Double.F

@CEPILLO

第1話

 『CLUB BLUE MOON』。そのクラブは都会の一角に存在している。

 夜の街、仕立ての良い光沢感のあるブラックスーツをさりげなくキメている男、椿凌つばきりょうが慣れた足取りで、クラブの入口に立っている受付の人間を無視し中に入ろうとした。

受付「お客様、会員証を」

受付係は凌を引き留めた。凌は受付に立っている初めて見る顔の桐野大樹きりのだいきを一瞥したが、桐野の言葉をスルーして受付を通った。

桐「お客様困ります!当店は会員のみのクラブとなっております。お客様!会員証を!」

桐野の言葉を無視し店内にズンズン入っていく凌。それを追う桐野。

桐「お客様!!」

桐野が凌の腕を掴もうと手を伸ばした時、受付の先輩が慌てて桐野を制した。

先「おい、何をしてるんだ!こちらの方はいいんだ!」

桐「え?」

先「椿様、大変申し訳ございません。こちらの教育不足で。これからはこんなことは二度とありませんように致しますので」

先輩は深々と頭を下げている。

凌「まったくだ」

凌は先輩をチラッと見た後、桐野を冷やかな目で見た。

 先輩は今度は桐野の頭を抑え付けながら「申し訳ございませんでした!」と頭を下げた。桐野は頭を押さえられながらふてくされたように「申し訳ありませんでした…」と言った。

 凌は冷やかな視線のまま桐野を一瞥すると、真っ黒で艶やかな髪をなびかせ、そのまま店内に入って行った。

先「いいか、あの方は椿凌様といって、どこの誰だかは分からないがここで稼いだもののいくらかをいつも寄付していってくれるんだ」

桐「寄付?」

先「そうだ。それで彼だけは特別に会員証なしで顔パスOKなんだよ」

桐「なんですか、それ。しかも寄付ったってそんな大した額じゃないんでしょ?」

先「まぁ見てろ。あの人の強さを。この世界で椿凌といったら知らない人はいないよ。顔は知らなくても名前だけで通用する」

桐「でもまだ若そうに見えますけど…。なんか態度も悪いし、いけ好かないです よ」

桐野は凌の後ろ姿を疑いの眼差しで見ている。

先「確かにまだ若い。でもこの世界じゃベテランだよ。お前もアルバイトとはいえしっかり覚えておけよ」

桐「はぁ…」

桐野は納得がいかなかったが、凌の仕事っぷりを見てやろうと注目した。

 ゲームが始まった。始まってすぐにそれは表れた。確かに他がついていけないほど凌は強い。

桐「本当だ、一人勝ちしてる…。一体どうなってんだ。イカサマしてるとも思えないし」

 凌のゲーム運びは鮮やかでスマートだ。周りで見ている者が魅入ってしまうほど余裕でゲームを楽しんでいる。

 手元のカードがテーブルに出されて凌の鮮やかなゲームは終わった。結果は凌の一人勝ちだった。

 凌はそのテーブルを立ってそのまま支配人のところへ向かって、悠々と歩いて行った。

凌「支配人」

と言いながら凌は、仕立ての良い光沢のある黒いジャケットの内ポケットから小切手を出した。

支配人「椿様、いつもありがとうございます」

凌「礼には及ばない」

支「はっ」

支配人は頭を下げた。それを見て先輩が桐野に向かって言った。

先「桐野、椿様がお帰りだ。お見送りを」

桐「はい!椿様先ほどはとんだご無礼を」

桐野は凌のあまりに鮮やかでスマートなゲームを見て、“態度の悪いいけ好かない客”からこの短時間で少し見方が変わった。その桐野の様子を見て凌はちょっと嫌味っぽく言った。

凌「忘れるなよ、新入り」

ニヤッと笑って桐野に背中を向け、手だけをひらひらと振ってそのまま店の扉を出て行った。

 それを見て桐野は思った。

桐「いくら寄付してるか知らないけど、やっぱりいけ好かない奴だ!」



 天気の良い昼下がり、大学内ではもう少しで毛利教授の授業が終わろうとしている。

貴「おい、じゅん、洵ってば起きろよ。先生が見てるぞ」

講義中、思いっきり寝ている朝倉洵あさくらじゅんの隣の席で羽田貴士はねだたかしが洵の脇腹を肘でつついた。

洵「は?」

寝ぼけている洵は半分寝ている目で貴士を見ながら柔らかそうな茶髪をグシャっと掻いた。

毛「また朝倉か。あとで私の部屋に来るように」

貴「はぁ~」

貴士は洵の隣りで頭を抱えた。

 講義終了後、洵は毛利教授の部屋に向かう為、貴士とふたりで廊下を歩いている。

貴「お前、何か毛利先生に恨みでもあるの?いつも先生の授業になると寝てるよ な」

洵「いや、何もないよ。先生は良い人だし」

貴「じゃあなんだよ。夜何かやってんの?必死こいて勉強してるようにも見えないし」

洵「あ、いやただの夜更かし。へへ」

貴「へへ、じゃないよ。ほら着いたぜ先生の部屋。しっかりと絞られて来い」

洵「…」

洵が嫌そうな顔をしている。

貴「仕方ないだろ、いつも寝るお前が悪いんだから」

洵「分かってるよ。行って来る」

洵は教授の部屋のドアをノックした。トントン。

洵「朝倉です、失礼します!」

毛「来たか。朝倉くん、君は私の授業の単位を落としたい訳じゃなかろうね」

洵「まさか!そんな訳ありません!いつもいつもすみません!」

洵は深々と頭を下げた。

毛「何か悩みでもあるのかい?それで夜眠れないとか。私でよければ相談に乗る よ?」

洵「いえ、悩みなんてありません。すみません、お気遣いありがとうございます。これからは頑張って起きてます」

毛「うむ。君はレポートもちゃんと締切りより前に提出しているし、他の先生の授業では寝ているという報告も聞いたことがないから大丈夫だとは思うが。君は他の学生と比べても優秀な学生だ。もったいないことはしないでおくれ。もう行っていいぞ」

洵「本当に申し訳ありませんでした!それでは失礼します!」

洵はまた頭を下げて部屋を出た。

貴「どうだった?」

洵「何か悩みがあるなら相談に乗ると言われてしまった」

貴「はぁ~。ほんと良い先生だよな。お前それで甘えてるんじゃないか?」

洵「俺もそう思う。別に寝ようと思って寝てる訳じゃないんだけど…」

貴「これから気をつけろよ」

洵「ああ」

貴「じゃな!」

洵「ん、またな」

貴士と別れてから洵が校門を出ようとした時、そこに同じ毛利先生の授業を取っている三保七海みほななみがいた。

洵「あれ、三保さん。どうしたの?」

七「朝倉くんはどうだったの?毛利先生に叱られた?」

七海はニコニコしながら聞いてきた。

洵「あ、いや、これから気をつけるようにって言われただけ」

七「本当に良い先生よね。朝倉くん、毛利先生の授業になるといつも気持ち良さそうに寝てるんだもん。なんだか可愛くって」

洵「か、可愛い?!」

七「うん。なんだか可愛いの」

洵「ガ――ン…可愛い…」

七「あ、ごめんなさい、イヤだった?別に落ち込ませようと思って言ったんじゃないのよ。誉めたつもりだったんだけど…」

洵「誉め言葉だったんだ…」

七「あんまり気にしないで。私が勝手にそう思っただけだから」

洵「うん、いや、良いほうにとっておくよ。ありがとう」

洵は苦笑いして頭を掻いた。

 その時、歩道を歩いているふたりの側に黒塗りの高級車がゆっくりと近づいてきて停まった。

七「!」

七海は明らかに嫌なものでも見るような表情でその車を見ている。

洵「三保さん?」

洵は七海の顔をちょっと覗き込んだ。

七「朝倉くん、行きましょう」

洵「え?三保さん、どうしたの」

七海はそこからさっさと立ち去ろうとしたが、その時黒塗りの車の後部座席の窓が開いた。

風「やぁ、七海さん。今お帰りですか。家まで私がお送りしましょう」

中から見るからに嫌味な顔つきをした男がニヤニヤしながら七海を見ている。

七「結構です。朝倉くん行きましょう」

洵「???」

風「七海さん、そんな態度をとって良いのかな。君のお父さんの借金、本当はこのくらいじゃ収まらないほどの額なのに、この寛大な僕が君ひとりで手を打とうと言うんだよ?お父さんが救われるのも救われないのも君の気持ちひとつなんだけどね」

七「…」

洵は高級車の後部座席から顔だけ出している男の顔と七海の顔を見比べた。

七「風彦かざひこさん、今日は友達が一緒なので、送って下さらなくて結構です。では失礼致します」

七海はその場から早く立ち去りたいという態度を隠しもせずに、洵の腕を引っ張ってズンズンと歩いていく。黒塗りの高級車は窓を閉め洵と七海の横を通り過ぎて行った。洵はその車体の後ろ姿を横目で見た。

