怪事再び

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「・・・て言うかさっちゃん、わたしの力のこと、勝史おじさんに話しちゃったの?」

「へっ?

 あ、いや、その・・・。

 ご、ごめん」


家を飛び出したところで、美佳が不意に抗議の声を上げてきた。


「ちぇ。

 わたしとさっちゃんの二人だけのヒミツにしたかったのに」

「・・・いや、西宮先生だって知ってるだろ・・・」


本社からの通達で禁じられていたのは、あくまで美佳本人に直接異変を聞くことと、その通達の存在を知らせることだ。

『勝史さんが異変を知ったということを、美佳に知られる』ことはまあ問題ないだろう。

・・・その異変を熟知している俺に直接聞いている時点で、あまり意味のない縛りな気もするが。


「・・・しかし、そんなダイレクトに『見える』ものなのか?

 俺が想像してたのより、ずいぶん明け透けな力なんだな・・・」


勝史さんは美佳の後を追って駆けながらも、戸惑いを禁じ得ないようだ。

まあ、そりゃそうだろう。


「美佳自身の目的意識が変わると、その場で星の見え方が変わったりもするみたいです。

 ・・・勝史さんは占星術みたいなのをイメージしてたのかも知れないですけと、そういうのよりもっと・・・ものすごく、直接的な力ですよ」

「・・・うう・・・む・・・」


まあ、『星しるべ』的なオカルトと言ったら、たいていの日本人は占術のたぐいを連想するだろうし。


「『星』・・・『星』か。

 まさか、本当に甕星ミカボシ神の導き・・・だとでもいうのか・・・?」

「・・・おじさん、それなんですけど・・・。

 ・・・どうも、甕星ミカボシ様『に』導かれてるっていうより、甕星様『へ』導かれちゃってるみたいです」

「・・・は?」


・・・美佳のその微妙な言い回しを理解するのに、そんなに時間はかからなかった。

通り過ぎていく風景に、見覚えがあったからだ。


「おい、この道って・・・。

 ひょっとしなくても、神社への道じゃないか?」


そう。

その天津甕星アマツミカボシ神を祀る、加賀瀬神社の表参道へと続く道を走っていたのだ。


「神社?

 ・・・神社に犯人がいるのか?」

「わたしもよく分かんないですけど・・・。

 なんか、神社の表側辺りに星が見えるんです」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「・・・懐かしいな。

 去年は・・・

 ・・・いや、今はそんなこと言ってる場合じゃないか」


神社の境内を臨む鳥居前へと辿り着いた俺は、いくばくかの感慨を込めてつぶやく。


加賀瀬神社。

星神・天津甕星を祭神とする、加賀瀬一族が取り仕切る神社。

俺にとってもけっこうな思い出のこもった場所だが・・・しかし、今は感慨に耽っている場合じゃない。


「美佳。星の見え方はどうだ?」


俺はふいっと振り返り、背後の美佳へと声をかけた。


・・・が。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・美佳?」


美佳はなぜか返事をしない。


「美佳?

 ・・・おい、美佳!」

「・・・ごめん、さっちゃん・・・」

「・・・は?」


・・・なんでいきなり謝るんだ。

まさか、いつぞやみたいにまた昏倒するんじゃ・・・。


「ちょっと、やばい・・・かも・・・」

「お、おい、まさか、また眠くなってきたのか!?」


しかし、美佳の声色からは眠気のようなものは微塵も感じられない。


「そうじゃなくて・・・。

 ・・・うかつだったかも知れない」

「・・・うかつ?」

「・・・・・・『星』がね、ものすごく速く移動してるの。

 もうすごい速さで、あちこち飛び回ってる。

 ・・・今、リアルタイムでよ?」

「・・・・・・・・・・・・」


それは、つまり・・・。


「・・・『あちこち』って、具体的にどれくらい『あちこち』なんだ?」

「想像しうる限りの『あちこち』だよ・・・。

 絶妙に森林とか社殿の裏とかを飛び回ってこっちからは死角になってるけど、・・・

 ・・・確実に、人間の動きじゃない」


美佳のその言葉を受けて、俺は社殿や境内を取り囲む森林へ目を凝らす。


「・・・・・・・・・・・・」


・・・が、それらの背後を何かが飛び交っているような気配は、一切感じられない。

鳥のたぐいなら、鳴き声なり枝葉を突っ切る音なりが聞こえてきそうなものだが・・・。


「お、おい。二人とも、さっきから何を言って・・・」


と、それまで俺と美佳のやり取りを黙って見守っていた勝史さんが、しびれを切らしたように声をかけてきた、その途端。




―――森が、咆哮した。




「っ!?」

「うわッ!?」


それまでしんと静まり返っていた神社周囲の森林が、一斉にざわつき始めたのだ。

まるで、台風にでも煽られているかのように。


「な!なんだぁっ!?」


美佳の言葉を信じるならば、それまで森林を飛び交っていた『なにか』が枝葉の間を突っ切る音が、まとめて聞こえてきたようだった。

そのがさがさざわざわと四方八方から響くけたたましい騒音に、俺たち三人はうろたえがちに上空へと目を向ける。


が。


「!

