・・経山つねやま!!」


そこで、経山つねやまと呼ばれた―――今まで一言も発していなかったもう一人の警備員はやはり無言で頷くと、

燃えがらと化した木々の合間へと歩いていった。


・・・そして、その燃えがらの一つの前で足を止める。


「!」


いや、燃えがらじゃない。

と言うか、焼けていない。

焼きつくされた木々の中でただ一つ、『それ』だけは煤けていない。


「・・・あれは・・・」


『それ』とは、切り株だった。




・・・いや、それも違う。

丸太だ。

表面を滑らかに整えられた丸太が、地面に垂直に埋め込まれていたのだ。


「・・・」


・・・地面に垂直に埋め込まれた、『丸太』・・・。


俺にとっては忌まわしく、またほんのちょっとだけ懐かしさすら感じる光景だった。


「・・・ぬんっ」


小さな掛け声と共に、経山と呼ばれた警備員が丸太の切り口部分を右手でぺしんっと軽く叩いた。


そして、次の瞬間。


「!!」

「―――うおっ!?」


周囲の風景が、一変した。




鬱蒼と繁る木々。

掛けられた橋。

そびえ立つ石燈籠。




・・・破壊と呼べるような跡など何一つない、平穏無事な境内の景観がそこにはあった。


「・・・これは、一体・・・」


勝史さんはさすがに面食らったようで、目を丸くしながら周囲を見回している。


「・・・偽物ですよ。さっきまでのは・・・」


俺の方は特に感慨も湧かず、ただぼそりと漏らす。


「偽物・・・?」

「ええ。

 ぶっちゃけて言うと、ついさっきまで俺たちがいたのは一種の平行世界・・・異次元空間ってやつです。

 ・・・俺たちはあの三回目の左折の直後から、ずっと異次元空間を通ってここに向かっていたんだ。

 アインからの追跡が唐突に途絶えたのも、住宅街のさ中だったのにいきなり人の気配が消え失せたのも、つまりそういうことです。

 ・・・で、今ようやく現実世界へと戻ってきたわけだ」


つまり、当初の推測とは真逆。

俺たちは三回連続で左折することによって異次元結界から現実世界へと脱出したのではなく、逆に現実世界から異次元結界へと逃げ込んでいたのだ。


西宮先生が教えてくれた、八門遁甲結界のルール―――すなわち、特定の道を正しい順序で通らなければ脱出できないというのであれば、侵入にもまた同じようなことが言えるのだろう。


「つまり、それは・・・

 ・・・君と美佳ちゃんが一ヶ月前に遭遇したという、ヒルコの異次元結界と同じ現象ということか?」


俺は無言で頷く。


「理解が早くて助かる」


と、そこで建部さんが会話に割り込んできた。


「・・・なんで最初から説明してくれなかったんですか?

 事前に教えておいてくれれば、アインに追跡され始めた時だってあんなに焦ることはなかった」


俺は声色に抗議のニュアンスを込めながら、建部さんに問いかける。


「ある程度追い込まれなければ、そなたらも我らの言葉に耳を傾けなかったであろう」

「・・・それだけ?」

「それだけだ」


・・・気に食わない回答だった。

こっちは異次元結界の実在を知っているんだから、ちゃんと一から教えておいてくれれば別に追い込まれなくとも話に耳を傾けたと思うんだが。


「・・・に、しても、聡明なことだな。

 いくら一度はその身で味わっているとは言え、凡庸な人間ではなかなかそこまでするりと受け入れられはすまい」

「さっきの電話で、建部さんが美佳の力を把握しているかのようなことを言っていた時点で、『もしかして』とは思いましたからね。

 ・・・って言うか、今の俺にとってはもっと差し迫った危機があるし」

「危機?」


俺は背中におぶった黒い物体を担ぎ直しながら、言葉を続ける。


「頼むから、早いとこ社務所まで案内して下さい。

 ・・・こいつほっそりしてるけど、見た目より重いんですから・・・」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「―――ようこそおいで下さいました。

