ワックスワーク・ワルキューレ

宗谷織衛

Prologue イカロスは空を目指していた

  001 『V.E.S.S.』


 少年の名前は鷲崎修二。

 修二は自分を、ただの子供と評している。




 俺は飽きっぽいからやめとく。

 そう言っていた修二が、着用型量子PCウェアコンにV.E.S.S.オペレーションソフトを積み込んで、早六ヶ月が経っていた。


「――戦闘領域、おおよそ前方三百メートル」


 ビルの間を駆け抜けながら、修二は簡易索敵を開始した。立ち位置だけは碁盤状に整然と、しかし高さも揃えず乱立する二百メートル級の超高層ビル群。

 首都新東京は今や戦場。修二はその整えられた区画を切り分けるようにして直進していく。機体を傾けて路上に転がる自動飛行車フライヤーの残骸を回避した。

 カプセルピットに座する彼は、観測情報の解析結果をつらつらと読み上げる。


「右前方七十メートルに移動中の情報構造体を確認――なんだ、カーンたちだ。狙いは俺達と同じみたいだな……」


 修二はウェポンラックからドローン規格――戦車砲程度のサイズ――のアサルトライフルを引き出した。

 修二が駆るのは中量級・中距離汎用型ドローン『フェザーダンス』。フレーム自体のサイズは三メートル五十センチ。「初心者向け」と評されるだけはあって、装甲は中庸だが積載量は非常に多い。ローラー駆動を支えるための短めの脚部と流線型の装甲が特徴的だ。

