043 Shows what you [Are/Ware]



 七日間。それが夏希との対戦のために空けた期間だった。



「待たせちゃったかな、修二くん」


 アリーナの中央、フェザーダンスがあったはずの場所に立ち、修二は頭を振った。


「これくらいはな。女を待つのは男の義務らしいし」

『ぷっ、言うようになったわね』


 笑ったのはセレネだけだった。


『笑っていられるのも今のうちですよ』

『だから今のうちに笑ってるんじゃない』


 食えないやつだと肩を竦めて、イスカはメイド服を撫で付けた。


「うん。前置きは要らないよね」

「あぁ、始めよう」


 それだけを交わして、二人は別々のカプセルピットに入る。

 準備はしてきた。このためだけに、修二はこの一週間心血を注いできた。


 イニシャライズシーケンスを見送り、対戦相手の名前をもう一度確認する。


 ファイター、雛森夏希。オートマトン、セレネ。

 敵は最強。全国一位のファイターを下し、今なお成長を続ける不世出の天才。『新人類』たるドミナント。


 修二が挑む最初の壁は、V.E.S.S.史上最も高く堅牢な壁だ。




 夏希に対して言うべきことが山ほどあるのは自覚している。

 けれど、そんなことより修二は夏希と戦わなければならなかった。


 否。

 勝たなければいけなかった。


 修二は家に帰り、親の説教を片手で止めて、やることがあると告げた。

 有無を言わせるつもりはなかったが、両親は諦めたように溜息を吐いて、それから大きく頷き背中を叩いてくれた。母親の涙の痕を見て、修二はもう一度拳を振り落とした。


 それから、怒涛の日々が始まった。


 修二は毎日のように七篠電子工場に足を運び、真冬の全面的バックアップと大量のデータの機材を使い、ドローンの改修を始めた。

 ほとんどは修二が作り、細部を真冬が整えた。


 その傍らで瞳とカーンを相手に何度も訓練を行い、イスカとの連携を、操縦技術を、ひいては戦術論から哲学まで散々その身に叩き込んだ。

 イスカが新装備を初見で完全に使いこなしたのを見て、修二は更に応用を思いつき、イスカと真冬に難題をふっかけた。

 ひたすら倒される役目を負わされたカーンは哀れといえば哀れだった。


『今学期の成績は、覚悟しておいたほうがいいですね』


 そう軽口を叩くイスカも、学校に行かせようとはしなかった。


 夏希たちと話さないのは修二の矜持の問題だった。そしてそれ以上に、容態を完璧にしてもらわなければならなかった。

 万全の状態の、全力を出しきった夏希を打倒しなければ意味が無いのだ。


 瞳には厳重に捜査してもらって、エイリアス・ドミナントをサードから一掃してもらった。これは夏希のための配慮だった。

 一週間は、あっという間だった。


 大会期間も終盤、観客はいつにも増して多い。

 そこにチャンピオンと、それを下した少女が肩を並べて入ってきたら、それは注目を浴びるだろう。

 ましてやその少女が、自分のチームメイトと勝負をするというのだから、辺りは異様な光景に沸いていた。


 カプセルピットに深く身を沈めて、修二は外部回線に目を向けた。

 不機嫌そうにこちらを見る親友には頭が上がらない。


「結局また勝てへんくなったんが悔しいわ」

「悪いねカーン、付きあわせて」

「今更学校行った所で赤点は避けられへんやろ。俺に気ぃ配る暇あるんか?」

「ない。じゃ、またあとで」


 修二は回線を切った。

 姉とは、ちらりと視線を合わせた。頷く瞳に、頷き返す。それで十分だ。


 席につく前に、振り返った。

 口元を僅かに緩めた、赤金の騎士の姿があった。


「……無理はするなよ。無理は俺の番だ」

『ふふ……無理なご相談です』


 コン、と床を叩き、イスカは表情を消して、毅然と修二を見返す。


『無理でも無茶でも、お付き合いさせて頂きます』


 一緒に。どこまでも。

 そう言ってくれる相棒で良かったと、修二は大きく息を吸って、吐いた。


「行こう、イスカ」

『かしこまりました』


 イスカは一礼して、ワープゲートに身を投じる。

 修二も席について、操縦桿を握った。


