騒音の怪物
蒼ノ下雷太郎
〇 「騒音の怪物」引用
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『0』
静かな空気の中。鼓動のように響く、細胞にひどく浸透する騒音が聞こえた。
耳を塞いでも、細胞の隙間から奴は侵入し、僕の鼓膜に入り込む。
脳みそはSOSを受け取り、全身に警告を出した。
怪物が来たと。
目蓋を開き、半身をベッドから起こす。カーテンは仄かな風で揺れ、さざ波のような動きを見せる。昨夜は雨が降ったから湿気の強い生々しい空気が入った。今日は暑くないから蒸発による汗との融合はないが、濁った池の中に生息してしまったナマズの感覚を味わってるかのようだ。
この部屋には何もない。
時の経過で灰色がかったカーテンが、揺れているだけだ。
あとは何もない。
何も……。
この世から剥離されたかのように、この世界を忘れたかのように、この部屋は何もない。木目の床。足で踏んでみれば、軋んだ音が鳴り響く。重力が強くなれば穴が空いて一階に落ちそうだが、地球の重力はまだまだ税金のように増えることはないようで、木目の床は軋む音を鳴らすだけで我慢している。
カーテンから生ぬるい風と、微かな光が流れ込む。腐りかけた水のような色の空が世界を覆い、鼻に入る風も不思議と臭いように感じた。窓から見える風は庭の草木を揺らし、ライトグリーンで波を作る。光でもなければ、闇でもない。冷水でもなければ、温水でもない。中途半端な世界。黒でもなければ、白でもない空。
怪物が鳴いていた。
もしくは泣いていたか。
地震のように激しく感じるし、波紋程度の弱々しさにも見える。カーテンの外側に潜り込み、窓を開けた。外はただの日常。いつもの光景が広がっていた。都会から離れた田舎の町並み。コンビニが一軒あるだけで、後はバスに乗って三十分の駅前にあるショッピングスクエアに行かないと、やかましい喧騒には辿り着けない。
だが無音でもない。こんな場所でも人々は住み、人々は家を作り、日常の音を奏でる。風は吹き、風を誰かが感じる。
不完全な静寂。これなら、真っ暗闇の中で耳栓とアイマスクをした方がまだ効果的だ。
「だからお前は泣いているのか」
もしくは鳴いているのか。こんな場所は嫌だと。
一階建ての家屋ばかりが並ぶ町並みで、大きな怪物がそびえているように見えた。
目を凝らす。
あくまで見えたかもというだけであって、はっきり見えたわけではない。もう怪物はいない。ただ、何もない日常が広がっているだけだ。
だが、聞こえる。
静かなのか、うるさいのかも分からない不明瞭な声が、叫びが聞こえるのだ。
それは人間のようであり、怪物のようでもある。
鳴き声でもあり、泣き声のようでもある。
僕には一瞬だけでも見えた気がした。
透明の怪獣。騒音の怪物が、曖昧な空気の中で蠢いているのを。
著者、
『
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