洵「三保さん、今のは…」

七「ごめんなさい。驚いたでしょう。父がね、事業に失敗して今の風彦さんのお父さまから多額の借金をしたのよ。今の父にはとても返せるような額じゃないの。そしたらあの人、返済はいいから代わりに私をよこせと言ってきたの。どうも父が多額の借金をすることになったのも最初から私が狙いでそうなるようにあの親子が操作したみたいなの。父はそんなこと知りもしないで風彦さんのお父さまから借金してしまったの」

七海は俯いてぽつぽつと話した。

洵「あの“風彦さん”て、もしかして、高坂こうさかの御曹司じゃないか?」

七「そうよ。知ってるの?」

洵「ああ、ちょっとね…。あいつそんなこと企んでたのか。三保さん、あいつと結婚するつもりなんてないんだろ?」

七「ある訳ないじゃない!イヤよあんな人。でもうちにはあんな多額の借金を返せるだけの余裕がないんだもの」

洵「でも耳そろえて返せれば君はあんなヤツのところにいかなくてもいいんだよな」

七「ええ。返せればね…」

洵「ごめん、失礼だけどいくら借金してるの?」

七「5千万円だけど…、どうして?」

洵「5千万か…、やってやれないことないか…」

七「朝倉くん?」

洵「その借金返せるかもしれない」

七「朝倉くん?!何言ってるの?!5千万よ?そんな大金どうやって…」

洵「家まで送ってく。この話はまた明日」

七「朝倉くん…?」

七海は突然の洵の発言に動揺を隠せないでいた。



 洵の大学から割と近い場所に、長日部春樹おさかべはるきのマンションがあった。洵はそのマンションの10階にある春樹の部屋にいた。

春「何だって、高坂の風彦が?!」

洵は七海を家に送った後、その足で春樹の部屋に来、七海の身の上に起きている事を春樹に話した。

洵「そうなんだ。それで春なら高城たかぎさんにお願いして場をセッティングしてもらえないかと思って」

春「それはできるが、借金はいくらなんだ?」

洵「5千万」

春「5千万…。洵、独りで稼げると思ってるのか?」

洵「難しいかもしれない。でもやってみなきゃわからないだろう。三保さんの人生がかかってるんだ」

春「そっか。もしかしたらお前ならできるかもしれないな、5千万。ただし、相手は悪いのばかりだぞ。どんな手を使ってくるか」

洵「分かってる。でも…」

春「わかった。お前は一度言い出したら何を言っても聞かないからな。高城さんには俺から話しておくよ」

洵「ありがとう!」

春「フフ。何日で5千万稼げるかな」

洵「一日でも早く稼がなきゃ。だからわざわざ高城さんに頼むんじゃないか。少しでも高額を賭けてくれる人を送ってもらわなきゃ」

春「お前なら高城さんに直接自分で頼んだっていいのに」

洵「いや、俺にはまだまだ遠い人だよ。そうと決まれば明日早速三保さんに報告してあげなきゃ!」

洵はちょっとウキウキしながら春樹の部屋を出て行った。その後ろ姿を春樹は微笑して見送った。



 翌日、教室では講義が始まったばかりだ。洵は教室の中を見渡した。七海の姿を探したが見えない。

洵「貴士、今日さ、三保さん見かけた?」

貴「三保さん?いや、今日は休んでるみたいだけど。三保さんがどうかしたの  か?」

洵「休んでる?まさか、だって今日は昨日の話をするって…。しまった!貴士、俺今日フケるから!」

貴「あ、おい洵、どこ行くんだよ!洵!」

また毛利教授の授業である。

貴「あぁ~、毛利先生が見てる…あンのヤロ~」


 その頃、春樹が会社で仕事をしていると、Yシャツの胸ポケットに入れた携帯が鳴った。

春「もしもし?洵か。どうした、何かあったのか?」

洵「春!仕事中にごめん!でも大変なんだ!三保さんがさらわれた!」

春「さらわれた?!まさか!」

洵「本当だ!まだきちんと確かめてはいないけど、今日学校を休んだんだ。家に電話したら朝はいつもどおり学校に出かけたって言うし」

春「あいつか!」

洵「ああ、間違いない!」

春「洵、今どこにいる」

洵「ヤツの家に向かおうと思って」

春「なんだって!やめろ。独りで行くのは危険だ。今どこにいる」

洵「ちょうど春の会社が見えてきたとこ」

春「わかった、そこにいろ。車で迎えに行く。ちゃんと待ってろよ!」

 春樹は急いで自分の車を駐車場から出し、近くの歩道にいた洵を拾ってそのまま車を走らせた。

洵「ごめん、春。俺考えなしだった。春だって仕事中なのに」

春「いや、俺はちょうど出掛けるところだったからいいんだ。このまま高城さんのところに行って頼もう。それから仕事に戻る」

洵「ごめんね」

春「お前が謝るな。悪いのはあいつらだ」

洵「うん…」


 都会の高層ビルが所狭しと並んでいるオフィスビル群の中に『コスモコーポレーション』があった。春樹と洵がこれから会おうとしている高城遥たかぎようが社長を務めている会社だ。

