私立山海迷宮

通りゃんせ、通りゃんせ。


ここはどこの細道じゃ。


恵比寿えびすさまの細道じゃ。


ちっと通して下しゃんせ。


星標しるべのないもの通しゃせぬ。


この子の十六いさよのお祝いに。


御霊みたまを納めにまいります。


行きはよいよい、帰りはこわい。


こわいながらも。


通りゃんせ、通りゃんせ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『とぉぉ・・・りゃんせ・・・とぉりゃ・・・せぇ・・・』

「どっちだ!?」

「こっち。・・・たぶん・・・」


俺は美佳の竹刀の切っ先が指し示した方向に従って、渡り廊下の『あるはずのない』曲がり角に駆け込んだ。


「すまない、二人とも・・・。教師として、話し込む前にまずは他の教員と連携を取るべきだった」


後に続いて曲がってきた西宮先生が、少しうつむきがちに言葉を漏らす。


「いや、先生。たぶん警察とかに連絡しても無駄です。

 ・・・さっきの職員室の状態、先生も見たでしょ?」

「・・・」

『こぉこは・・・どぉこ・・・ほそみ・・・じゃ・・・』

「俺たちが入ってきた時、職員室には軽く十人以上の職員がいた。

 なのに、たかだか30分やそこいらで・・・気づいたら西宮先生以外の全員が出払ってるなんて、ありえない。

 ・・・仮に警察が複数人で俺らの身辺を固めたとしても、恐らく同じ現象に見舞われたはずです」


あの後。

窓の外の異変に気づいた俺たち三人は、あの忌まわしい歌声が迫ってきているのに気づいて

追い立てられるように職員室を後にした。


面食らったのは、その直後。

廊下に飛び出したはいいものの、右を見ても左を見ても、突き当りが見えなかったのだ。

職員室は北校舎1階の東端に位置してるから、廊下を出て右側はすぐ突き当たりのはずだし

左側も30mほど先のところで折れ曲がってるはずだから

突き当りが見えないというのはありえない。


つまり俺たちは、またしても引きずり込まれたのだ。


『ぇえび・・・ぁまの・・・そみ・・・じゃ・・・』


幸いにして美佳の異能はまだ通用しているようで、

俺たちは今、すっかり見覚えがなくなってしまった異形の山海高校校舎内を縦横無尽に駆け回っている。


『ちぃっ・・・ぉし・・・だしゃ・・・せぇ・・・』


この学校の渡り廊下は本来、北校舎と南校舎を結ぶための直通の通路のはずなので

途中に『曲がり角』なんてものは存在しないはずなんだが、美佳のダウジング剣道によるとこっちが正解のルートらしい。

存在しないはずの通路が正解なんて、恐ろしい話だが・・・いや、ここに限った話じゃない。


『しる・・・・・・な・・・・・・ぉしゃ・・・・・・ぬ・・・・・・』


最初に職員室を出た後のこと。

無限回廊を右にしばらく進んでいくと、階段の踊り場に差し掛かったのだが

そこには上り階段だけでなく、なぜか下り階段まであった。


・・・1階なのに、だ。


当然ながら、北校舎には地下室のたぐいは存在しないんだが。


『こ・・・こ・・・さ・・・・・・お・・・い・・・・・・』


で、美佳のナビゲートに従ってその階段を下りると、辿り着いた先は3階。

北校舎の3階は本来なら視聴覚室があり、『こっちの3階』も同様だったのだが

そこに飛び込んで隣接している準備室に入ると、出た先はなんと男子トイレ・・・。

顔を真っ赤にした美佳がそのまま今来た道へと飛び出していったので後を追うと、

さっきまで視聴覚室だったはずの手前の部屋は・・・。

・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・職員室になっていた。


『み・・・・・・お・・・・・・・・・す・・・・・・』


後で聞いたところ、男子トイレから飛び出したのは『星』に従ったわけではなく、

びっくりして思わず戻ってしまっただけとのこと。

どうやら、さっき田園迷宮で美佳が言ってた『ふりだしに戻る』とは、こういうことらしい。

つまり、間違ったルートを選ぶと引き戻されてしまうのだ。


結局俺らはもう一回同じルートを通って、再び視聴覚準備室こと男子トイレへと向かうことになった。


『ぃ・・・・・・・・・ぃ・・・・・・・・・』


・・・職員室からの二回目の退室直後、歌声がかなり近く・・・というか、ぶっちゃけ至近距離から聞こえた上に

視界の左隅で青白いものが動いたように見えて、身も凍る思いだったが・・・。


その後美佳は申し訳なさそうにしてたけど、そもそも美佳がいなけりゃ正解なんて分かりようがないわけで

感謝こそすれ責める筋合いなんてあるわけがない。


んで、男子トイレに再到着した俺たちが一番手前の個室に一旦入ってすぐ出ると

個室の外は女子トイレに変わっており、トイレを出るとそこは2階の廊下だった。


『こ・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


・・・男子トイレに入った直後、今来た視聴覚室から目をそらさず、ドアを開けっ放しにして戻ったら

ドアから覗く部屋の光景はどうなるのかとか、

一人がトイレの個室から出て行くのを、他の一人が個室の上の隙間から見下ろしたらどう見えるのかとか、

そういうことが気にならないわけではなかったが、

実行したところで不幸しか起こらないのは凡人の俺にも容易に予測できたので、

今はとりあえずこの異次元学校から抜け出すことだけに集中することにした。



「!