 ・・・さっちゃん!おじさんっ!!」


いち早く一点へと視線を定めた美佳が、俺と勝史さんに傾注を促してきた。


その美佳の視線の先へと目を向けると、そこには・・・


「・・・・・・は・・・・・・」


・・・黒い毛並みと、鋭くも丸っこい瞳。

円形の特徴的な頭に、かすかに覗く翼。


「・・・フク・・・ロウ・・・?」


そう。

ふくろうだった。

俺たちから向かって右側、鳥居のすぐ右脇に立つ樹木の枝葉の合間から、黒い毛並みのフクロウが顔を覗かせて、じっとこちらを見つめていたのだ。


「な、なんだ。フクロ」


と。

かすかな安堵を込めてつぶやいた俺は、そこまで言いかけてすぐさま気づいた。


・・・そのフクロウの、異様さに。


「・・・勝史さん・・・・・・美佳・・・」

「・・・・・・」

「・・・なんか、あのフクロウ・・・。

 ・・・・・・デカくないか・・・・・・?」


・・・愚問だった。


二人に確認するまでもなく、明らかにデカいのだ。

枝葉に紛れているゆえに頭と羽根の一部しか見えていないが、それでもデカい。


「・・・うん・・・。

 ・・・おっきい・・・ね・・・」


それも、たまたま大きな個体とかそういうレベルじゃない。

どれくらいデカいかというと、あまりのデカさに樹木との距離感が狂って見えるレベルだ。


・・・明らかに、人間のそれより頭部がデカかった。


「・・・美佳、星は・・・」

「・・・うん。あのフクロウから見えてる・・・」


猛烈に嫌な予感がした。

いやもう、この期に及んでは、既に予感なんて覚えている段階ではないかも知れないが・・・。

しかし、家財損壊の犯人を追っていて遭遇した異様なフクロウというシチュエーションに、俺はなんとなく一ヶ月前の怪事と似たような空気を感じ取ってしまったのだ。


・・・そしておそらくは、美佳はもっと早い段階で同じものを感じ取っていたのだろう思った。


「!!」


――がさり。

と、一旦は静まった木々のざわめきが、再び耳に届いてきた。

今度はずっと、小さな規模で。


フクロウが蠢いた拍子に、枝葉と擦れ合ったのだ。


「・・・・・・」


がさり、がさりと、フクロウが動くたびに枝葉がざわめく。

しかし・・・。


「・・・な・・・。

 ・・・・・・」


・・・『なんか動きがおかしくないか?』と言いかけて、俺は言葉を飲み込んでしまった。

口に出したくなかったからだ。

そのフクロウは・・・なんというか、・・・


・・・まるで木々の間を、這い回るかのように移動しているのだ。


依然、頭と羽根の一部以外は枝葉に埋もれていて見えなかったが、明らかに鳥類の動きじゃない。

緑の海の間を、ぐねりぐねりと・・・枝から枝へ、縦へと横へと、妙に器用に移動している。

鳥類の脚の構造では、まず不可能な動きに見えた。


「美佳ちゃん・・・高加君・・・」

「勝史さん・・・。

 すんません、自分で来るようにお願いしといて何ですけど・・・。

 ・・・今のうちに、勝史さんだけでも逃げた方がいいかも・・・」

『どコヘ逃ゲると言うノダ?』

「っ!?」


ふいに、頭上から声が響いた。

奇妙な響きの声が。


『車デ逃げルか?・・・山肌ニに突っ込んデ死ヌのがおチだと思ウガなア。クカカカ』

「な・・・」


声は――やはりと言うか、何というか・・・。

フクロウが発しているように聞こえた。


・・・しかし、そのフクロウが・・・当たり前だが、少なくとも明らかに有機体であるのに対し、その声はまるで機械の合成音声をツギハギにしたかのような、ひどく無機的な声質だった。


『イや、なんじの父ノ死因ハ焼死デあっタか?

 ・・・マあ、どチラにセよ、死ねバ人の子ナどみナ土クれよ』


・・・だが、悪意があった。

無機の声色に、有機の悪意が満ち満ちていた。

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