強襲
「――まあ、まずは本社が持っているであろう情報を得てからだな。
・・・もうじき大みか町に入るが、美佳ちゃん、そろそろ『あれ』をお願いできるか?」
「え?
・・・あ!もう10分経っちゃったか・・・」
美佳は座席に座ったまま上体を屈ませ、足元に手を伸ばす。
「よっ・・・と」
取り出したのは―――木刀だ。
「・・・やっぱり、常に構えてた方がよくない?」
「お前あんま長いこと星を見てると、消耗して眠り込んじゃうだろ。
ただでさえ大甕神社に入ったら昏睡しちまうかも知れないのに・・・」
そう。
進行ルート上になんらかの障害が待ち構えていないか、一定時間ごとに美佳に星を見させて判定しているのだ。
本人が今言ったように、本来なら常時索敵させていた方がいいんだろうが、燃費がいいとは言い難い能力であることはヒルコの件の時に実証されているため、こうやって10分置きで妥協している。
「・・・あ、昏睡中のイタズラはさっちゃん限定で常時受け付けておりますので、どーぞよろしくっ♪」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・こいつは~~~・・・。
「・・・にしても、やっぱり車内だと構えづらいなあ・・・。
・・・よっ、と」
美佳は後部座席の中央に身を寄せると、運転席と助手席の間から木刀の切っ先を前方へと伸ばした。
・・・座席に座ったままでも『構えている』ことになるのかは果たして微妙なところだが、美佳自身が違和感を訴えていないのだから大丈夫なんだろう。
たぶん。
「・・・そういえば、例の
そんな美佳の窮屈そうなフォームを眺めながら、俺はあのアンドラスに装飾を傷つけられたじいさんの木刀のことを、なんとなしに勝史さんに聞いた。
「警察に押収されたよ。
・・・まあ、アンドラスにベキベキにされて、もうどうしようもなかったしな」
俺にはよく見えていなかったが、あの木刀はアンドラスの二度目の剣撃を受けた際に盛大に折れてしまったらしい。
勝史さんによると、折れたというより刀身の中腹部が粉々に砕けて、切っ先と柄の辺りしか残ってなかったそうだ。
今美佳が構えているのは神社の倉にあった稽古用の木刀で、他にも車内に何本かスペアを積んでいる。
・・・むしろよく一度耐えてくれたと、あの木刀には感謝すべきなんだろうか。
「そう言えば・・・今日、警察に行った時に教えてもらったんだが・・・。
・・・あの木刀な、鑑識に回したところ、中に鉄芯が入っていたらしい」
「・・・えっ?」
俺はぎょっとして、美佳が構えている木刀越しに勝史さんを見た。
「な、なんで・・・。
あの木刀、ただの鑑賞用なんじゃ・・・」
「・・・・・・」
勝史さんは黙している。
・・・が、『なんで』と問われれば、想定される答えなんか限られているだろう。
・・・・・・じいさんの書斎に飾られていたことを鑑みれば。
要するに、恐らくは、あの木刀はじいさんが身の危険を感じていたという証の一つなのだ。
「・・・まあ、鉄芯が入っていたんじゃ美佳ちゃんも重くてうまく振り回せなかっただろう。
美佳ちゃんは捌いたり受けたりするよりも、避けたり透かすタイプだからな・・・
・・・美佳ちゃん?」
「・・・・・・」
・・・今度はなぜか、美佳が黙りこくってしまっている。
「美佳?
・・・おい、美佳!」
・・・いや、美佳のこの無反応は、今までも何度か憶えがある。
つまり・・・。
「・・・さっちゃん・・・。
おじさん・・・。
・・・・・・どうしよう・・・・・・」
美佳は構えを保ちつつも、首だけを後方へと向けたまま固まってしまっていた。
よくよくその顔を覗き込むと、切羽詰まったように眉根を顰めながら、きゅっと下唇を噛んでいる。
・・・明らかに、先ほどの痴話喧嘩の時とも異なる形相だった。
「・・・『どうしよう』?
