七つまでは神のうち(前)

「・・・そなたには、済まぬことをしたと思っておる」

「・・・」


未だ頭の中を整理できないでいる俺に対して、建部さんがわずかに顔を伏せりながら切り出してきた。


「だが、巻き込んだのは我らなりにそなたを評価してのことだ。

 最初こそ、加賀瀬美佳のみを標的にするつもりであったが・・・」

「評価・・・?」


建部さんは頷きながら、言葉を続ける。


「そなたらも何となく察しておろうが、我らはある『もの』を求めて行動している。

 ・・・全ての行動原理はそれだ。一ヶ月前に蛭子ひるこ殿がそなたらに接触したのもな」

「・・・」

「だが、我らはそれを奪うとか、勝ち取るとか・・・そういう蛮行によって得たいわけではない。

 ・・・なぜなら、『それ』は元より我々の手の内にあるものだからだ」

「・・・?」


要領を得ない言い草だった。


いにしえの昔より、ずーっと、ずーっと、今もなお、な。

 ・・・だが、より厳密に管理し、改めて我らの手中にあることを強烈に主張せねばならね事案が発生した。それが・・・」

「・・・あのアンドラスやアイン・・・か?」


建部さんは無言で頷く。


「あやつら希伯来へぶらいの者がこの大和に飛来したのは、今から三年前のこと。

 ・・・それ以来、我らは水面下で奴らと闘争を続けている」

「・・・・・・」

「・・・が、それがもはや水面下では収まりきらなくなりつつあるのだ。

 その一端が、昨日と先ほどの事案・・・奴らが、直接そなたらを襲撃した件だ」

「・・・それに関しては、あんたらだって似たようなもんじゃないのか?

 一ヶ月前に俺と美佳を『襲撃』したろう」


アンドラスたちは『襲撃』で、自分たちは『接触』か。

何となく言い草が気に食わなくて、俺はやんわりと抗議の声を上げた。


「そなたの立場からすると見分けがつかぬかも知れぬが、我らは希伯来へぶらいの者とは異なり、そなたらを殺めるつもりなどない。

 蛭子殿もそう申しておらなんだか?」

「・・・よくもぬけぬけと」


俺は語気を強めて言葉を続ける。

・・・正直、苛立っていた。


「一ヶ月前に山海高校であんたらが仕掛けてきた異次元迷宮化の術、あれの中には引っ掛かれば明らかに死に至るようなトラップがいくつかあったぞ。

 その上でそんなことを言うのか?」

「・・・」

「だいたい、あのヒル人間はなんだ?捕まれば確実に殺される勢いだったじゃないか!」

「・・・蛭子殿が水死者をけしかけたのは、そなたらにただ危害を加えるためではない」


俺の剣幕を受けて、建部さんがこぼすように漏らした。


「はあ!?」

「・・・いや、捕まれば結果的に危害を加えられることになるであろうから、その表現も正確ではないが・・・。

 だがそなたら結局、誰一人として水死者に捕まらなんだからな」

「・・・言ってる意味が分からんぞ」


と言うか、さっきからずっと要領を得ないんだけれど。


「・・・まず、死に至る罠を仕掛けていたのは認める。

 しかしそれは、そなたらがそんなつまらぬ罠に引っ掛かるような愚か者ではないと認めたからだ。

 実際、加賀瀬美佳の星読みさえあれば引っ掛かりようがないような場所ばかりであったろう」

「引っ掛かりづらければ即死するようなトラップを仕掛けていいってどういう理屈だ!!」


俺はこらえきれず、つい声を荒げてしまった。


「まあ、聞け。

 我らは何も、そなたらを弄ぶためにそんなことをしたのではない。

 ・・・だが、そなたらをある程度追い込む必要があった。

 死に物狂いにならなければ死ぬ、くらいに危機感を煽る程度にはな」

「・・・」


俺は唇を噛みながら、浮かした腰を再び畳へと下ろす。


「水死者・・・そなたらがヒル人間と呼んでいる者もそうだ。

 捕まれば殺される、くらいに危機感を煽るのがちょうど良かった。

 ・・・正確には、そなたらと言うか・・・追い込む必要があったのは、加賀瀬美佳に対してだが」

「・・・それが、あんたらやアンドラスたちが美佳を狙う理由に関係あるってことか?」


建部さんが再び無言で頷いた。


「結論から言うと、蛭子殿が加賀瀬美佳に接触したのは、彼女の力試しと・・・

 ・・・『保護』のためだ」

「保護っ・・・?

