第8話 008 裁断

「とりあえず、殺すのは待ってくれ」


 ファズは無言のまま眼光鋭く睨んでくるが、一応は俺の指示に従ってくれたようだ。

 その間に、俺はファズが壊滅させた盗賊達から金目のものを回収する。

 景気の悪い連中だったようで、ナールの他は所持品も所持金もロクなもんじゃない。


『リムも泥棒なのか』

「人聞きが悪いな!」


 強盗、追剥、盗賊――そういった犯罪者を撃退・捕縛した場合、どう始末しようが基本的には問題にされない。

 身包み剥がして放置しようが、半殺しにしてドブに叩き込もうが、細切れにして豚の餌にしようが、「犯人の自業自得」の一言で終わりで罰則もない。

 なので、油断した商隊に偽装してワザと盗賊に襲われ、それを返り討ちにするのを専門にした武装集団、なんていうややこしい連中まで存在していると聞く。


 レウスティの法としては一応、賊から財物を回収した場合は報告と提出を義務付けている。

 盗品や贓品の届けが出されてないかの調査が目的なのだが、警邏兵や憲兵に預けた金品が何故か行方不明になるケースが異様に多いので、今となっては誰も報告などしない。


 それはそれとして、この惨状は流石にどうかと思う。

 周囲の死屍累々を見回しつつそんな思念を送ると、ファズはスイッと目を逸らした。

 大部分を回収し終えた後、さっきと同じ場所で固まって震えている、生き残りの少年に声を掛ける。


「えぇと……お前、名前は」

「ぅえっ? ああああ、ミッ、ミスルです」


 名前を確認した俺は、ファズに対して敢えて声にして伝える。


「このミスルはまだガキだし、自分がやってたコトの意味とかも、よく分かってないって可能性がある」

『リムと大して変わらない』


 ファズは頭を振りながら、そう応じてくる。

 それは確かにそうなのだが、十代における数歳の差はかなり大きい。

 俺のその意見をどう感じているのか、ファズは面倒臭そうな態度を全開にしつつ、少年盗賊を冷えた目で眺めている。

 視線に耐えられなくなったのか、ミスルが裏返った声で述べる。


「あのっ、オ、オレはですね、その別に、や、やりたくて、こんなんやって、やってたんじゃなくて! ナールさんに殆ど、む、無理矢理に! お願いします、助けて――助けて下さい、何でもしますから! オレが死ぬとお袋と妹が――どうか、殺さないでっ! お願いしますお願いしますお願いしますお願いします」


 俺の存在に希望を見出したのか、涙目と鼻声での命乞いだ。

 その言葉は真に迫っているが、ファズの冷淡さは揺るぎない。

 と言うより、呆れているような感すら漂っている。

 そんな気がしてファズの方を見ると、つまらなそうに杖でミスルを指した。


『そいつ、一人殺してる。若い男だ』

「なっ――」


 事もなく告げるファズに、思わずミスルを凝視してしまう。

 ファズの声が聞こえていないミスルは、キョトンとした顔でコチラを見返してくる。

 大小便を垂れ流しながら怯えているこんな子供が、既に人を殺めているというのか。

 信じ難いが、とりあえず確認はしておこう。


「……お前、人を殺したか」

「えっ? いや、そ、それは、その」


 どう答えるのが正解なのか、確かめるようにミスルは俺とファズを交互に見る。

 脳内でどういう判断が行われたのかは分からないが、大きな溜息を吐いてからミスルは口を開いた。


「……先月、にですね。や、山ん中で商隊を襲った時、護衛についてた男……傭兵かな? そいつをナールさん――や、ナールが斬り倒して。そ、その後、虫の息相手に、トドメを刺せって言われて……」

