第25話 25 ユビキリ×2

 まるで趣味の悪いジョークグッズのような、綺麗に切断された指。

 こういう状態なら、すぐに接合手術をすれば元に戻る、とTVで見たような気がする。

 しかし、病院にいるのに医者までの距離は絶望的に遠い。

 拾って保管しておくべきなのだろうが、その動作をしようとしても晃の体は動かない。


「ったく、動くなっつうのに動くから、隣のもイッちまったじゃねえか」

「あぶぁああああ――っ! ぅはぁーあああぁあああっ! がかっ、かかかかかかかくゎかか」


 慶太の発している叫声が『あ行』から『か行』へと変化する中、眉根を寄せたリョウはまた何かを放り投げる。

 

「ひっ――ぇあっ! ゆびぃいぃあ! いぃやああああああああああああああぁ、だぁあああぁあああぅああああっ!」


 乱調の極みにある悲鳴が長々ととどろく。

 佳織に向けて投げられたのは、おそらく薬指だろう。

 そんなことを思った直後、いきなり視界が低くなり、それに尾骶骨びていこつへの痛みが続いて晃は何事かと困惑する。

 数秒経ってから、自分の腰が抜けて床に尻餅をついたのだ、とやっと把握した。

 

「まったく……リョウさんはやること雑なんだよなぁ」

「ふっへっへっ、あいつに人を殴る以外の仕事をやらせたら、もう七割方は失敗するってわかってたでしょうが」

「あれあれー、何だかディスられちゃってますぅ?」


 慶太の苦痛も佳織の恐怖も存在しないかのように、霜山たちは楽しげな会話を交わしている。

 異様な毒々しさをはらんだ空気に、晃は頭がおかしくなりそうだった。

 佳織は無秩序に泣き喚いている。

 怜次と翔騎は呆然と口を半開きにして、優希は腐りかけた魚のような濁った目で、それぞれ無言で事態を見守っている。


「ケイちゃん、ケイちゃん?」

「くけかかっ、かかっ――あがかかっかかかぁかかか」


 蹲った慶太は、言葉にならない音声をダダ漏れにしながら、切られた指の辺りを左手で強く押さえている。

 晃からの呼び掛けにも応えず、佳織の泣き声も耳に入っていないようだ。

 硬く握った左手の隙間からは、結構な勢いで鮮血が溢れ出している。

 すぐに失血死ということはないだろうは、放置して平気な怪我でもない。

 早いところ終わらせて、病院に連れて行かなければ。


 しかし、この状況が終わるというのは、同時に慶太が人殺しになるということだ。

 自分がヘタレたせいで、慶太に指を二本失わせた挙句に、一生モノの十字架を背負わせてしまう。

 後悔と恐怖と慚愧ざんきとがぜになり、晃はただたベトついた汗で背中を湿らせる。

 もっと冷静に行動すべきだったのだ。

 思い返してみれば、霜山なんて登場時から不自然さの塊だったじゃないか。


 事態が悪化してからも、どこか他人事のようにしか思えなかったのもマズい。

 こいつらはマトモじゃないって、十分わかっていたハズなのに。

 命に危険があるような異常事態に遭遇しても、中々それを受け容れられない――正常性バイアス、とかいう心理状態だったっけ。

 そいつがいらん仕事をしてしまったのが、この状況を招いたのか。


「さて、それじゃあボチボチ始めてもらおうか」

「そっスね……オラ、いつまでやってんだ」

「――ぉうっ」


 リョウが、突っ伏して丸まっている慶太の尻を音高く蹴る。

 血痕を散らしながら、慶太はヨロヨロと立ち上がった。


「おめぇも、ボサっとしてんじゃねぇ! ファイティング・タイミング・ゴーイングだってんだよ、オゥア」

「あぁだだだだだっ! はいはいはい、あっ! はい!」


 クロが、座り込んだままの翔騎の髪を掴んで引っ張る。

 当然ながら、どちらにも戦意などない。

 しかしながら、霜山たちにはそんなのは関係ない。

 選択の余地などなく、やるしかないのだ、もう。

 晃は、せり上がってきた胃液を涙目で飲み下した。

 

 リョウに胸倉を掴まれた慶太と、クロに髪を掴まれた翔騎が、強引に向かい合わせの形で立たされる。

 お互いに心ここに在らずな感じで、格闘戦など起こりそうな気配は皆無だ。

 なのに、そんな空気などお構いなしに、リョウとクロは実況の真似事を始める。


「さて、解説兼フーリガンのクロさん。どうやら両選手とも、笑っちまうほど目が死んでるようですが」

「ぶははははは! これはいけませんねぇ、実況兼エクスタミネーターのリョウさん。自分の立場ってやつをもう一度ジックリ見つめ直して、二人には改めて試合に集中してもらいてぇトコです」

「はいはい、立場……と言いますと?」

「これは負けイコール死亡の、ガチなデスマッチなんデスマッチ!」


 ドヤ顔で途轍もなく下らないことを言うクロだが、当然ながら晃は笑えない。

 周りからも特に反応はなく、実況と処刑人エクスタミネーターを兼任しているらしいリョウも流して話を進めている。


「どうしましょうかね、この塩試合」

「しゃあねぇ、いっちょスパイス効かせますかぁ」


 クロはそう言うと、しゃくり上げながら事態を見守っていた佳織に近付いて行く。

 その動きに気付いた慶太が、荒い呼吸のせいで溜まっていたのであろう涎を噴きながら怒鳴る。


「ぽぁはっ、ぺっ、へめぇ! カオリに触んじゃねえ! おいっ!」

「はいはーい、そういうホッカホカな感じで試合の方、お願いしますよーん」

「えっ、ちょっ、やめ――」


 クロはどちらの言葉にも聞く耳を持たずに佳織を立ち上がらせると、左腕をその首に回して爪先立ちの状態にしてしまう。

 軽く首が絞まっているのか、佳織の耳が赤くなっていく。


「おめぇな……マジでやんねえと、コイツも死ぬぜぇ」


 直球勝負での脅迫に、慶太の目付きが変わる。

 覚悟を決めた――決めてしまった。

 見るに堪えないのだが、見届ける義務があるような気がして、晃はその一挙手一投足を観察する。

 即座に終わらせようとしたのか、慶太は床に転がっている鉄パイプを拾いにかかる。


「おおっとケータ選手、素手喧嘩ステゴロなのに凶器はいけません」

「リョウさん、あっちにも何かやって」

「はい、了解です。おいショーキ! こいつ使えよっ、と」


 霜山に命じられ、リョウがポケットから何かを出して、翔騎の方へ山なりに投げた。

 カシャン、と音を立てて落ちたそれを翔騎は拾い上げる。

 長方形で銀色、大きめの金属製のライター、だろうか。

 いや違う、あれは――バタフライナイフだ。

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