ただ、あなたに逢いたかった
真冬
1.君を好きになった きっかけ一つ
私を守ってくれる、優しい手のひら。
目の前に現れた、がっしりとした肩幅。
その全てに私は恋をした。
名前も知らないあなたの背中に、私は初めての恋を落とした――。
体育館に響くボールの音。
ティンという透き通った音色は、バスケットボールを床に打ち付ける音。
キュッキュッとバッシュが床をこする音と、激しく飛び交う指示や掛け声。
扉を開けた実加の耳に、それらの音が一度に洪水のように押し寄せてきた。
「うっわー……。すごい」
制服姿の実加の体に、運動部ならではの熱気が吹き付けてくる。
少しだけ開いた扉から顔をのぞかせると、そこには練習真っ最中の男子バスケットボール部が見える。
その隣では一緒に帰る約束をしている友人、加奈子が所属している女子バレーボール部が部活終了のミーティングを終えて片づけを始めている。
体育館を二つに分割して体育系の運動部がローテーションで使っていると聞いていたが、どうやら今日は男バスと女バレの日だったらしい。
「加奈ちゃん……どこだろ?」
後片付けをしている女バレのメンバーの中に見慣れた友人の顔を捜そうとした実加は、ゆっくりと体育館の中に足を踏み入れる。
激しいバッシュの音。
床に打ち付けるボールの音。
指示を出すコーチとそれに答える部員たちの声。
そんな様々な音に圧倒されそうになりながら女バレのほうを見ていた実加の耳元で、何かがぶつかる音が聞こえた。
と、同時に背中に感じる人の気配。
「うわぁっと」
少し高めで良く響く男の人の声に後ろを振り向いた実加の目に、広い背中がとびこんでくる。
「おーい一年! ちゃんと見てボール投げろよー」
「すみませーんっ!」
バスケットボールを片手に男バスのコートに向かって注意しているその人物は、くるりと実加のほうを振り向いて笑顔を作る。
「大丈夫だった? 俺らが練習してる時はボールとか危ないから、あんまり入ってこないほうがいいよ」
「あ……」
じゃあね、とにっこり笑顔を残して男バスの練習コートに戻っていくその後姿に、思わず実加は釘付けになった。
すらりと伸びた身長。
服の上からでもわかる、引き締まった広い背中。
あたたかくて耳に心地いい優しい声音に、まるで春の陽だまりのようなやわらかい笑顔。
「……あ、あれ?」
胸が、ドキドキする。
顔が、熱くなる。
まだ四月だというのに、実加は体中の体温が一気に上昇するような錯覚を覚える。
「なんだろ?」
ほてった頬をパチパチと叩きながら、実加は一人呟く。
ドキドキが、止まらない。
目は、先ほどの笑顔を残した男の人の姿を捉えて離さない。
「あ……ぶないところを、助けてくれた、んだよね? ……親切な人だなぁ」
バスケットボールを追うその姿を見つめながら、実加はぼんやりと言葉を続ける。
「お待たせーっ! 実加?」
実加は男の姿を目で追い続ける。
後片付けを終えてバッグを手に実加の肩を叩いた加奈子の存在にも気が付かないほど。
それは、恋のはじまり。
実加の中に、初めての恋が生まれた瞬間。
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