どうしようってなんだよ。なんか見えたのか?」
「・・・・・・右後ろが、真っ暗なの・・・・・・」
美佳の言葉を受け、思わず俺は今一度ナビ画面が表示している周辺地図へと目を向けた。
現在位置は茨城県日立市K町。
画面はこの車を中心とした、周囲200mほどを表示している。
到着予想時刻は約10分後の20時29分を示しており、先ほどの勝史さんの言葉通り大甕神社が在籍している大みか町が近いことを思わせる。
・・・・・・。
・・・このタイミングで・・・・・・なんと言うか、
・・・・・・『来ちまった』・・・のか・・・・・・?
「・・・右後ろ・・・って、何に対しての右後ろだ?」
「・・・車から見て・・・
車が・・・今向いてる方向に対しての、右後ろだよ・・・。
・・・どうしよう、10分前は暗がりなんて全く見えてなくて、大甕神社の方向に星が出てただけだったのに・・・」
美佳の言葉を聞いて、俺と――恐らくは勝史さんも凍り付いた。
「・・・今、車はほぼ北東へ向かって走っているから・・・。
右後ろってことは・・・つまり」
「・・・南・・・だな。
・・・・・・」
これが意味していることは、一つ。
県内の北東部に位置している大甕神社から真南へと移動している不審火を、内陸部・・・つまり西側へと迂回して、今その大甕神社の手前まで来ているわけだ。
つまり、その不審火の『発生源』が・・・もし仮に、突如進路を変えて・・・と言うか、つまりはそのままUターンして俺たちの車を追跡し始めたりしようものなら、その接近してくる方角は・・・。
「・・・一応聞くけど・・・。
『どうしよう』ってことは、『どうにかしなきゃいけない勢いで近づいてきてる』・・・ってことだよな?」
「たぶん・・・。
距離感とかまでは分からないけど、10分前には感じなかった暗がりが迫っているってことは、少なくともこの車より早い速度で追ってきてる・・・んだと思う・・・」
「アンドラスか?」
「たぶん違う。
もっと・・・もっと、もっと・・・
・・・もっと、ずっと明け透けな・・・
・・・・・・真っ黒な、殺意そのものみたいな暗がりがやって来てるっ・・・」
『―――その通りだ。この
「!!」
突如割り込んできた低く野太い声に、俺たち三人は思わず周囲を見回した。
すぐ近く・・・から響いたように聞こえたが、当然ながら車内を見回しても他には誰もいない。
『愚か者め。
我が「炎」の足跡が南へ下ったからと迂回したつもりであったのだろうが、そんなものはその気になればいくらでも追いつけるわ。
汝らの居場所を即座に襲撃しなかったのは、単に順序の問題に過ぎぬ。
・・・軽率なアンドラスを代わりに向かわせたのは、ほんのすこーしだけ失策であったがな』
「どこだ!どこにいる!?
・・・アンドラスの仲間か!?」
俺が車内を見回しながら声を上げると、くぐもった笑いの後で主なき声がなおも言葉を続けた。
『我が名は「アイン」。
72諸侯が一、26個のカコダイモーンどもを統べる、「公爵」アイン。
今は我が声のみを、一足先に汝らの元へと遣わしておるだけだ。
・・・待っておれ。じき、我が肉と炎もそちらへと辿り着くであろう』
声は・・・よくよく聞くと、声はナビ画面から・・・正確には、液晶画面のスピーカーから聞こえているようだった。
・・・て言うか、声のみを『遣わす』・・・?
こいつら、そんなことまでできるのかよ。
「『72ショコウ』・・・?
やっぱりお前も、ソロモン72柱の魔神とやらなのか?」
・・・・・・いや、考えてみればそこまで突拍子もないことでもないか。
人間が科学の力で遠く離れた人と会話できるのなら、人智を超えた存在であるこいつらが科学とは異なる原理の力で似たような芸当ができてたとしても、そこまで驚くことじゃないのかも知れない。
『その名で呼ばれるのは不本意だがなあ。
・・・まあ、特に許そう。汝らはじき、物言わぬ炭くれと化すのだから』
・・・『アイン』と名乗った声が炭くれという単語を口にした途端、シート越しに見える勝史さんの肩がピクリと震えたように見えた。
「・・・美佳ちゃん。このアインとかいう奴・・・。
具体的な位置は、まだ分からないか?」
「えっ?