 あんな殺しかねない勢いで襲っておいて、なにがっ・・・」

「良いから聞け。

 保護と言っても、傷つけぬように守るとか、そういうことではない。

 もっと言うと、必ずしも加賀瀬美佳自身を確保したかったわけでもない。

 そなたの言うように、その過程では加賀瀬美佳は確実に負傷していたであろう。

 ・・・我らの当初の目論見通りに事が運んでおったならば、だがな」

「・・・」


建部さんは正座を崩して右膝を立てながら、なおも言葉を続ける。


「・・・厳密に言うと、我らが保護したかったのは彼女自身ではなく、彼女が持っている力だ」

「・・・星を見る力のことか?」

「そうだが、あれはしょせん漏れ出た力の一端・・・本質ではない。

 彼女が抱える『もの』は、もっと深遠で遠大なのだ」


・・・。

あの異能が、力のほんの一部・・・?


「・・・なぜ、加賀瀬美佳にかような異能が備わっていると思う?」

「・・・」


じいさんに『才能』を鍛えられたから・・・だが、建部さんが問いたいのはそういうことではないんだろう。


「・・・なんとなく、加賀瀬の血統っていうか・・・

 加賀瀬神社で祀ってる、天津甕星アマツミカボシって神様が関係してるのかな、としか・・・」

「その天津甕星がいかな神かは知っておるか?」

「星神・・・で、なんか反逆者だか・・・

 ・・・堕天使?っぽい神様だったって・・・」

「・・・建部殿。そこから先は私からお話しましょう」


と。

それまで黙って成り行きを見守っていた大武さんが、突然間に割って入ってきた。


「・・・高加君。

 この大甕神社で主と祀られている神が誰かはご存じかな?」

「・・・え?

 その天津甕星ですよね?」

「・・・参詣者の中にもそう思っている方がおられるが、厳密には違います」

「・・・え・・・」


意外だった。

天津甕星を祀っている加賀瀬神社の本社なら同じ神様を主祭神としているとばかり思い込んでいたし、神社名からして大『甕』神社なのだから。


「・・・確かに、この大甕神社は天津甕星の御霊みたまを封じたとされる霊石が鎮座ましましており、かつ全国で最も天津甕星とゆかりの深い神社です。

 だから、そう思われるのも無理はない」

「・・・」

「先ほどの建部殿の質問ですが・・・。

 天津甕星がいかような神かはご存じかな?」

「え、ですから、星神で・・・」

「そういうことではなく、なぜこの大甕の地にその御霊を封じた霊石が存在しているかという、その経緯・・・

 ・・・言ってしまえば、神話上でいかに活躍したかということです」

「・・・」


俺は思わず勝史さんの方へと振り返ったが、勝史さんはやはり神妙な顔つきのままじっと黙している。

加賀瀬神社の宮司である勝史さんは当然ながらよく知っているんだろうが・・・

・・・どうやら、この件に関して口出しする気はないようだ。


「すみません。そこまでは・・・」

「・・・ふむ」


大武さんは手に取ったきんつばの包み紙を剥がしながら、顔を伏せった。


「・・・では、天孫降臨と呼ばれる神事をご存じか?」

「テンソン・・・コウリン・・・」


・・・フレーズだけは、どこかで聞いた覚えがあったが・・・。


「天孫降臨とは、記紀・・・すなわち、古事記と日本書紀に記述がある、日本神話上の大きな節目です。

 天孫・・・つまりは天津神々の君子たる天照大御神アマテラスオオミカミの子孫である邇邇藝命ニニギノミコト

 その天照大御神の命を受け、葦原あしはらなかつ国・・・つまりはこの日本の地を治めるため、天より降り立ったことに由来します」

「はあ・・・」

「しかし、神君の統治を滞りなく行うためには、それに先んじての露払いが必要だった。

 当時の大和の地には、纏ろわぬ神々・・・つまりは天津神々に反目する土着の神々が跋扈していたからです」

「・・・」

「そこで天照大御神は、武勇に秀でる二柱の軍神を先遣し、反抗する鬼神たちの平定に努めた。

 ・・・鹿島神宮と香取神宮のことは知っておいでか?」

「カシマ・・・?