 さぞやお疲れになったことでしょう」

「・・・・・・ま・・・

 ・・・まった、く・・・・・・です・・・・・・」


俺は畳敷きの社務所内に敷かれた布団へ美佳を横たえると、息を切らしながら座布団の上にどっかと腰を下ろす。

我ながら不躾極まりなかったが、そんな気遣いをしている余裕は今の俺にはなかった。


「・・・建部殿の仕業ですな。その様子は・・・。

 客人を試すようなことをして」


俺達を迎えてくれた初老と思しき男性が、困ったような目つきで建部さんの方を見つめる。


「いや、この高加索な、小兵の癖になかなか見所がある。

 やはり蛭子殿が言うだけはあるな」

「・・・」


・・・どちらかと言うと、全く意味不明な理屈で俺に文字通りの重荷を押し付けた勝史さんの方にこそイラついたんだが。

これが西宮先生だったら、すぐさま肩を貸してくれていたのに。


肩で息をつきながらその勝史さんへと目を向けると、俺の不様とは対照的にびしっと背筋を伸ばし、神妙な面持ちで正座している。


・・・神職が聖域で礼儀正しく振る舞うのは、ごくごく当たり前のことなんだろうが・・・。

にしても、なんとなく納得いかないものを感じた。


「今、お茶を煎れましょう。

 それまでどうか、身体をお休めになっていて下さい」


言うが早いか、初老の男性は給仕室があると思しき襖の向こうへそそくさと引っ込んでしまった。


「・・・宮司さんですか?この神社の・・・」


男性が座敷を後にすると同時に、俺は息を整えながら勝史さんに耳打ちする。


「いや、違う。

 ・・・と言うか、面識がない。初めて見る人だ。

 メールでは何度かやり取りしているはずだが・・・」


男性は立派な袴装束に身を包んでおり、それなりの地位の人に見えた。

わざわざ大甕神社の名義で加賀瀬家に通達をよこすくらいだから、てっきり宮司さんかそれに類する地位の人だと思ったんだが。


「お待たせしました。

 ・・・お茶請けはきんつばでよろしいかな?」


と。

襖が開き、件の男性がお盆を携えながら再び姿を現した。


「えっ?

 ・・・あ、いえ、おかまいなく・・・」


って言うか、はええ。

座敷を後にしてから一分と経ってないぞ。


大武おおたけ殿。茶も良いが、そろそろ本題に入ろうぞ。

 この者達も焦れておるはずだ」


建部さんが男性――今、大武おおたけと呼んだその人へ、しびれを切らしたように声をかけた。


「・・・そうですな。

 ・・・・・・申し遅れましたが、私は大武。

 この社務所の管理を任されておる者です」

「加賀瀬神社を宮司として預かっている、加賀瀬勝史です。

 メールでは何度か・・・」

「高加索です。

 ・・・で、そこで寝てるのが加賀瀬美佳です」


俺はのん気な寝息が聞こえてきている後方の布団へ、ちらりと目配せする。


「はい。よく存じ上げております。

 では、本日招喚させて頂きました件ですが・・・」

「・・・あの、その前にちょっといいですか?」

「・・・・・・はい?」


大武さんの言葉を遮って、俺は切り出した。


「・・・高加君?」

「まず、建部さんと経山さんがなぜ・・・

 ・・・その、異次元結界を操れたんですか?

 そっちをまず説明して欲しいんですが」

「・・・」


無礼は承知だったが、先に進む前にまずそこだけはハッキリさせておきたかったし、当然の疑問だと思った。


「建部さんと経山さんは、あくまで警備会社の人間ですよね?

 島取しまとり警備会社・・・でしたっけ。

 その二人が、なんで・・・」

「・・・島取警備会社などという会社は、存在しない」


と。

それまで一言も発していなかった経山さんが、唐突に口を開いた。


「え・・・」

「・・・どういうことです?

 私は確かに、島取警備会社と契約を結んだはずだが」


そう言った勝史さんの表情には、若干の不信感が見て取れた。


「島取警備会社というのは、私とこの建部が加賀瀬一族の近辺に自然に潜入するための方便・・・つまり、君らが言うところの幽霊会社というやつだ。

 警備員としての仕事は真面目にやったつもりだが、不服というなら契約金は返却しよう」

「ちょっ、そういう問題じゃないでしょ?」


開き直るかのような経山さんの言い草に、俺は抗議の声を上げる。


「いや、って、言うか・・・。

 ・・・じゃあ、あんたらは何者で、どこから来たんだ?

 ・・・・・・なんでヒルコと同じ術が使える!?」

「一ヶ月前にそなたらを陥れた結界術のことか?

 あれは蛭子殿の術ではないぞ」

「はあ!?」


建部さんからの意外な一言に、俺は思わずそちらへと振り向く。




「一ヶ月前、あの術をそなたらに仕掛けたのは、他ならぬわしとこの経山なのだからな」




「・・・・・・・・・・・・」


・・・絶句してしまった。


「正確には、操作は蛭子殿に一任していたが、術自体を施したのはわしと経山だ。

 ・・・水死者を操った術は、確かに蛭子殿のものだが・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「まあ、落ち着け。

 ・・・高加索よ。それをこれから筋が通るように説明しようというのだ。それが聞けぬそなたではあるまい」

「・・・・・・・・・・・・」




・・・・・・どういうことなんだよ、一体・・・・・・。


悪い夢でも見ている気分だった。

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