第31話 31 パターンCでお願いします

 満を持して登場、といった感じの御膳立おぜんだてをされ、霜山が二歩ほど前に出た。

 晃が、優希が、慶太が、佳織が、玲次が、この場を支配する男の姿を凝視する。

 その表情は愉悦ゆえつを通り越し、恍惚こうこつに近いものになっているようだ。

 オーバーサイズのパンツなので定かではないが、勃起しているように見えなくもない。

 サディストにとっては、今こそが最高の瞬間なのだろう――晃は気色悪さに顔をしかめつつ、霜山が何か言うのを待つ。


「……これが、最後の確認だ」


 たっぷりのタメの後、霜山は映画のラストに向かうシークエンスで演技を披露しているヘッポコ俳優のような仰々しさで、晃に問いを投げる。

 それに付き合わされる馬鹿馬鹿しさと、怯える心を鎮められない忌々しさを同時に感じながら、晃は小さく頷く。


「アキラ君の選んだ死んでもいい奴は、ユキちゃん……それで間違いないかな」


 既に覚悟を決めている晃だが、やはり即答はどうかと思ったので、数秒の間をとってからあごを引いた。

 しかし、霜山は返事を待っているポーズを崩さない。

 仕方ないので、声に出して追認する。


「……そう、です」

「犠牲にするのは、ケイタ君じゃなくてユキちゃん。それでいいの?」

「はい」

「殺されるのは、レイジ君じゃなくてユキちゃん。本当にそれでいいの?」

「はい」

「お別れするのは、カオリちゃんじゃなくてユキちゃん。そうなの?」

「……はいっ」

「死体になるのは、アキラ君じゃなくてユキ――」

「だから、そうだって言ってんだろぉが! もういいってんだよ!」


 澄まし顔とドヤ顔を絶妙な匙加減でミックスした、ここ数年間に目にした中で最高にムカつくつらで質問を繰り返され、我慢の限界に達した晃はついつい立場を忘れて怒鳴り返す。

 制裁を加えるつもりか、リョウがグイッと身を乗り出したが、片手を上げた霜山がそれを止める。

 それからパンパンッと素早く二回手を叩き、きびすを返して優希を見る。


「あぅう……」


 ねっとりとした視線に絡め取られ、優希は低くうめきを漏らす。

 晃には想像するしかないが、現在の彼女の頭の中には、死の恐怖を筆頭とした様々な感情が吹き荒れているに違いなかった。

 そんな優希をしばらく見据えていた霜山は、不意に優しげな表情を浮かべると、何気ない調子で問いを発した。


「死にたくない?」

「うっ、ううっ」


 まともな声にならない二つ返事が、高速でコクコクと首を振る動作と共に優希から出てくる。

 霜山は満足げに微笑み返すと、更に質問を重ねる。

 

「そりゃまぁ、死にたくないよね。じゃあ……、キミだけは助かるけど、代わりに他の全員が殺される、って条件でも助かりたい?」

「それでも、それでもいいっ、死にたくっ――死にたくないっ! こんな、こんなところで死っ――いや! こんなのはいやぁああああああああああああああああああああああっ!」


 迷いのまるでない回答に、慶太や佳織は呆気に取られて優希を見る。

 普段の優希を知らない晃と玲次も、この絶叫命乞いにはドン引せざるを得ない。

 ここまで追い詰めてしまった原因の半分くらいは自分にある、との自覚がある晃としては、優希がどんな醜態を晒そうと責める気にはなれなかったが。


「落ち着いて。残念ながら、キミはアキラ君に犠牲者として選ばれたんだ……だから、もう助からない」

「ぞっ、んなっ――」

 

 残酷な事実を告げる霜山に、優希は鼻声で抗議する。

 心の底から霜山が楽しそうで殺意が湧き起こるが、余計なことをしても事態が悪化するだけ、と自分に言い聞かせて晃は動かない。

 

「でも、それじゃあんまりだなって思うから、一つだけ選択肢をあげる」

「せん、たくし……?」

「そう。条件次第で、死に方を選ばせてあげるよ」


 何を言われているのか分からない、という感じで優希が周囲を見回す。

 ガラムに火を点けたジッポをポケットに戻しつつ、クロが疑問に対する答えを口にする。


「犯されてから殺されるパターンA、犯されながら殺されるパターンB、殺されてから犯されるパターンC、こん中から好きなのを選ばせてやんよ。特別になぁ!」


 腰を振りながらゲラゲラ笑うクロから目を逸らし、嫌悪感だけを浮かべた顔で優希は霜山の方へと向き直った。

 霜山は変わらず柔和な表情で、優希を労るような口調でもって訊ねる。


「条件は簡単だ。キミの道連れになる人間を一人、選んでくれ。そうしたら、苦しまない方法を選ばせてあげよう」

「晃っ! 晃で!」


 クイズ王でもここまでの早押しはないだろう、ってレベルの即答だった。

 ここまでの経緯いきさつからして仕方ないとは思うが、ここまで憎まれているのはさすがにつらいものがある。

 そんな暢気な考えに浸った晃だったが、次の瞬間には自分へ死刑宣告が向けられたのを把握し、急転直下で頭の芯が凍てつく気分に陥った。

 

「はっ――はぁああああああああああああああっ? 何で俺、俺はもう関係ないだろ!」

「ボクはね、公正さを大事にしたい人間なんだ。誰かが理不尽に傷ついていたら、別の理不尽をそこに重ねてでも救いたくなる……そういう気持ち、わからないかな」

「なっ、なんっ……そん、な……」


 霜山が何を言っているのか、晃にはサッパリ意味がわからなかった。

 優希を犠牲にしてみっともなく助かるはずが、みっともなさはそのままに自分まで死ぬことになるとか、本気でワケが分からない。

 慶太と玲次と佳織は、コロコロと変わる状況への戸惑いからか、声も出さず身動みじろぎもしないで、推移をジッと見守っている。

 優希は、狂気をはらんだ引き攣った笑みで晃をめつけていた。

 見返していると、彼女の唇が小さく「ざまあみろ」と動く。


「はいはーい、じゃあユキちゃん、どんなラストを迎えたいのかにゃ~?」

「――きに、殺して」


 ノリノリで訊いてくるクロに、優希はハッと我に返る。

 それから、蚊の鳴くような声で答えた。


「んん? 何も聴こえない。何も聴かせてくれない。そういう壊れかけ演技はいらねぇから、ちゃんと言えよオラッ」

「ぁうっ、く」


 クロに軽めに背中を蹴られ、優希は改めて答える。


「さ、先に、殺して」

「先に殺されて、からの~?」

「殺して、から……犯して」

「はい! 女の子ちゃんからの屍姦要請、入りましたぁ! いやはや、マニアックな要求過ぎておじさんも軽く引いてるよ? 最近の子はスゲェなぁ、マジでありえねぇってば」


 わざわざ言わせておいて、クロは返す言葉で優希を嬲る。

 悪趣味さに反吐へどが出そうになる晃だが、優希の前菜として殺されそうな立場に転落しているので、それとは無関係にもう吐きそうだった。

 そんな晃をチラッと見て、それから優希の方も確認して、霜山はフッと小さく音を立てて溜息を吐いた。


「じゃあ、決まりだね。選ばれたのは、ユキちゃんとアキラ君」


 それだけ告げて、霜山は口をつぐんだ。

 そしてたっぷりと時間を取ってから、喜色満面の小太りは再び口を開いた。

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