 ・・・え、あれ?」


反射的に『知りません』と答えようとして、俺はその言葉を飲み込んだ。

知らなくはなかったからだ。

又聞きの知識ではあったが。


「・・・あ~、っと・・・。

 地脈・・・って言うか、地震を鎮めてる要石があるっていう神社ですよね?

 この県にあるっていう・・・」

「ほう。

 意外と詳しいではないか」


そこで建部さんが、なぜかそこはかとなく嬉しそうな顔で口を挟んできた。


・・・つーか、あんたのせいだよ。


一ヶ月前、あんたらが仕掛けてきた異次元迷宮に対処するため、西宮先生と行った作戦会議の中で鹿島神宮と香取神宮の名前が出てきたんだ。

大地に楔を打ち込むことによって地脈の流れを歪め、地相をぐちゃぐちゃにするあの術が

地脈を制して地震を鎮める両神宮の要石に通じる原理だと。


「・・・正確には、香取神宮が在籍しているのはすぐ隣の千葉県だがね。

 鹿島神宮と香取神宮は非常に近しい場所にあるが、廃藩置県の際に両神宮の間に県境が敷かれてしまったから」


社務所内の壁にもたれかかっていた経山さんが、言葉を繋ぐ。


「・・・話を戻しましょう。

 その葦原の中つ国平定に遣わされた二柱の神こそは、その二社で祀られている武神。

 鹿島神宮の建御雷タケミカヅチ神と、香取神宮の経津主フツヌシ神です」

「・・・」

「彼らの武威は凄まじく、鬼神はおろか石や草木に至るまでもが彼らの強さに震え上がり、従ったといいます。

 ・・・・・・だが」


そこで大武さんは一瞬、言葉を区切った。


「・・・たった一柱だけ、それでも従わぬ神がいた」

「・・・それが、天津甕星・・・?」


大武さんは無言で頷く。


「記紀における天津甕星の記述は、決して多くはない。

 先ほどは地にある鬼神と言いましたが、天津甕星に関してはその名の通り天にあったという記述もあり、はっきりしない。

 高加君が『堕天使のようなもの』と伝え聞いていたのも、恐らくはそれが故でしょう」

「・・・・・・」

「そもそも記紀とは言っていますが、天津甕星が登場するのは日本書紀のみです。

 ・・・だが、その少ない記述の中にあってなお、天津甕星は強い印象を残す。

 ・・・なぜ、建御雷と経津主は天津甕星を従わせられなかったのか?

 天津神々が誇る二柱の軍神をもってしても敵わぬほど強大だったのか、それとも別の理由が・・・」

「・・・あ――――――っ!!