 高城遥はコスモコーポレーションの自社ビルの最上階にある、社長室の窓からなんとなく外を眺めていた。すると社長室のドアがノックされた。

遥「どうぞ」

第一秘書の近松夏生ちかまつなつおが入ってきた。

夏「社長、アポなしなのですが、長日部様と朝倉様がお見えになっています。いかが致しましょう」

遥「春樹と洵が?アポなしなんて珍しいな、何かあったんだろう。すぐに通してくれ」

夏「はっ」

夏生が部屋を出てすぐに春樹と洵が社長室に入ってきた。

春「高城さん、すみませんアポもとらないでいきなり」

遥「私たちの間でそんな気遣いは無用。友達なんだから。友達に会うのにアポがいるかい?」

遥はニッコリ笑った。

春「お気遣いありがとうございます」

春樹は遥の優しい笑顔を見て安心して本題に入った。

春「時間がないので前置きなしで。実は…」

春樹の話を聞いて遥の顔色が変わった。

遥「なんだって、それじゃ、そのお嬢さんはあの親子に連れ去られたって…」

洵「そうなんです。それでどうしても助けたくて」

遥「それはもちろんすぐに助けなくては。でも洵、自分の手で助けたいだろう?」

洵「それは…」

遥「それじゃ今夜ひと勝負設けよう」

遥は机の上の秘書呼び出しボタンを押して夏生を呼んだ。

夏「お呼びですか」

遥「これからすぐに、高坂たちが今夜どこにいるか、彼らのスケジュールを調べてくれ」

夏「はっ、かしこまりました」



 その日の夜、とある高級中華レストランのVIPルームに品のない顔をした親子が二人、円卓を囲んですこぶる機嫌がよさそうに食事を楽しんでいる。そしてそこに七海の姿もあった。が、七海は円卓を囲んではいない。壁際に座らされていた。

父「今夜は可愛いお姫様も一緒で嬉しいな、なぁ風彦よ」

風「まったく。でもずっとご機嫌ななめな顔をしている。七海、せっかくの家族の団欒なんだからそんな顔するのはやめなさい」

七「…」

風「七海!」

父「まぁまぁ、お前がそんな怖い顔をするから七海ちゃんが怖がっているだろう。  なぁ、七海ちゃん」

嫌味な顔つきは親子一緒らしい。

七「私を帰して下さい!」

風「私を帰してくれだなんて、よく言えたもんだな。父親の借金はどうなるのか   な?我々が君のお父さんの借金を返してあげたんだ。君はもううちの家族じゃ  ないか」

七「やめて!あなたと家族になった覚えはないわ!」

父「でもこの状況から助け出してくれる王子様はいないんだろう?」

父親はニヤニヤ笑っている。

風「やめてよ父さん、七海の王子様は僕なんだから、そんなの来るわけないじゃな  い」

父「そりゃそうだ!わっはっはっはっはっは!」

七「…」

遥「それはどうかな」

その時部屋を隔てる引き戸の向こうから声がした。

風「誰だ!?」

遥「どうもお久しぶりです」

引き戸を開けて入って来たのは高城遥だ。

父「こ、これは高城さん。お久しぶりです。今日は…」

遥「ちょうど私達も隣りの部屋で食事を楽しんでいたところですよ。そうしたらあなた方の楽しそうな話し声が聞こえてきたものでね。でも…」

遥はチラッと七海を見た。

遥「どうもそのお嬢さんは楽しんではおられない様子。あなた方の話を聞いたところ、このお嬢さんは風彦さんの奥様になるのですか?それにしては後ろ手に縛り付けるとは。愛する妻にすることではありませんね」

親子「うっ…」

遥「そのお嬢さんも帰りたがっているようだし。聞くつもりはなかったのですが、あなた方の声が聞こえてきてしまって。そのお嬢さんのお父様の借金、私がお返ししましょう。そうしたらお嬢さんはここにいる必要はなくなる訳ですよね」

