ルシィと魔法のえんぴつ ~俺が鉛筆に転生した話。
貴塚 木ノ実
少女と俺の、出会い
第1話 少女と鉛筆
俺の名前は
零細企業の営業職をやっている。今日も1日お疲れさん。
どこかに都合よく彼女とか落ちていないかなあ……、なんて馬鹿なことを考えながらぼんやり歩いていたら、車にはねられた。
あれえ、おかしいなあ。目の前の横断歩道は青信号だったと思ったけど。
はねた人の顔なんて見る暇なかったな。
ごめん母ちゃん、ごめん父ちゃん。親不孝な息子で本当にごめん。孫の顔を見せられなかったよ。
今度は特別な何かに転生できたらいいなあ。
そんな事を思いながらバイバイ今世。ハロー来世。
*
*
*
転生できるとは思っていなかったけど、本当に転生できるとはね。びっくりですよ。
よおし、この世界でどんな人生を送ってやろうか。
おいでませ、ハーレム世界!
おいでませ、チート人生!
『……』
体が固い。
こんなに肩こりひどかったっけ……。
病は気からって言うしね、もぞもぞしてみたけど、無理みたい。
うん、これ完全に体が動かないね。
身体の感覚が人間じゃない。
でもなんか、視覚があるような。
何かヒント掴めないかなあ。自分って何物?
と思って周りを見回した。
うん。にわかには信じがたいものが隣にある。これが俺と同類?
……。
えー……。
『俺、鉛筆じゃん……』
この呟きは誰かに聞こえているのだろうか。
俺はその他大勢と一緒に、何やら文房具屋さんぽいお店の鉛筆コーナーに陳列されていた。
特別な何かを願ったけど、これはちょっと特別すぎるよ。なんだよ、鉛筆って。神様は意地悪すぎないか。
しかもかなり長い間、売れ残った。
俺は一体どうしたらいいんだ……と困惑すること幾数月。
ある秋の日の夕方、男の子にむんずと掴まれた。
その他の同類?2本と一緒に。
……うーん。まあ、文房具屋の外に出られたってだけでも、よしとするか。
男の子はっていうと、多分10歳くらいかなあ。
膝、肘、つぎはぎだらけの洋服で、やせっぽっち。あんまり裕福な暮らしじゃないんだろうな、という印象。
鼻水がプープカ出ていたのを俺は見逃さなかったぜ。
きたねーな。鼻、拭けよ。
でも鉛筆を誰かに渡すつもりなのかな。
大事そうに紙の袋に入れてる。
「ただいま!」
そうこうしている内に男の子の家に帰りついたようだ。
家の外観は2階建で、オレンジ色の屋根。
壁はレンガの土台と土壁で出来ていて、白色の塗料で固められている。
すっごくヨーロッパな建物だね。
具体的にどこ地方のって言える程ヨーロッパに詳しくないから説明しづらいんだけど、見れば誰もが「あ、すごくヨーロッパっぽい」って言うと思う。
「おかえり、セブラン。晩ごはんはすぐだから早く手を洗ってらっしゃい。ルシィも待っているわ」
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「ただいまルシィ。ちょっと待ってて、母さん」
ふむふむ。俺を買ってくれたこの男の子はセブランって言うのね。
ルシィって言うのはよく見えなかったけど、妹さんかな?
……と、そんな事を考えているうちに、俺は2階の部屋の、机の上に無造作に置かれて、それからの事はよく分からなくなってしまった。
で、分からないなりに周りを見渡してみたんだけど、子供部屋……かな。兄妹の部屋だろうか。
1階の方から、くぐもった声が聞こえる。
セブランとルシィの兄妹と、その家族の会話かな。
そんなことをぼんやりと考えていたら、晩ごはんが終わったみたい。
兄妹が子供部屋に入ってきた。
「ルシィ、ほら鉛筆だよ」
「わあ! ありがとう! お兄ちゃん!」
陽も沈んで壁にかけた照明がうっすらと子供部屋を照らしてるんだけど、表情は分かったよ。
喜ぶ妹に、俺もちょっと嬉しくなった。
俺の鉛筆人生はこの女の子に使われていく運命なんだね。
『ま、これでいいんじゃないの。俺の鉛筆人生』
と、なんとなく呟いたのさ。
「……」
ん?