 まだるっこしいっ!!」


と、そこで突然、建部さんがうんざりしたような大声を上げた。


「建部殿・・・」

「・・・大武殿。

 もう良いであろう。

 この高加索は聡い。

 蛭子殿の見立てに誤りはないと、わしも感じた。

 こんな回りくどい言い草をしていても、近い内に察するであろうよ」

「・・・は?」

「私も建部と同意見だ。

 ・・・と言うか、アンドラスやアインに対処させるつもりならば、彼もつわものとして扱うべきだろう」

「・・・」


・・・なんだ。どういうことだ。


「そうだ。この高加索は蛮武こそ用いぬが、知に刃がある。

 なればこそ蛭子殿を撃退し、アンドラスを追い払ったのだ」

「そこの加賀瀬勝史にしてもそうだろう。もはや彼も渦中にいる。

 知らぬままでは、かえって危険に晒すことになる」

「・・・・・・ふむ」

「ちょ・・・おい、待ってくれ。何あんたらだけで分かった風になってるんだよ。

 何の話なんだ?さっきから・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・・・・」


俺が割って入った途端、それまで論議らしきものをしていた三人が一斉に押し黙ってこちらをじっと見据えてきた。


「な、なんだよ?」

「・・・・・。

 ・・・高加索よ。

 なぜ、かつて天津甕星を下そうとした建御雷と経津主を祀る総本社が、この大甕神社の近郊にあると思う?」

「・・・は?」

「そして、なぜ私とこの建部が、わざわざ警備員などに身をやつしてまで加賀瀬家に張り付いたと思う?」

「え・・・」

「・・・それは、見張るためです。どちらも・・・。

 私たちは、務めなければならない。

 ・・・・・・遥かいにしえから。

 それが大御神おおみかみより賜った、我々の使命」


・・・・・・・・・・・・。


「・・・2011年初頭のことだ。

 とある者どもが『とあるもの』を求めて、遥か中東の地よりこの茨城の海へと侵攻してきた」

「私と・・・建部、そしてあの蛭子殿は、『それ』を守るために彼らを迎え撃った。

 戦はかろうじて我らの勝利で終わったが・・・その際、何柱かの敵がこの大和の地へ侵入することを許してしまった。

 ・・・アンドラスやアインがそれだ」

「とは言え、ここは彼らにとっては慣れぬ地。我らの目がある以上、彼らも表立っての無法はできません。

 ・・・できませんでした」

「しかし、あやつらは去年に入り、『それ』を得る上でより効率のよい『出力先』が別に存在していることに気づいてしまったのだ。

 ・・・故に、我らも性急に対処する必要が出てきた」

「そこで私たちはその『出力先』が属しているとある場所に結界を仕掛け、その確保を図った。

 ・・・同時に、その結界内にいくつかの障害を配し、その『出力先』が今現在、いかほどの力を『出力』できるのか、試すことにした」

「ですが・・・。

 私たちは、『彼女』を確保することができませんでした。

 ・・・予想外の存在が、『彼女』の思わぬ助力となったからです」

「だがその時、結界を現場で管理していた蛭子殿がとある提案をしたのだ。

 ・・・曰く、いっそのことその『予想外の存在』に、ひとまず『彼女』を預けてみてはどうか・・・と」

「私と建部は当初、蛭子殿は血迷ったのかとばかり思っていた。

 とてもそんな悠長なことをしていられるような状況ではなかったからね。

 だが・・・」

「蛭子殿は、『彼』のことをいたく気に入っていたようでした。

 ・・・高加君も知ってのように、蛭子殿は姿形こそ異形なれど

 その内実は理知的で思慮深い神です。

 だから私たち三柱も、ひとまず蛭子殿の言葉に従うことにしたのです」

「そこで我らは、同時期にこの大甕神社へ襲撃をかけてきていたアインが起こす小火ぼや騒ぎを利用することにした。

 加賀瀬勝史に大甕神社名義の通達を寄こして警戒を促しつつ、神社施設近辺でばかり起こる不審火を口実に、加賀瀬勝史に警備員の雇い入れを勧めたのだ。

 大甕神社からの紹介という名目で、存在しない警備会社から派遣される警備員を、な」

「そうして私と建部は、警備員に身をやつして加賀瀬家に張り付いた。

 ・・・理由としては、単純に加賀瀬家が希伯来へぶらいの者たちの標的となる可能性が高かったからだ。

 同時に、『彼女』に対する監視と警戒の目を行き届きやすくする狙いもあった」

「かつて、建御雷神と経津主神が・・・現在、この大甕神社が建つ場所に眠っている『それ』を監視するため、それぞれ鹿島神宮と香取神宮を建てさせたように。

 ・・・すなわち・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・もう、ここまで言えば、さすがに理解したであろう?」


建部さん。

経山さん。

そして、大武さん。

それぞれが、呆然と座り込んでいる俺の前に、ずいっと身を乗り出してきた。


「・・・我が真の名こそは、建御雷タケミカヅチ

 ・・・・・・建部とは、人に身をやつす時のかりそめの名」

「・・・我が名は経津主フツヌシ

 ・・・・・・この大和の武神にして、遥かいにしえより天津甕星の御霊を見張り続ける者」

「・・・・・・そして私のまことの名は『武葉槌タケハヅチ』・・・・・・。

 この大甕神社の主祭神にして、かつて天津甕星を下した者。

 ・・・そして、彼ら希伯来へぶらいの魔神たちが狙う『天津甕星の御霊』を、永きに渡って管理して参りました」

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