第53話 53 0.77160493827%

「そうそう、期待の新人がこんなとこにいたね」

「ぁうぐっ――」


 言いながら霜山は、身動きが取れない状態の玲次の襟首を掴むと、明かりの近くまで引きずってくる。

 その動作には軽々という感じはなく、ワリと大仕事をしている印象を晃に与える。

 振る舞いがラスボスっぽいので幻惑されるが、霜山は贅肉質で背も低め。

 やはり、身体能力ではリョウは勿論クロよりも貧弱、ということらしい。


「さーてさてさて、レイジ君。ここでひとつ、発表会と洒落込しゃれこもうか」

「ぼぉひゅ、べうっ――ぅあ、は、はっぴょ、お?」


 雑に運ばれて首が絞まりかけていた玲次は、濁った咳の後に霜山に問う。

 目隠しのせいでどっちを向けばいいのか迷っているようで、見えもしないのに無駄にキョロキョロする感じに頭を動かしている。

 こんなシチュエーションじゃなければ笑えてくるマヌケさだが、当然ながら晃は笑うに笑えない。


「じゃあ、発表しちゃおう。大々的に」

「何、を」


 霜山から三十度ほどズレた方を向いて、玲次は訊く。

 問われた霜山は、視界を自分で塞いだのを忘れているかのようなオーバーアクションでもって、玲次を指差しながら言う。

 相変わらずの、道化師の仮面めいたいびつな笑いを顔に貼り付けて。


「レイジ君が、キミがどんな方法でケイタ君を、お兄ちゃんをブッ殺したのか、みんなにもキッチリ知ってもらおうよ、ね?」

「あ、兄貴、の」

「うんうん、ケイタ君の話だね。自分が助かりたくて殺しちゃった、大好きな大好きなお兄ちゃんです」

「ぁああぁあ、あぁあぁぁああぁ」


 小刻みに震えるレイジの唇から、雑多な感情が混ざり合った声にならない音が漏れる。

 聞きたくも見たくもない親友の姿に、晃はたまらず目を逸らす。

 逸らした先で、引き攣った表情の優希と目が合った。

 彼女もまた、晃と同様の心境に追い込まれているのだろう。


 佳織はまだ正気を回復していないらしく、虚ろな目は焦点が合っていない。

 明らかにヤバい雰囲気を漂わせつつ、小声でブツブツと何かを言ったり、無意味に上体を揺らしたりと忙しい。

 自分の恋人である慶太の死が話題になっているのに、反応らしい反応もしなくなっている辺り、精神的に限界が近いどころか既に突破している可能性もある。


「ホラホラ、勿体ぶってないでさ。早く皆に教えてあげようよ、何を考えながら、どんな感じでケイタ君をなぶり殺しにしたのか……ホントにね、何考えてんだか超知りたいから。自分の兄弟を殺して平然としてるとか、極上のサイコ野郎じゃない? もう完璧に人としてアウトなんですけど?」


 楽しげな霜山に何も答えようとせず、玲次は小刻みに頭を左右に振っている。

 それは発言することを拒否しているようにも、今自分の置かれているこの状況を拒絶しているようにも見えた。

 ともあれ、このまま無反応を続けさせるのはマズい。

 そう予感した晃は、玲次にリアクションをさせるべく声を出す。


「ちょっと待てよ、ちょっと……いや、全部がっ、おかしいだろ! そもそも……玲次に、やらせたのはお前らっ、だろうが」

「そいつは人聞きが悪いなぁ、アキラ君。ボクらは、彼に提案しただけだよ。このままだと、ケイタ君とレイジ君とカオリちゃん、それとアキラ君とユキちゃんも、全員揃って皆殺し。だけど、レイジ君がちょっとしたゲームをやってボクに勝ったら、全員が助かる。負けても、ケイタ君が犠牲になるだけで済むんだけど、どうする? ってね」

「やっぱり、お前が――」

「違うね。それが不当だと思うなら、他に選ぶべき方法はいくらでもあった。だけどレイジ君は、イージーな一発逆転を狙って、無様に失敗して、おにいたまをブッ殺した。そうだろ? ん? どうなの?」


 どうせ選択肢など何もなかっただろうに、霜山はしたり顔でそんなことを言う。

 訊かれている玲次は、全身の震えが激しくなっている。

 他に打てる手は、何かないか――もうないのか。

 奇跡までは望まないから、僅かなりとも状況をマシに動かす何かが。

 ふとした瞬間に全てがおしまいになりそうな緊張と、全身を幾重いくえにも貫き通している痛みに抵抗しながら、晃は思考能力をフル稼働させる。


「ゲーム、って」

「んー、単純なゲームだよ。サイコロを使ったやつ」


 ともあれ、霜山が自分達をいびるのに飽きたら、状況は悪い方に動く。

 そんな確信があった晃は、どうにかして興味を繋ぎ止めようと話しかける。

 呼吸にも苦痛を伴う体にとっては、声を出すのも至難の業だ。

 だが、自分の行動で皆の運命が決まると思うと、晃は無理の上に無理を重ねていかざるを得ない。


「丁半、とか、そういう」

「もっとシンプルなルール。サイコロを振って、どっちの数が大きいかで勝負。普通とちょっとだけ違うのは、レイジ君が負けるとケイタ君にペナルティがあるのと、こっちはサイコロを三つ使うけど、レイジ君は一つっていうハンデがあること、かな」