「……」
妹さん、どうしました?
こちらをガン見してらっしゃいますけど。
「……えんぴつさん?」
え。
「うーんと」
ええ?
「……えんぴつさん、今、おしゃべりした?」
『……かもしれない』
「わあ」
こっちも「わあ」だよ。
まさか鉛筆が人間と喋れるなんて!
「すごい、すごい! お兄ちゃん! この鉛筆、おしゃべりするよ!」
「え!?」
そんな無邪気に喜んでいる妹さんに、薄暗い灯りの下で本を読んでいたお兄ちゃんもびっくり。
何言ってんだこいつ、みたいに目をまん丸としてるけど、そりゃそうだ。
会話できる人間がいるなんて、俺も初めて知ったよ。
「……ルシィ? 何を言ってるの?」
『なんかお兄さん、すごく困ってるみたいだけど』
「えー。お兄ちゃん、えんぴつさんの声がわからないの?」
「……その鉛筆が何かしゃべっているの?」
「うん。ね」
『お、おう』
「……わからないよ……」
困り顔のお兄ちゃんに俺の声は聞こえないみたいだ。
でも妹ちゃんは俺と会話できる模様。
まあ見た目はかなりシュールだよなあ。
鉛筆を握りしめて目の前にかざして、それに話しかける女の子。それを首をかしげて眺める男の子。
かなり、オカルトです。
『なんか、俺の言葉はルシィ ちゃんにしか聞こえないみたいだよ』
「え、そうなの」
ルシィちゃんは少しびっくりしたみたいだ。
首をかしげて、俺(鉛筆)をそっと握りしめて、ジーっと見つめている。
よせよ。そんなに顔を近づけんなよ。照れるぜ。
「ヘンだねえ」
『そ、そうだすね……』
ヘンに噛んじゃったよ。
と思っていたら。
「お母さん、ルシィが変だ。鉛筆がしゃべってるって!」
あ。これまずいパターンじゃないの。
子供部屋から出て行くお兄ちゃんを見て、すぐに感づいた。
『ルシィちゃん、俺をどこかに隠して。別の鉛筆と替えて』
「え? なんで?」
『いいから早く』
「う、うん……」
そう言ってルシィちゃんは辺りを見回した。でも隠せそうな棚とかないんだよね。
で、どこに隠したと思う?
なんとルシィちゃん、ワンピースのスカートをたくし上げるとパンツに挟んじゃった。
ちょっとさあ……。
あんまりな隠し場所に少々不満はあったけども、この際仕方がない。
『俺とおしゃべりが出来るって言わないほうがいいかもね』
「え……、うん……」
俺のささやき声が聞こえたみたいで、ルシィちゃんは素直にうなずいた。
そこにお兄ちゃんに連れられてお母さんもやってきた。
「ルシィ、どうしたの?」
「えと……、その……」
「ルシィがね、その鉛筆がしゃべってるって……」
「まあ……その鉛筆が?」
あ、お母さんがルシィちゃんが持っていた鉛筆を取り上げちゃった。
あー。予想通りの展開になりそう。
「そんな怖い鉛筆を持っていてはダメよ。お母さんが預かっておくわね」
「……はい……」
お母さんはちょっと困ったような顔で台所に戻っていった。
「ルシィ。明日、鉛筆、もう一本買ってくるよ」
「……ううん。いいの」
健気に首をふるルシィちゃんを見たら、なんかちょっと心が痛かった。いや魂が痛い?
身の保全のために
ごめんね。
でもまあ、とりあえず俺は少女の手に渡り、大切に保護される?に至ったわけです。
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