 フィールドは現実世界より、首都圏大交差点。奇しくも最初と同じ。大敗を喫したあの時と。

 修二はアリーナの熱狂に身を包まれながら、落ち着いた心境でモニターを見据えた。


「夏希」


 最後に、地上への投下を待つ対戦相手へ、声をかけた。


「俺が勝ったら、伝えたいことがあるんだ」


 夏希は彼が何を言いたいのか察していた。

 その言葉を貰えないのは夏希にとってつらいことだったけれど、それは勝利を躊躇う理由にはならない。

 それが分からない修二ではないと、夏希は知っている。


「なんで勝った時限定なのか、聞いてもいい?」

「分かってるくせに?」


 分かりきったことを確信して、夏希は胸の内が熱くなるのを感じていた。


 強い。きっと今まで戦った誰より強い。実力でも、才能でもなく、その心の内に沈んでいた渇望が。勝利への欲求が。

 夏希がその目の奥に見た、これが鷲崎修二の本性なのだ。

 回線の向こうにいるのは現実に苦しめられるだけの少年ではなくて、現実を打ち破ろうとする強者だった。


 高ぶる自分を感じて、深呼吸を繰り返す。

 あれは猛禽だ。狩られるだけのひよこではない。

 恋ごときに苦しんでいる自分なんかよりずっと、清々しい程に勝利の権化ではないか。


「じゃあ」


 勝つつもりだ。この私に。この先全ての戦いに。

 ――私と同じように。


「私が負けたらさ――慰めのキス、ちょうだい」


 自然と、夏希はそんなことを要求していた。

 それは夏希なりの敬意の念だった。


 傲慢だと言われてもいい、それは夏希にとって対戦相手を自分と対等と認めること。

 師匠でさえも頑として認めなかったこと。

 ――お前は私に挑む価値がないという、強者の意地。


 いつだって、自分が勝つ前提で話を進めてきた。


 負けについて言及するのは、夏希の生涯で初めてのことだ。


「とびっきりのシチュエーションで、してほしいな」

「任せろ」


 修二は頷いた。





「『アポローン』メインカメラ起動。機体射出――作戦開始!」


「『ビーク&タロン』メインカメラ起動。機体投下――作戦、開始」




 ――二人は同時にアスファルトの道路に着地した。


 夏希はその姿に微かな驚きを覚えた。


 鋭い相貌、流線型と鋭角を組み合わせた装甲、張り出した肩、少しだけ大型化した機体全長。

 バックパックは肩と腰に繋がっている。両手に備えた銃器は角材や板に近い形状をした超大口径の大型リボルバー。

 ベースは恐らくフェザーダンスだろう。けれど改修に改修を重ねたのか、その面影はどこにもない。


 そこにいるのは決して走るひよこと揶揄されるようなドローンではなかった。

 識別名称は、『ビーク&タロン』。


『嘴と爪? 変な名前ね』

『そうでしょうか。名は体を表すものです。これ以上ない程に、狩人の名には相応しいかと』


 遅れて、イスカとセレネも地に足をつけた。

 表面上は気楽な主たちと違い、その従者の瞳は剣呑で、闘争心は剥き出しだった。


『私はまだ疑ってるんだけど。……勝つつもり?』

『それ以外に、勝負に臨む理由はありません』

『そうよね。馬鹿なことを聞いてるのは分かってる。……まぁ、いいわ』


 セレネは翼をイスカへ向け、イスカも槍をセレネへ向けた。


『結局勝つのは私たちだから』

『――育ちが知れますよ』

『あぁ?』


 イスカは心底呆れたように、石突きで合成アスファルトを突いた。


『貴方如きがこの私の歩みを阻もうなどと、物を知らない子供でも言わないということです』


 その不敵で傲慢な物言いに反して、イスカの表情は欠片の小動こゆるぎもしなかった。

 そして向けられた先は、煽られて燃え上がらないほど湿気た炎ではなかった。


『言ってくれるじゃない』


 怒りに震える細い体は、今や激情で赤く染まっている。

 翼の奥で加圧された粒子が赤く光り、砲口がイスカの眉間を照準する。


『せいぜい楽しませてみせなさい、雑兵風情が――!』


 その赤い奔流が、号砲となった。

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