第15話 暗い空

 森の中に、妖精の石塔以外にもこんな物があるなんて初耳だった。


「おっきいねえ」

『うん、ルシィの倍はあるかな』


 高さは2メートル以上。削って整えた石を積み上げて作ってある。


「これ、なんだろう」

『祠……かな』

「ほこら?」

『うん、なんていうかな……神様を祀っている場所?』

「う?」

『うーん……。神様のお家? 神様が休憩する所?』

「おー」


 理解してくれたようだ。


「じゃあここは妖精の祠だ!」

『かなあ』


 妖精は神様なのか、という疑問はこの際置いておこう。


「えんぴつさんて意外と色々知ってるよね」

『あ、はい。どうも』


 ええ。在りし日に営業トークの一助になれば、と思って仕入れた雑学の数々ですけどね。

 とりあえずここで休んで、救助を待とう。


『ここで休もうか。雨が降ってきても屋根があるから大丈夫そうだ』

「うん!」


 あとはルシィの体力勝負。

 そしてここが人の目が届く程度に近い場所であることを祈る。

 運次第だけど、転送された場所でじっと待っているよりは、こっちの方が見つけてもらえる可能性はあるはずだ。

 無論、ここでやるべきこともある。


『ルシィ、疲れてる?』

「ううん、平気」

『じゃああと少しだけがんばろう』

「うん、どうするの?」

『なるべく乾いた木と落ち葉を集めて』

「うん。どれくらい集めた方がいい?」

『とりあえず、火が着くくらいでいいよ』

「火?」


 可愛く首をかしげるルシィ。

 がんばれ。

 ルシィは健気に両手いっぱいに集めた枯れ木を拾い上げて、落ち葉を一箇所に集めた。


『カードと、鉛筆』

「……」

『……そこで止まらないで欲しいんだけど』

「だってえ」

『今こそ使う時でしょ? 帰りたくないの?』

「うーん……」


 ありがとね、ルシィ。気を使ってくれて。

 でもさ、今こそルシィの役に立ちたいんだよ。


『ほら、”集めた枯れ木に火を付けて”って書くんだ』

「……わかった」


 頼む。マジで頼む。どこにいるのか知らないけど、神様マジで頼むよ。

 俺、この中世ファンタジーの世界を少し舐めてた。

 この能力があればなんでもできるんじゃん、楽勝すぎる、くらいに思ってた。

 まさか、こんなサバイバルな展開になるとは思ってなかったよ。

 でもさ、今はとにかく、この子を助けたいんだ。


 ――火よ、付いてくれ!


 ……カードが光る。やった!

 パチパチと音を立てて、集めた枯れ木と落ち葉から煙と炎が出始めた。

 これで、ルシィの体が冷えて体力が奪われることを防ぐこともできる。

 何よりこの煙が居場所を知らせる狼煙になる。


『成功だ。これで気づいてくれるはず』

「ホント? やったね!」

『あとは動かないで、ゆっくりと休もう。時々焚火に枯れ木と落ち葉を足そうね』

「うん」


 いつの間にか辺りは暗くなっていた。太陽がさっきよりもだいぶ傾いている。

 すぐに夜になりそうだ。頼む、見つけてくれ……。


 ルシィは時々火にあたりながら、スンスン、と鼻歌を歌っている。

 ルシィは何も言わないけど、寂しい思いをしている。

 鉛筆握りしめている小さな手が、それを訴えている。でも今は信じるしかない。


『ねえ、ルシィ』

「なあに?」

『お家に帰ったら何がしたい?』

「えっとねえ、お風呂に入りたい!」

『そだね』

「……あ。今さ、あたしの裸を見たいと思ったでしょ? エッチィんだ~」

『はあ?』


 ちょっと待って。信じられない会話なんだけど、この8才児。

 俺は1日の内、かなり長い時間をルシィと過ごしているけど、いつの間にそんな言葉を覚えた?

 誰がそんなことを覚えさせた!?


『えーっと……』

「うふふ、冗談よ」


 怖い。女の子怖い。見ていない所でいつの間にか成長してるんだもん。

 純粋無垢だと思っていたルシィも、こうやっていつの間にか少女から大人の女性になっていくのかな……。

 変な悩みが増えそうなんだけど。


『まあ、冗談が言えるくらいならいいけどさ……』

「えへ」


 ペロッと舌を出してウインクするルシィ。

 それも初めて見たよ。

 女の子の成長ってすごいわ。きっと学校の中で俺がいない所でそういうのを覚えたのかな。


「ここからは星が見えないねえ」

『そうだね……」


 見上げれば暗い空。

 春になって、夜になってもあまり気温が下がらかったのは幸運だったな。


「ふわあ……」

『眠いね』

「……」

『無理しないで、横になって寝よう』

「うん……」


 もそもそ、と這うように祠の屋根の下に収まり、膝を抱えるルシィ。

 やっぱり少し寒いのかな? 今日は少し厚着だな、と思ったけど……。


「う……ん」


 ウトウトしていたルシィが膝に顔を埋めた。

 その瞳に少し涙が光っているのを見えて、自分の無力さが情けなくなった。


『まいったなあ……』


 ぽつねん、と呟いた所に、パキって枝を踏み折る音。

 その音に俺の魂の五感?はマックス感度。……すんごく嫌な予感がするんだ。

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