 市販品からの追加装備はレーダーとブースター、背中のウェポンラック。「走るひよこ」と揶揄される元のシルエットからは多少遠ざかっていた。


 なだらかに湾曲した銀色の装甲が、ビルの隙間から覗くあの眩しい青空を照り返している。

 ――そこに、赤金の影が映っていた。


『どうなさいますか、修二様』


 妖艶な暗褐色の肌と、輝く髪は銅にも似た赤金。

 その手で弄ぶのは、身の丈を超えた黒い斬槍パルチザン

 中世の騎士にしては少々派手な、黒い強化アームド鎧骨格エグゾスケルトン


 布状のサーコートは対粒子弾アンチビームコーティングされたれっきとした防具。その下に軽鎧を模した物理装甲。

 スカート状の腰部装甲は前面開閉式で、開けば走行を妨げず、閉じれば高速移動に適する。全身に点在するエアインテークが一つずつ確かめるように展開する。

 装甲後部と脚部には高出力のジェットエンジン。


 怜悧な美貌に乗る感情の色は極めて薄く、警戒と闘争心だけが仄かに色づく。

 鋭く細められた紅蓮の瞳は宙に軌跡を刻むよう。


 身長は一メートルと六十二センチ。女性型。アンドロイド型オートマトン。

 騎士の名はイスカ。修二の相棒である。


「倒す。横槍入れられるのはちょっとな――気づかれた。来るっぽいぞ」

『了解しました』

「頼むぜ、イスカ」


 修二は己の相棒を見た。イスカも、己の主を見返した。

 その赤金の髪が風に靡くとどこか翼のようにも見えて、イスカという名によく似合っていた。


 交錯は一瞬。イスカは地を蹴って右へ飛び、修二は両腕にアサルトライフルを持ち、銃口を交差点の先へ向ける。

 ワイヤーフレームで描画された予測情報を元に、タイミングを図る。


「三、二、一――今!」


 修二は飛び出してきた敵を目視する前に引き金を引いた。


 相手は火器を満載した重量級戦車型ドローン『フレシェット』。外部装甲は硬く、駆動はキャタピラ、その上鈍足。ただし砲身が剣山の如く増設されていた。

 ――よく見知った機体だが、砲身と装甲が前よりずっと増えている。

 挨拶代わりの銃弾は、分厚い装甲にとっては豆鉄砲も同然だった。


「よう、カーン! また硬くしやがったのか!」

「修二かい! 丁度ええ、お前もいてこましたる!」


 何度も下した友の姿に苦笑する。あれの砲身の数は、そのまま修二の勝利数だ。

 息巻く敵の怒声に顔色一つ変えず、イスカは躊躇なく飛び込んでいく。多少のダメージは覚悟で、修二も速攻を仕かけた。


『ここから先へは行かせぬぞ、イスカよ!』

『許可など不要でしょう』


 イスカの目の前へ鈍重な影が躍り出た。イスカより大きな二メートルサイズ。

 重厚なゴーレム型のオートマトンがイスカに立ちはだかる。


『押し通らせて頂きます、ライラウス』


 カーンの相棒オートマトン、巨躯を誇る銀のゴーレム、ライラウス。

 だがあちらは任せておけばいい。修二は視線を戦車の如きドローンへ戻した。


「どけや、ひよこ野郎!」

「固定砲台が粋がるなよ!」


 ハリネズミのように生えた砲群が、修二をターゲットすべく転回する。

 修二は恐慌をぐっと押し留めて、冷静にアサルトライフルの設定を切り替え、照準を合わせる。


 ぽん、という間抜けな音と共にグレネード弾が放たれ、砲身の二つを爆破した。


「効かんわんなもん!」

「効いてんじゃねーか! おらもう一丁!」


 間髪入れずにもう一射。今度は右側面に着弾し、機銃を一つ破壊した。

 これでよし。後は相手の気を引き続ければ――。


『申し訳ございません』


 その必要もなくなったと、修二は銃を下ろした。


『少々……手間取りました』


 甲高い金属音と、宙を舞う金属片。

 赤金の騎士がひらりと羽ばたく。


 修二が破壊した砲群の一角から、砲身を足場に駆け上がり、イスカは砲の殆どを瞬く間にスクラップにしてみせた。

 遅れてイスカの遥か後方に落ちていく、ゴーレムの首。


『無念……!』

「んな……ライラウス!?」

『ご足労頂きまして、まことに感謝致します』


 飛び上がったイスカは空中で身を捻り、パルチザンを大きく引き絞る。落下していく体にあわせて、イスカはブースターを解き放った。

 スカートのような彼女の鎧は、全身の吸気口エアインテークと脚部と腰部の排気口エクゾーストノズルで構成された、高性能のジェットエンジンだ。


 ボッ、と空気を吐き出して、イスカの体が加速する。


『お疲れでしょう、どうぞゆっくりお休みください――』


 輪郭の霞む速度で宙を駆けたイスカは、重戦車を縦一突きで貫いた。


「またおまえに負けんのかい! 覚えとけや、修二ぃ――!」

「悪いねカーン。俺のスコアの肥やしになれ」


 古来よりトップアタックは戦車の敵。

 爆発音と断末魔を聞き流して、四散する戦車とすれ違う。


 フェザーダンスの肩へとひらり飛び乗ったイスカには、傷一つなかった。

 空恐ろしい相棒だと心中呟き、修二は緩めていた速度をトップスピードへ戻していく。


「出てきたのがあいつで良かった……イスカ、どう思う?」

『時間を掛け過ぎたかと存じます。申し訳ございません』


 このままでは必要スコアに到達しないかもしれない。修二は少し悩んだ。

 足を止めての長距離索敵をしている余裕はない。しかし間に合わなければここまで急いだ意味がなくなる。

 彼はイスカに再度尋ねた。


「お前だけで何機撃墜できる?」

『戦場が試算の通りに推移しているのならば、ドローンとオートマトン、それぞれ二機』


 十分だ。アサルトライフルを背に格納し、空いた右手にイスカがひらりと飛び乗る。

 修二は幾つかの操作とともにぐっと操縦桿を引く。仮想ARの操縦桿を引く動きは、遠投前のテイクバックにも似ていた。


 機体は小さく跳躍して半身になり、ローラーの回転が食い違う。


「無理するなよ」


 そして機体が着地する。

 左車輪は後ろへ、右車輪は前へ、推進方向の食い違いが機体を急激に旋転させる。

 修二は勢いに乗せて操縦桿を突き出し、イスカを全力で投げ飛ばした。


『無理なご相談です』


 修二は反動でふらつくのをどうにか立て直した。それを尻目に、イスカは砲弾となってビルの谷間を抜けていく。

 アーマースカートが閉じる。エアインテークは全開。

 貯蔵空気量は九十パーセントを維持。ジェットエンジンの出力が安定した。

 イスカの体は旧世代戦闘機のような音を立てて飛行する。


 今回の競技はバトルロイヤル。様々な評価の、総合スコアで順位が決まる。

 即席のチームを作るならば、キルは減るがアシストや連携ボーナスが貯まるだろう。個人で活動するものならばキルスコアに傾倒するしかない。ダーティプレイに徹するのも有りだ。狙撃ならば一撃必殺ないし隠密ボーナスが付く。勿論、生存時間もスコアの一つ。


 修二とイスカはスコアを稼ぐ方策を、単独での強襲離脱に絞った。即ちキルスコアと生存スコアの両立。敵を素早く倒し離脱、新たな標的を発見し襲撃。これを繰り返して撃墜数を稼ぐ。

 そしてこの先では、大型チーム同士が激突している。


 ハイエナに徹する。

 被ダメージを減らし撃墜数を稼ぐなら、それが最も効率がいい。

 大規模グループの交戦、その終わり際を狙って、瀕死の機体を破壊して回る。

 イスカはポイントを稼ぐため、空を飛んだ。

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