「そんな、の――」


 勝てるワケがない。

 だからこそ負けて、慶太があんなことになったのだろうが。

 

「一投目のペナルティは『歯』だ。負けた目の数だけ、ケイタ君の歯をペンチで抜く。それで――ぷふっ、なっ、何本だっけ?」

「ぅう……」

「答えないと、アキラ君のも同じ数いっちゃうよぉ?」

「じ、じゅう、よん」


 心の底から嬉しげな霜山に、嘔吐寸前みたいな詰まった声で玲次は応じる。

 十四本――大人の歯って何本だっけ、と思い出してみる晃だが、数えるまでもなく一大事だ。

 当然ながら麻酔もない状態で、それだけの歯を一気に引き抜く。

 やられる方は勿論、やる方も頭がおかしくなりかねない。


「こっちに十六が出たのも運がないけど、二を出した瞬間のレイジ君の硬直した顔といったらもう、写真撮らなかったのが惜しまれるキラメキがあったね」

「あぁああぁ、ふぁ」

「絶対にやらない、って言い続けてたのに、だったらレイジ君の両腕をヘシ折って、その後でリョウが代わりにやるってのはどうかな、って提案したら急にやる気になって。まぁしょうがないよね。結局は自分が一番大切だから」

「ち、ちがっ……そうじゃ、そうじゃない」


 全身を震わせながら、玲次は必死になって否定する。

 霜山は無駄にウロウロしながら、小うるさい動作を交えて玲次を言葉でいたぶる。

 玲次は目隠しをされたまま――この悪趣味なショーの観客は自分らか。

 晃はどこまでも鬱陶しい霜山に、どうにか反撃できるチャンスはないかと窺う。

 

「二投目のペナルティは『指』。負けた目の数だけ、ケイタ君は指を切り落とされる。まずは右手、それから左手、続いて両足。まぁ十八対一で負けても、一本は残る」


 計算がおかしくないか――と思う晃だったが、すぐに慶太が翔騎と戦わされる前に、右手の指を二本落とされていたのを思い出す。


「それで、この結果はどうだった? レイジ君」

「ぅぶ……五、五だ」

「そう、レイジ君の出目は六と最高だったけど、こっちは十一。なんで、左手の指を全部もらうことにした。だけどさ、歯を抜いた痛みで色々麻痺しちゃったみたいで、リアクション鈍くてつまんないんだよね、ケイタ君。だから、次はちょっと趣向を変えてみた」


 言いながら、霜山は湧き上がる喜びを抑え切れないようで、くふくふと気持ちの悪い笑いを漏らしている。

 そして、痙攣けいれん状態で震えている玲次に近付き、問いを投げる。


「じゃあレイジ君、ルール変更から試合結果まで、ペロペロっと語っちゃってみようか。絶対にみんな大爆笑だから。このネタを遺しただけでも、ケイタお兄ちゃんは生まれてきた価値があるから」

「ふっ、ふぉ……はぁ、ひぅ……」

「いやいや、そんなマダガスカル辺りに棲んでそうな生物の真似はいいから。早く早く」


 過呼吸状態になっている玲次を二度三度と軽く爪先で蹴り、霜山は催促する。

 不毛なやり取りが数分続くが、喋れないのか喋らないのか、玲次が何も言おうとしないので状況は動かない。

 腹立たしいほどのテンションだった霜山の声が低くなり、不機嫌さが混ざっていく。


 よからぬ気配に気付いた晃は、注意を自分に向けるために身を起こそうとするが、変な圧力が負傷部位にかかったのか、激痛が走って意識が飛びかける。

 晃が一人でもがいていると、霜山は舌打ちの音を響かせて、それから玲次の視界を塞いでいたテープを乱雑にビリビリと剥がす。


「ぁががががぁががががっ――」

「まったく、期待ハズレにも限度があるね。ならもう、最高のパフォーマンスができるように、こっちでセッティングする」


 吐き捨て気味の口調で言いながら作業を終えた霜山は、玲次の毛が貼り付いたテープを投げ捨てると、香織の髪を掴んで立たせて後頭部に銃口を突きつけた。

 ついさっきも見せられた、わかりやすい脅迫。

 

「じゃあレイジ君、リトライの時間だ。ルール変更から試合結果まで、サラサラっと語っちゃってみようか」

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