風「え、いやでも高城さんには関係のない話ですし…、高城さんから借金を返していただくなんて…」

遥「要するに、そのお嬢さんを手離したくない訳ですね。わかりました。それで は、こんな手は使いたくなかったのですが、お嬢さんを賭けて勝負というのはいかがですか?あなた方が勝ったらお嬢さんを風彦さんの奥様にし、私も借金分をお支払いしましょう。しかし、私たちが勝ったらお嬢さんを家に帰し、借金も相殺、そして今後一切三保家には指一本手出しをしないと約束すること。いいですね。もし一つでも破るようなことがあったら…、お分かりですね」

遥の顔は笑顔だが、その笑顔が逆に怖い。

父「も、もちろんです。でも勝負は一体誰が?うちには腕の良い者がいるんですが  ねぇ。うちのに対等にできる人がいるのですかね?」

遥「ええ、もちろんです。そちら様に失礼があってはいけませんから、うちでも腕  の良い者を。あなたも名前くらいは知っているでしょう。椿凌と申します」

七「椿凌…?」

父「つ、椿凌?!あの椿凌か!ギャンブル界でその名を知らない者はいない、№1の…。そんな人相手に勝てる訳…」

風「でも父さん、その椿凌に勝ったとあれば、この世界では一躍英雄、しかも七海も手に入る!フッフッフ、父さんやらない訳にはいかないよね!」

父「そうか、それもそうだな。風彦、抜かるんじゃないぞ」

風「もちろん分かってるよ!」

父の秘書が父の背後から顔を出し、凌に聞いてきた。

父秘書「椿様、ゲームはどれでいたしましょう」

凌は遥の後ろからおもむろに顔を出してきた。今日も仕立ての良いブラックスーツを身に纏っている。

凌「そっちの得意なのでいい」

風「ク~~!(ムカツク!)」

風彦は凌の生意気な態度にムカついている。

風「わかった、じゃあポーカーでいいか?!」

凌「ああ、何でもいいぜ」

それを聞いて遥はコソコソと春樹の耳元で「結局凌の得意なのになってしまった」と嬉しそうに囁いた。

春「あいつに苦手なものなんてないんです」

春樹もコソッと返した。

遥はすこぶる嬉しそうである。

風「じゃあ始めようか」

風彦が前に出た。

遥「おや、腕の良いのを連れてくるのではなかったのですか?」

風「椿凌に勝ったとあれば色々と箔が付く。だから僕がやる!僕が相手だ!」

風彦はやる気満々だ。

遥はまたコソッと春樹の耳元で囁いた。

遥「身の程知らずとはよく言ったものだね」

春樹は思わずクスッと笑ってしまった。

 ゲームが始まった。凌は面白くなさそうに淡々とゲームを運んでいる。最後の一枚、風彦の手元にはスペードが並んでいた。

風(す、すごいぞロイヤルストレートフラッシュだ!僕の勝ち、僕の勝ち…フフフ)

秘書「さあ、最後です。風彦様どうぞ」

風「ぼ、僕はロイヤルストレートフラッシュだ!」

ところが、カードの山からいちばん上のカードを開けたとたんに見たものはハートのエースだった。

風「何ィ~~!?ブ、ブタ…」

凌「チッ、Kのワンペアだ。安いな」

春「どうやら勝ったようですよ」

遥「それじゃ、約束通り姫は我々が連れて帰ります。今後一切関わらぬよう。それでは失礼」

風「父さん~~」

風彦親子は全て椿凌に持って行かれて、落胆のあまり床にペタンと座り込んでしまった。

 それを置いて凌・春樹・遥の3人は七海を連れて外に出た。3人はそのまま遥のリムジンに七海を乗せ、家まで送った。

七「ありがとうございます!なんとお礼を申し上げたらいいのか…」

七海は深々と3人に向かって頭を下げた。

遥「お礼なんていいんですよ。あなたのような可愛らしい方を助けるのが趣味なだけですから」

七「でも…、あの、あなた方はいったい…」

春「たまたま隣の部屋に居合わせただけの者です。どうかお気になさらずに」

七「でもそれでは私の気持ちが」

遥「いいんですよ、七海さん。それではオヤスミなさい。ほら凌も挨拶くらいしなさい」

凌「良かったな」

凌はぶっきら棒に言った。

七「あ、あの、ありがとうございました!」

七海を家の前に置いて、3人はまたリムジンに乗って走り去った。七海はそのリムジンの後ろ姿をずっと見送っていた。

 一方その車内では…。

春「洵、照れちゃって」

遥「あんなに可愛い子なら洵じゃなくても助けたくなるなぁ」

洵「もう!ふたりして茶化さないでよ!」

椿凌は朝倉洵に戻っていた。


 翌日、毛利教授の講義中、洵はまた寝入っている。

貴「また寝てるよ…」

七「いいじゃない。やっぱり可愛い」


-第1話 終-

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