第3話 003 共鳴
さて、死の危険からは遠ざかったみたいだが、ここからどうすればいいのだろう。
それじゃサヨナラ、と手を振って別れてしまうのも違う気がする。
となると、更に突っ込んだ話を繰り広げるべきなのだろうか。
しかし、鬼人を相手に何を話せばいいものやら。
というか、俺はこの場所に遊びに来ているワケじゃない。
一年目が過ぎる辺りまでは、同情や激励の言葉をかけられてもいた。
だが今となっては教官だけではなく、生意気な後輩も養成所に出入りしている商人も、挙句の果てには食堂のオバちゃんの七歳になる娘からまで、「サッサと共鳴を起こせ」と説教されるハメになっているが、まだ起こらないままだ。
共鳴を起こすまでの最長期間は、北の大国・ヴァルク帝国の学術都市ガプラサラにある
だがこのケースでは、該当の訓練生が言語道断にズボラな性格で、旅に出るのがメンド臭いから
対する俺は、日々思いつく限りの手段でレゾナを探し求めていたというのに、一向に共鳴が発生する気配がなかった。
そして軽々と世界記録を塗り替えてしまい、現在も前人未到の数字を積み上げている。
共鳴を成功させた連中には、それが起こった瞬間の状況を何度も訊いた。
しかし説明し難い感覚らしく、その説明はいつも要領を得なかった。
ある者は「一目惚れに似ている」と言い、ある者は「溺れるような息苦しさ」と語る。
他には「とにかく一緒にいなきゃ、としか思えなかった」との証言もあった。
知れば知る程に、何が何だか分からなくなっていった。
ワケの分からなさで言ったら、目の前にいる鬼人とどっこいの勝負だ。
大体、どうして言葉も交わさずに会話が成り立ってるんだ?
『何だろう。こんなのは初めて』
俺の疑問に答えて、鬼人の声が頭の中に声が流れ込んでくる。
ということは、この念話は鬼人の能力ってワケじゃないのか。
それはそうと、ファズも目的があってこの場にいるんじゃなかったか。
そう思いながら見つめるが、ファズは無言でジッと見返してくるだけだ。
仕方ないので、言葉にして改めて質問してみた。
「さっきも訊いたんだけど、目的って何なの」
『……どう話せばいいのか』
言い澱んだファズは、懸命に言葉を選んでいる様子だったが、その内に首を傾げたまま固まってしまった。
変な沈黙が一分ばかり続く。
間を持たせるように、どこに住んでいるのか、家族で暮らしているのか、普段は何をしてるのか、その杖は何でできてるのか、みたいな質問をつらつらと思い浮かべてみたが、どれにも反応はない。
にしても、何だろう今のこの状況は。
目撃例も殆どないのに、「遭えば死ぬ」「見れば死ぬ」「とにかく死ぬ」とだけ伝えられている鬼人と向かい合って、平然と会話を交わしている。
そもそも、俺が人里離れたこんな所にやって来たのは――んん?
これは、もしかして――いや、そんな馬鹿な。
ある可能性に思い至るが、自分の中の常識的思考がそれを否定する。
しかし教官や先輩の話では、そうなった場合は相手が何だろうと意思の疎通ができる、とか言ってなかったか。
数十秒の逡巡の後で意を決し、真正面からファズを見据える。
「なぁ、ファズ」
――妙なコトを訊いてもいいか?
『何』
――まさかとは思うが、お前は俺の。
「一緒に来てくれないか」
その言葉を発した瞬間、驚きと笑いが渾然となった表情が浮かんだ――ように見えたが、それはすぐに掻き消えて先程までと同じ不機嫌さが現れる。
でも、ファズはゆっくりと頷いた。
『リムが、それを望むなら』
いつの間にか、共鳴は起きていた。
二年――二年もかかったが、ついに共鳴は起こせた。
大声で笑い転げたいような、そうではなく泣き喚きたいような、錯綜して絡まった想いが俺の心を乱し放題に乱す。
感極まりすぎて笑いも泣きもできず、その場に這い蹲って地面を両手で叩き続ける。
「そうかっ! 来てくれるのかっ!」
『ああ』
震える声で叫ぶように問う俺に、ファズは平坦な返事を返してくる。
手足を地につけたまま顔だけを上げると、ファズの冷えた視線とぶつかった。
心配しているのか呆れているのか、その真意は読み取れない。
だが視線の主である鬼人の娘ファズ、彼女が俺のレゾナとなったのは間違いなかった。
説明のしようがないんだが、互いにそれが分かっているということが分かる。
なるほど、この心境は確かに未経験者には説明しづらい。
共鳴を起こした相手――ファズが特別だという感覚は確実にある。
しかし、その理由を述べろと言われても困り果てる。
鏡を見て、そこに映っているのが自分だと理解するような。
夢の中で、これは何もかも全て夢なのだと確信するような。
「それにしても、いつ共鳴が……」
身を起こしながら呟くが、ファズはこちらを無視して空を眺めている。
ファズが見上げている方に目を凝らすと、何かが円を描くように飛んでいた。
その姿はトンビのようだが、あの青黒い羽色は【
羽を広げると二ジョウ(六メートル)近くなる新生物なのに、豆粒大にしか見えない。
どうやらかなりの高度を飛んでいるようだ――しかし、気まぐれに狩りの標的にされたら厄介極まりないことになる。
『まず、ここを離れよう』
「……そうするか」
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