侯爵と公爵と講釈と(後)
----------------------
ゴモリー(Gomory)、もしくはグレモリー(Gremory)とは、悪魔学における魔神の一柱。
紀元前10世紀頃のユダヤ王ソロモンが使役していたとされる72柱の悪魔の一柱としても数えられ、またその序列は56番目もしくは51番目とされる。
公爵婦人のごとき豪奢な衣服に身を包んだ(腰回りに宝冠を結んでいるとされることが多い)美しい女性の姿で現れるとされ、現れる際はラクダに騎乗している。
過去、現在、未来についての事柄を見通す力があるほか、隠れた財宝の在処に関する知識を持ち、またそれを語る。
しかし最も独自性の高い能力は『召喚者に女性の愛を得る方法』を授けることであり、それが故に男性の召喚者に呼び寄せられることが多いとされる。
また、若い乙女に対して強い影響力を持つという。
地獄においては公爵の地位にあり、26もしくは27の軍団を従える悪霊の
----------------------
『・・・どう思う?』
「・・・いや・・・。
どうにもこうにも・・・」
俺は再び掛けられた漠然とした問いに、またしても困惑気味の返答を返してしまった。
「なんつーか・・・。
考えた人の願望がだだ漏れになってるって印象っすよ・・・」
『そう、そこだ』
突然、西宮先生の語気が強まった。
『そこの記述に「過去、現在、未来と、隠された財宝の場所を見通す」って書いてないかい?』
「・・・あります。
もうバッチリと・・・」
『調べてみてくれれば分かると思うが・・・。
その未来やら財宝の隠し場所やらを見通すっていう能力はね、実は72柱の魔神の大半が持っている』
「・・・そうなんですか?」
・・・なんかそこは割かしどうでもいい気がするが、なんで先生はそんな若干テンションが上がってるんだ。
『つまり、それは当時の人々の願望の顕れなんだ。
過去や未来が知りたい、財を得たい、女性の愛が欲しい、気に入らない奴を排除したい、邪魔な組織が自滅するよう仕向けたい・・・。
物のない時代と現代とで多少の差異はあるが、本質は変わらない』
「はあ・・・」
『そしてそれは裏を返せば、それ自体が「絵空事」であることの証左であったはずなんだ。
「考えた人の願望が顕れてる」わけだからね。
創作者の思考が透けて見えるということは、つまりは創作に他ならないわけだ』
「・・・じゃあ、やっぱりこのアンドラスやらゴモリーやらは、実在しないってことなんじゃ?」
『・・・高加君。
「人間の願望を叶える超越的な存在」というと、通俗的には何を思い浮かべるだろう?』
「えっ?
・・・・・・・・・・・・」
俺はスマホを握ったまま思案したが、妥当な回答に思い当たるまでに時間はかからなかった。
「・・・神様・・・とか?」
『そうだな。
・・・要するに、彼らもまた「神様」なんだ。ちょっとだけ切り口が違うせいで、たまたま悪魔として広まってしまっただけで。
つまり、ヒルコと本質的には何も変わらない』
「・・・」
確かに、願望の具現化という意味では、その72柱の魔神というのはご利益のある神様とかと同じなのかも知れない。
アンドラスは残忍で破壊的な性質のようだが、結局それは単なる個性の問題であって、神様とそうでないものを区分するための線引きにはなりえないだろう。
『人間にとっての「当たり前」は、しょせん人間にとっての主観でしかない。
人間にとっては絶対の「真理」であっても、この世を覆う真理の殻の外側には、全くの別のより大きな真理があるかも知れない。
ガリレオやコペルニクスが決定的な一石を投じるまで、地球上の多くの人々は天動説やそれに類する宇宙観をあたりまえの真理だと思っていただろうし、
相対性理論によっていわゆるウラシマ効果が認知されるまで、時間というものは物理的な干渉を受けない概念だと多くの人々が思っていたはずだ』
「・・・そういうのに比べて、ファンタジーすぎないですかね。ヒルコにしろアンドラスにしろ・・・」
『だが、僕たちにとっては「真理」だ』
電話の向こうから、文字通り一息つくかのようなため息が聞こえた。
『まあ、それは確かに、今は保留でも構わないな。
目下の問題は、「彼ら」に殺意があるということだ。
・・・恐らくは、ヒルコよりずっと明確に』
「警察は・・・アテになるでしょうか?」
『もちろん、いないよりはずっといいだろうが・・・。
ヒルコの時が恐らくそうだったように、「彼ら」はたぶんその気になれば、警察の干渉を受けないような作戦行動なんていくらでもやれるんじゃないか』
ヒルコに異次元迷宮へと陥れられた際、周囲に他の教職員が何人もいたにも関わらず、俺たち三人だけがいつの間にか転移させられていた。
アンドラスの一派が似たような芸当ができたとしても、なんら不思議じゃない。
『・・・あるいは、助けを求めるべきは、むしろ敵なのかも知れないな』
「・・・・・・は?」
ボソリと漏れた先生の一言を咀嚼するのに、俺は一瞬の猶予を要した。
「まさか・・・。
・・・この『ゴモリー』とかいうやつに助けを求めろっていうんですか?」
『・・・』
「ナンセンスですよ。どんな奴かも知れないのに・・・。
アンドラスと仲が悪いだけで、あるい人間にとってはもっと厄介な奴かも知れない」
『・・・本当にそう思うかい?』
「・・・」
先生の含みのある一言に、俺は言い淀む。
『君なら分かっているはずだ。
アンドラスの言い草を真に受けるなら、その「ゴモリー」という存在は、すでにどこかで君や加賀瀬君とコンタクトを取っている』
「・・・・・・」
先生の言うとおりだ。
アンドラスが口にした『我のことすら教えておらぬとは』というセリフは、教える機会――すなわち、俺たちとその『ゴモリー』にどこかで接点がなければ出てこない言葉なんだから。
『それも、どちらかと言えば友好的だ。
・・・君が見ているそのサイト、ゴモリーに関してはどこまで記述されている?』
「えっ?
・・・・・・えっ、と・・・・・・」
俺はわずかに身を乗り出して、ディスプレイとにらめっこを始めた。
「・・・序列やら、軍団の数やら、見た目に関することやら、
・・・・・・なんか、恋愛相談?じみた能力を持ってることやら・・・・・・」
『その見た目については、どこまで書かれてる?』
「・・・公爵夫人みたいなカッコして、ラクダに乗ってる美女だとか・・・」
『それだけか?』
「・・・?
先生、一体・・・?」
今度こそ先生の問いの意図を量りかねて、俺は電話の向こうへと問い返す。
『・・・実はそのゴモリーな、後付けというか・・・あまり伝統的とは言えない後世の解釈では、
外見の特徴がより具体的に記述されていることがある』
「後付け・・・ですか?」
・・・なぜ、今、わざわざ後付けなんかに触れるんだろうか。
怪訝に思いながらも、俺は先生の言葉に耳を傾けた。
『うん。
・・・公爵夫人のような格好とあるだろう?
そのいでたちというのがね、金糸の縫い取りがある黒いベルベットと、白いレースに身を包んでいて・・・』
「・・・」
『そして・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・流れるような、赤毛の髪を持つという』
「!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます