モーニングスター

ソーン

悪魔の先触れ

2009年。


中東、シリア北部の山岳地帯に位置するとある小さな集落で、小さな祝福が挙げられた。

集落に住まうとある娘が、外から訪れたとある若者と婚礼を挙げたのだ。


しかしこの縁談は当初、娘の家族や友人にとって大きな悲劇をもたらすものとして、ヒステリックに反対されていた。

なぜなら、娘は――もっと言えば、この集落に住まう全ての人々が、とある秘教を信仰していたからだ。


その秘教は孔雀を模した天使を主神と仰ぐ民族宗教で、他宗教への改宗はもちろん、

外部の人間が入信してくることも――そして何より、信者同士以外の婚礼をも禁じていた。

その民族は迫害されていた。戦禍の多い中東にあって、特に理不尽な暴力に晒されていた。

それが彼らの保守性と排他性を助長したとしたなら、誰も彼らを責められないだろう。


だが、祝言は挙げられた。村の外からやってきた、肌の色も言語も異なる若者と、娘の間に。

娘は決して、不敬ではなかった。誠実で、むしろ敬虔だった。

今になっても、わからない。なぜ、数世紀も続く偉大な因習を冒したのに、諍いも、まして血が流れることもなく、

とどこおりなく契りが執り行われたのか。

まるで、集落の全ての住人の倫理や価値観そのものが、気づかない内に作り変えられてしまったかのように。

なにより、この奇妙な平穏に首を傾げたのは、本来強固に咎めるべき村長たちだったからだ。




後に、男――すなわち娘の夫は、とある来訪者にこの件を問い詰められて、こう語った。

少しはにかみながら、しかし、誇らしげに。





―――悪魔が、自分に愛を得る方法を教えてくれたのだ、と。

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