・・・あっ、えっ・・・と・・・!」
勝史さんの言葉にはっとした美佳が、慌てて木刀を握り直しながら
窮屈そうに周囲へと視線を巡らせる。
「・・・南・・・
ううん、今は南南東くらいの方角で、このナビ画面にギリギリ入るくらい・・・かどうか・・・の、距離・・・
・・・たぶん・・・」
美佳の言葉を受け、サイドガラスから後方の遠景へと目を凝らすと、そこには・・・
・・・・・・・・・・・・。
・・・なんだ、あれ・・・?
「・・・星か?あれは・・・」
・・・流れゆく木々や住宅街の谷間に、ぽつりと星のような光が浮かんでいるのが見えた。
「・・・・・・」
・・・いや、浮かんでいるという表現は、ちょっと正確じゃない。
と言うか、明らかに星じゃない。
星と見えたその光は、今まさに中空を動いているのだ。
もう少し正確に表現すると、それは住宅や木々の合間を『移動』しているように見えた。
動画サイトによくある眉唾もののUFO映像のように、光源体がある種の人為的な軌道で、日立市の夜空を飛び回っているのだ。
「美佳・・・」
「・・・うん。
『あれ』だよ。あの星みたいな光源から、さらに『星』が見えてる・・・」
・・・どうする。
ここは市街地だ。時間帯的にも大通りの交通量は少なくないし、とてもじゃないが縦横無尽に車で逃げ回ることなんて出来やしない。
そもそも、こいつがじいさんを死に追いやった犯人だというならば、車で逃げるという手段が通用しないのは実証済みだ。
だからこそ、美佳の能力は『あれ』を明確に暗く見せているのであって・・・。
・・・やはり、大した準備もせず大甕神社に向かおうとしたのは軽率すぎたのだろうか。
『・・・ヒヒヒヒヒヒヒッ。
心配せずともよい。
汝らは、何一つとして失策など犯してはおらぬ』
「・・・!」
『汝らが大甕神社に向かおうが向かうまいが、儂は本日中に汝らの元に赴いて引導を渡すつもりだったのだからな。
例え汝らが海路や空路から逃亡を図っていたとしても、我が追撃からは決して逃れられぬ。
故に、今日この日が汝らの命日だ。
・・・ナンジラノメイニチダ。
・・・・・・なんじらのめいにちなのだ』
俺が無策での出立を悔やみ始めた途端、まるでその心中を見透かしたかのようなアインの声が車内に響いた。
・・・無力感を喚起するかのような、悪意に満ちたフォローの言葉が。
『このアインに魅入られた時点でなあ。
・・・加賀瀬 美佳よ。汝の祖父がそうであったように!』
「!!」
その言葉を受け、俺は思わず美佳の方へと振り向く。
「・・・・・・。
・・・おじいちゃん・・・?」
・・・美佳は訳も分からず、ただ呆然としているように見えた。
「・・・なに?
なんなの・・・?
あなたといいアンドラスといい、なんでおじいちゃんのことを・・・」
「美佳ちゃん!高加君っ!!」
勝史さんの呼びかけにはっと我に返ると、勝史さんは運転しながらしきりに右側の窓へと視線を移していた。
その勝史さんの視線の先へ、釣られて目を向けると――
「!
・・・あれは・・・」
先ほど見えていた光源体が、さっきよりもずっとこちらに近づいてきている。
・・・光源の正体を、かろうじて視認できるほどの距離にまで。
「・・・やっぱり、星なんかじゃなかったか・・・」
光源の正体は、ずばり『炎』だった。
煌々と燃えさかる火の玉が、住宅街の谷間を縫うように飛び交いながらこちらへとどんどん接近してきていたのだ。
・・・そして同時に、その主体が炎でないことまでも視認できてしまった。
「・・・人・・・か?あれは・・・」
その炎は、何者かの右手に持たれているように見えるのだ。
その何者かが住宅の合間を飛び回りながらこちらへと接近しているため、あたかも火の玉が飛び交っているかのように視認してしまったのだろう。
勝史さんの言うように、そのシルエットは人のそれに見えた。
『―――我は、アイン。
ワレハ、アイン。
わがなは、あいん。
・・・この
視界の隅で、火花が散った。
・・・と思った、その直後。
『―――火焔地獄たらしめん!!』
・・・・・・街並みを構成する遠景の一角で、火の手が上がった。
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