「どんな奴だった」

「二十歳過ぎくらいの……逆らえなくて、仕方が、なかったんです……」


 ファズの言葉は正しかったが、こいつをどうするべきか。

 凶悪犯罪者として、ミスルを警邏兵に引き渡すのか。

 治安の悪化のせいもあって、最近では罪人の厳罰化が進んでいる。

 盗賊団の構成員なら、警邏兵に引渡した直後に斬られるか吊られる確率が大体七割。

 簡易審問が行われ、半自動的に死刑かそれに相当する刑罰を受ける確率がおよそ二割。

 幸運が重なって二つのルートを回避できれば、終身重労働といったところか。


 そうなれば生き延びられるだろう――数ヶ月から数年の間は。

 つまり、盗賊として扱うのであれば、ミスルの死は規定路線だ。

 だが、殺人に手を染めている人間を野放しにできるのか。

 何度も自問してみるが、考えがまとまる気配はなかった。

 俺の混濁した思考が無秩序に伝わっているのか、ファズは鬱陶しそうに青髪を掻き回す。

 そして、大きな溜息を一つ吐いてからコチラを向いた。


『どうしたい、リム』


 正直に言えば、見逃してやりたかった。

 命の尊さがどうとか、罪人の更生がどうとか、そういうのじゃない。

 しゃらくさいお為ごかしが信じられる程、穏当な人生は送っていない。

 それよりもっとタチの悪い、個人的な感情が原動力だった。


 無様に泣き喚いて命乞いをする少年の姿が、かつて見た光景に重なってしまった。

 あの時、あの人は俺達を助けようとしていて、ミスルは単に自分が助かりたいだけという差はあるが、それでも胸を抉る痛みが治まらない。


 幼かったあの日の出来事、記憶の断片が意識の表層に浮かぶ。

 腹に、背中に、頭に、何度も何度も何度も振り下ろされる打撃。

 見下ろしてくる眼と向けられた言葉は、どこまでも冷酷で。

 血と泥に塗れながら、それでもあの人は――


『もういい。分かった』


 ファズの言葉で、自分の回想がダダ漏れになっていたのに気付く。

 意志の疎通が楽なのはいいが、油断してると頭の中が丸出しになるらしい。


「俺も昔、ミスルと似たような生活でな……もっとガキだったけど」


 この場を足早に去ろうとするファズの背中に、答えを期待せずに話しかける。

 ミスルはしゃくり上げながら、地べたで丸まって命乞いと謝罪を延々続けている。

 その謝罪は俺達に向けられているのか、自分の殺した男に向けられているのか、感極まりすぎていてよく分からない。


「勿論、貧乏だから犯罪者になるしかないとか、食うために仕方なく盗んだとか、そういう言い草で正当化するつもりはないんだ。罪は罪で許されるべきじゃない。ただ――」


 子供が子供のままでいられず、空腹や不安と無縁に暮らすのも難しい、そんな刺々しさに溢れた世の中なのを――


「自業自得とか自己責任とか、それだけで片付けるのも違う気がする」


 そこで言葉を切ると、ファズが足を止めて振り返った。

 カッコつけたセリフを吐く一方で、盗賊から金目のモノをしっかり回収していた、そんな矛盾気味の行動をツッコまれるのかと身構えたが、頭の中に届いたのは全然違う言葉だった。


『裁かない、でも許さない。それでどうする』

「……どう、って」

『あいつがまた殺したら、どうするつもり』


 その問いは静かなものだったが、想像を絶する重量で心の奥に沈んだ。

 確かに俺は、人を殺した盗賊の少年を裁くでも許すでもなく、ただ単に見逃そうとしている。

 その結果、いずれ誰かが犠牲になるかも知れない、という事実まで見逃している。

 いや、その可能性に気付きながら、敢えて無視しようとしている。


「……俺、間違ってるのかな」

『さぁ』


 数歩前を進んでいるファズの表情は見えないが、間髪を容れない簡素な返事からして、どんな有様かは大体想像がつく。

 不意に致命的な言葉を告げられそうな緊張が、額にじわりと汗を浮かせる。

 なるほど――裁かれも許されもせず、ただ見逃される状況とはこういうものか。

 何とも言えない居心地の悪さを抱えながら、俺は広い歩幅で先を行くファズを追った。

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