第三章

第18話 18 ここはどこ? おまえはだれ?

 ドンッ――ゴン――ドン――ゴッ――


 連続する衝突音が、晃の意識を空白の中から引き戻した。

 体は上手く動かず、無理に動かそうとすると、頭と首に痛みが走る。

 どうやら後ろ手に縛られて、床に転がされているようだ。

 目に映るのは、濃い黒カビがまだらに浮いたコンクリートの壁。

 それと、床に散らばっている直径一センチくらいの金属の輪だけ。

 

「うぅ……くっ、ふっ」


 痛みに声を漏らしつつ、晃は壁と腹筋を使って無理矢理に身を起こす。

 見上げると、すすのような汚れが付着した電灯が弱々しく光っている。

 電気が通っている場所に連れてこられたようだが、ここはどこなのだろう。

 全面がコンクリート打ちっ放しの、六畳間くらいの何もない部屋。

 尻ポケットにはスマホの重みが感じられるが、手が使えないので取り出すのは無理っぽい。


 ドン――ドッ――ゴコッ――ドン――


 どこからか響いている衝突音は、まだ続いている。

 半覚醒の状態で耳にした時よりも、音量は小さく感じられた。

 不安感がジワジワとつのり、意味もなく周囲を見回す。

 やはり何もない――意味ありげなガラクタや、落書きの類も見当たらない。

 あるのは壁と、小さい金属の輪が数十個。

 大声を上げたい気分で一杯だったが、今の段階では何がどうなっているのかサッパリわからないので、迂闊うかつな行動は控えた方がよさそうだ。

 そう判断した晃は、とりあえず何か変化が起こるのを待つことにする。


 ただボンヤリしていても仕方ないので、まともに働いている様子の頭を使って晃は考える。

 半日や一日放置されたような、ハッキリとした空腹感や喉の渇きはない。

 それはつまり、あの大男に遭遇してからそんなに時間は経っていない、ということだ。

 ならば、ここは病院内のどこかだろうか。

 ドアには鍵が掛かっているようだが、見た感じ扉の材質は軽量アルミなので、いざとなれば蹴破るのも不可能ではない気がする。

 そんな分析で少し気分が軽くなる晃だったが、拘束された上に監禁されている状況の告げてくる不穏さは、かなりの重量感で気分を沈ませた。


 ドッ――ドン――ドン――ガゴッ――


 新しい情報を得られるきっかけになりそうなのは、この音だけか。

 一定間隔のように思えるのだが、時々遅れたり早過ぎたりする。

 晃は耳を澄まして、音がどこから聞えているのかを突き止めようとした。

 四方の壁と床に耳を当てて音の響き方を検討してみて、ドアのある面の左から出ているのを把握した晃は、自分も壁を蹴ってみる。


 だが、想像以上に壁は厚くて硬かった。

 音らしい音も出ないので、代わりにドアを蹴っ飛ばしてみる。

 今度は『ゴンッ』と結構大きな音が鳴った。

 二度三度と続けて蹴ってみるが、その音が聞えているのかどうか、衝突音は相変わらず一分間に十回前後のペースで響いてくる。

 もしかすると、こちらの音を人が立てていると認識していないのかも。

 そう気付いた晃は、謎の音が鳴らされた直後にドアを蹴る、という行動を試してみた。


 ドン『ガッ』――ゴッ『ガン』――ドン『ゴン』――ドッ『ドカッ』――


 間髪を入れないコール&レスポンスが十回ほど続いた後、不意に音が止まった。

 やっと伝わったか、と晃は小さく安堵あんどの溜息を吐く。

 壁にもたれながら次のアクションを待ってみるが、しばらく経っても静まり返ったままだ。

 こちらから動くべきか、と思わなくもなかったが、話しかけてきた場合を考えてそのまま待ち続けた。


 待ちながら晃は拘束を外そうとするが、力が入らずに上手くいかない。

 動かそうとすると走る痛みの具合からして、両の手首と親指の付け根が、ワイヤーか何かでギチギチに締め上げられているようだ。

 壁や床に突起でもないかと探してみるが、拘束具を壊せそうな都合のいい箇所は見当たらない。


「どうなってんだ……」


 探すのを諦めた晃は、小声で呟いて天井を見上げる。

 ロクでもない事件に巻き込まれているのは、まず間違いない。

 最大の懸念は、大男とその仲間がどこまでやるつもりなのか、だ。

 あれこれと思い悩んでいると、処置室に転がされた少年の血塗れの顔と、半開きの濁った目が頭に浮かんで消えなくなる。

 陰惨な光景と不吉な未来予想を振り払うように、晃は勢いよくかぶりを振った。

 

「誰かいるのか」


 無音状態が数分続いた後、大声を無理矢理に圧縮したような問いが聞こえた――慶太の声だ。

 自分の声が届くかどうか分からなかったので、晃はそれに怒鳴って答えながらドアにも蹴りを入れておく。


「ああ!」『ガンッ』


 十秒ほどの間を置いて、再び声がする。


「誰だ? レイジか? アキラか?」

「俺だ、晃だっ!」『ゴッ』


 自分の名を呼ばれた直後、返事をしながらドアを蹴る。

 また少しの間を置いてから、慶太は話し始めた。


「かっ、カオリが、こっちの連れの……カオリって女の子が捕まってる。犯人は三人で、一人はシモヤマって名乗るガキだ。こっから外に出られたら、すぐに警察に連絡してくれ」


 残念ながら晃の声は届いていないらしく、身内じゃない可能性を考えた状況説明になっていた。

 佳織が捕まっていて、小デブの霜山は大男とグルだったってことか。

 三人、ということはもう一人仲間がいるのか――人殺しの仲間が。

 あの状況では玲次と優希も捕まっているだろうし、慶太と佳織もきっと自分と似たような感じだろう。

 想像以上に切羽詰せっぱつまっているのを思い知らされ、晃は心臓の辺りに疼痛とうつうを感じた。


「それで、シモヤマって奴なん――げぁ!」


 慶太は何かを言いかけたが、その言葉は奇声を最後に途切れた。

 霜山がどうとかの内容だったが、あいつがどうしたというのか。

 話の続きを待つが、数分が経っても慶太は沈黙したままだ。

 ドアに背を向け、右耳を壁につける体勢で音を拾おうとするが、コンクリートの向こうからは何の気配も感じられない。

 もう一度ドアを蹴って、慶太からのリアクションが来るのを待つか、と振り返ろうとした所で、突然くすんだ銀色のドアが開いた。


「へあっ?」


 間抜けな声を漏らした半瞬後、晃の視界が暗転した。

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