018 二人を分かつ、勝者の論理
その後、装備の詳細を店主に伝えて修二たちはダイブアウトし、観光を再開した。サード観光は夕方まで続いた。
意外にも、案内するべき場所について修二はアイデアがいくつも出てきて、苦労するということはなかった。
中央アリーナのある大型アミューズメント施設『セプテントリオン』。
サード随一のアリーナであり、その他米国産DotA形式のRTSや韓国産FPSや日本の格ゲーが群れを成して集まっている。
修二は大体プレイ経験があったが、夏希は未経験だった。
にもかかわらず対戦では夏希が超人的な見切りで圧勝した。面目を保つためにもと修二が選んだコンボ系の格闘ゲームだけは修二が勝った(「フルコン身につくくらいは練習したから」)。
ショッピングモール『ベイシティ3みなとみらい』。
ここのソフトクリームは修二の知る中で一番に美味しく、夏希はご満悦だった。不満気な顔をするセレネにイスカと合わせて
イスカがソフトクリームを舐めている様子について三人が言及すると、僅かに顔を赤らめて抗議をした(『人の食事を見て笑うとは何事ですか』「いや、ギャップがあってちょっとな、可愛く見えて」『……からかうのはおやめください』と言った具合で、まんざらでもなさそうだった)。
夏希は女の子らしく服やアクセサリーにも興味津々だったが、時間自体はそれほど取らなかった(修二は安堵した)。
それよりは美味しいものや楽しそうなことへの関心が強く、ゲームとお菓子には顕著に反応した。
格ゲーで一時間を費やし、RTSの観戦で一時間を費やし、レトロなメダルゲームで一時間を費やし……。
「結局遊んでただけだったな」
「いいじゃん、楽しかったよ」
夕日を背に、二人と二体は三重立体交差点を渡っていた。
足元を乗用車が駆け抜けていき、頭上を飛行車が飛んでいく。立ち並ぶビルは十五階もなく、夏希は先程から不思議そうにそれを見ていた。
『――次のニュースです。先週末に国際サイバー宗教テロリスト『エイリアス・ドミナント』の一集団がみなとみらい
修二は空に浮かぶ仮想投影ディスプレイを睨んで、溜息を吐いた。
夏希はやや疲れたような目をぐりぐり擦りながら、修二に振り向いた。
「低いよね、建物」
『セカンドとは違いフロート自体が小さく、一部に建造された高層建築物はバランスを崩しかねないのです』
「船のマストみたいな?」
『はい、まさしくその通りです』
へぇ、と抜けた返事をして、夏希はきょろきょろと辺りを見回す。
まるきりおのぼりさんという様子で、修二は笑ってしまった。
「次はどこ行きたい?」
「うーん、夜遊びしたいのは山々なんだけど、ごめんね、そろそろ時間なんだ」
夏希はウェアコンを叩くと、地図アプリを開いた。
「門限か?」
「ううん……あー、その。ちょっとね」
夏希は困ったように笑って、アプリを消した。V.E.S.S.でもマップ機能はある、操作には慣れているのだろうが、それにしたって一瞬だった。
出来が違うよなぁ、と修二は思う。この短い時間で痛感させられた。
雛森夏希は天才だ。
人間のあらゆる機能が抜きん出ている。動体視力、反射神経、操作の精密さ――人間普通は自分の思い通りに肉体を動かすことは出来ない、コントローラーの操作でさえも――それから記憶力に判断力。
修二には分からないが、イスカは『確実に電脳格闘技の経験あり。日は浅いが実力は折り紙つき』と好奇心露わに言っていたので、運動も死角なしだろう。
対して鷲崎修二は。そう思うと情けなくなる。
「……そういや、えっと、夏希は学校どうしたんだ? 今日平日だけど」
嫌な想像を振り払うべく、修二は話題を転換した。
けれど夏希の体が強張るのを、修二はしかと見てしまった。
「……修二くんは?」
「俺……は、サボったけど」
「あ、悪い人だー」
『付け加えて言いますと、本日は課題の提出日です。今朝も申し上げたのですが……』
「ダメだよ修二くん。がっこーちゃんといかないと。将来が大変だよ?」
修二は冷や汗を垂らしながら己の従者から視線を逸らして、向き直った。
夏希は、困ったなぁ、と頭を抑えた。
その仕草が、何故か胸を締め付けるようで。
「……なんか、私のことばっかり話してる気がする」
「え、いや、うん……そうかな」
「もしかして、私に興味あるのかな?」
意地悪げな微笑みも、どこか無理をしているように見えた。
「……まぁ、ないとは言わない」
「ふふ。嬉しいな」
そんな逃げ口上に、夏希は楽しそうに笑うと、修二から一歩距離をとった。
立ち尽くす修二と対照的に、夏希は疲れたように肘を欄干にかけた。
「うん、わたくし高校退学したのです」
実はキミより年上なんだよ。
などと、あっさりそんなことをばらした。
修二は言葉もなく固まっていたが、すぐに慌てて二の句を継いだ。
「あ、えっと、その……大変だよな、ほら……将来とか」
沈黙を、天使が通りすぎる、と表現することがある。
月並みな台詞しか言えない修二に、天使たるセレネは動くこともせずに、これみよがしに溜息を吐いた。
『ねえあんた。V.E.S.S.の世界大会優勝賞金っていくらだと思う?』
「は?」
唐突だった。
『夏希はこの大会でさくっと優勝して、そのままプロ入りするのよ。夏希が戦う限り負けはないわ。V.E.S.S.プロプレイヤーなら年収はそこらのサラリーマンよりずっと上。ほら、完璧な人生設計でしょ?』
セレネがさも当たり前のことを説くかのようにそう説くからか、修二は一瞬そうだな、と納得しかけていた。
さっきまでの狼狽も何処かへ消えていった。
「……待て待て。お前こそ分かってんのか、世界大会なんか何人猛者がいると思ってんだ?」
『何人いようと一緒よ、勝つのは夏希だもの――ねぇ、夏希が負ける姿が想像つく?』
修二が黙りこくるのを見て、天使は空から己の主を仰いだ。
『ね、夏希?』
「……まぁ、誰が相手でも私は勝つよ。勉強とか苦手だしさ、それしかないし」
『ほら』
「待て待て待て待て、夏希、お前本気で言ってるのか? 負けないだなんてそんな、気軽に」
「気軽? そんなことないよ?」
夏希はしばらく首をひねったが、ぽん、と手を叩いた。
「あー、言い方が悪かったかな。心構えの話なんだよ」
「は……?」
何を言っているのか分からない。
修二の間抜けな相槌に、夏希は真顔で答えた。
「勝つよ。まず前提として私は勝つ。ゲームを……特にV.E.S.S.をやるときはそう決めてるんだ。さっき修二くんに格ゲーで負けたの、すっごい悔しかったもの。でもV.E.S.S.では」
そう言って夏希は胸元のペンダント型ウェアコンに触れて、V.E.S.S.の戦歴を表示してみせた。
この半期の戦績。勝利数は既に三桁の後半。
敗北数の表示欄には殺風景なくらい厳かに、丸が一つ、ちょこんと乗せられていた。
「勝つ。絶対に」
「絶対だよ。これは自分の中のルールだ。V.E.S.S.での勝負では勝つ。そう決めてやってる」
セレネですら、それを言う時は呆れたようにも見えていた。
だが夏希は一切疑っていない。
彼女が戦うと言うのは、つまり、自分が勝つと言うのと同義なのだ。
修二は戦慄していた。
「――なんで、そこまで?」
「――へ? だって、勝負事じゃん」
どこか自嘲するような声だった。
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