 ・・・ここは・・・」


ようやく渡り廊下を抜けた俺たち三人が立ち止まると、そこは――

・・・俺にとっては、そこそこ見慣れた風景。


「・・・4階ですね。北校舎の・・・」


そう。今日下校直前に立ち寄った、第二図書室がある北校舎4階の西端側だった。


「また北校舎か。ほんとに異次元迷宮なんだな・・・」


西宮先生が感嘆半ば、呆れ半ばといった調子で呟きながら。きょろきょろと周囲を見回す。

自分たちが知ってる4階との差異はないか再確認してるようだ。


俺はふと気になって、今さらながら廊下の窓から学校の北側グラウンドを見下ろしてみた。


「・・・」


グラウンドは、ある。

コンクリート造りの体育用具室も。

敷地を仕切る、青竹色のフェンスも。

なぜかいつも用具室にしまわれないまま放置されている、昇降口脇のトンボも。

なんとなく不潔な感じがして今まで一度も使ったことがない、古ぼけた屋外トイレも。

虫が湧くとのクレームで数週間前から伐採され始め、三本ほどのくすのきをまばらに残して後は切り株ばかりとなった、フェンス沿いの木立も。

全部はっきりと見える。


・・・が、それが逆に外の景観の異常さを際立たせていた。


なぜって、グラウンドはやたらはっきり見えるのに、フェンスのすぐ外側から先は真っ暗闇で何も見えないからだ。

まるでこの学校の敷地だけが宇宙空間にぽつんと浮かんでいるかのように、校庭から先の景色が一切見えない。

予想通り、人影も一切認められなかった。


いや、人がいないのはグラウンドに限った話じゃない。

職員室からここに至るまで、ただの一人として生徒や教師とすれ違っていない。

やはりここは、根本的に『あっち』とは違う場所なんだ。

恐らく『あっち』では何事もなく日が暮れなずみ、依然変わりなく生徒たちが次々下校していってるんだろう。

職員室では西宮先生がいきなり席を外したことを、少しだけ不審がってる教員もいるかも知れないが・・・。


「・・・で、美佳。次はどっちだ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・美佳?」


返事がないので振り向くと、美佳はなぜか教室側の壁に寄りかかって、力なくうつむいている。


「おい、美佳?」

「加賀瀬君?」

「・・・ごめん・・・わかんない・・・」

「!?

 ・・・は!?」


予想外の返答に思わず俺が駆け寄るのと、美佳の長身が壁際をずるずるとずり落ち始めるのとは、ほぼ同時だった。


「ごめん、サク・・・。

 さっきから・・・目が、しょぼしょぼして・・・。

 ・・・・・・よく、みえないの・・・・・・」

「な・・・」

「・・・それに、すごく・・・。

 ・・・・・・ねむ、い・・・・・・」

「おい、美佳!冗談だろ!?こんなとこで!」


ほとんど倒れ込むかのようにその場にくずおれた美佳の身体を、俺はすんでのところで抱き支える。

同時に立てかけていた竹刀が倒れ、乾いた音が廊下に響き渡った。


・・・・・・・・・・・・重い・・・・・・・・・・・・。


「・・・ぅ・・・」

「おい!頼む!起きろ!こんなとこでオチたら、本当に追いつかれちまう!!」


俺は慌てて美佳の頬をはたいたが、腕の中の重みは増す一方だ。


「と・・・しょ・・・。

 としょ・・・」

「は!?」

「すご、く、うっす、ら・・・。

 ・・・・・・ぃけ、ば・・・。

 とりあぇ、ず・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・」

「美佳!美佳っ!!」

「加賀瀬君!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


美佳は応えない。

一瞬ぶん殴ってでも起こそうかと思ったが、美佳のあまりに鈍重な反応に

それすらも効果はないだろうと悟った。

昏睡・・・いや、昏倒という方が適切か。


「・・・高加君。加賀瀬君は一体・・・」

「・・・・・・」


呼吸はしている。どうやら、本当に眠ってしまっただけのようだ。

・・・それよりも、今わの際に美佳が漏らした言葉の方が気になった。


「・・・先生。美佳を運ぶの手伝ってください。竹刀は俺が持っていきます」

「あ、ああ。それはもちろんだが・・・。ヘタに移動すると、またさっきみたいに・・・」


美佳の腕を自身の肩に掛けながら、西宮先生は今来た道をちらちらと神経質そうに振り返る。


「美佳は今、オチる寸前に『としょ』って言いかけた。

 ・・・まず間違いなく、図書室のことです」

「図書室か。確かにこの階にあるにはあるが・・・。

 ・・・『どっち』だ?」


そう。この学校には第一と第二の二つの図書室があり、しかもどちらも北校舎の4階に位置しているのだ。

・・・おそらく、どちらか一方は『ふりだしに戻る』だろう。


だけど・・・。


「・・・そりゃあ、図書室って言ったら・・・」

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